声が聞こえる。
意識の底にいて、未だ覚めぬ自分に呼びかける声。
悪夢に捕らわれていた自分をソレから引き離す声。
その声には聞き覚えがある。
いつも隣で、その声を聞いていた。
時には激励、時には叱咤、時には戒めとなったその声。
わかっている。声の主が誰なのかは。
彼は、凡庸で未熟で曖昧な自分を常に支えてくれていた。
赤い外套を身に纏った
陰と陽を形どった双剣。
皮肉屋で慇懃無礼な世話焼き。
そんな人物から発せられた声に連れられ、自意識を持ち直す。
自分があるべき場所へ戻ろうとする。
そうだ、こんなとこで立ち止まってなんかいられない。
自分にはまだ、やるべきことがある──!
「マスター、無事か?!」
見ていたものが変化した。
悪夢から瞼の裏に。
その問いに返答したいが、声が上手く出ない。
なので、目を開けることをその問いへの返答としよう。
ゆっくりと瞼を上げる。
暗闇しか見えていなかった目に光が差し込む。
その光に眩しさを覚えつつ、天井を見つめる。
「一時はどうなることかと思ったが…。
とにかく、無事そうで何よりだよ。」
声のする方向へ視線を傾ける。
そこには、あの声の主がいた。
彼に声をかけようとする。
しかし、喉から出てきたのは低い呻りだけだった。
「無理をする必要はない。今は安静にしていたまえ。
がむしゃらに進み続けるのはお前の美徳だが、時には歩みを止めることも大事だ。」
なるほど。こちらを気遣ってくれているのか。ありがたい。
ではお言葉に甘えて少しベッドに身を預けておこう。
「さてと、それでは今のうちにできることをしておこう。
まず確認だが──」
「胸元に手を当てたまえ。」
…?どういうことなのか。言葉の意図がわからないが、言われた通り胸に手を置く。
至って正常だと思う。いつも通り、心臓の鼓動が感じられる。
まて、
それはおかしい。だって、自分はあのとき、心臓を貫かれ──
「そのひどい顔を見るに、気づいたようだな。」
「そうだ、お前は生きている。
殺生院キアラに心臓を貫かれても尚、だ。」
ひどい顔…。そんな形容をするほどの顔をしていたのか、自分は。
いや今はそんなことより、アーチャーに問わなければ。
なぜ自分は生きているのか、と。
未だ上手く言葉を発せずにいる中、自分が訊きたいことを察したのか、アーチャーは言葉を紡ぐ。
「正直言って、なぜお前が生きているのかは、私にもわからない。
私が抱えたとき、お前の体は最早死人のソレとほぼ同じだった。
死んではいないが、限りなく死に近い状態。
そんな状態で命からがら、校舎に逃げ帰り、お前の様子を見たものは誰しもがこう思ったさ。
──もう、助からないだろう、と。」
しかし、と付け加え、再び語り始める。
「なぜかお前の体は持ち直した。
徐々に体温が上がっていき、半刻もする頃には完全に生き返っていた。
驚いたよ。もしや、心臓もお前に似て、諦めが悪いのかもしれんな。」
いや、それはないと思う。諦めが悪い心臓なんて聞いたことがないし。
そもそも、不随意筋で動く心臓が意思を持っていたらそれこそ標本行きだ。
そんな冗談を考えつつ、中枢での出来事を思い出していく。
幸い、記憶は失われていないようで、思い出せばその情景は脳内に映し出される。
思い出されていく情景の中で、一つだけ気になるものがあった。
そう。心臓を貫かれ、死を間近に見据えていた自分が中枢で最後に見たもの。
悪性情報に包まれていく彼女の姿だ。
一体、あの中枢では何があったのか──。
安静にしているうちに発声機能も多少は回復したので、その疑問をアーチャーにぶつける。
アーチャーは少し目を伏せ、返答するのを躊躇うように言葉を口にする。
「中枢では何があったか、か。BBを救おうとしていたお前にとっては最悪の出来事が起きたよ。」
一抹の不安を感じつつ、アーチャーの言葉に耳を傾ける。
アーチャーは言葉を選ぶように、慎重に語る。
「中枢が悪性情報に侵食された、のは知っているな。」
その言葉に頷く。
おぼろげではあるが、中枢が黒い海に覆われていく光景を伏しながら見た記憶はある。
「中枢を侵食し尽した悪性情報が次に侵したのは、BBだ。
BBは元々、悪性情報を自らのリソースとしていた。
しかし、お前を失うという事実に耐え切れず、制御が不安定になったのだろう。
その隙を突かれて、今度は自分が悪性情報に呑み込まれた。こんなところか。」
BBが悪性情報に呑まれてしまった。
つまり自分は、BBを救うと決めたのに結局何もできていない。
彼女の笑顔さえ守ることは叶わなかった。
歯がゆい。ただ、悔しさだけがせり上げてくる。
自分に、もっと力があれば──
「その仮定には何の意味もないぞ、マスター。
過去ばかり見つめるな。過ぎたことを悔やみすぎると足元を掬われる。
大事なのは、今から何をするか、だ。」
クヨクヨしていた自分に喝を入れるアーチャー。
その言葉で目が覚めた。
このサーヴァントの言葉は自分の力になる。やはり頼もしいサーヴァントだ。
今からすべきこと、か。
BBを救う、というのは変わらない。
しかしそれは今ではない。今は現状を把握し、次なる一手を打つための作戦を立てねば。
自分だけでは不可能だ。ならば、彼女たちに助けを求めるしかない。
彼女たちは今でも生徒会室で作戦を立てているだろう。
やはり、頼もしい仲間だ。
布団を剥ぎ、ベッドから起き上がる。
薄々感づいてはいたが、そこは保健室だった。
しかし、そこにサクラはいない。おそらく生徒会室にいるのだろう。
と期待して保健室を出る。
いつもと変わらない校舎。
ノスタルジックな木造校舎。
そう、
変わったのは景色だ。常に夕暮れを映していた空は赤紫色に覆われていた。
禍々しさを感じさせるこの空を見ると、言いようのない恐怖に襲われる。
──そういえば、このような空をどこかで見た気がする。
そんな既視感を抱きつつ、生徒会室を目指す。
保健室は一階で、生徒会室は二階にあるので、階段を上らなくてはならない。
しかし、生徒会室は階段を上ってすぐ左にあるのでそこまで苦労はない。
保健室も階段の左隣にある。
通い慣れた道程を歩み、生徒会室の前に立つ。
なぜか幾ばくかの緊張が走る。
心を落ち着かせ、扉に手をかける。
ガラガラッと軽快な音を立てて扉が開く。
足取りにぎこちなさを残しつつ、いつものように生徒会室へ入った。
アーチャーのザビ男への二人称ってお前で合ってましたっけ。
ザビ子に対しては、君だったと思うのですが…。
そこらへん感想で教えてくれるとありがたいです。
ところで心臓貫かれるってどんな痛みなんですかね。
握りしめられるような痛みは死ぬほど味わってきたのでわかるのですが、貫かれる痛みだけはわからないですね。
いやわかったら怖いですけど。
お前どこ出身って話ですよ。
冬木でブラウニーやってそう。