Fate/Crossing Peak   作:甘風

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見誤る敵 前編

「――士郎? 士郎!」

 

 自分の名を呼ぶ声で我に返る。気がつけば、苛立ちを努めて表に出さないように抑え込んでいる様子の水明がこちらを覗き込んでいた。桜も酷く心配そうに見ている。

 

「あ、あぁ、悪い……」

 

 一言詫びるが、心中は穏やかではない。冷静になったことで、結界のイメージの棄却はできた。世界は色を取り戻し、立ち籠めていた匂いは薄らいでいる。しかし、直前の記憶、そして悪意が、極めて鮮烈だった。怒りに囚われたままの俺を相棒がやんわり嗜める。

 

「分かるけどな、ここは抑えろ」

 

 美綴も見てるしな、と続けながら彼は目を遣る。それを見て桜は慌てて心配する表情を引っ込めた。すこしぎこちないが、おおよそ普段通りの様子。自分も不承不承ながら、どうにか呑み込む。

 

 彼女が居たのは玄関前の自販機コーナー。そこを基点に左右を見渡せばちらほら陸上部の面々も目に入る。

 それを見れば尚更そのままでは居られなかった。それは生徒らに被害を出したくないという思いがあるからでもあり、彼らに神秘を悟られるわけにもいかない事情からでもある。

 

 ひとつ、深呼吸。改めて冷静さを取り戻した。

 

 少し歩いて近づけば、先に指された彼女は片手を上げて、「や」と快活に声を掛けてくる。

 

「三人とも、おはよう」

 

「おはようさん、美綴」

 

 水明に続いて、自分と桜も挨拶をする。そんな俺らを胡乱げに見る美綴。

 

「八鍵に明るく挨拶されるのはどうにも変な感じだな。さっきの三人の様子も妙だったし、なんかあったのか?」

 

 いかにも興味から、という感じで訊いてくる。なんとか躱そうと口を開けば、声が出る前に芝居がかった様子の友人が話し出した。

 

「いや、大したことじゃないんだけどな。俺がちょっとやらかしてブーイング受けてたのさ」

 

 堂々と嘘を吐く。それを受けて、美綴は更に興味を惹かれたように目を輝かせた。

 

「へぇ、あのいつも済ました顔した水明クンがねぇ。一体何をしたんだい」

 

 反応を引き出そうと俺と桜の顔も見遣ってくる。

 

「そのわざとらしい名前呼びとクン付けは辞めてほしいなぁ、なんか怖いぜ」

 

 それを意にも介さず、前に立つ少年は目線を遮るように、大げさに両手を交差させて肩を掴み、さも寒そうなジェスチャーをしておどける。

 

「それに内容なんか言うわけ無いだろ、恥ずかしい。黙秘権を行使させてもらうからな」

 

 滔々と嘘を重ね、こちらを振り返る。「お前らも言わないでくれるよなぁ」などと口にしながら、余計なこと喋るなよ、とばかりの眼力でアイコンタクトをしてきた。それに二人してコクコクと何度も頷く。

 

「うっわ脅迫だ。やらかした奴のやることじゃないなぁ」

 

 美綴も水明に負けず劣らず冗談めかして話した。

 

「二人とも、そんな奴の言うこと訊くことないんだよ。ほら吐いちゃえ吐いちゃえ」

 

 しかし、"そんな奴"扱いをされた彼は、それを鬱陶しげに手をひらひらさせてあしらう。

 

「ま、そんな訳で朝練ちょっと遅れる。よろしく」

 

 そう打ち切れば、対して美綴も深く追求したい訳ではなかったようで。意外にもあっさりと応じた。あるいは俺らの雰囲気から何かを察して、空気を読んだ行動をしてくれたのかもしれない。

 彼女は小さな笑いを漏らすと、「早く来いよー」とだけ言い残し、甲を見せるように緩く挙げた右手を振って弓道場の方に向かっていく。そんな美綴を三人で見送った。

 

「さて」

 

 姿が見えなくなったのを確認すると、水明はこちらに向き直った。

 

「場所を変えようか」

 

 

 

 

 

  *   *   *

 

 

 

 

 

「訊くまでもないと思うがな。改めて二人に確認するけど――」

 

 校舎裏手の雑木林。人目につかないこの場所に移動した後。水明は適当な木に凭れ掛かるように立ち、横に並ぶ俺と桜と対面すると、そう切り出した。

 

 

「この結界、人を殺すものだよな」

 

 

 殺す、という言葉を濁さずに尋ねてくる。

 

「俺もそう思う。まだ解析してないから細かいことは分からないけど、この感じは明らかに異常だ。――あと、聖杯戦争関連の可能性は高いんじゃないかな。感じられる神秘が濃過ぎるんだ」

 

「先輩の意見も含めて、私もそうだと思います。日中は下手に動けませんから放課後ですね。印象的にはすぐに発動はしない感じですから、今日中に処理すれば十分間に合うはずです」

 

 俺と桜の言葉に「だよな」と返す水明。それを見て、更に自分にできることを考える。

 

「やっぱり、今すぐ校舎ごと解析掛けるか?」

 

 その行動は「それは待った方が良いかな」と制止された。何故、と目で訊く。

 

「そんな大規模にやれば痕跡が残りかねないし、そしたら遠坂にバレる。解析は起点を探してからだ」

 

 納得の理由。これほど露骨な結界だ。遠坂が気付かないはずがない。

 そして、後でならともかく、今、俺たちが魔術師と知られるのは非常に下手(まず)い。というより、間違いなく疑われて面倒なことになる。

 

 そう考える傍ら、水明は、それよりも、と前置きしてから続ける。

 

「誰がやったか、ってのをまず考えるべきだと思う。当然、呪刻か、基点から解析しきることができれば潰すけど、再展開の可能性を考えたら元を断ち切ったほうが良いしな」

 

 桜は「どうやったかというのは……」と言いかけるが、彼は渋面を作って否定した。

 

「それはそもそも今調べるのは難しいだろうよ。起点を調べてからしか考えられないだろうな。あるいは、それでも難しいかもしれない」

 

 単純な実力の不足を想定しているのだろう。ただ解くというのならともかく、他人の魔術を完全に解析しようとするのは本当に難しい。ましてやサーヴァントの施したものである可能性も考慮すれば、それは輪を掛けたものになる。それを思って、皆重いため息を吐く。

 

 

「――で、誰がやったか、心当たりはあるか」

 

 凭れていた木から弾みを付けて背を離し、放たれた質問。

 沈黙が降りた。その問いには……誰も答えられない。手がかりが少なすぎる。

 ――いや、厳密には心当たりが二つある。それは他の二人も同じだろう。だが、論理的にも、心情的にも、どちらもありえない()()だ。

 

 

「……まず、遠坂だが――」

 

 膠着を嫌ってか、それを破るように水明が再び口火を切る

 

「それはないな」

 

「それはないです」

 

 が、二人の反論が即座に出る。彼はそれを聞いて僅かに目を細めた後、首を縦に振った。

 

「だろうな。俺もまず除外した」

 

 言葉を切り、思案するように手を顎に添える。しばし瞑目。そして、おもむろに口を開く。

 

「彼女が犯人だったら不都合が目立つ。一つ目は、あいつが冬木の管理者であること」

 

 腕を伸ばし、一本の指を立てる。

 

「自分の領域(フィールド)の人間を徒に殺すのは管理者(セカンドオーナー)の在り方に反するし、魔術協会と聖堂教会の両方からの評価も最悪だ」

 

 俺も桜も頷く。それを見て水明は二本目の指も立てた。

 

「二つ目。こっちのほうが重要なんだが……」

 

 言いながら、ニヤリと口の端を上げる。

 

 

 

「俺もそんな奴だとは思わない」

 

 

 

 ――――。

 

「……先輩、水明さんのこれって煽ってるんですかね?」

 

「待て待て待て待て桜。いや待って待って」

 

 唐突な空気の弛緩。代わりに不穏な雰囲気を醸す彼女を、大慌てで止めに掛かる水明。

 彼女に同意することこそしなかったが、自分もイラッとはしたのは事実。ただ、正直、それ以上に安心してしまった部分も大きかった。なんだかんだ彼も遠坂を信用しているのだと思うと、なんとも言えない安堵感がある。だから何も言えずにいると、桜は諦めたのか、彼の方に向き直った。

 

「だって水明さん、朝からずいぶん魔術師(あっち)側に寄ってたじゃないですか。なのになんで、突然そんなふざけたようなことを言うんですか」

 

 

「……そうは言ってもな。実際に遠坂が犯人だったら俺らの手に負えないかもしれないぜ。だからそんな可能性、考えても無駄なんだよ」

 

 

 桜が首をかしげる。それを見た水明は、咳払いをひとつ。真剣な顔をして話し始めた。

 

 

「何年か遠坂を見てきた訳だけど、俺を含めて全員がそんな性格だと思えなかった。その上でそれが真実でないとしたら――あいつはとんでもない魔女だってことになる」

 

 

 そしてな、と続ける。

 

 

「恐ろしいことに、あいつには十分可能性があるんだ。音に聞く五大元素使い(アベレージ・ワン)っていう奴の素質はまさしく化け物級だ」

 

「――だからな、魔術師として、俺らを欺き通せるような能力も培ってるって場合もありえなくはないんだよ。魔術の素質が他の才能の程度と比例するとは限らないにしても、あれほど恵まれてたら実際のところ天井は到底分からない――なんでもありなんだ」

 

 

 嘯くように言を連ねる。

 

 

「そして、そのレベルの奴相手ならどう警戒しても無駄ってこと。危険だって可能性だけ頭に入れて時々の対応に気を配るしか無いのさ」

 

 

 長い言葉の最後に、そう締めくくった。

 

「――水明。それは……」

 

 皆まで言わないうちに遮られた。

 

「おうとも、邪推だよ、士郎。言った俺も、確率はえらく低いと思ってる」

 

 なら、なんで言ったのか、そう訊こうとしたとき、水明は手を伸ばして制してきた。

 

「一応、警告っていうか自戒すべき話なんだけどよ」

 

 耳を傾ける。

 

 

 

「俺ら、正直遠坂を侮ってる部分があったろ」

 

 

 

 予想外の言葉。でも、否定は、できなかった。

 

 

「この結界で思い直したんだよ。――――俺らは遠坂のことを無意識に下に見てないか、ってな」

 

「ずっと戦いに明け暮れてた俺らに届くはずが無いって、そう思ってた」

 

「本当に馬鹿なことにな」

 

「それは手酷い驕りだった訳だ」

 

「サーヴァントなんて規格外があるんだ。才覚次第でどうとでもひっくり返せる」

 

「あるいはその才能だけでどうにかされるかもしれない」

 

「気を引き締め直さなきゃならない。――そうだろ?」

 

 矢継ぎ早に言葉を繰る。傲慢を自嘲し、自戒し、糾弾する。

 

 

 ――否定は、できない。桜でさえ表情を曇らせている。

 

 

 

 

 遠坂が俺らを、妹を含めて騙し続けてきた可能性。否、騙しおおせてきた可能性。

 

 

 

 心は言う。それはないと。

 脳は言う。それはありうると。

 理性は言う。それはあってはならないと。

 綯い交ぜの思考。結論を出せないまま沈黙する。

 

 

 

 耳に痛い、音の空白。隣を見遣れば、桜も眉を曇らせ、俯いている。

 

 

「……そう、かもな」

 

「先輩……?」

 

 ようやく絞り出すように同意した自分に、不安げに呼びかける桜。そんな俺たちを前に、水明は厳しい表情を向けている。――だが、そうしていたのは決して長くはなかった。やや不自然なようにも感じられるタイミングで、ふっ、と雰囲気ごと表情を緩め、執り成すように言葉を向ける。

 

「……まぁ、ともあれ全部憶測じみた推測だ。さっきも言ったけど、そうそうないことだと思う」

 

 なによりあいつがこんなことをする奴だとは信じたくないしなと、柔らかな表情で口添えた。

 

 その点で水明の思いと、己の思いとが一致しているのは救いだったが、しかし。俺が今まで"最悪"を想像しなかったのは事実。私情で危険を呼び込む思考をしてしまっていたのは、強く反省すべき点だった。

 

 

 

 ――例え、憧れの人間を一種貶める想像だとしても。

 

 

 

 微妙な感情と思考とが、脳を素通りして表情に出てしまう。

 そんな俺を見て、水明は小さく笑った。

 

 

「落ち込むなよ、士郎も桜も。これはあれこれ考えた結果ってだけだろうよ」

 

 

 その笑顔は、酷く少年じみているのに魔術師らしくて。――でも、羨ましそうな、色もあって。

 

 

 ――――。

 

 

 複雑な色を面に浮かべたまま、彼は続ける。

 

「そんな深く考えんな。心構えの問題だ。だから、もう問題はないだろう?」

 

「でも」

 

 少女の反駁。それに彼は否定の意を示すように首を振った。

 

「だーかーらー、気にすんなって」

 

 頭を掻きつつ、しつこいけどさ、とため息を一つ。

 

 

 

「あのな、無理な想像でも想定するのは戦う魔術師の習いだけどよ、それ以前に俺らは結社の魔術師なんだぞ。――そこらの魔術師と同じ価値観で、人間らしい血の温度を消す必要もないだろ」

 

 

 

 ましてや、と自分と桜を指差して言う。

 

 

「お前らは俺と比べりゃまだまだ未熟なんだ。そう言う事ができないのも仕方ないさ」

 

 

 皮肉げな言葉。

 それを聞いた少女は一瞬ぽかんとしたかと思えば、しかし柔らかに微笑み、耐えきれないように口から楽しげに空気を漏らす。俺もたぶん同じであろう感想を抱いて、ほんの少しむっとした後、笑ってしまった。

 

 ……傍からは非常に分かり辛いが、これは「魔術師らしい人でなしでいるのは俺だけで十分だ」といったニュアンスの言葉なのだ。妹弟子(ハイデマリー)のように副音声レベルとはいかないが、ずいぶん長く接してきたからこそ、すぐに分かる。いつもの素直じゃない(ツンデレな)性格の滲み出る物言い。

 あんまりに俺らが笑うから、今度は水明がむすっとした表情で不機嫌になり始める。それを二人してどうどうと諌めれば、おかしさの余りとうとう本人まで吹き出した。

 

 

 

 校舎裏の雑木林。最初はいかにも魔術師が集う、重苦しい雰囲気に満ちていたその場所。しかし今は打って変わって笑い声の木霊する、学生の集いらしい明るい空気を纏った場所となっていた。

 

 

 

 ――少なくとも、そう、俺には思えた。

 

 




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