なのでサブタイトルがこの物語独自のものになります。
───思えば、
例えるなら、何気なく踏み出した一歩が右足か左足かで生死が決まってしまう。
そんな世界だった。
などと、ふと思ってしまった。
今から死にゆく人間には意味のない思考だ。
踏み出した一歩が右足でも左足でも、今はどちらでも良い。
どっちにしても、死の運命からは逃れられないのだから。
自身の心臓を終着点として走る凶手。
この凶手を払いのける力など、自分には到底ない。
しかし、タダでは殺されてやらないと思ったのか、はたまたこんな状況でもまだ諦めていないのか、最期の力を振り絞り、縛られている体を動かそうとする。
動かそうとしたところで───
その凶手が目的を果たしたのだと、自身の体が痛みをもって教えてくれた。
何とも親切な体だ。
「…!…?!」
声が聞こえた。
それは叫ぶような声でもあり、嘆くような声でもあった。
どこから聞こえているのかはわからない。
胸元からゆっくりと、凶手が抜かれていく。
心臓の痛みにようやく慣れたというのに、また新たな痛みが奔る。
体内は漏れ出た血液で暖かいのに、体外 ─主に皮膚感覚─ は寒ささえ感じるようだ。
自身の死に足を踏み入れたとき、自身を縛りつけていたものが全て消え去った。
自由になった体は、支えを無くしてただ前へ倒れていく。
パシャッと、水をまき散らす音がした。
大きさからして人間一人が倒れこんだ音だろう。
─と、自身のことのはずが他人事のように思えた。
女の笑い声が聞こえる。悦に満ちた笑い。
いつかの天女のような微笑とは程遠い、俗物的で人間性に
そんな笑いを打ち消すかのような慟哭が響いた。
聴覚に意識を割くことができない今、誰が発したのかはわからない。
だが、それでもわかったことがただ一つだけある。
その慟哭は、現実を反転させ、
周りが黒い海に染まっていく。
何者かが制御していたモノが、その制御から外れて漏れ出している。
──悪性情報。ムーンセルが観測した人間のあらゆる負の感情。
嫉妬、憎悪、怨恨、嫌悪。この世で最もおぞましいモノ。
個人の
周りを侵すものが何なのか、頭によぎった。何故かその正体を知っている。いや、知らされたというべきか。まるで、脳に直接ねじ込まれたかのようだ。
自身の体にもそんなものが幾ばくか入ったからだろうか。
そんな中、自分の名を誰かが叫ぶ。
ふと体が軽くなる。
体が軽くなったまま自分は、筋肉質の腕に抱かれながらこの場から離れているようだ。
──岸波白野の意識はそこで途切れた。
虚ろな目で視た最後の景色は、悪性情報に包まれていく一人の少女の姿だった。
この小説を綴ろうと思ったときにまず最初に思い浮かんだシーン。