アトラがほんの少しだけ、我慢出来なかった結果 作:止まるんじゃねぇぞ……
最近、クリュセ自治区を中心として火星の治安が少しずつ改善されつつある。ハーフメタル採掘の利権の確保によってその規模の拡大が可能となった事で火星の貧民へ対する仕事が増え、給与の取得が増えた事によって鈍かった経済の巡りが循環するようになりつつある為だ。
そしてその循環を妨げる要因である海賊などの武装勢力は鉄華団によって狩られ、今ではそういった者達からはクリュセ一帯のアーブラウ自治区は危険地帯と認識されつつある。
そしてそれとは逆に、火星に住む者たちからはその治安の良さと景気の良さから他の場所から引っ越してくる者が出てくる程度にはその名声が広がりつつある。
人と金と仕事が集まる好循環が、クリュセで出来上がりつつあった。
(そんな頃だったな。俺が鉄華団の求人を見つけたのは)
治安が良くなりつつあっても火星は火星。確かに仕事は増えていたが自分のようなガキを雇ってくれる場所でまともな場所なんてそうそう無く、捨てられた残飯を拾ったり日雇いの劣悪な環境で行われる危険な採掘作業で食いつないでいた頃に、スラム街で一台のMWがやって来て自分達のような年頃の連中に向けてビラと一緒にちょっとした食料を配っていたのを見つけた。
「大人共に見つかる前に皆とっとと食っちまえよ?これよりもっと食いたいんなら、俺らの所に来るといいぞ!鍛錬は厳しいけど、腹が減る事は無くなるぜー」と言われ、自分よりも小さい男の子に渡された袋入りの携帯食にがっつきながら、俺やスラム街の孤児たちは目を光らせてそこへと向かっていった。今よりも少しはマシになれるかもしれないと、そう思って。
そしてその判断は大当たりだった。求人していたのは今火星で一番の出世頭とされている鉄華団であり、俺達みたいな連中が成り上がって会社を立ち上げた凄い場所だったんだ。
確かに入団して始まった訓練は本当に厳しかった。毎日毎日ヘトヘトになるまで走らされて、慣れてきたと思ったら銃弾こそ入ってないものの実銃やら必要な装備全部着込んで走らされたり、まさか教えてくれるとは思ってなかった文字の勉強まであって、一日が終わると死ぬように眠る日々が続いてた。でも、不当に暴力を振るわれる事は無いし、毎日ちゃんとした食事が出て腹いっぱい食べる事が出来た。それなのに寮で寝泊まり出来て給料も出て、生まれて初めて貯金なんて事も出来た。
正直、なんでここまでしてくれるのかはじめは理解出来なかった。俺達みたいな連中なんて火星にはいくらでも居る。自分の事を自分で選べるだけヒューマンデブリよりはマシだが、火星の孤児がヒューマンデブリよりマシなのはそれ位だ。盗みでヘマした友達が捕まって殺されたり、見てくれが良い奴は大人達に誘拐されたり、栄養不足で夜の寒さに耐え切れず朝起きたら隣で寝てた奴が冷たくなってたなんて事が当然のように起きる。それが当たり前で、同じ孤児の仲間以外は誰も助けてくれないのが当たり前。
そんな現状をなんとかしようとした自分たちの兄貴分は、生活費を稼ぐ為に阿頼耶識の施術を受けて軍事会社に入ろうとしたが……施術は失敗。その軍事会社の人間に『産廃』としてスラム街に捨てられた。変わり果てた姿で、動くこともままならない状態になった事で皆に負担を掛けてる事を負い目に感じていたのだろう。次の日、彼は首を吊って死んだ。
そんな風に雑に扱われて雑に死ぬのが火星の孤児という存在だった。
なのにどうしてここまで良くしてくれるのか、裏があるのではないかと怖くなった。
そんな皆の不安を察してか、新兵の教練を担当してるダンテさんは教練の休憩中にこう言った。
「俺なんて元ヒューマンデブリだぜ?なのによ、ここにいる奴らは皆俺らみたいな奴らを一人の人間としてちゃんと扱ってくれてさ……鉄華団立ち上げた時に、オルガ……団長はデブリだった奴ら全員にその利権返しちまってよー」
「俺達もそう思ってた時期あるから、分かるんだ。お前ら、こんなまともに扱われて困惑してんだよな? 運が良かったな、ここは火星で多分一番俺達みてーな奴らを受け入れてくれる場所だ。ちゃんと真面目に働くなら、鉄華団はどんな奴でも大歓迎だ。頑張れよ、新人共!!」
その言葉と共に背中をバンバン叩かれたのは正直少し痛かったが、それ以上に心が暖かくなった。産まれて初めてだったからだ。こんなふうに自分のような奴をまともに扱ってくれる事は。
隙間風や寒さに震えながら夜を過ごす事は無くなった。空腹で倒れそうになる事も、理不尽に大人やヤク中に殺されたりする事ももう無い。
そんな日々が少し続いて、キツイ教練による扱きにも少し慣れてきたそんな頃に俺は悪夢に魘されるようになった。
兄貴分の、ビルスが首を吊って死んだあの日の悪夢にだ。気が緩んだせいかもしれない。毎晩毎晩、ビルスの虚ろな死に顔に魘される日々に俺は追い詰められていった。
俺は『産廃』じゃないと、さらに鍛錬にのめり込むようになった。不要だと言われて失いたくなかった。こんな風に俺達を受け入れてくれる居場所を。
MSへの適性を認められた俺はすぐにその操縦者としての就任を希望した。操作を覚え、同期の奴相手にシミュレーターで勝てるようになった俺は早く戦場に出たいとほざいてた。今思えばなんで自分でもそう思ったのか分からないが、戦場で敵を倒せば自分は産廃じゃないと証明出来ると思っていた。ビルスでも無理だった事を出来るようになれば……と。
そしてそれは運悪く叶ってしまった。ハーフメタル採掘現場での警護依頼を受けていた時に海賊の襲撃を受けて、その時実機訓練中だった俺は緊急時だからとそのまま制止も無視して俺は初陣に挑んだ。
結果は散々な物だった。スラム街で何回か喧嘩はした事はあっても、本当の兵器を使った殺し合いをする事なんて初めてだったから同じようにMSを使う海賊相手に翻弄され続けて、あと一歩で殺される寸前まで追い込まれた。
三日月さんに助けられたのはそんな時だった。自分の機体のコックピットを潰そうとしていた海賊のMSを一撃で叩き潰して、他の敵を倒す為に一瞬で去っていった。
三日月さんの事は、その時の俺は知ってはいたがなんでここに居る人なのかも知らなかった。専用機のバルバトスが丁度鉄華団がテイワズの工廠で改修を受けていた時期に俺は入った為に、畑仕事をしていたり他の団員達と一緒に子供の面倒を見ていたり、タブレット端末を見ていたりと、戦いの場でのあの人を見る機会がなかった俺は、片手の動かないあの人の事を見て『産廃』なのだとすら思っていた。
とんだ思い違いだった。あの人はとんでもなく強い。自分が弄ばれた海賊を一人でどんどん殲滅していくその姿を見て、『鉄華団の鬼神』という名には何の偽りは無いのだと思い知らされた。
そうしてその戦いが終わり、初陣を終えて制止を無視した事をこっぴどく叱られた俺は自分が思い上がっていた事にとことん気が付かされた。
三日月さんは強い。でも強いだけじゃなかった。普段のあの行動は俺達みたいな奴等が命張らないでも食っていけるような場所を作る為に火星で育てられる儲けられそうな作物を必死に探して色々試していて、片手しか使えない不自由そうな体で畑仕事をしていたりタブレット端末を見ていたのはその為に必要な作物の育て方や植物の種類を見極める為の知識を得る為の勉強の為なんだと言う。そもそも片手と片目が使えなくなったのも、後ろにいる団長達を救う為に自分を顧みず阿頼耶識を限界まで稼働させて戦ったから。
それに対して俺はそんな立派な人の事を勝手に見下して、勝手に自分で自分を追い込んで自滅しそうになった。自分がそんなどうしようもない奴だと自覚した時、このままじゃ駄目だとそう悟った。
そうして勢いで迷惑掛けた人達に土下座する勢いで謝りに行った後、どうすればそんな風に強くなれるのか、その背中に憧れて……俺は三日月さんの後ろを追い掛けるようになった。
追い掛けて、追い掛け続けて、何時か俺も鉄華団の先輩達と肩を並べて働けるようになりたいと、そんな夢を俺はあの人のおかげで初めて持てたんだ。そうして自主的に三日月さんの舎弟のように振る舞いつづけて、早数ヶ月……
今では、正式に三日月さん直属の部下としてあの人の元で俺、ハッシュ・ミディは働いている。最も、あの人の元で働いていて一番俺に任される仕事というのは……
「うぇぇぇぇえええ!!」
「はいはい暁、どうしたどうした?……あ、この匂いは……オムツ変えなきゃ」
三日月さんが不在の時にお子さんの、暁の子守りだったりする。
どうしてこうなったのかと言えば、三日月さんとアトラさん……三日月さんの奥さんが忙しい時は手の空いている団員で三日月さんが信用できる人に暁を預けていたらしい。しかしそこに三日月さん付きの部下となった俺が現れた事により、元々自主的にやっていた三日月さんの雑事や用事は俺が正式に対応する事になり、いつの間にか三日月さんが居ない時の暁第一預かり役となってしまっていたのであった。
「よーし、きれいになった……って逃げるな逃げるな!今新しいオムツ履かせてあげるからちょっとじってしてろ暁!」
「きゃっきゃっ」
他にも畑仕事の手伝いや桜農園の収穫の手伝いに駆り出されたり、操縦を覚えたMWに乗って火星の荒野から畑に植え替える為のアガベを集めさせられたりと想像していた仕事とは違う内容にこれでいいのかな?と困惑する部分は多々あるものの、多忙な時間を割いて模擬戦をして鍛えてくれたり、勉強で分からない所を聞くと知ってる所は教えてくれたりしてくれる三日月にそんな事は言える筈もなく、今日もハッシュは暁の世話に追われているのであった。
(まあ、三日月さんの一番大切な子供の大事を預かってる大事な仕事だって事は、自覚してるけどさ……)
「あううう」
「ってこらこらジャケット噛むなって!そろそろ昼飯の時間か……(食堂行って、暁に離乳食満足するまで食べさせたら粉ミルク飲ませて……)よし、ご飯食べに行こうか暁」
頭の中で今日の予定を思い返したハッシュは暁を抱っこして、食堂へと向かっていった。今日は昼の食事時間が終わるまで暁を預かる予定であり、その後は他の手の空いた団員と火星の荒野へMWで駆り出して作った畑に植え替えるためのアガベの群生地を探しに行く事となっていた。
そんな忙しくも穏やかな日々の中で、いつの間にか彼は悪夢を見なくなっていた事にハッシュはまだ気がついていない。
次にそれに気がつくのは、彼がビルスの事をトラウマでは無く、思い出として想えるようになった時であろう。そのためにはまだ少し、彼には時間が必要であった。
『妙な物を掘り当ててしまった』
その報をジャスレイが聞いたのは火星に来てハーフメタルの採掘を開始させ、一月程が経ったある日の事だった。その日はジャスレイは火星の採掘場を部下に任せ自身はテイワズで受け取った自身の商社の書類の処理を行っていたが、アリアドネ経由で火星から送られてきたその掘り当ててしまった物の画像に目を向けると一転して慌てた様子で現場の作業員に『触れるな触るなMSやエイハブリアクターを使った物をそれに近づけるなすぐそっちに向かう』と連絡を送り、採掘作業を中断させるように追加で指示して黄金のジャスレイ号を再び火星への航路に向かわせた。
(運が回ってきたと思ったらコレかよ!!ふざけるんじゃねぇ!!)
自身の持つ鉱山で見つかってしまった『厄介なブツ』を処理する方法を考えながら、可能な限り最短ルートでテイワズから火星へ降りたジャスレイは問題の解決の為の方法を探るために機械の知識がある部下をソレへと向かわせる事にした。
「ジャスレイのアニキ、そんなに慌てて火星に行かなきゃならねぇほどヤベェ物が出てきたのは分かりやしたが、一体何なんすか、アレ……」
「最悪、本当に最悪な俺の予想が当たってたならな……ありゃモビルアーマーだよ。厄祭戦の原因で、世界中が荒れちまった原因さ」
「は、はぁ……ですがアニキ、そんなヤベェモンでも兵器だったら動かすやつ居ねぇんじゃ動かねぇんじゃねぇでしょうか?ギャラルホルンに見つかったらヤベェとかそういう……」
「ちげぇよ馬鹿野郎!!ありゃな、勝手に動いて、勝手に考えて、誰にも言われずとも動く上に自力で自身を生産整備出来る最低最悪の殺戮兵器だ!!もし起動したら辺りの人間を問答無用でぶっ殺しに来やがるぞ!!」
「な、なんすかそれ!?正気の沙汰じゃない!?」
「ああそうだ。正気の沙汰であんな数の人間殺せるわけがねぇわな……もしもだ、もしも起動しちまったら……俺達が呼び覚ましちまったって事で落とし前が指じゃ済まねえ事になるのは確かだ。だから祈っとけ。対処できるまであれが動くことが無いって事をな……」
そう言ってジャスレイは遠く離れた場所から半身が埋もれているそれを眺めた。
よく見ればMSと思わしき機体の残骸がモビルアーマーの胴体部に張り付いて槍のようなものを深々と突き刺して居るのが見える。刺し違えたのだろうか分からんが、片腕が無く、上半身部以外がひしゃげて潰されていた。
(もし起動しそうな状態なら、なんとしてでも破壊するか全身を硬化材かなんかで丸々固めて動かんようにするとして……あれがもしもそのままなら動きそうに無いってんなら……そうだな。昔商売してたクジャン家への連絡先、まだ使えるか?)
かつて、ジャスレイは先代のクジャン家当主へと発掘品の禁止兵器に分類される兵器等を度々販売していた。その関係でMAに対する知識もそれなりにそれなりに得ていた訳である。
セブンスターズであるクジャン家だけにいい値段で買い取ってくれた上客であった事をジャスレイはよく覚えていた。倉に収めて封印処置を施す事でそういった物を世に出させないようにする為、圏外圏の組織と取引してまでそういった物を確保していたそうだ。
しかしその活動を行っていた先代当主が亡くなった事でその縁は途切れた。だがまだ、クジャン家への連絡先は当然残っている。
(後を継いだドラ息子は調べた所どうも、先代当主と比べると人望だけはある暗君、ボンクラの類だそうだし、どうにか憧れてただろう先代のやってた活動をうまいこと伝えて美談に仕立ててやりゃ……コイツを高く買い取らせる事なんてのは可能か?……まあ、あくまで動かなかったら、だが……ま、そんな上手く行く筈ねぇわな。どう処理したもんかなぁ……)
だがそのまさかが起こった。
不幸中の幸いか、発掘されたモビルアーマーは搭載されたエイハブリアクターを損傷しており、連れてきた機械知識を持つメカニック曰く機体を動かす事もままならない発電量の予備電源以外は動きそうにもない状態であったそうだ。その為完全に掘り出した上でモビルアーマーをコンテナに詰め、黄金のジャスレイ号へなんとか乗せる事に成功したジャスレイは己の幸運はまだ尽きてはいない事を確信し、クジャン家へのアリアドネでの連絡をして商談を始めた。
現在の当主……イオク・クジャンと言うらしいその青年を上手い事乗せる事に成功したジャスレイは、自分にとっての災いの種であったモビルアーマーをその周囲に埋まっていたモビルアーマーの子機ごと多額で売りつける交渉に成功した。ジャスレイは外面こそ取り繕ってはいたものの内心ガッツポーズで、今回の案件を処理しながら儲けになった事に自身を褒め称えた。
こうして、一時はどうなる事かと思ったものの蓋を開ければジャスレイにとっては全て上手く行く最高の結果に終わった訳であったのだ。
そう、この話がここまでで終わるのであれば。
『予備電源はまだ、生きている』