公園を出て、家に向かって歩いていると、いつもこの時間には見かけない背中を見つけた。
いつもなら、学校の終了のチャイムが鳴ると同時に家に帰っていた涼だ。
今日話すのは三度目で、見なかったことにして帰ってもよかったが、夕方に一人で屋上にいたときに普段とは違う雰囲気を感じたので、何かあったのかもしれないとその背中に声をかけた。
「そこの一人で歩いているお嬢さん……一人で帰るのはいささか危ないのでは?」
「……」
よくよく考えたら、こんな時間に涼と一緒に帰ったことは指で数えるほどしかなかったし、学校で帰宅時間のかぶったやつと一緒に帰ることが主だったためになんて声をかけていいか迷ってしまい、いつもは言わないような言葉を言ってしまった。
その声が聞こえたのか、涼は足をいったん止めてその場に立ち止まった。
それに安心して、待たせては悪いと思い、ちょっと駆け足で近づこうとしたら、涼は止めていた足を急に動かし、俺の方を見ることなく全速力で走りだした。
「はっ?」
思わず声に出てしまったが、そんな言葉を置き去りにしながら俺もその背中を走って追いかけた。
だけど、意外とスピードが速くてなかなか差が縮まらない。
追いつくために、本気で走ろうと足に力を入れ、思い切り地面をけると同時に涼の声が周りに響き渡った。
「変質者です! さっきからずっと追いかけてくる人がいます」
その発言で変質者と思われていることを知り、普段見張っている変態どもと同じ扱いに現在されていることはいい気分ではなかったので、これから自分が行く先の道路に一瞬で氷を張り、その上に乗って普通では出すことのできないスピードで涼の手をつかんだ。
思わず普段日常では使うことのない力を使ってしまったが、幸い、あたりに誰もいなかったおかげか、変質者と思われることも、力を使ったこともばれることはなかった。
「っ! 離してください!」
急に手をつかまれた涼は俺の手をはなそうと力任せに腕を動かしているが、今手を離したら誤解をとけないままになると思い離されないように手に力を込めた。
そうしていると、いくらやっても振りほどけないことにあきらめが付いたのか腕を振るのをやめてこちらをやっと見てきた。
こちらを振り向いた涼の顔は今まで見たことがないような不安そうな顔をしていて、目が少しうるんでいた。
その顔が見えた途端さすがに俺も自分と証明できる言葉を何もかけずに後ろから追いかけ続けていたことに罪悪感を覚え、つかんでいた手の力が自然と緩まった。
さすがに彼女も俺の顔を見てすぐにその顔を一変させ、うるんでいた瞳にはいつの間にか氷河期が来たようで俺に吹雪のような視線を浴びせてくる。
さて、どうやって弁解しようかと頭を悩ませていると続いていた氷河期から冷たい声が降り注ぐ。
「凍夜君……あなたはいったい何をしているんですか……」
その言葉を聞いて自然と道路に膝がつき、自然と姿勢が正された。
これから落ちてくる氷柱を受け入れるべく正座とともに頭も下がる。
「……帰り道の途中で涼さんを見かけましたので、一緒に帰ろうと思い声をおかけしたのですが、急に奇声を上げて走り出してしまったので、急いで追いかけて手をつかみました。
以上になります」
「……あなたは何を言っているんですか? どう考えても知り合いにかける声ではなかったように思えましたけど」
「はい」
「そして、急に奇声を上げて走り出したといいましたよね」
「……はい」
「私は奇声を上げていましたか」
冷たい視線を放っていた目をさらに細めて、言葉を続ける
「あ・げ・て・い・ま・し・た・か?」
「……誰かに助けを求めていました」
「さっきの、凍夜君の言っていることが本当なら私は知らない人に声をかけられたと思い、驚いて急に奇声を上げて走りだした人ですよね」
「……」
「これだと私が勝手に行動したみたいになっていると思いますけど……どうですか、あっていますか?」
「……私の発言に不審者だと思った涼さんが逃げるために助けを呼びながら走っていたところを捕まえたのが正しいです」
「そうですよね……ずれていたところが修正できてえらいと思いますが、わかっているなら最初からそう言ってください」
「……申し訳ない」
「だいたい、私が走り出した時点で凍夜君だとわかるように言ってくれればよかったじゃないですか……無言で走ってくるのはさすがにおかしいです」
「急に走り出したことに驚いて、追いかけることに必死になったからそのことが頭から抜けたんだよ……」
「それなら、腕をつかんだ時点で何か声をかけてくれてもよかったと思いますよ……私、本当に恐怖を感じたんですから」
そういわれてさっきの表情が頭に浮かんでくる。
「……それはあの顔を見たから重々わかっているよ……さすがに悪いことをしたと思って何も言葉がでなかった」
「……反省しているのならいいですが……今後はもっと普通に声をかけてください。
今度同じことをしたら許しません」
「はい……本当に申し訳なかった」
膝の上に手を置きながら下げている頭をさらに深く下げた。
「わかったのなら顔を上げて立ち上がってください。さすがに道端でこんなことをしていたら恥ずかしいです」
そうして頭を下げていると、この話は終わりなのか立ち上がるように促してきた。
誰もここを通る気配がなかったので誰も見ていないとは思ったが、ここにいつ誰かが来てもおかしくはないので、俺も下げていた頭を上げて立ち上がる。
「ほら、さっさと帰りましょう。 すぐにでも暗くなってしまいますから」
俺の座っていた位置からほんの少し前に立ち、体をこちらに向けていた涼にせかされ、すぐに一緒に帰ることができるように動き出した。
それを見た彼女は、止めていた足を動かし始め、やっと俺の当初の目的は果たすことができたようだった。
「私に迷惑をかけてこんなに遅くなったのですから、家の近くまで送ってくれるんですよね」
隣に並んだところでそういわれたが、考える必要もなく言葉が出る。
「さっきのこともあったし、途中で一人にするつもりはさすがにない」
帰る距離は延びたし、帰宅も遅くなるけれども……いやという気持ちは全くなかった。