(おい、さっきのは実体だぞ……見間違えじゃねぇ)
階段を下りながらさっきの人形は夢だったのか、と考えていると、頭の中に声が聞こえてきた。
「どういうことだ?」
言っている意味が分からず詳しいことを聞くために問いかけると、淡白な感じで話し始めた。
(急に消えたから、目の錯覚だったと思うかもしれないが、俺も見ることができた……バカのお前が見て、夢かと思うのは間違いないが、俺も合わせて二人が見ているのに夢ってことはないだろう)
「バカってのは余計じゃないか……」
(日中をただひたすら眠るだけに使ってた奴がバカ以外の何者でもないだろう……あの女に言われてたことは間違ってねぇ)
「昨日のことはお前も見てるじゃないか」
(午前中たっぷり寝てたんだから午後くらい乗り越えろ……バカ)
ひどい言われようだが、日中すべて眠っていたことに間違いはないのでいくらひどく言われても何も言い返せない。
ただ、あいつに言われたことがわからない。
実体を持っているにしても、急に姿が見えなくなるなんてことはないだろう。
動いている動物が一瞬にして姿を隠したとかなら話は別だが、屋上は身を隠すところはない。
ましてや、見ているものは人形なのだから、身を動かして姿をくらますなんてこと自体出来るはずがない。
(確かに、人形が勝手に動き出すなんてことはないだろうが……消えたとなれば動いたとしか思えない)
「それしかないとは思うが、動いた感じはなかったんだよなぁ」
目を別の場所に向けた次の瞬間に消えたが、移動をしたなら気が付けるはずだ……それなのに何も気が付かずに消え去るのはテレポートしたとしか思えなかった。
テレポートのように消えるとなると使い魔か神器の可能性が高くなる。
だが、屋上で神器を使っていたり、悪魔の見張り役を配置させる理由がわからない。
今まで、配置をされていなかったところに急にしもべを配置するということは、何か起こる可能性があるということだ。
俺の感覚だと、そんなことが起こることは正直ありえないといってもいい。
ここに通っている悪魔は曲がりなりとも、上級悪魔の子悪魔だから下手に手を出すとやばいということはほとんどの勢力が理解をしているはず……理解していないのはよっぽどのバカか、よほど戦争を起こしたいと思っている奴だ。
神器を使っているとしても、あんな風に持ち主のそばを離れながら発動されている神器はそれなりに力の痕跡が残るはずだからさすがの俺でもわかる。
それなのになにも痕跡すら残っていないのだからその可能性も低い。
(お前ひとつ忘れていないか……あそこにはあの嬢ちゃんもいたんだぜ……)
確かにそうだが涼の可能性も薄いと思う……ほとんど毎日一緒にいるやつなのに神器持ちだと気が付かないなんてことは素人でもない限りないはずだ。
一番にありえるとしたら、この学園にいる悪魔の使い魔だ。
この学園を見渡せる位置で監視をしていたのなら説明がつく。
ただ、違和感を覚えるのはあの消えた速度だ。
いくら悪魔の使い魔だとしても瞬時に消え去ることのできるものはそうそういない。
可能性があっても、とんでもなく移動速度の速い魔族だ。
しかも、俺が目の前にいて消え去れるのだから化け物に近い。
そんな使い魔はそれこそ魔王ぐらい格の高い悪魔ぐらいしか使いにできないはず。
この学園にいるのが、上級悪魔だとしてもそんな力の強い奴はいないはずだ。
やっぱり、俺が寝ぼけすぎていて使い魔の移動しているのに気が付かなかった……それ以外考えにくいと無理やり自分を納得させて急いで部活に向かった。
放課後が始まって30分くらいたった後、道場のほうに顔を出した俺を一番に迎えたのは放課後になるといつものごとく怒り顔の瑞帆だった。
たまにやる遅刻の時と同じように、一番に扉が開く音に気が付きすぐさまにこちらに向かってくる姿にはもう慣れたもので、恐怖心は湧いてこない。
むしろ、そんなにカッカしてどうしたんだよといったすまし顔で堂々とした態度でいるのが最近の俺流だった。
そんな姿を見て、必ず言ってくる一言はいつもと変わらない。
「重役出勤ご苦労様……今日はどこでさぼっていたのかしら」
待ち合わせをしているのに、その時間を過ぎても相手が来ずに、いらいらしながら待っていた感じで、文句を言われるのだ。
ドアが開く音を気にかけ、音がすると毎回入口のほうを確認し、透明なガラス戸の向こうにいる人を毎回確認していない限り、こんな出迎えは正直難しいと思う。
ザラみたいな妖精が付いていれば別だが、普通の人間にそんなものはいない。
俺をまじめに部活に出させたいがために逐一確認しているなんて「見張りご苦労様です」と言ってやりたいくらいだ。
ただ、そんなことを言ったら大変なことになりそうなので絶対に口には出せない。
心の中でねぎらいをかけながら、遅れてきたことなんてなかったかのように部活に参加をし始めた。
最初のやり取りが終わったらいつも通りの瑞帆に一応は戻るので、そのあとは基本何も言ってはこない。
だが、それだけでは怒りは収まりきらないのか、背中に瑞帆の鋭い監視の目を浴びながら、いつも通りの放課後を過ごした。