少女は夢を見ていた、そこは少女が今居る暖かな場所ではなく冷たく苦しい路地裏であった
少女は思い出す、暖かな場所に来る前に居た住処の事を
時に凍えて、時に栄養失調や飢餓で、時に暴力で小さな命達が消えていった日々
雨風が凌げる場所に固まり、互いの体温で暖を取りつつ空腹に耐えた日々
ゴミ箱を漁ったり、物を盗んだり、人を刃物で脅したりして生きようとした日々
そんな辛い日々の中にも僅かな暖かな記憶が有った、それが夢の中の少女が立つ路地裏の先に有った小さな協会だった
一週間に一度炊き出しを行い、やって来たスラムの住人達に振る舞っていた
硬いパンを八分の一に切り、僅かな野菜のクズを大量の煮込んだ味の薄いスープ
それらを求めて寒空の中、子供も大人も行列を作っていた
少女も人々の列に並び、木製の木皿に注がれたスープとパンを受け取り、土の上に座り奪われないよう食べ進める
『こんにちわウーちゃん』
少女に話し掛けてくる優しい声、顔を上げると髪全体は緑色、左側の髪の一部をオレンジ色に染めたボブヘアーの女性が立っていた
顔には影が差し込み、表情が見えないが口調から喜びや親しみを感じる
女性は少女の隣に座り、話し始めた
それは少女にとっての暖かな記憶の一部⋯⋯
「んっ⋯⋯夢なの?」
騎士団寮の一室でふかふかのベッドから身体を起こす白髪の少女が居た
名前はウサギゴケ、半年前から騎士団に入団し、今は討伐任務の為にウィンターローズにある騎士団へと出向いていた
部屋の中の寒さに身体を震わせていると違和感に気がつく
「あれ?ニンジンさん達が居ないの⋯⋯?どこ行ったの?」
いつも側に居る手足の生え小さな槍を持つ二体のニンジンのオトモが居ない事に疑問を持ち、部屋の中を探し回るが見付からない
よく見ていると入り口の扉が開いており、二体が外に出た可能性があると判断し、ウサギゴケは廊下へと出た
「おはようウーちゃん、どうした?何か探しているのか?」
「ウメさん、おはようなの!朝からニンジンさん達が居ないの⋯⋯」
「もしかしたらハロウィンパーティーに行ったのかもな、あの子達は時折そういうイベントとかにウーちゃんを連れて行ったりしていただろ」
ウメと呼ばれたピンクの髪の女性はウサギゴケの目線に合わせるようにしゃがみこみ、オトモを心配するウサギゴケを慰める
「ハロウィン?ウーちゃんわかんないの」
「そうだな⋯⋯仮装して町を歩き、お菓子を配ったり貰ったりするイベントだ。本当は幽霊があの世から帰って来るから連れていかれないように仮装して紛れ込むとか色々あるんだがまぁほぼ仮装して楽しむ祭りだ」
「幽霊?幽霊なんかより人間の方が怖いの!」
「⋯⋯そうだな⋯⋯とにかくハロウィンは楽しい祭りだぞ、トリックオアトリートって言えばお菓子を貰えるお祭りだ」
「トリックオアトリート?」
「お菓子をくれなきゃイタズラするぞって合言葉だ、そうすれば大人が子供達にお菓子を挙げるのさ」
「⋯⋯よくわからないの」
食べ物一つで争い、奪い合う生活をしていたウサギゴケにとってハロウィンはよく分からない事であった
そんなウサギゴケを入団した日から世話役として、今では姉のように成長を見守り支えているウメは優しく頭を撫でてから立ち上がり、ウサギゴケの手を繋いだ
「どうだい?一緒にお祭りに行かないか?お祭り会場でニンジンさん達を探しながらハロウィンを楽しもう」
「わかったの!ウーちゃんズ出発なの!」
二人は仲良く出掛けようとした、その様子は仲の良い姉妹の様であった
しかし玄関を潜ろうとした時にまだ寝巻きのままである事を思い出し、二人は慌てて着替えに戻ったのだった
『はじめまして、貴女の名前は?』
『ウサギゴケはウサギゴケなの⋯⋯』
少女が優しいお姉さんと協会の炊き出しで出会った時、彼女は少女に名を訊ねた
『ウサギゴケちゃんか~かわいい名前だね♪ウサギって付いてるのが良いよね!お姉さんね、ウサギさん大好きなんだ!ウサギゴケちゃんもいつもウサギのぬいぐるみと一緒だけどウサギさん好きなのかな?』
『⋯⋯うん、ウサギさん大好きなの』
『そっか~♪お姉さんと一緒だね♪』
いつもニコニコと笑みを浮かべ、子供達に優しいお姉さん、そんなお姉さんの仕事は花騎士であり、元々ウィンターローズに所属していたが最近此方の方に転属になり、協会の炊き出しを手伝うようになったと語った
『テメェ!!なんでこんなガキの方が俺のより量が多いんだ!』
『あートラブルみたい、ちょっと待っててね』
叫び声を聞いたお姉さんは立ち上がり、叫ぶ男の前に立つと宥める
『まぁまぁ落ち着いて、みんな量は一緒だし誰か多いとかないから』
『うるせぇ!どけよ!』
お姉さんに殴りかかる男の拳を受け止めて、そのまま腕を引いて地面へと倒す
『なっ!?』
『ちょっと頭冷やそうか、ダメだよ?みんな仲良く食べなきゃ出禁とかしちゃうよ?』
呆然とする男を困った顔で見下ろしているお姉さん
男も顔を青ざめながら頷き、差し出された皿とパンを受け取り去って行った
『ごめんねウーちゃん』
『?』
『あっ!ごめん!勝手にあだ名とか付けちゃって』
『ウサギゴケはウーちゃん?ウーちゃん⋯⋯今日からウーちゃんなの!』
『アハハ!よろしくねウーちゃん♪』
「人いっぱいなの!」
「待たせてしまったな、はいウーちゃん。この籠にお菓子を入れておくんだ、私はちょっと用事が有るから見て回って居てくれ。だが祭りの会場から出ない事、いいか?」
「わかったの!」
ウサギゴケはカボチャを模した籠を受け取り、広場へと歩いていく
参加者と思われる大人達を見つけると近寄り声を掛けていく
「とりっくおあとりーとなの!」
「あらかわいいウサギさんね、はいお菓子どうぞ」
「ありがとうなの!」
ウメに教えて貰った言葉を言いながらおばさんに話し掛けると笑みを浮かべながらウサギゴケへとお菓子を手渡してきた
その後も色々な人にお菓子を貰い、屋台のお菓子を眺めながら歩いていると前から歩いてきたお姉さんとぶつかってしまった
「ごめんなさい、大丈夫ですか?」
継ぎ接ぎの服の上に白衣、頭に金属が刺さっており、肌も青白いけど綺麗なお姉さんがしゃがんで謝ってきた
「ウーちゃんは大丈夫なの!よそ見しててごめんなさいなの……それよりトリックオアトリートなの!お菓子くれなきゃイタズラしちゃうなの♪」
ウサギゴケも自らも注意散漫だった謝罪し、頭を下げる
ついでにトリックオアトリートと言いお菓子をねだってみた
「イタズラは困りますからお菓子をどうぞ」
「ありがとうなの!またねなの!」
女性は笑みを浮かべ、お菓子を手渡してくれたのでお礼を言いながらその場を後にした
その後も色々な人々にお菓子を貰い、籠いっぱいになったお菓子を食べようと広場の端にある椅子に座り、籠の上の方にあるお菓子を摘まむと口に入れる
「美味しいの♪」
サクサクとした食感と仄かな甘味を感じるクッキーを食べて足をパタパタ揺らしているウサギゴケとそれを微笑ましく眺める大人達
暖かな雰囲気の漂う中、草むらから黒い影が飛び出し、ウサギゴケのお菓子の籠を盗み取る
「トリックゥゥゥゥゥ!!」
「オアァァァァァ!!」
「トリートォォォォォ!!」
同じようにお菓子の籠を盗み取った害虫達が現れパニックになる
「ウーちゃんのお菓子返すの!」
逃げ出した三匹を追いかけるウサギゴケであった
『ウーちゃん、もし私に何かあったら花騎士学校にいくの、いいわね?』
『花騎士学校?』
『私の感だけとウーちゃんは花騎士の素質あるわ』
『ならウーちゃん、花騎士になってお姉さんと一緒に戦うの!』
女性と出会ってからしばらくするとスープ内の野菜の量が増えて野菜の甘味が出るように、パンを四分の一に切って手渡されるように、そして炊き出しが週二回に増えていた
これは花騎士達による寄付による財源の増加により炊き出しへ使えるお金が増えたお陰であった
そんか女性との何気ない会話が彼女との最後の会話となった
『あの⋯⋯お姉さんは居ないの?』
『お姉さん?⋯⋯あぁ◯◯◯◯の事ね、ごめんなさい⋯⋯あの娘は任務に出掛けたわ、この辺りで害虫が出たとかって⋯⋯あの娘、昔家族を害虫にね⋯⋯だから必死に害虫追い掛けてると思うわ』
『わかっ⋯⋯たの』
それ以降彼女を見かける事は失くなった
何度聞いても花騎士達は任務中、仕事、今日は休みと誤魔化すように語る
しかし数ヶ月も続くと幼い少女にも理由が分かってしまった
もう彼女はこの世には居ないのだと⋯⋯
「そっちだウーちゃん!」
「はいなの!『ウーちゃん超ドリルなの!』」
お菓子を盗んだ害虫を追う途中、最近起きるお菓子盗難を調査していたウメと合流し、気配を消した追跡の結果、害虫達の巣とお菓子の隠し場所を発見、他の花騎士達と共に駆除を行った
別の箇所にも隠し場所があり、そちらに向かうと先程ウサギゴケとぶつかった女性が魔女の姿をしたハンマー持ちの花騎士と一緒に居る等ちょっとした出来事が起きた
「ウーちゃん、もう遅いから先に戻っていてくれ。後は私がやっておく」
「分かったの!」
日が傾き、黄昏どきの道を歩いているとウサギゴケはフードを被った女性とぶつかってしまう
「ごめんなさいなの!」
「こっちこそごめんね、大丈夫?」
「平気なの!」
地面に溢れたお菓子をフードの人物と拾う、声から女性と分かるが深く被られたフードの下は見えない
「はい、これで良し」
「お姉さんありがとうなの!」
「ふふ、元気だね♪あっこれ、あげるね」
「良いの?」
お菓子を全て拾い上げ、立ち上がった女性がウサギゴケに対してニンジンの形をした飴を差し出してきた
まだ何も言ってないウサギゴケは困惑しつつも飴を受けとる
「いいのいいの、余っちゃったから⋯⋯じゃあ気を付けてね、バイバイ『ウーちゃん』」
「えっ?ウーちゃんの名前⋯⋯あれ?お姉さん⋯⋯?」
渡された飴を見つめていたウサギゴケに対して、名乗っていないのにあだ名を呼んだ女性を探すが人混みに紛れたのか見つからない⋯⋯まるで消えてしまったかの様に⋯⋯
『本当に良かったのかい?』
「うん、大丈夫⋯⋯あの娘の様子見れたし、平気⋯⋯それに普段から一緒に居られるから問題無いかなってね」
『じゃあ行こう、私達が居られる時間もそろそろ終わりだ』
「うん⋯⋯元気でね『ウサギゴケちゃん』」
人混みの中に消えるフードの集団、誰にも見られず、気付かれず彼らは消えて行った
ハロウィン、それは先祖の霊が帰って来る日、彼らは現世へと帰ってきた存在であった
「ただいまなの」
部屋に戻ると、朝は見付からなかったニンジンのオトモ達がウサギゴケを出迎える
二体は小さなお菓子の籠を持っていた為、ウサギゴケは呟いた
「トリックオアトリートなの!」
その日の夜に見た夢は死んだお姉さんや怪物の姿をしたお姉さんや一緒に居た魔女の女性、ウメと共に戦うウサギゴケの夢だった
皆、笑みを浮かべ互いを励ましあい、終わった後は楽しく談笑する幸せな夢だった
作中のお姉さんの姿はウサギゴケの担当イラストレーターである汐王寺先生のツイッターにスラム時代ウサギゴケと一緒に描かれていたニンジンの花騎士をイメージして描写しました
⋯⋯実装される事はない筈⋯⋯怒られたら描写変えます