アトラがほんの少しだけ、我慢出来なかった結果   作:止まるんじゃねぇぞ……

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【悲報】アトラさん、約一年半のフライング

 

 

「アリウムさんよぉ。こっちはとっくにあんたらが依頼した事に関して調べがついてるんだ。この落とし前、どうつけてくれる?」

(クソ、孤児上がりのチンピラ風情が……!)

「調べ?一体、なんのことか……」

「とぼけてんじゃねぇ」

 

ワインレッドのスーツの上にカーキ色のジャンバーを羽織った若い男は、テーブルのうえにタブレットを滑らせた。そこに載っていたのはこの男、アリウム・ギョウジャンが所属する活動家団体テラ・リベリオニスが宇宙海賊に対して要人暗殺を依頼した紛れもない証拠書類のデータである。

治安維持組織であるギャラルホルンと協力し拿捕した宇宙海賊「夜明けの地平線団」の船から見つかったそれには他ならぬアリウムの名前とテラ・リベリオニスから引き出された依頼料の事が詳細に記されていた。

 

「いっただろ。こっちはとっくに調べがついていると。同じことを二回言わせるんじゃない」

 

「今回、あんたらが企んだ事に巻き込まれた結果俺達は少なくない不利益を被った。それに対する落とし前として……これを支払ってもらう」

 

 

懐から取り出した一枚の用紙を、後ろに待機させた少年に渡し、アリウムに手渡させた。

手渡された用紙を見て、アリウムは目を見開いた。それは恐ろしいほどの金額の賠償金であったのである。かつての勢いがあった頃のテラ・リベリオニスですら支払えるかさえ分からない程の金額が、その理由とともに事細かに書かれていたのである。

 

「こ、こんなもの払えるか!?」

「払えない?……フザケてんじゃねえ!!なあ、アリウムさんよ、こっちはこれでも譲歩しているんだぞ……?破壊された施設の修理費、動かさなければならなくなったMSの稼働費……そして何より、今回の一件でこっちに少なくない重傷者が出た。全部あんたらがふざけた事をしなければ起きなかった事だ……それを、払えないだと……?」

 

(こ、このチンピラ風情がァァ!殺してやる……)

 

「しょ、少々お待ちください。今、確認を……」

 

 

そう言って、アリウムは備え付けられた受話器を取る。そして、配置していた私兵に対して指示を行おうとするが……

 

 

(おい……今すぐこの目の前の男を……何?!)

『こちらは今、攻撃を受けている!こ、こいつら、恐れがないのか……!?う、うわああああ!?』

 

連絡した相手はすぐに銃声と共に悲鳴をあげて声を消した。あり得ない。たかが孤児上がりの私兵団にこのような……アリウムの思考はそれ一色に支配された。

 

「おい、金は出せるのか?出せないのか? 早く答えろ」

「う……今、連絡先が立て込んでいるようで……」

 

取り留めもない言い訳をしつつ、テーブルに隠した拳銃をアリウムは引き抜き──次の瞬間、銃声は鳴り響いた

 

 

 

撃ち抜かれたのは、アリウムの拳銃を引き抜いた方の腕だ。

 

「あ、ああああああああああああ!?う、腕が、わだじのうでがああああああ!!」

「……ミカ、よくやった。指示通りだ」

「うん。ちゃんとオルガの言う通り殺さないように撃ったよ」

 

そう言って、少年は硝煙の残る拳銃をそのまま片手でアリウムに構えた。先ほどアリウムに対して請求書を渡した少年である。

 

 

「ああ、こんなクズ、お前の手を汚す価値も無いからな……だが、支払ってもらわなきゃならねぇ物が山ほどあるのは事実だ。そして、今は支払えねぇという……なら話は早い。おい昭弘、どれくらい無力化出来た?」

「ああ、今全員制圧したぞ。生き残ったのは虫の息の奴含めて八割。まあ、上々だろうさ」

「よし、ミカ!アレを拘束しろ」

「分かった」

「な、何をする!やめ……ぎゃぁぁぁああああああ!!」

 

オルガが指示を出した次の瞬間、少年は銃と一緒に持っていたスタンガンをアリウムに使用した。ある出来事をきっかけに片手しか使えなくなった彼が拳銃と共に引き抜けるようにベルトに装備していた軍用のそれは、あっさりとアリウムを気絶へと追い込んだ。

 

意識を失ったアリウムの腕を後ろで組ませ、少年は手錠を掛けた。

 

「きっちり、テイワズが経営する地下採掘施設で働いて返済してもらおうじゃないか。何年かかるか分からねぇが……二度と日の光を拝めるとは思わねぇこったな」

「……いいの?コイツら、仲間を傷つけたのに」

「いいんだミカ。殺すか、殺されるかなんざ戦場だけでな。無駄に殺すと余計な恨みを買う……そんなもん、背負わなくてもいい」

 

それに、そう言いきってオルガは言う。目の前の少年の帰りを待つ二人の事を。

 

「お前には帰りを待つ子供がいるんだからな、ミカ。余計な返り血なんて浴びてみろ。アトラに……お前のカミさんに叱られるぞ」

「それは……そうだね。アトラに汚したって怒られたくはないな」

「だろ?……さあ、コイツらふんじばって、とっとと撤収するぞ皆!!帰るまでが仕事だ!!気を抜くんじゃねぇぞ!!」

 

 

「「「「応!!」」」」

 

そう言って、彼らは鮮やかに制圧した者たちを拘束し、トラックへと詰め込んでいった。

 

彼らの名は鉄華団。この火星で今最も勢いのある新進気鋭の組織である。

 

かつては孤児から成り上がった身故に生か死か、二択を選びがちな者たちであったが一年前のとある出来事をきっかけに命以外の選択を選ぶべきであると気が付き、かつての苛烈さはほんの少しだけ鳴りを潜めている若い組織であった。

 

しかし、その分弱くなった訳ではない。むしろ硬いだけの刃物が脆いようにどこか綻びのあったかつての鉄華団とは違い、粘りというべきしなやかさを得てそうそう揺るがない芯ある頑丈さを得たのが、今の鉄華団であった。

 

 

そのある出来事によって団長であるオルガやその側近で当事者である三日月、その他の団員達は良く話し合うことと、悩みがあれば相談する事の大切さを思い知り、環境故にすぐとは言えないが若さ特有の柔軟さからその経験を取り入れて大きく成長したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま、アト……」

「しー……今、暁ようやく寝た所だから」

 

消えるような声で、しかししっかりとその少女は少年に声を伝えた。彼女の名前はアトラ。アトラ・オーガス。

この少年、三日月・オーガスの妻である。

そして、そんな彼女が大切そうに抱えている赤ん坊こそが鉄華団に自らの危うさを省みさせるに至った原因にして、この二人の息子である暁・オーガスであった。

 

今から約1年前、三日月が何処か遠くに行ってしまう事を危惧したアトラは三日月を押し倒した。子供という、親子という繋がりについて憧れを抱いていたアトラはそれを三日月に求めたのである。

アトラの事を大切に思っていた三日月は、アトラが求めるならと、彼女のことを受け入れてしまった。お互いそういった行為については知っていたものの、正しい性教育や道徳など受けていないが故の事故であった。

結果、こうしてそれは結実しアトラは妊娠してしまい鉄華団全体を巻き込んだ騒動へと発展。知り合いで子持ちである兄弟分の名瀬やその妻たちにオルガが恥も外聞も無く助けを乞い、妊娠や出産などの正しい知識を知る人物を紹介してもらおうとしたところで名瀬は兄弟分の一大事と気前よく妻達を派遣させ、アトラはその小さい身体ながら無事出産する事ができた。

が、それは騒動のほんの始まりに過ぎなかった。赤ん坊を育てるというのは大変であるが、何時までも名瀬の奥さんたちの手を借りるわけにはいかず彼女らを帰らせると、育児書などとにらめっこしながらの団員達とアトラと三日月による育児が始まったのである。無論、あの鉄火場を乗り越え発展し始めた鉄華団の仕事をしながらだ。

 

そうして全員で苦労しているうちに、団員たちや団長であるオルガ、父親である三日月の間にある意識が芽生え始めてきていた。

何がなんでも、皆生きてこの場所に帰って来るという意識であった。執着と言い換えてもいい。

無論、彼らがそれをもともと持っていなかったと言うわけではない。だが、過酷な戦場での命の奪い合いが彼らに一種の達観のようなものを染み込ませていた。たとえ自分が死んでも、仲間たちがいつか目指す場所にたどり着けるなら……そんな考えを持つものも少なくなかったのである。

しかしそこに待ったを掛けたのが暁の存在である。暁は彼ら全員に大小差あれど愛されていた。自分たちが親を持たない存在であるがゆえに、この子にはそういった思いだけはさせたくないと皆強く思ったのである。

そうして生にしがみついて、彼らは自らの行いによる因果について思うようになった。別に罪の意識に苛まれたというわけではない。恨みを多く買っている事をほんの少し自覚しただけである。ほんの少しだけ彼らは慎重になった。

 

その慎重さは、彼ら鉄華団への周囲からの印象にまで影響を与えつつある。『成り上がりの孤児の集まり』から、『不器用ながらも世渡りを覚えようとする若者達』と言った具合に。

 

まず彼らは盃を交したものの名瀬以外とはあまり関わりを持っていなかったテイワズ系の組織と交流を持つようになった。よくよく考えなくても自分達は新参者で、敵だけではなく味方側の組織からも睨まれるとオルガだけでなく団員達が気が付き始めたからである。

 

火星で活動するのは問題ないが、自分達が睨まれるということは散々世話になり続けている兄貴分の名瀬達にも迷惑が掛かる。

これはまずいと思い始めた年長組の面々が行った行動は、簡単に言えば挨拶回りであった。

まず名瀬に相談し、テイワズにおいて差し障りのない贈り物がどういうものなのかを学ぶ所から始まり、団員間で話し合ってどんなものを贈るか等、拙いながらも誠意を見せようと努力して……オルガは団長自ら足を運んで彼らにアポを取り、頭を下げて自分達はこういう者であると挨拶して回ったのである。

確かに手間も資金も時間も掛かる。だが睨まれて背中から刺されるのだけは避けたい。ならば避けられない出費だった。

たった一度の挨拶回りをしただけと思うからもしれないが、その挨拶を欠かすだけで相手の心情は確実に悪くなる。言葉すら交わさない相手の事など、アジア系マフィアの文化が根強いテイワズにおいて考慮する訳がないからである。

 

結果として、オルガや年長組が多少気疲れでやつれたものの悪くない印象をテイワズ側に与えることに成功していた。

今までろくな挨拶も無かったことに腹を立てて礼儀知らずと思っていた者達は『今までそんな余裕も落ち着きもなかった』のだと理解した結果、世渡りを行おうとする若者に対して先達として寛大さを見せようと考え直す者が多数現れ、彼らの事を警戒していた者達は『少なくとも自分達に対して噛み付くような狂犬ではない』と多少なりとも警戒を解いた。

何より、若い組織とはいえトップ自らが頭を下げて菓子折りを持ってやって来たのである。その度胸と誠意は確かに認められたのであった。

 

誠意と任侠をテイワズは重んじる。トップであるマグマードの主張もあるが、ルーツであるアジア系マフィアの文化でもあった。それゆえに、今まで鉄華団に懐疑的であった面々もある程度は話がわかる相手であると態度を緩めるに至ったのだ。

 

今はまだ小さい組織だが、将来性のある新参者であると鉄華団はタービンズ以外にも認められたのである。故に、ほんの少しだけ、些細な違いが彼らの行く末を変えつつある。

だが今はまだ、その先に何があるかは先の話である。

 

 

「今日も、夜泣きが酷くて……ようやく泣きやんでくれたの。三日月が……お父さんが居ない夜はいつもこうで……」

「……お母さんがいるのに、贅沢な奴だな暁は。いつもごめん、アトラ」

「ううん、三日月、いつも団長さんの護衛で忙しいもの。仕事だから仕方ないよ……暁が泣くのも、仕方ない事なんだってタービンズのお姉さん達に教えてもらったから。……なんで赤ちゃんが泣くんだって、三日月は知ってる?」

「……ん、分からないや」

「赤ちゃんが泣くのは、必要なことなんだよ。おしめを変えてほしい時と、眠くて不機嫌になった時と、お腹が空いた時と……愛情を欲してる時に、泣くんだってお姉さん達言ってた」

「……アトラや皆に、あんなに構って貰っても足らないのか」

 

そう言いつつも、三日月は穏やかに笑った。

 

そう、笑ったのだ。あの日、初めて三日月がバルバトスを動かし、鉄華団が成立したあの日から固まりつつあった三日月の表情が、暁が産まれてからまるで呪いが溶けたかのように穏やかさを取り戻すようになっていた。

付き合いの長いオルガを含む古参の団員達は『三日月も無理をしていた』のだとそこでようやく気がついた。昔の三日月と今の三日月を思い返してみれば、段々と余裕がなくなっていたのだと。そう思い至った者達は、かつてのように仕事の話だけでなく、未来のことややりたいこと、暁の事やようやくできるようになった趣味の話など、様々なことを三日月と話すようになりつつある。

その結果、今の三日月は普段は無表情ながらも、少しずつ笑うように戻りつつあった。

 

静かに眠る暁の頭を、動く方の腕で起こさないよう優しく三日月は撫でた。

アトラはその様子を微笑ましく思い、自然と笑顔が溢れた。

何気ない一時。それは確かに、かつて自分達が求めて止まなかった物の一つである。

 

 

(やっぱり、オルガが……いや、皆が進んでる先が)

 

俺達の目指している場所なのだと、三日月は強く思った。

 

 

 

 

 

 


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