授業中のほとんどの時間を睡眠に使った俺は、朝おきたときのようなスッキリとした感覚を放課後の時間でやっと得ることができた。
いつもの通り部活をして帰るつもりで、放課後になってすぐに教室から逃げ出すように歩き出した。
なんでかというと、昨日みたいに瑞帆が来てうるさく言われるのが嫌だったからだ。
教室に俺がいないと部室にいると思って、寄り道せずに部室に向かってくれるので、寄り道しながら部室に向かうことにして、昼と同じように上に向かう階段を上がる。
放課後は変態組もさっさと帰るので屋上に行く必要はないし、あの二人も放課後はここに来ることはないので、普段なら階段を上がる必要はないけれど、今日に限って屋上に行きたくなった。
もしかしたら、部活に行くのに早すぎても嫌なだけなのかもしれない。
自分がどうして屋上に行きたいのかを考えているといつの間にか階段を上がりきっており、自然といつも通りに上った先にある取手を回して扉を開けた。
昼のように開けた隙間から強い風が入り一瞬目を閉じる。
そして、目を開けるとそこにはなぜか涼がいた。
「珍しいな……放課後にここにいるなんて」
声をかけながら涼に近づき、いつもの場所に座っていた彼女の横に立つ。
「……そういう気分だったので……」
俺が来たことに一瞬驚いた顔を見せたが、隣に行く間にいつもの無表情のような顔に戻った涼がそっけない感じで返事を返してきた。
普段なら、放課後に屋上に来ることなく家に直帰する涼が用事もなく屋上にいるとは思えなかったが、俺も今日に限っては気分でここにきているのでおかしくはない。
「凍夜君も部活ではないのですか? いつもなら舟波さんが教室までくるか、彼女から逃げるかのようにすぐに部活に向かっていた気がしますけど……」
「よく見てるな……確かに、普段通りならここに来ることはあまりないが……まぁ、俺も涼と同じでそういう気分だったんだよ」
屋上を囲っている胸ぐらいまでの塀に腕を置き、ここに来るまでに買っておいた缶コーヒーのプルタブを開けながら、校舎を見下ろす。
屋上には人が落ちないように、設置された塀から30センチほどの距離にフェンスがあり、
そのせいで校舎の上から見る景色には線が入る。
それでも、きれいに学校を見渡すことができるので、たまにこの場所にきて、缶ジュースを飲みながら学校をボーっと見下ろしている。
夕日にあたっているとはいえ、昼間のより冷たくなった風が頬を撫でているせいか、少し肌寒い。
「夕方にここに来るのもいいかもしれないですね……夕日がきれいです」
歩いている生徒たちを見ていたら、いつの間にか隣に来ていた涼が風に髪をもてあそばれながら話しかけてきた。
「ただ、この強風はあまり好きじゃないですね」
「いや、いいんじゃないか……ちょっと寒いが、春らしくていいと思うけどな」
「普段の風なら春らしくていいですけど……この風は少し強すぎるので……」
フーンと軽く相槌を打ちながら、涼のほうを見る。
「今日の涼はきれいに見えるな……」
昼間見た時と同じ制服や姿なのに、夕日と重なる彼女を見ると、不思議と最初に屋上であった時のような感情が湧いてくる。
「まだ寝ぼけているんですか……」
俺の自然な感想に、俺の今日一日の生活態度を踏まえた一言が呆れた声でかえって来た。
「ひどいな……まぁ、変なことを言った自覚はある」
「その発言はどうなんですか……」
夕暮れの光が顔にあたり、オレンジ色に染まった涼の顔は、太陽の光とは別に少し赤くなっているように見えた。
その顔を横目で見ながらもう一度、フェンスの奥を見ていると噂の兵頭が彼女と言われていた女の子と歩いているのが見えた。
「うわさに聞く限りだと、物好きな奴もいたもんだなと思ったけど……変態な部分をなくすと以外と悪いやつではないのかもしれないな」
仲睦まじく歩きながら話している姿を見ていると自然とそういう風に見える。
「そうかもしれませんね……遠くから笑顔でしゃべる二人はどこにでもいるような恋人同士に見えます」
「まぁ、兵頭の変態性を上回るほど、あいつと付き合いたいっていう場面に遭遇したのかもしれないな……」
「そういうこともあるかもしれませんね……私はならないと思いますが……」
「そんなことはわかんないと思うけどな……いつどこで、人に転機が起きるかなんて誰にも分らないだろ……それこそ神のみぞ知るなんとやらだ」
「さすが、一日睡眠していた人は言うことが違いますね……寝ている間に神様から天啓でも受けたんですか」
「そうかもしれないな……今、ふと思いついたし」
昼間の行動に対する皮肉を鵜呑みにするように話していると、涼は無言で瞳の半分を閉じたような呆れた視線で俺のほうを見ていた。
その視線に耐えられないわけでもなかったが、部活に行くにはちょうどいいくらいの時間になっていたので、その視線から逃げる振りをしながら屋上の扉の方へ向かった。
「じゃあ、俺は部活にいくわ……」
すでに飲み干した缶を片手に持ちながら、別れの挨拶のように言葉を告げる。
さっきまでの視線の感じはなくなり、帰路につくときの分かれ道みたいな感覚で涼も口を開いた。
「そうですか……それではまた明日……」
その言葉を背にうけながら階段まで歩いていると屋上に変なものが置いてあるのに気が付いた。
立ち止まって、それをじっと見てみると機械でできた人形のようだった。
今日の昼にここに来た時にはなかったから、誰かが、昼から放課後の間に置いていったのかもしれない。
ただ、ここは普段は立ち入り禁止になっている屋上だ。
ここに立ち入ることは誰でもできるが、基本的には生徒はここには近寄らない。
それこそ、俺と涼とコロぐらいしかここにはこない。
許可を得ていない生徒はここに立ち入ると生徒会から注意を受けるからだ。
じゃあ、だれが……と考えていたら、いつの間にかその人形は消えていた。
考え事をし、一瞬目を離したあいだに水が蒸発するみたいに消えてしまった。
あたりを見回してみても、どこにも姿が見えない。
後ろも見てみるも、涼がこちらを見ているだけだった。
「どうかしましたか? 凍夜君……急にキョロキョロしてましたけど……」
変なものを見た俺の行動が奇妙だったのか涼が声をかけてきた。
俺が歩き出してから涼はずっとこっちを見ていたから、変な人形を彼女も俺の後ろから見ているはず……それなのに、なにもなかったかのような口ぶりをしてきたということは、彼女の目からは人形は見えなかったということだ。
もしかしたら、俺の見間違いということもあるだろうし、その事は触れずに返事を返す。
「いや、何でもない。寝過ぎたせいか白昼夢でも見たんだとおもう……眼を冷ましにさっさと部活にいった方がいいな……」
さっきのことをなかったことにしてそのまま歩きだし、涼に屋上を降りる前に挨拶をしてから急いで階段を下りた。