邪神喰らいの生贄魔導師   作:幻燈庵

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#000 都市伝説

 かつて『Exalted Sphire Online』、通称ESOというMMORPGがあった。

 ESOは「もう一つの現実(リアル)」と銘打ち、当時のデジタルゲームの常識を鼻で笑う、リアルで高度なアクション性を実現した意欲作であった。

 発表当時は大きな期待の寄せられたESOだったが、その内容は後発の苦しさからか、あるいは世界観を重視しすぎたのか、蓋を開ければ満足なチュートリアルもなければ死者蘇生の魔法もない、ただ強すぎるエネミーとやたらシビアなNPCが闊歩する、そんなクソゲーでしかなかった。

 

 そのフィールドに出れば即死確実という過酷すぎた環境に、“廃人”と呼ばれる一部のプレイヤーたちが適応した。その高いアクション性は、当時の廃人プレイヤーたちを存分に満足させるものだった。そしてリアルを標榜するESOには、町中ですらPK制限の無かったのだ。その無法地帯で、彼らは互いに殺し合えばプレイヤーキャラクター(PC)を育てられることに気がついた。

 そしてESOは、自由なキャラクター作成で生み出したPCを操り、町中でストリートファイトに興じる。そういう文明崩壊後(ポストアポカリプス)ゲームとして認知されることになった。

 

 そうして数え切れないPvPの末、幾人かの絶対王者(チャンピオン)が誕生する。もはや新規作成のPCでは到底敵わない境地に至った彼らの多くは挑戦者を迎え撃ったり、NPCとの取引によって町中の一角を専有、君臨するなど、それらしくゲームを楽しんでいた。だが幾人かは町の外へと旅立ち、そして二度と帰ることはなかった。

 彼らの行く末は、当時のプレイヤーたちが残した非現実的なスクリーンショットと、今なお真偽の疑われている都市伝説めいた掲示板への投稿でしか知ることはできない。

 

 その後、度重なる大型アップデートにより新規プレイヤーが普通に楽しめるよう整備され、ESOはもはや当初のクソゲーぶりからは乖離した別のゲームへと姿を変え、そしてユーザ数ランキングトップ10にぎりぎり入る程度のタイトルへと落ち着いた。

 開発当時のプロデューサーは引責辞任に追い込まれたものの、その後サービスを諦めずに開発を続けた運営会社とスタッフらは賞賛された。そのノウハウは後にESOメソッドと称され、長く開発運営マニュアルの一つとして業界に貢献したとされる。

 

 なお、ESOサービス終了時の評価は、「イカしたクソゲーから平凡(ボン)ゲーに退化した駄作」「ESOメソッドを生み出したことだけが功績」というものであった。

 

 

*   *   *

 

 

 それから半世紀。

 世には強化現実(AR)技術が氾濫し、ゲームの標準はプレイヤーの脳波によって入出力を管理する仮想現実(バーチャルリアリティ)システムが全盛となっていた。かつてのスクリーンモニタを介するPCゲームはとっくに廃れ、忘れ去られている。

 

 そんな時代に再び『Exalted Sphire Online』の名を冠するゲームが発表された。

 旧ESOサービス終了時に当時の運営会社から権利を買い取り、これまで温めていた正当な続編であるという。

 もはや当時現役だったプレイヤーも還暦を過ぎている今、何故クソゲーと言われたタイトルの続編を持ってきたのかというゲームメディアの質問に、喜寿を超えてなお矍鑠(かくしゃく)とした運営会社の社長は「前作を誰よりも愛していた友人のためです」と答えたという。

 

 実際、新生ESOは傑作と評される完成度であった。前作で唯一評価されていたアクション性の高さをそのままに、過不足ないチュートリアル、どこまでも広がるオープンワールド、表情豊かでリアリティあるAIを搭載したNPC、高度で柔軟性に飛んだ社会シミュレーションなど、そのゲーム体験は正に「もう一つの現実」のコピーそのものと評された。

 

 

 だがそんな新生ESOに、都市伝説めいた噂話が広がり始める。

 それは「新生ESOの中で旧作のPCに遭遇した」というもの。それもESOメソッドで改良されるより以前、文明崩壊後ゲームの頃の廃人PCの造形(モデル)である。彼は新生ESOには存在しないスキルを使用し、新生ESOのPCを窮地から救い、あるいは鏖殺したという。前者はESOを始めたばかりの初心者。後者は俗に「攻略組」と呼ばれるトップランカーであった。

 問い合わせが殺到するも、運営会社は黙秘を貫き、噂話はどんどん広がっていった。だが「自分も遭遇した」という虚偽の証言が掲示板に多数寄せられることにより、やがて殆どのユーザがそれをデマと断じるようになっていく。狼少年の寓話そのままに。

 やがて多くの都市伝説と同じように忘れ去られるかと思っていた頃、とんでもない情報が飛び込んだ。

 

 

 転生システムの達成。

 

 

 先日のアップデートで実装が告知されたものの、その手段については一切非公開となっていた、最上級職への転職システムだ。

 誰もが探し求めていたそれを、遂に達成したプレイヤーが現れた。それが彼、「旧作PCに遭遇した」と証言した最初のプレイヤーであり、それまで多くの大規模戦闘(レイド)クエストを達成した伝説的な名プレイヤー、ミスリルさんであった。

(ちなみに「ミスリルさん」が登録名である)

 

 ミスリルさんは遭遇証言が嘘ではなかったことを証明するため、ギルドを抜けて一人で探索を繰り返していた。そして約半年の、執念とも思える探索の末に、再び「旧作PC」と思わしき人物に遭遇した。彼は証拠の動画を録るために一騎打ちを挑み、敗れた。

 その動画は実況配信機能によってネットワーク上にリアルタイムで公開されたが、現在最強とされるボスエネミーすらも圧倒する、正に最強の名に相応しい強さとして、彼と戦ったミスリルさんの強さとともにプレイヤーたちの心を大いに奮い立たせた。

 

 ミスリルさんから発見の報を受けた、彼がかつて所属していたギルドのチャットルームでも、その話題で持ちきりとなっていた。

 

 

*   *   *

 

 

【ギルドチャットにて】

 

「やっべミスリルさんでも勝てねえのかよ」

「いや、でも隙がなかったわけじゃないぞ。大振りの後に硬直があった。あそこで叩き込めれば」

「でもそれ全弾ミスリルさんの攻撃スカしたときだけじゃん。こっちも返せないときしか出してこないんじゃね?」

「ありうる」

「他に手はねえのかよ」

「狙撃対策あんのかな? なけりゃワンチャン」

「ミスリルさん近接系だからなあ」

「はぁー。つっかえ」

「流石にそれは言いすぎだろ。あれ強えよマジで。“武神”クラスじゃね?」

「“武神”ならミスリルさんも一度勝ってるだろ」

「あれソロチャレンジだろ。レイドの方だよ」

「流石にそれは」

「いやでもソロ限定とは限らなくね?」

「じゃあ“武神”より強いのかよ」

「え、だってPCだろ?」

「いやでもPKアナウンスもデュエル申請も無かっただろ」

「じゃあNPCかエネミーなのかアレ」

「実は転生システムで転生したやつとかじゃね?」

「ああ、それはあるか」

「あるか? アプデ来てからまだ一週間だぞ。レベリング制限にひっかかるだろ」

「実は最上級職は低レベルでもアレとか」

「アプデ直後から追い込んでも6日だろ? 最大何レベルよ」

「成長キャップ上級職のままなら10/5/5/3/3/2で28だな」

「初期職でも20/10/5/5/4/3で47か」

「いやいやいやいやいや。流石にそれであの強さはバランスブレイカーすぎるだろ」

「初見殺しの部分もあるんじゃねえかな。だってほら、見たことないスキル使ってなかったか?」

「ああ、確かにそれはありそうだなあ。何度か死に覚えしたらいけるかもしんねえ」

「ところでミスリルさん、まだ復帰しねえの? 画面ブラックアウトしたままだぜ」

 

****「いや、それがさ。キャラ作成画面になっちまったんだよ」

 

「は?」

「え、キャラロスト? マジで?」

「いやいや冗談キツいっすよミスリルさん。リスポーンできないんすか?」

「デスペナ避け?」

 

****「いやマジで。いやデスペナは怖いけど装備のが大事だから、リスポーンできたらリスポーンするって」

 

「だよなあ」

「ミスリルさんがリアルを犠牲にしてまで作り上げた廃人装備が」

 

****「マジ洒落にならんから誰か回収しといて。それよかこれ、見たことないジョブがあんだけど」

 

「マジすか」

「いやいやミスリル氏、いくらなんでもそれは」

 

****「スクショ出すわ。ほれ──」

 

 

※首を斬られたところでモニタがブラックアウトし、次の瞬間、キャラクター作成画面に戻ってしまったミスリルさん。だがそのキャラクター作成画面は、完全にゲームスタート時の状態ではなかった。初期職から上級職までの転職は、ゲーム内のイベント攻略で自動的に行われるものだった。間違ってもキャラクター作成画面からやりなおし、などということは無い。

 

 

「聖騎士……だと……?」

「魔導騎士? え、マジで?」

「コラだろ? この短時間にやるなあ」

「流石ミスリルさん」

「さすみす」

「やめろください」

「いやでもマジで?」

 

****「コラじゃねーよ。折角だから俺はこの赤いやつ(魔導騎士)を選ぶぜ」

 

 

※キャラクター作成画面には多くの個人情報が表示されているためか、本機の実況配信機能では表示できないようになっていた。辛うじてスクリーンショットは撮れる(重要度の高い個人情報の部分は自動的に黒塗りになる)ので、ミスリルさんのプレイヤーは、そうして撮ったスクリーンショットをチャットルームに投げ出した。

 

 

「……マジか」

「……マジだ」

「いやいやいやいやいや、コラでしょ?」

「でも作成時間、3秒前だぞ。3秒でこれ作れるか?」

「むぅーりぃー」

「マジかよ」

 

****「俺ちょっと魔導騎士になってくるわ」

 

「ミスリルさん! ログイン、ログインできたら連絡! メールでもチャットでも」

 

****「了解。あー、注意事項とか出てきた。長いな。まあ問題ないだろ」

 

「フラグ乙」

「ちゃんと読まないと駄目ですよー」

「変な契約とかさせられるんじゃね?」

「転生にはこのツボの購入が必須です」

 

****「今読んでる。うわ、あっぶね! 転生すると装備とか全ロスト扱いになるって」

 

「は?」

「いやいやいやいやいやキツ過ぎだろそれ」

 

****「そんかし先着で……え、マジで?」

 

「どうしたんだミスリルさん!」

「引っ張るなよ」

「重要そうなところでタメとか、却って冷めるから」

「それな」

 

****「転生したら先着100名、テスター扱いで給料が出る」

 

「は?」

「え?」

「マジで」

「え? いや、え?」

 

****「ほれ。希望者には寮もあるって」

 

「うわ、マジだ」

「怪しすぎる」

「いやでも相当ガチなんじゃね? 前にイベントで転生システムは社運を賭けたプロジェクトとか言ってたし」

「マジかー」

「どうしますミスリルさん」

 

****「……やる」

 

「おお、チャレンジャー!」

「でもゲームしてこの額なら俺もやりたいわ」

「しかも新システムとかな。俺も出たらやるわ」

 

****「んじゃちょい申請とかで手続きあるみたいだから一旦落ちるわ。もしかすっと寮に入るかもだかん、しばらくログインできないかもだけど、入ったら連絡すっから」

 

「おう。待ってるぜ」

「感想とか教えてくださいねー」

「俺ちょっとあのエネミーに挑戦してくる」

 

 

*   *   *

 

 

 その後、ミスリルさんから連絡をもらったユーザは居ない。

 元ギルドメンバーだったプレイヤーから運営会社へ問い合わせをしてもナシのつぶてであった。

 ギルドチャットで見たはずのスクリーンショットも、まるでその会話自体が無かったかのように、記録すら残っていなかった。

 

 繰り返し否定され、ホラ吹きと言われ続けた面々は、次第にそれが夢だったのではないかと思うようになっていった。

 

 それから一年が過ぎた、ある日のこと。

 

 ゲーム内で、一人の新規NPCが確認された。

 真紅のマントにつば広帽。あまりにド派手な装備に身を固めたそのキャラクターは、誰の呼びかけに応えることもなく、ただ彷徨っているようにしか見えなかったが、誰もが一度は見たことがあるPCの造形(モデル)をしていた。

 

 名を「ミスリルさん」。

 かつて数多のレイド戦を攻略してきた、伝説のプレイヤーであった。

 

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