Fate/Crossing Peak   作:甘風

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大好きな先輩の名前を面と向かって呼べない桜ちゃんが可愛いお話。
そしてさりげに強気。

……聖杯戦争、一日目開幕です。


一章
日常と変容 前編


「――先輩、先輩? 起きてますか?」

 

 耳を撫でる柔らかな声。僅かに開いた扉からは暖かな光が差し込み、同時に涼やかな風も吹き込んでいるのを感じる。

 

「ん…………。……桜か」

 

「はい、おはようございます、先輩」

 

 どうにも重い瞼を上げ、目元をこすりながらガラクタや種々の刃物が雑多に転がる床から上半身を起こした。

 

 目の前では、もう見慣れてしまった後輩がこちらを覗き込んでいた。

 彼女と共に来た風が巻き上げる、埃っぽい土蔵の床に積もった塵。そうして舞い上がった塵は差し込む朝日を白く反射して、柔らかに輝く光の帯と霞を作っている。

 

 逆光と、舞い上がる帯霞とで、少女はその輪郭を淡く滲ませていた。

 

 その姿は普段に輪をかけて儚げで。

 

 

 ――思わず、息を呑む。

 

 

 そんな自分の様子を見て、桜は小首を傾げていた。

 

「――先輩? どうかされましたか?」

 

「……ぁ、いや。悪い、なんでもない。――おはよう、桜」

 

 正直、その無邪気に不思議そうにする様子は幼気な感じが強調されてたいそう可愛らしく、目を合わせ辛い。たぶん、自分の頬には朱が一刷毛かかってしまっている。

 

「はい。おはようございます、先輩」

 

 しかし、彼女はそんなこちらの心情にも思い至らないように、嬉しそうにもう一度挨拶をした。そしてこちらをしげしげと見つめたかと思うと、そのまま心配そうに形の良い眉を寄せる。

 

「……それにしても先輩、こんなところで寝てしまってたら風邪を引いてしまいますよ。ちゃんとお部屋で寝てください」

 

「――そうだな。気をつけるよ」

 

 和やかに応じた俺に、彼女は少しわざとらしくむぅと頬を膨らませた。

 

「そうですよ。心配しちゃいますから、気をつけてくださいね」

 

 冗談めかして手の甲を腰に当てて胸を張ると、そのご立派のものも強調されてしまい、またそちらの方を見ることができなくなる。気恥ずかしさに負けて僅かに顔を背け、しかし湧いてきた小さな煩悩を振り払うように首を振り、立ち上がった。

 熱中のまま落ちてしまい、硬い床で一晩を越した起き抜けの頭は、ただの寝起きよりも酷く緩んでしまっているようで全く困ってしまう。

 俺が立ち上がれば、彼女も腰に当ててた手を放して柔らかく微笑んだ。

 

「朝ご飯の用意はほとんどできてます。用意が出来たら居間に来てくださいね。えっと……」

 

 桜が俺の足元に目を落とし、そして柱に掛かっている時計をちらと見る。

 

「あぁ、ありがとう。悪いな。……あー、うん。少し片付けもあるし、シャワーも浴びて来るから、二十分ぐらいは見てもらえるか」

 

 お願いしながら、足元に広がってるガラクタと刀剣の山に視線を遣った。多少は片付けないと下手(まず)いだろう。来ては駄目と言ってあるが、藤ねえが見たら怒り出すかもしれない。

 

「はい。それでしたら来るくらいには仕上がるようにしておきますね。……楽しみにしててください」

 

 そう言って頑張り屋の彼女は腕まくりと力こぶを作るような仕草をする。だから可愛いって。

 

「うん、楽しみにしてる。でも今度は俺も作るから、ちゃんと起こしてくれると嬉しいな」

 

 照れを隠すように、頬を人差し指で掻きながらそう言ったが、少女は笑いながら聞き流すかのように土蔵を出ていく。

 

 

 ――ただ

 

 

「――鍛錬、頑張るのもいいですけど、ほどほどにしてくださいね」

 

 

 そんな言葉を残して――。

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

「よう、士郎。結局蔵で寝たのか。……不健康なのは止せって。睡眠は基本だろう?」

 

 シャワーを浴び、居間に来た俺に掛けられた第一声。その(ぬし)は、部屋の隅に置かれた、不思議と和室の雰囲気に溶け込むロッキングチェアに腰掛けた男――八鍵水明(やかぎすいめい)だった。

 

 すらっとして細いその身を制服に包み、手元ではインスタントコーヒーが入ってたと思わしきマグカップを弄んでいる。たぶん、いつものブラックだろう。あの苦いものを飲む気がしれない。

 やや茶の入った黒髪の一見優男風な風貌である少年は、その榛色の瞳を楽しげに細め、薄い唇を皮肉げに歪めていた。しかも、その表情がよく似合っていることが本人の性格をよく表している。

 

 (せん)の声には嫌味っぽい相好の通りに、咎める響き以上に多分な揶揄の空気が込められていた。

 

「勘弁してくれよ。集中したら徹夜するのは水明もじゃないか」

 

「そうは言ってもな。お前が俺に同じこと言ったのは昨日の今日なんだ。というか、いつもそういうことに煩いのはお前じゃないか」

 

 薄笑いを口元に浮かばせながら言葉を繰る。それを言われてしまえば、どうにも弱った。

 確かに、自分もそこそこ夜更しをするのに彼の不摂生を注意することは多い。

 しかも、最近の事情から昨晩は互いにほどほどで切り上げるよう、むしろ自分がくどいぐらい言っていたのだ。それに関わらず、その自分が遅くまで鍛錬し、そのまま眠ってしまった。

 

 だからこそ、なんとも言い返せず。うぅと唸るばかり。

 

 そんな言い合いをする俺らを傍目に、桜が茶碗によそったご飯を運びつつ一言でばっさりと切って捨てた。

 

「なんでもいいですけど。どっちもどっちもな言い争いしてないでお皿運ぶの手伝ってください、水明さん」

 

 そんな一言に互いにがくりと項垂れる。……しかし、そんなことをしているも束の間のこと。

 目の前の少年は、自分だけ名指しにされたのがさも不満ですといった風情で顔を上げた。

 

「おおう、俺だけぇ……? ……当たりが強くないかなぁ」

 

 そう独りごち、立ち上がって指を軽く振る。するとキッチンのカウンターに用意されていた全ての皿とシンクの横にあった箸とが宙に浮いて――食卓に並んだ。

 

「……」

 

「……」

 

「……な、なんだよ。なんで二人してジト目になるのさ」

 

 そりゃ呆れてしまう。こんなことに重力路の魔術を使う必要がどこにあるっていうのさ。

 

「……や、そんなやつだと分かってたけどさ」

 

「そんな些細なことに魔術は使わないで欲しかったです」

 

 後輩も連携して彼を責める。

 

「わ、悪かったよ。でも数あったし――」

 

「言い訳は見苦しいです」

 

「う。――ってほら桜もちゃっかりご飯を先に運んでおかずは全部カウンターに置いてたじゃないか。浮遊じゃ細かい作業はできないし、それってこれを狙ってたんじゃ――」

 

「そんなことないです」

 

「え、でも」

 

「そんなことないです」

 

「いや、そ――」

 

「そんなことないです。だいたい水明さんはいつも――」

 

 再三の少女の強弁。……これは少しわざとらしくないかな、と思ってしまう。

 

「――桜? 流石にちょっと疑わしく思っちゃうんだけど……」

 

「う。――ごめんなさい、正直そうしないかなって思ってました。楽、したかったです」

 

「ほらぁ!」

 

 そう思って遮れば、素直に白状し、気不味げにそっぽを向く桜。それを見たお調子者の彼は俄然勢いづくが、しかし。

 

「水明」

 

 ぴしゃりと名を呼ぶと、さっくりと押し黙った。

 

 

 沈黙が居間を支配し、食卓は白い湯気を燻らせる。――が、それが保ったのも十数秒。

 

 

「「「――ぷっ」」」

 

 

 示し合わせたように三人揃って吹き出した。笑いが木霊し、それもややあって収まる。

 

「――あー、やめだやめだ。早く食べよう。冷めちまう」

 

「そうですね。せっかく時間を合わせたんですから、温かいうちに食べましょう」

 

「ん。それにしても朝から気合入ってるな、桜。どれも美味しそうだ」

 

 水明を皮切りにして各々言葉を重ね、卓についた。

 

 

 

 

 

  *   *   *

 

 

 

 

 

「ところで士郎。今日は藤村先生は来ねーの?」

 

 ほうれん草のお浸しを食べながら水明が尋ねる。

 

「ん、藤ねえか。来るって言ってたと思うけどな。ちょっと遅れてるみたいだ」

 

 噂をすれば影、という奴だろうか。ちょうどその時「おっはよー」と元気な声が聞こえたと思えば、けたたましい足音が居間に迫ってきた。

 

「いやぁ、なんか分からないけどバイクの調子悪くてねー、直してもらってたら遅れちゃったー」

 

 騒音を引き連れ、居間の戸を勢いよく開いて登場したのは藤村大河。こんな行動を見てしまうと本当に二十代なのだろうか、などと疑ってしまいたくなる。そんな推定成人の彼女は半眼で見つめる自分をよそに、早速食事を始めようとした。

 

 その傍ら何故か水明は思案顔。そして急にはっとしたかと思うと、うわぁと言わんばかりに頭を抱えた。それに構わず桜は「あ、よそいますよ、藤村先生」などと言いながら甲斐甲斐しく世話をしている。まさしく世話。だって虎だし。

 

「士郎? 今失礼なこと考えたでしょ―」

 

 うわエスパー!? ってこら虎よ箸を人に向けない。

 

「ま、いいや。美味しいし。んふー、今日作ったのは桜ちゃん?」

 

「あ、はい。藤村先生」

 

 立ち直ったらしい彼が、小声で「美味しいから良いやって、なんだ……?」と言って首を捻っている。同感だが考えても無駄だと思うぞ。

 

 一方、件の虎はいかにも美味しそうに鮭の照り焼きを食べている。

 

「ほんとに上手になったねぇ、桜ちゃん。これじゃ士郎もうかうかしてられないよ」

 

 その感想は本当のことで。丁度今、啜っている大根と人参の味噌汁の出汁の取りの上手さと味の良さにも感心させられている。

 

「そうなんだよ藤ねえ。だから今朝だって俺も作るから、これからはもっと早くに起こしてくれった言ってたのに聞き流されちゃうしさぁ……」

 

 今朝の出来事を思い出しながらそう零すと、なにやら水明がニヤニヤと笑い始めた。怪訝な顔をして水を向ければ、少し間を置いて話し出す。

 

「あー、そりゃ士郎、当然だと思うぞ。――まぁ、ヒントを言ってしまえば、今朝の、っていうか桜のご飯は俺も、あるいは藤村先生も()()()だったってことだ」

 

 ――?

 

 なんのことかいまいち分からず、首を巡らせる。

 

「それって水明くんどういう……。ってあぁ!」

 

 そういうと藤ねえも同じ様にニヤニヤし始めた。ひときしり俺を見たと思えば、二人の視線が残りのもう一人の方に向いた。当の彼女は「……へ? ひぇ!? ふぇっ!!?」などと、最初に少しだけ不思議そうな表情をした後、顔を赤くして奇声を上げつつあわあわと手を小刻みに顔の前で振っている。

 

 ここまできて何のことだろうか? ――と思えるほど鈍い訳ではなく。正直に言えば、顔が熱い。そんな自分と少女を見て親友とお隣さんはますますニヤつきを加速させる。どんな二人だ。

 

「~~~~っ! ともかく! いいから!」

 

 自分で何を言ってるかも怪しいまま、とにかく流れを断つためにまくしたてる。確かに桜のご飯は美味しいし、なにより気持ちは嬉しいけど、朝からこんな思いをするは御免(こうむ)りたいものであった。

 

「「えー」」

 

「えー、じゃない!」

 

「あの、私もやめてほしいです……」

 

 楽しげないじめっ子(いじりっ子?)二人の思わせぶりな不満の声とそれを否定する自分の言葉。そして桜の控えめな抗議。三様な台詞が飛び交う。

 

「ま、今日はこんなとこにしたげますかね」

 

「そうねー。士郎は良いにしても、桜ちゃんはあんまりいじると可哀想だし」

 

「藤ねえ……」

 

 扱いが軽い。不公平だと思います。

 

 

 

「ってやばっ」

 

 馬鹿騒ぎから僅かばかり経ち、残り香も薄らいで。

 虎は突然そんな事を言いだしたかと思えば、慌ててご飯を掻き込みだす。その声と箸の勢いの良さに、三人共少しばかり呆気にとられた。

 

「藤村先生? どうされたんですか」

 

 桜が代表するように尋ねるが、すぐには答えず箸を進める英語教師。その裏で水明はすくと立ち上がり台所の方に向かっていった。

 

「テストの採点あるの忘れてたのー、だから急がなきゃっっっんん」

 

 ようやく返事をすれば、慌てて食べるのと、急いで喋るのを同時進行させたばかりに喉をつまらせた。胸元を叩いてあっぷあっぷしているところに、先んじて立ち上がっていた彼が「どうぞ、藤村先生」とタイミングよくお茶を差し出す。……これを見越して台所に行ってたのか。

 

「ん、んく……。ふー、ありがとう水明くん」

 

 大河は湯呑を受け取ると一息に飲み干し、お礼を言う。そして残っていたわずか数口のご飯を味噌汁で流し込み、手を合わせた。

 

「――で、だから急がないといけないのよ。ということでごちそうさまー」

 

 そう言って手早く皿を重ねて流しに運ぶと、「後はよろしく―」と言葉を置き去りにして、来たときと同じ様に、音の方向だけを逆にして騒々しく駆けていく。慌てて皆で追い掛けるが、玄関で見送るのさえ間に合わない素早さだった。

 

「……行っちゃいましたね」

 

「……なんというか、藤村先生らしいな」

 

 二人の言葉の間を、遠ざかるバイクの音が通り抜けていく。

 

 数瞬間が空き、なんともいえない間の抜けた雰囲気が訪れた。

 

「……うん、俺らも残りを食べちゃおうか」

 

 そんな空気の中で口を開けば、三人で互いに顔を見合わせ、苦笑と共に居間に戻っていった。




彼らの日常は穏やかに。

お読み頂きありがとうございます。
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