部室を出て少し歩くと道場につく。俺が所属している弓道部の活動場所だ。
所属しているとは言ってもそこまでまじめにやっているわけでもない。
空いているとき、必要な時に出て活動をこなしている。
ただ、空いていることが多いのと、瑞帆によく来いと言われるために普通の部員として活動しているといわれてもおかしくないかもしれない。
舟波瑞帆……彼女との出会いはかれこれ一年になる。
それこそ、部活に入ってから最初に話し、交流を持ち始めたのは彼女なのだから仲良くなるのはおかしくはないが、ここまで下っ端みたいになるとはおもいもよらなかった。
この部活は上級生1人に2人の新入部員がついてその人に基本的に付きっきりになって最初は面倒を見てもらうことになっている。
本来であればそんなことはないのだが、去年は上級生の人数が少ないうえに新入部員も多かったためにそういった体制で教えることになったらしい。
というわけで最初は彼女と一緒に弓道を教わっていたけれど一年たつうちにいつの間にかこういう風になっていた。
一年たった今そういえばそうだったなと彼女が道場に向かう姿を見て思い出しながら歩いていると目的の場所についた。
引き戸の半分が開かれている玄関に3人続けて足を踏み入れると、ほとんどの部員が練習前の準備をしていた。
「そういえば……なんで今日は部活に強制参加させられたんだ?」
部活が開始される5分前くらいに気が付いたが、普段は教室まで瑞帆が来ることはほとんどない。
それこそ、試合前の調整や指導をしてもらいたいなどの理由がほとんどだが、それも、休日練習後の自由な時間が空いているかなどの週末に予定を聞きに来ることが多い。
何かあったかを必死に考えていると鶴野が微笑みながら答えを教えてくれた。
「忘れたの?遠野君……今日は今年の新入部員が正式に入部をする日だから、後輩の面倒を見る人の振り分けをするって先輩が言ってたじゃない」
聞いてみると、確かにそうだったような気がして、自然と口から気が入っていないような返事をしていた。
「私昨日言ったよね?帰るときに。しかもわかったとも言ったわ。……もしかして、昨日返してくれた返事は俺には関係ないから適当に返したとかじゃないわよね?」
「そんなことはないです。たまにある昨日言ったことでも次の日になったら忘れてしまうあの症状です。だから適当に返したというわけではないです」
「覚えていない時点で、まじめに聞いてなかったことと同じなのよ。わかってるの?」
「まじめに聞いていても覚えていないことはあるだろ……今日の授業の内容とか」
「それは、まじめに聞いていたとしても、量が多いんだから覚えていられるわけないでしょ。私が話したのは5分もかかってないんだから、忘れるのは聞いていなかったか別のことを考えていたかのどっちかじゃない」
「……」
確かに昨日はまじめに話を聞いていなかった気がする。
一緒に帰っている途中に変な気配を感じたからだ。
何か起こっても対処ができるようにそっちに気を配っていたせいで、瑞帆の話を聞き洩らしたかもしれない。
そうやって話していると、俺の右肩に動物をなでるような感じで優しく手が置かれた。
誰に置かれたのか気になって後ろを見ようとして右を向くと瑞帆の肩にも手が置かれている……その先にある顔を見ると化け物でも見たような青ざめた顔をしていた。
その表情を見て後ろを振り向くのが怖くなり顔をもとの位置に戻し、逃げ出そうとしたがさっきまでの優しく置かれていた手は肩をがっしりとつかみ、簡単には振りほどくことができなくなっていた。
仕方なく観念して、また右を向くと肩の間からゆっくりと顔が出てきた。
「私、言ったような気がするけれど……早く来るようにって」
「いえ、私はそんなことまったくもって存じておりません」
恐怖を感じていると口から勝手に言葉が出てしまう性格だったのか、何かを考えることもなくするりと言葉が出てくる。
先輩は自分の質問したことに対する返答ではなかったため、まだ続きがあるのだろうかと思っているのか何も言葉を発さずにこちらを見ている。
さすがに、言われた覚えがないため昨日の部活以降の記憶を思い出そうとしても、そんなことを言われた記憶が浮かんでこない。
そもそも、昨日先輩と話したのは部活中に弓に関する指導の話だけのはずなので、初めて聞いたような困り顔で先輩を見ると、先輩はその顔を見て、瑞帆のほうを向いた。
「それで……あなたには確か着替えの時に言ったはずだけど……」
そういわれて、瑞帆は驚いたかのように体をびくつかせ顔をこちらに向けて話し始めた。
「言われたので教室まで行って急かしたんですが、急ぐ気もなく凍夜がゆっくりきたせいで遅くなりました」
「……そう……」
それだけを発してこちらを向いた。
さっきから表情が変わっていないはずなのに肉食動物と対峙したかのような威圧感に襲われる。
さすがに怖いので自分の保身のためなのかまた言葉がすんなりと出てきた。
「先輩……何の説明もなく教室に来て早く行くなんて言われてもすんなりついては行けませんよ。もしかしたら自分がやりたくない雑用でも押し付けられるんじゃないかと思いましたし……」
「はー!? そんなわけないじゃない!凍夜が……」
俺の言葉に瑞帆が普段より大きな声を出すが、その声の後の言葉は先輩の声に遮られ続いてこなかった。
「今日、私が早く来いといった理由を忘れたのかしら? 今年の新入部員の指導者を決めるためだって言ったはずよ。 そして、新入部員はもう来ています……大きな声を出すのはやめなさい。わかったかしら」
先輩の言葉が強く刺さり、しゃべるのを止める。
そして、新入生の統率をとるためか俺たちのそばを離れていく先輩が残した言葉から逃げることができない俺たちは、ただただ先輩のほうを見ていることしか出来なかった。
「これ以上怒らせるわけにもいかないから言うことを聞いておきましょ。私たちはどうあがいても部活後には説教だから」
「珍しく俺も怒られたからな……黙って従うか……」
いつも静かな人が怒ると怖いとはよく言うが、顔の表情があまり変わらない人が怒るのも怖いことには変わりがない。やっぱり、怒りやすい人があまり怖く感じないのは、その姿をよく見て慣れているのかもしれない。
瑞帆と先輩を交互に見てそう思いながら、先輩が集合をかけたので俺たち二人と怒られている間にどこかへ消えていた鶴田を合わせた大勢が先輩のほうへ詰め寄った。
駒王学園の弓道場は少し変わっている。
学園の端っこ位置するここはほとんどの学生が入学してからこの場所知る機会がないため、部員以外は知る人ぞ知る場所になっている。
そのため、弓道部の新入部員の獲得率はその場所を見つけた人が多かった場合、たくさん入部する人が増えるということになっている。
ただ、入部する人の確率を上げるだけであって、全員が入部するというわけではない。
今年のように見つけた人数が少ないうえに、入部する人が少ない場合が多いが、去年は少し違った。
見つけた人が多かったうえに、それを見つけたほとんどが入部している。
そのため、今の三年の人数の倍が入部することになった。
いつもの倍の人数が入部したところで、10人をちょっと越すくらいだが、やったことがない人たちに弓を教えることは、なかなか大変だということを先輩の先輩から聞かされていたらしく、先輩たちは一人で二人の新入部員を受け持つことで誰かに負担をかけさせ過ぎないようにしたらしい。
その中で、なぜか不思議な縁があったのか、俺と瑞帆と先輩がチームを組むことになった。
それが、今なお続いている。
新入部員が入ってきたことでそのことを思い出しながら、先輩の説教を受ける。いわれている内容は連絡をきちんと取りなさいだの、話を聞きなさいなど普段から他の人に注意されることでもない些細な事ではあるが本人にあまり自覚がないことばかりだった。
二人でそのありがたいお言葉を頭に叩き込みながら、正座した足に痛みが走りはしめたころに説教は終わりを告げた。
連絡をきちんと取りあいなさいということが主題の説教は本人に直接伝えなかった自分も悪かったという岬先輩の謝罪を最後に締めくくられ、俺たちにも帰宅の時間がやってくる。
今日はミーティングだけということもあり、開始して30分で終わったため、三人以外の人は終了後に着替えて帰っていった。
そのため、早くに帰って来いと言われていた俺も説教をされていたのにいつもの帰るくらいの時間に帰宅することができる。
説教さえなければ面倒見がよくいい先輩なので、制服に着替えた三人で影を並べながら帰宅路につく。
学校にいるときの会話なんて忘れてしまったかのような感じで、たわいもない雑談をしながら帰る。
会話に応答しながら歩いていると珍しい話題を瑞帆が振ってきた。
「そういえば、今日翔から聞いたんだけど……学園きっての有名人の変態三人組がいるでしょ? その中の一人がかわいい子に告白されていたみたいよ。 おかしな子もいるもんね」
「瑞帆がそんな話題を振るのは珍しいな……その話ほんとなのか?」
「翔もまた聞きらしいからほんとはどうかはわからないけど、そんな噂があの三人組の誰かから出てくるなんて、見ていない限りありえないだろうから本当だと思うわよ」
「ひどい言われようだけどあの人たちを見てると仕方ないことね……ほんとにそうならこれを機に行動を慎んでほしいところだけど」
「確かにね……被害が増える一方だし」
「この前、うちの部室にも何かしようとしてたらしいしな……」
「ほんとに?もしほんとなら対策を練らないと……」
「あまり必要ないと思うわ。だって凍夜がいるし」
「確かにそうだけど……凍夜だってやり過ごされるかもしれないじゃない」
「凍夜がだめでもほかにも人はいるわ。生徒会とかあの子たちとかね」
「屋上部のこと?なぜかうちの部員の一人が入ってる」
「……いつもだけど、なんで屋上部の話を出すと不機嫌な顔をしてこっち見てくるんだよ」
「そんな顔してないわよ……」
そういって先輩と二人でまた話をし始めた。
いつものことで、屋上部のことを出すと大抵不機嫌になり、分かれ道まで会話が飛んでこなくなるので、しばらく黙ったまま会話している二人の後に続く。
5分くらい歩いていると、ちょうど3つに分かれた道がやってきて三人とも別の道を行く。
二人に別れの言葉を告げ、今度は一人でまた5分ほど歩く。
(お前、できる限り早く帰って来いって言われてたけどいいのか?)
いつも通り誰かがいなくなったところで頭に聞こえてき声で学校を出るときには覚えていたことを思いだした。
「もっと早く言ってくれよ……」
(忘れてたお前が悪い……全力で走れ。 あいつらもう来てる可能性が高いからな)
溜め息を吐きながら言われた通りに全力で家を目指した。