あと女性には軽んじられるというかいじられる定めにある子。
学校とかでも口数は決して多くないけどクラスメイトなどにはしっかりバレてます。
……ともあれ聖杯戦争一日目の朝、物語は動き出します。
「――さて、士郎。確認しとくけど、変わらず聖痕は在るな?」
そんな水明の問い。食後、弁当も詰め終わった頃。揃ってお茶を啜りつつ、テレビの音を背景音にしてくつろいだ雰囲気だった居間に、ぴしりと緊張が走る。
「あぁ、きっちり隠せてるけど確かにあるよ」
少しばかり居住まいを正して答える。魔術の師である彼をして分からないくらい隠蔽できているなら完璧、ということだろう。
「なら、いい。ただ、それならちゃんと寝て体調は整えておけ。俺は解析の魔術でも掛けなきゃ分からないが、他のマスターがそうだとは限らないからな。万が一看破されたら、持ち主のお前がまともに戦えなきゃ話にもならん」
早口じみた様子で言葉を継ぎ足していく水明。
……心配、してくれてたのか。
「悪い。ありがとな」
「当たり前だ。そういうのはいいから、しっかりやれ」
彼はそう言うと、気を取り直すようにかぶりを振り、もう一度こちらに向き直って話を戻した。
「……聖痕はいくらかサーヴァントが出揃ったって分かるまでは隠す方針で行こうか」
桜が口を挟む。
「あ、それならもうそろそろだと思います。一昨日、遠坂先輩に聖痕や令呪がないか確認されましたから」
「そうなのか? なら、今夜あたりに召喚しようか。いけるか、士郎」
水明はそう言ってから、小声で桜に「そういうことはもっと早く言ってほしかったな」とも付け加えた。その一言に彼女は申し訳なさそうに謝る。
「や、実際今の所は問題起きてないし大丈夫。そんな気にしないでくれ。――で、士郎。どうだ、行けそうか」
ひらひら手を振りながらフォロー。そうするくらいなら言わなきゃ良いのにと、微妙な気持ちで二人のやりとりを眺めるが、それはそれ。きっちりと切り替える。
「俺は問題ないよ。ただ、明日以降はどうする? それこそ遠坂には隠す方針なんだろ。聖痕の隠蔽はニコラス翁の魔術があったからできたけど、俺たちだけじゃ令呪の隠蔽は厳しいぞ」
そう、
そんな思考の傍ら、それなぁ……、と水明は悩ましげに息を漏らす。
「……まず、俺らが魔術師だったってことは、バレてから結社の魔術師だって明かして対応しようか。多少、文句は言われるだろうが、結社所属の千夜の代執行が、時計塔寄りの魔術師に所在を言わないのは仕方ない、って納得してもらうしかないだろ。実際霊脈には手を付けてないし、他に迷惑も掛けてないしな」
「ん……。その線が妥当か」
結社はその性質上、なかなかアンタッチャブルな組織だ。
魔術世界における四大組織の他三つが魔術協会由来のもの――時計塔・アトラス院・彷徨海――であるにも関わらず名を並べられる異常性。他の組織が手を拱く終末災害の鎮圧のほとんどを担っている唯一性と重要性。魔術師らしからぬ理念に由来する高い倫理性と外部からのそれへの信頼性。いくつもの理由が重なって、「外様は手を出さない方が利口、互いに幸せになれる」とまでされた魔術師たちなのである。
加えて神秘総ての管理機関である
「……聖杯戦争に関しては、毛色が違うとは言え、冬木に住んでる魔術師が知らないって言い張るのは無理があるか」
どうしよう、と水明は苦慮するが、かといってすぐに自分が解決策を出せるわけでもなく。ただ、互いに頭を捻る。そんな中、桜から助け舟が出された。
「それなら、知らないのは今開催されることだけ、とするのはどうですか」
それを聞いた水明はいかにも得心いったというような表情をするが、自分はいまいち分からない。それが顔に出たのか、彼女は説明を重ねた。
「そもそも、前回から十年しか経ってない今回の開催が異常じゃないですか」
語を継ぐ。
「だから聖杯戦争の存在は知ってても、今、開催されることは知らなかった、ということにするんですよ。聖杯に参加を願っていたわけではないけど、魔術師だったから巻き込まれた、数合わせのマスターだと、そう理解していると説明するのはどうですか、先輩」
それこそさっき言ってた結社の魔術師だってことも絡めて、と彼女は言う。
「……なるほど。それなら問題ない……のかな? どうだろ」
大丈夫だろう、とは思うが確認する。水明はうっかり癖があるが、能力は確かだし、なによりことがことだ。機会があるのに、一人だけで判断しようとすれば失敗を招きかねない。
「大丈夫だろ。ま、付け加えるなら、その設定だと普段通りの行動をとること。それこそ、いつものように学校に行くとか、そういうことが必要だろうなってぐらいだな」
補足に頷く。すると、水明が突然悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「あと、遠坂は疑り深いタイプじゃないしな。ブラウニーなお前なら好相性だろ」
ブラウニーな、ってなにさ……。
「いやいやあだ名のこと。お前は穂群原のブラウニーとか、偽校務員とかって呼ばれてるような振る舞いをしてるからな。ある程度は信頼されるだろってことだ」
人畜無害というか、人が好いというか、そんな意味。そう続けながら、こちらの内心を見透かしたようにくつくつと笑ってからかってくる。なんだか不満だ。
――と、そこで一つ思い当たる。
「――それはいいにしても。桜はどうする? 遠坂にどう説明するんだ」
唐突だが重要なことだ。彼女は遠坂の妹だ。それに、参席こそしてなくても結社に関わる魔術師であるし、そのあたりをどうやって、どこまで説明するか。そして間桐の事情をどこまで説明するか――。いくつかの意味を言外に含まして訊けば、水明は笑みを消してこちらに向き直った。
――魔術師然とした、冷たさを感じさせる表情。
不意に見せたその
「知らないことにする」
「――え?」
必要な言葉が抜け落ちた。それでも、訊き返す。
「――桜は遠坂に真正面から令呪の有無を尋ねられるぐらいには警戒されてない。ってことは、伏せてれば切り札になりうるってことだ。だから何も説明しない。俺らと桜は、互いに互いの魔術的なことは何も知らないことにするんだ」
水明はそんな説明をすると、ひとつ息を
「……曲がりなりにも俺は
鋭い目つき。俺を通して、違う何かを見るような――。
「それでも説明する時は、共闘とかで確実に敵対しないときか――あるいは完全に敵対する時だ。揺さぶりのカードとして切る」
「な!? そんな言い方――」
「士郎」
自身の名を呼ぶ声の咎める響きの強さに驚き、思わず二の句を継げなくなる。
「思うところはあるだろうが、これは戦争なんだ。目的のためには、禍根が残る可能性は呑み込んでくれよ」
「……分かってるけどさ」
そうだ、分かってる。理屈として、戦術としてはベターだ。コンビとして動くことの多い俺らに比べて、あの少女が関係性を疑われる可能性は低い。なら、その事を有効活用すべきだ。頭ではそう、冷静に理解できる。
だけど。
――だけど、心情としては納得しきれない。桜に、そして遠坂に対して、そんな露骨な言い方をされるのは嫌だった。例えそれが酷く個人的な感傷であったとしても、だ。
思いのまま憮然とした表情でいると、おもむろに水明が顔を寄せてきた。
「――こういう言い方でもしないと、あの子が自分から動き出しかねないだろ。だから、
耳元で告げられたその言葉に固まる。反射的に小声で真意を尋ねる。
「それって――」
「士郎」
二度目の呼び掛け。その声には掣肘の意と、分かり辛いが、確かな気遣いが含まれていた。
「……分かったよ、そうしよう」
小声ではなく、普通の声量で同意する。それを聞いた水明はひとつ首肯をすると、寄せていた身を離し、振り向いた。
「桜」
名前を呼びながら、横目でちらとこちらを見る。
「そういうわけだから、できれば何もしない、というか隠すように立ち回ってもらえるか。……どうしても嫌だったら考えるけど」
ここでも、気遣い。――あぁそうだ。こいつは、こういう分かりにくい男だったのだ。
「……はい。大丈夫です。たぶん、その方が良いと思います」
控えめな声。しかし、確かに肯定する言葉。それに水明はまた頷くと、ふと、付けっ放しだったテレビに目を向けた。釣られて俺たち二人もそちらを向くが、流れるニュースは普段通りの変哲のないもの。ただ右上に表示されている時刻が問題だった。これのことかな、と思い呟く。
「時間、そろそろだな」
「だな。最低限の摺り合わせはできたし、残りは夜に話そうか」
「そうしましょう」
水明がこれからについての提言をし、桜も応じるとさっと湯呑やコップを手にとり流しで洗い始めた。
それを見て自分はガスの元栓などの確認を始め、水明はそれぞれの荷物を玄関に持っていく。そのまま先に外に出たようだ。洗い物も少ししかなかったためにあっという間に終わり、自分も彼女もすぐに水明を追う。
「んじゃま、行きますか」
玄関先で待っていた水明が鞄を手渡せば、桜は頷き、自分は返事の代わりに鍵を掛けた。
* * *
通学路。朝の六時半を過ぎたばかりで、人通りはそう多くない。
そんな中を、普通の学生と変わるところなくお喋りをしながら歩いていく。
桜が話を振って俺が応じれば、水明が薄く笑いながら合いの手を挟み質問をする。俺が話し始めれば、水明が皮肉交じりの突っ込みを飛ばし、桜がころころと笑う。
そんな日常だ。
今日は藤ねえのバイクの不調の原因が水明であることが判明したりした。どうも昨日の夜、うっかり回路に魔力が残ったまま、齟齬のグローブをつけた状態でバイクに触ってしまったらしい。魔力炉を内包し、人の身であっても神秘の色が濃い彼が、魔力を通した状態で機械に触ればそんなことが起こるのは自明の理だった。「完全に故障しないで済んだだけマシだな」などと軽口を叩けば、水明は反駁もせず肩を落とした。桜はそんな俺に、いじめ過ぎちゃ駄目ですよ、などと注意する。それれに彼はますます情けなさそうな顔をして落ち込んだ様子を見せた。
校門も差し迫り、最後の坂道を水明、俺、桜と横並びになって登る。そんな時、回復したらしい水明は桜に話しかけた。
「そういえば慎二はどうした、桜」
最近姿が見えないけどどうした、という意味だろう。確かに彼は偶に衛宮家に朝を食べに来ることもあれば、そうでなくても通学路で合流することが多いのに、この数日顔を合わせていない。学校には来ていたようだが部活はサボりがちで、全くと言って良いほど会う機会がなかった。
「あ……。……えっと、その言い辛いんですけど……」
問われた彼女は言葉通りに言い淀み、俯き加減になる。そんな彼女の様子を訝しんで、水明と顔を見合わせる。そのまま何秒か過ぎれば、桜は少し気合を入れるように息を吐き、顔を上げた。
「あの、この数日家に帰ってきてなくて。……その、女性の家に居ると言いますか、ずっと渡り歩いてるようなので……」
……。
「あー……」
あちゃー、とでも言いたげに水明が額に手を当てる。確かにそれは女の子の桜の口からは言いづらいことだっただろう。少し酷なことをしてしまったようだった。
しばし、苦い雰囲気に包まれる。
ドロリとした静寂。それを破る声。
「しかし、あれだな。ストレスでも溜まってるのか、アイツ。こんなことは今までなかったろ」
「だな。いろいろ遊ぶやつだとしても、顰蹙を買いかねないことはしないと思ったんだけどな。しかもこんな不誠実な感じのこと」
珍しく気を使った彼の、空気を変えるように殊更に軽さを強調した弁に応える。実際、慎二は軽い奴であってもその辺りを踏み外すとは思えなかった。
「よく分からないんです……。またなにか私が悪いことをしてしまったんでしょうか」
困ったように、再び俯いてそう言う桜。
「そんなことは無いと思うけどな」
「万が一、そうだとしても気にすんな。何も言わず、その上デリカシーゼロな行動してるアイツのほうがもっと悪い」
そんな彼女を俺が、それに続いて水明が執り成す。
己を責めていたその少女は、それを聞いて若干ではあっても安心できたのか、小さな吐息と共に控えめに微笑んだ。
……大丈夫なのだろうか。
そうやって話しているうちに、校門が目前に見えてきた。水明はやや先を行って首を回し、こちらを見ながら歩いている。
「ま、なんにしても――」
そう切り出し、校柵のレールを踏み越えた彼の表情が――凍った。
「――水明? どうした?」
不思議に思いながら、自分も校門を通り過ぎる。
――瞬間
世界の色が変わった。
景色が、赤の単色調に塗りつぶされた。どこからか、胸が悪くなるような甘い匂いがする。
――そして理解した。
これは結界だ。
それもとびきり悪性の、容赦なく領域内の人を害する類の結界だ。
頭に血が上り、思考が鈍る。
「っ! これっ!」
――桜が顔色を変えて大声を上げる。
「これは酷いな……」
――水明が吐き捨てるように言う。
二人の言葉を尻目に、ただこの悪意を思う。
――頭の片隅で、歯車が軋むような音と、撃鉄が落とされる音とが響いた気がした。
……いずれにせよ、それは。
日常の終焉を告げるものだった。
こんなシリアスな終わり方しといて言うことではないですが、水明くんが前回頭を抱えていたのは自分が藤ねえのバイクを壊した可能性に思い至ったから。それに士郎は気付いていません。故に他人事感。いえ、そこまで重要なことではないですけども。
……それはともかく。
お読みいただきありがとうございます。