シークレット・スクワッド・ジャム 作:MN
「な、何ジャムだって? アイテム名か何かか?」
「違うわよ! スクワッド・ジャム! 略してSJ!」
シノンはたいそうご立腹のようだ。片目にスコープの跡がくっきりと残した顔で、キリトを軽く睨みつけるとそう言った。
人ふたりがギリギリ身を隠せる茂みにいるふたりはいるため、シノンにはそれ以上の動きができなかった。キリトはとてもシノンの目について言及したいという好奇心が湧き上がるが、それは威厳に関わることだろうとそっと喉から出かかった言葉を押し戻す。
「へー。それでどんなものなんだ? そのSJっていうのは」
匍匐の状態で地面に張り付き、シノンに尋ねた。
「複数人でチームを組んで、幅、奥行き十キロのフィールドでチーム同士で戦うバトルロイヤルよ。主催者が直々に私に招待状を送ってきたのだけど……あなたのとこにも届いてない?」
すでにシノンは集中モードに入っている。スコープを除き込み、来る獲物をずっと待ち続けている。なんでも超レア敵で、ドロップが美味しいのだそうな。
言われたキリトはササッとメニューウィンドウを開き、メール一覧をチェックする。
だいたいが運営からの案内――アプデやらメンテだからで埋まっているが、たまにフレンドからのメールも混じっていて、その中に……。
「お、ホントだな。溜まりに溜まってたから実のところ、もう見るのが面倒になってしまったんだよな」
進路は決めたものの、まだ手探りの状態のキリトにはゲームに入り浸る時間がどうしても減ってしまっていた。ゲーマーたるもの、一日たりともログインし忘れること非ずと心がけていたが、ゲームと人生を天秤にかけるとどうしても傾きはわかりきっている。
ふと昔を思い出して、ゲームに必死になっていた自分を笑う。
内容は簡単なものだった。
予選の無条件突破。つまりいきなり決勝へ行けてしまうのである。とてつもない招待だが、『優勝経験者へ』と言われるとどうも口元が緩くなる。
しかしキリトとシノンが参加したのはBoBだ。種目が異なるのだが、そのへんは大丈夫なのだろうか。
ざっと目を通したキリトは素早く予定と照らし合わせて、何も被ってないことを確認する。
GGOで、剣が少し鈍くなっているような気がするのは間違いではない。いやそもそも銃を主としたゲームなのに、剣で立ち向かうという奇想天外な行為をやめるつもりはないが、そうと決まればリハビリが必要だ。
お目当ての獲物はまだ来そうにない。かれこれ二時間は茂みに隠れている。砂漠エリア、そのオアシスに水を飲みに来るらしいが、そこから百メートルほど離れた場所にいるふたりにとっては窮屈で仕方がない。
少し姿勢を変えようと腕を動かせばシノンの露出した脇腹をつついてしまってジト目で睨まれたり、かといって暇すぎてうとうとしていると「ちゃんと見てなさい」と頬を抓られる。
本当のところ呼ばれたから来ただけであって、キリトは「一杯奢ってあげるわ」の鶴の一声に馳せ参じたのだ。
はやく帰りたいのだが、なにせお高いヤツを奢ってくれるではないか。これは首を長くして待つ価値があるものと判断する。
「――来た」
シノンの短い言葉に意識が切り替わる。
オアシスに目を凝らすと、確かに一体、トラックほどの巨体のモンスターが重い足取りで歩くのを見た。一部機械仕掛けのサイボーグアリクイが長い鼻を伸ばして水を飲んでいる。
キリトは息を殺してシノンを待つ。ひと際強い風が吹き、キリトの長い黒髪が靡く。そして風がやんだ瞬間――。
ドンッ! と大砲にも負けないどでかい発射音が空気を裂き、獲物に命中した。
「……外した。あと、お願い」
「任せろ」
急所を抜いて一撃で、が理想だったが、HPが数ドット残ってしまった。スナイパーライフルを主な武器とするシノンはどうしても機動力が劣る。
それなりの対策はしているだろうが、やはりどうしてもという部分がある。それをキリトがカバーする。
これこそ、キリトの今回の役割である。
フォトン・ソードの刀身を出現させ、一気に距離を詰める。さっきのノロノロとした動きがまるで嘘のようなとんでもない素早さで、狙撃方向を凝視した。
「させるか!」
意識はキリトにも向いているはずだ。
シノンが少しでも次の体勢を整えられるように注意を引き付ける。
光剣を振り下ろすが、恐ろしい反射速度でステップを踏み、後ろ足で蹴り上げられる。
宙を舞いながらキリトは冷静に獲物の力量と、自分の残りHPを確認して問題ないと悟る。
長い鼻で砂漠の砂を吹き上げ、視界を奪われる。思わずキリトは腕で顔を覆ったが、すぐさま身体を左に投げ出した。
こういう時は、大抵不意打ちを与えられると相場が決まっている。
案の定、キリトの元いた場所に猛烈な突進が遅いかかり、砂埃がようやく晴れる。
隙あり。そう判断し、キリトは今一度柄をにぎっで駆け出した。たった一撃でも当てるだけでもうたおせるほどのHPだ。大技には拘らず、シンプルに、そして確実に当てようと上段に構えたその脇を、小さな暴風が通り抜けた。
次に射撃音が耳を殴った。
それは見事にサイボーグアリクイの腹を貫き、数ドットの残量をオーバーキルしてみせた。
撃破ログが流れ、ドロップ品を確認したシノンはしづかにガッツポーズを決めた。
「『機械仕掛けの鼻』、ゲットよ。そっちは?」
「ああ、俺もだ。……って、よくもあんな危ない狙撃したな」
「別に危なくないわよ。ちゃんと頭の中で計算して撃ったんだから。専門家を舐めるなっての」
シノンの狙撃の腕に関しては一流だ。その点は事実であり、そんな彼女が言うのだからキリトはもうそれいじょうの追求はやめておいた。
さっさとフィールドを去って、ホームのとあるバーに寄ったキリトは、シノンの宣言どおりお高い飲み物を飲みながらぼんやりとSJのことを考えていた。
「なあシノン、このSJっていうのは一グループ最大何人までいいんだ?」
「六人よ。でもあなた、そんなに友達いるのかしら? ……ああ、いなかったわね。ごめんなさい」
「何気に今の言葉は傷ついたぞ。そういうシノンだってどうなんだよ。最近はアスナとばっかりやってるらしいじゃないか」
「まあね。ちなみに言うと、アスナと組むことは決定してるから」
「マジかよ? それはずるいぞ。俺にもアスナへの交渉権くらいあるはずだ」
上手い味について語りたかったキリトだが、予想外の告白についヒートアップしてしまう。
複数人と聞いた瞬間、とりあえずアスナに声をかけてみようと考えていたというのに、出し抜きにも近い行為である。
「安心して。私、たまにはキリト君と戦ってみたかったんだよね。だってほら、いつも協力プレイだったしね……って言ってたわ」
「ぐ」
妙にアスナの真似をして語るシノンが、キャラに合わなくて……いや、そんなことではなく、確かに言ったのならば、もくキリトには反論の余地なしと判断するほうが遥かに利口だ。
せっかくの味が台無しになりそうなカミングアウト。
残る候補は……クライン、リズ、シリカ、アリスにリーファ……は、GGOにログインしたことすらないから難しいだろうか。
「あと四日よ。せいぜい頑張りなさいな。……あ、言っておくけど、ソロで出ようなんてしたらダメらしいわよ」
「――――」
「……はあ、これだからあなたは」
やれやれと肩をすくめたシノンはログアウトボタンを押してキリトの前から姿を消した。
ちびちびと啜っていたキリトは次第に思考が鮮明になり、そして自分が詰んでいるのではないかという考えに至った。
なにせ開催まで一週間もない。今すぐに連絡を送ったとしても、それぞれだって予定があるかもしれないのだ。
やばい。やばいか。やばいよな。の三段活用を乗り越え、まだ短い人生で培ったタイピングスキルで数秒で文章を書き殴ったキリトは、一斉送信してようやく一息つくことができた。
「ふぅ……これでやっとゆっくりできるな」
安心しきったキリトはグラスを持って、キンキンに冷えたそれを喉奥に流し込んだ。
所詮は仮想だから現実世界で喉が潤うわけではないが、味覚は極限まで表現されている。
今まで味わったことのない、滑らかな味を堪能しながらひとときの休息を全力で楽しんだ。
そんな彼が、置きっぱなしの伝票に気づくのはまだ数分後の話であった。
◆
アリスがそのメールに気づいたのは夕方だった。
タイトルも書かれていないそれだったが、キリトからのものだったから、特に何も考えずに内容を覗いた。
GGOのSJへの招待。
一度だけ行ったことがあるが、あまりあの殺伐とした世界は本当は好まない。遊びとして捉えるのならば……まあ、そこまで気にはしない。
アンダーワールドにだって遊びは存在したし、その形が違うだけだ。実際に人を殺すのではなく、仮の肉体同士で戦うのだから害はない。やはりまだ完全に受け入れきれてはいないが、キリトが言っていた、郷に入っては郷に従えに則って、理解しようと励んでいる。しかし騎士としての誇りはいつも胸に。
予定を確認する。凛子博士の定期メンテナンス日にも被っておらず、顔を出すことは可能だ。
「どう思うでしょうか」
「いいんじゃないかしら。でもアリスさん、でもGGOそんなにやってないけど大丈夫なの?」
「そう……そこです。剣の腕なら自信がありますが、ジュウ、というものはよくわかりません。はっきり言うと、足を引っ張る未来しか見えないのです」
ここはALOの露天風呂。アスナと憑りつかれたように採取クエストに明け暮れていた二人は疲れを癒していた。
現実では機械であるアリスにとっては、まだ実装されていない、温度を感じる機能を最大限に体感できる場としては最適だ。
はるか空まで伸びる世界樹を眺められる、絶好のスポットである。あまり一般に知られていないため、こうしてほぼ貸切状態で堪能できるというわけだ。
少し朱色に変わった肌を見下ろしたアリスは、整合騎士であった頃を朧気に思い出した。九十階。あそこも外を見れば壮観だったはずだ。しかし当時のアリスはそんなことをまったく気にすることすらなかったことを今さら後悔している。果たして今見えている絶景と、どちらがより美しいのか比べてみたいものだが……。やはり、比べるべきではないだろう。きっと見劣りすることはなかったはずなのだから。
縁にだらりと腕を乗せたアリスは、ぼんやりと外に目を向けていた。アスナはそんな彼女を横目で見た。
「アリスさんはどうしたいの? まだこの世界に来て迷うことがあると思うけど、だからこそ色んなことを経験するべきだと思うの。現実世界でも、仮想世界でも。それにもし本当に何かあったとしても、キリトくんが一緒になら、絶対に守ってくれるから」
「…………」
「って言っても私はSJに出るんだけどね。シノノンと」
「アスナも出るのですか。……悩みますね。でもジュウのゲームでしょう? 剣が触れないのは少し……」
シノンに連れられて武器ショップに行ったときは、おんぶからだっこまでしてもらわなければ何もできないレベルで無知。そしていざ撃ってみても反動で肩が外れそうになり、爆音に失神しかけたほどだ。
こうして銃に対する苦手意識が植え付けられた。
銃より神聖術のほうが遥かに多様性があったし、使い慣れている。だがGGOはUWではない。
実に残念だが、キリトの誘いを断ろうと返信の文章を考えていたとき、アスナから思いもよらない言葉が飛んできた。
「あれ? アリスさん知らないの? フォトン・ソードっていうものだけど、剣あるよ?」
――ここに、アリスのSJ参加が決定した。
キリトチーム:【アリス】
シノンチーム:【アスナ】