アトラがほんの少しだけ、我慢出来なかった結果   作:止まるんじゃねぇぞ……

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【速報】名瀬・蛇亜瓶氏、テイワズ若頭就任【次期後継者決定か!?】

 

 

 

「お久しぶりです名瀬の兄貴……いえ、若頭」

「あー、やめろやめろ。兄貴のままで構わねぇよ兄弟。お前にまでそんな風に言われたら尻の座りが悪くなっちまう。まだ正式に就任した訳じゃねーからな」

 

向かいの席に座るオルガに対して名瀬は革張りのソファーに座りながらフランクにそう言った。隣に座るアミダはその様子に苦笑いしながら話を続けた。

 

「最近親しい人相手に若頭って言われると何時もこう返すんだよ、この人。ま、もう後継ぐ事には変わりないんだから良いじゃないか。いい加減観念しなって」

「まだ慣れねぇんだ。勘弁してくれ……俺はまだまだお前たちと一緒に気楽な商売がしたかったんだがなぁ。ま、テイワズの一大事だ。仕方ねぇとは思うが何分急でなぁ」

「しかしびっくりしましたよ。名瀬の兄貴が、まさか親父の跡を継いでテイワズの代表になる事が決定したなんて。ここに来るまで聞いてませんでしたから」

 

そう言ってオルガは出されたカップに注がれた 珈琲を一口飲んだ。隣に座る三日月は差し出されたミルクと角砂糖を加えたものの、オルガは出されたそのままを飲んでいた。デスクワークが増えるとどうしても眠気を抑える為にカフェインが欲しくなる為かよく珈琲を飲むのだが、そうしているうちに段々と何も入れないブラックの珈琲が彼の好みになっていた。

 

歳星に到着早々、名瀬のテイワズ会長就任の報を聞いて驚愕したオルガ達はその詳細を聞く為に予定を変更して注文していたMSの搬入はユージンらに任せ、オルガと三日月は名瀬の住居でありタービンズの旗艦であるハンマーヘッドへ一足先にやって来ていたのであった。

 

「まあ、事が事なんでな。純粋に喜べるような事でもないんだが」

「事……と言いますと。名瀬の兄貴、それは一体どういう……」

「……ああ、そうだったな。お前たちにはあの時の……ジャスレイの旦那の葬式の時には黙して線香と香典渡してくれと言って詳細は話してなかったか……愉快な話では決して無いが、あの時何があったか話しておくとしよう。今は亡きジャスレイの旦那の名誉の為にもな」

 

 

そうして語られていく衝撃的な情報に、オルガの背筋が凍った。先日火星で見ていたニュースで暴れていたというモビルアーマーは、なんと火星で発見された物であると言うのだ。

 

それも自分達も鉱山の作業場の建設という形で間接的に関わっていた、あのハーフメタル採掘場からだ。事の詳細を聞くにつれて、オルガは自分たちがどれだけ薄氷の上で暮らしていたのかを悟る。そして同時に、その脅威に対して自身が出来うる限りの事を成して無事ギャラルホルンへと送り届けたというのに受け取った側の非によって命を自ら断つ事となったジャスレイに同情した。オルガ達鉄華団からするとジャスレイに対してそこまで悪い印象が無かったのもある。金払いのいい依頼主であったし、何より同じテイワズに所属する者同士であるからだ。

 

しかし同時にオルガはジャスレイについては自身の兄貴分の名瀬との仲があまりよろしくないテイワズの幹部であるという話を他のテイワズ所属の兄貴方達からそれとなく聞いていたので、それに配慮して刺激しないように無礼ではない程度の挨拶をした上で建設業者の鉄血組としての仕事を終えた後はあまりそちらへと干渉しないように心がけていた。それによりこの件には関わりが無かった事は、不幸中の幸いとも言えるかもしれない。

 

 

「例え本人が悪くなかろうとも、それを決めるのは世間様ってこったな……だからこそジャスレイの旦那は自分の命と資産を賭けて真相を世間に公開する事を選んだって訳だ。しかし、あれを地球に持ち込んだ事には変わりない。だからその分の責任は親父が取って、テイワズの会長職を辞任する事になったって形だな。だから、単純には祝えねぇって訳だ」

「……すいません兄貴。そんな一大事に俺達は何も知らず……」

「勘違いすんなよ。この件に関してお前達ができる事は何も無かった。強いて言うなら黙してジャスレイの旦那の葬式に香典と線香を渡す事位だな。そしてその指示に対して何事かと問わずに粛々と従ってくれただけで十分俺達は助かった。特にお前達が気にするべき事じゃない」

「……そう言ってくれると助かります。ですが、俺達はまだまだ兄貴達に受けた恩を返しきれてません。俺達鉄華団にできる事があれば、何時でもお声掛けください、兄貴」

「ああ、その日が来る事を楽しみに待ってるぜ……さて、しみったれた話はここまでにしてだ。お互いの近況でも話し合おうぜ兄弟。まあ、俺はテイワズの後継者になっちまったのとジャスレイの旦那の遺言の支援物資の搬入作業で最近まで慌ただしい日々を過ごしてた事位しか話す事は無いがな。そうだ、暁は元気にしてるか?三日月」

「えっと……うん。おかげ様で元気に育ってるよ。最近はよく動くようになってきたから、ますます目が離せなくなってきたかな」

 

急に話を振られて若干困った表情をしつつも、三日月は嬉しそうに暁の事を語った。

今まで一度も見る事の無かった三日月のその様子に面を食らった名瀬は、一瞬驚いた表情をするも三日月が父親の顔をしている事に気がつくとニッカリ笑った。

名瀬も幾人もの子供を持つ一人の父親である。それ故に彼が父親としてやって行けているのか少し不安であったのだが、この様子なら問題無さそうで一安心したのであった。

 

 

「……なんだ、思ったより心配要らなかったみたいだな。良い顔するようになったじゃねーか」

「そう、かな。何時も気を張り詰めてると、暁が泣いちゃうから辞めただけなんだけど」

「私も驚いた。三日月あんたそんな顔も出来たのか。うん、前よりも今のほうが何倍も男前だよ……っと、そういえばオルガ、あんたはそういう相手っているのかい?」

「!?い、いえ、俺にはそういう相手は居ませんね。まあ、そりゃ羨ましくは思いますけど……普通に、相手が居ませんからね。うちは男所帯ですから」

「そうかい?ま、あんたも良い男だからねぇ。いつか自然といい人が見つかるよ。私のこの人みたいに、ね?」

 

そう言ってアミダは微笑んだ。その後もお互い会話は弾み、穏やかな時間が流れていった。

 

お互い忙しい身である為に中々こうして会えないものの、オルガの鉄華団と名瀬のタービンズは二年前と比べると更に打ち解けており、当人同士も更に遠慮のない仲の良い関係性を築いていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これが、ウチで試験運用するって話の新型か。仮面被ってるみたいな面構えしてるな」

 

テイワズの重工業産業部門である【エウロ・エレクトロニクス社】が所有するMS工房に訪れていた昭弘は、整備場にて今回鉄華団が導入するMSを眺めてそう言った。

 

「そう、これが私の新しい機体の辟邪!!まだ量産体制が整ってないから獅電よりもちょっとお高いけど、百里並に早くて、百錬並に馬力もあるいい子なのよ、この機体!!」

 

鉄華団がMS工房へ向かうと聞いてその案内を買って出たラフタが昭弘の隣に立ってそう言った。幸い、今はラフタも昭弘も割り当てられた仕事は無い為こうして時間を潰しても問題無かった為である。

 

タービンズのエースの一人であるラフタは辟邪の前世代機に当たる百里を扱っていた経験から辟邪のテストパイロットをエウロ・エレクトロニクス社からタービンズへと委託する形で抜擢された。その甲斐あって辟邪は地上戦闘時のセッティング以外はほぼ完成し、先行量産型が数機既に完成している。この辟邪の内稼働機を2機、予備機1機の合計3機を鉄華団は受け取る予定である。

 

そして今回鉄華団が獅電を格安で追加購入する条件として課せられたのはこの辟邪の運用のデータを提供する事であった。一見鉄華団にとってかなり優位に見える取引であるが、これにはちゃんとした理由があり鉄華団が海賊のMSから戦利品として入手したエイハブリアクターの取引先が基本的にエウロ・エレクトロニクス社だからだ。

 

あちら側からしても鉄華団は貴重なエイハブリアクターをよく提供してくれるお得意様である為、バルバトスのルプスへの改修依頼の受付や獅電の格安提供等サービスを怠らない。

 

それでいてリアクターの卸値も適正価格である為オルガはその義理を守り、基本的にはエウロ・エレクトロニクス社へ鉄華団が手放すリアクターは提供するという形がこの二年で出来上がっていた。この辟邪や受け取る獅電に使われているエイハブリアクターも元は鉄華団が狩った海賊が所有していたMSの物の再調整品である。

 

 

「百里に比べるとクセがなさすぎてつまらないと最初は思ったけど、最初だけだったわ。反応速度がとっても良くてねー……これなら上手く使えば阿頼耶識使いよりも素早く動けるかもって感じね。これで、エドモントンの時みたいには行かないわ!」

「そいつは楽しみだ。また今度訓練に付き合って貰ってもいいか?」

「いいね。私も早くこの機体で阿頼耶識持ちと模擬戦してみたかったのよ!実はアジー達と一緒に帰りのイサリビに乗せてもらう予定だから、鉄華団の本部に付いたらやりましょ!」

「……ん?ああ、前言ってたあの話か。忙しかったんじゃ……良いのか?」

「辟邪のテストパイロットとしての契約期間も終わったからね。教官役、足りてないんでしょ? だーりんも、暫く歳星を離れられないみたいから私たちMSパイロットも暫くの間暇なの。だからそっちを手伝う事にしたんだ」

 

 

現在名瀬はマクマードの後を正式に継ぐ為に活動中であり、様々な根回しやらノウハウの継承などを行っている最中である。その家族であるタービンズも当然そのサポートに回っている。その為現在輸送業はどうしても外せない要件を除いて臨時休業中であり、手が空く人間も出てきている。

 

普段輸送業を行う際に護衛戦力として働くラフタやアジー等のMSパイロットは全員ではないもののそう言った側の人材であり、その間どうせならと兼ねてから予定していた鉄華団への出向業務を行ってしまおうという話であった。ラフタのテストパイロットへの抜擢やアトラの件で他のメンバーが出向していた事があった為流れていた話ではあったが、タービンズ側の予定と噛み合った為に今回実現した形となった。

 

 

 

「じゃあまたアジーさんやラフタと暫く一緒に仕事出来るんだな。ありがてぇ話だ。ダンテも新入りに教える人手が足りねぇってボヤいてたからな」

「でしょ?暫くよろしくね、昭弘」

 

 

そう言ってラフタは笑顔で昭弘の横に立ち、話を続けていった。話題は様々で、お互い最近何をやっていたかの世間話から、MS戦での情報交換、テイワズや火星の最近の情勢と様々な話に花を咲かせていった。

 

 

そんな二人を見つけて、今回の搬入の件で声をかけようとしたもののその雰囲気を察してタービンズや鉄華団のメンバーはそっとしていた。タービンズは言わずもがな、男所帯な鉄華団メンバーに関しても三日月とアトラ、そしてクーデリアをよく見ている為か野暮な事については察せるように成長しているようである。

 

昭弘の事を羨ましがりながらも、彼らは自分の任された仕事を果たす為に新たに得た獅電の搬入と確認をしっかり行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ『オーガス家の休日』

 

 

 

鉄華団がテイワズへ注文していたMSを受け取りに行く一週間ほど前、クーデリアとアトラは同じ日に合わせて休暇を取っていた。

 

 

「こ、これで抱え方は合ってますよね、アトラさんっ。苦しくないですか、暁」

「うん、それで大丈夫だよクーデリアさん」

「あうー」

 

アドモス商会での仕事で多忙な日々を送っているクーデリアではあるが、何処かの団長のように事務仕事の人手が足りていない訳でもワーカーホリックという訳でも無く、何処かのセブンスターズの二人のように休むに休めない状況に陥っている訳でもない為休む日はしっかりと休んでいた。

 

今日は三日月の仕事が午前中に終わるという話である為、アトラも共に休暇を取り午後から一家水入らずで過ごす事にしたのである。特に何処かに行く、という予定がある訳ではないがクーデリアは普段アドモス商会に居る為にこうしてゆっくりと一緒にいる事が中々出来ない為こうした時間を貴重に感じていた。

 

「あーうぅ、くーちゃ」

「久しぶりね、暁。クーちゃんですよー」

「きゃっきゃ」

 

こうして暁を抱っこさせてもらったことは何回かあったが、未だクーデリアは暁を抱える事に慣れずにいた。いつも自分よりも背丈の小さいアトラがずっと抱っこしている姿を見て、母親の偉大さを感じずにはいられない。

いずれ、いつか自分と三日月との子が産まれた時に自分もこうなれると良いなと、そんな事を考えながらクーデリアは危険がないように、暁が苦しくならないように注意しながら暁を抱っこしてあやした。

 

 

「また暁、大きくなってますね。子供の成長って、本当に早い……そう言えば、暁ハイハイ出来るようになったんですよね。この前送られてきた動画で見て、びっくりしました」

「うん。実は昨日ね、暁が掴まり立ちしてたの!!」

「え、ほ、本当ですか!?」

「ただ、その時私も朝の準備で忙しくって、写真も取れなかったからその時の姿は見せられないけど……三日月やクーデリアさんにも、見せたかったなぁ」

「いえ、それが聞けただけでも嬉しいです。凄いね、暁」

「うー?」

「まあ、良いことだけどそれだけじゃ無いんけどね。良く動くようになったから、ますます目が離せなくなってきてるし……タービンズのお姉さん達に色々と教えてもらって、ほんとに良かったと思うよ。この部屋に敷いてるマットも、お姉さん達に教えてもらって敷いた物なんだ」

 

 

三日月とアトラ、そして暁が住むこの寮は元々鉄華団本部の寮でも広いスペースがある場所だった。CGSから鉄華団に変わる際に退職した大人達が使用していた場所であった為使われてなかったものの、アトラが暁を妊娠した事をきっかけに『妊婦と旦那を別々の場所で住まわせるのもどうなんだ』と考えたオルガが気を使ってかつて大人達が使っていたベット等の家具を片付けて用意した場所である。後に名瀬に三日月とオルガが頭を下げて助けを求めた事で鉄華団に派遣された子育てや出産に対する知識のある名瀬の嫁達によって可能な限り赤ん坊を育てるのに支障のない状態に改修され、結果基本ベットの鉄華団では珍しいベットではなく布団を寝具にする部屋になった。暁の為のスペースには柔らかいマットが敷かれており、暁が成長してハイハイしたり歩くようになって転んでも怪我しないように配慮されている。

 

 

「はい、クーデリアさん。いつものコーン茶淹れてきたよ。暁、クーデリアさんお茶飲むからこっちにおいで」

「あ、すいませんアトラさん。このお茶美味しいですよね」

 

そう言ってクーデリアは暁をアトラに渡すとテーブルに置かれた自分用のマグカップを受け取り、桜農園印のコーン茶を一口飲んだ。

 

ゆっくりとした、居心地の良い時間が過ぎていく。二年前に地球へ向かう前から、実の両親と疎遠になっていたクーデリアにとってアトラと三日月と暁のいるこの場所は唯一心から休める場所だ。

 

そして、何よりも。

 

「ただいまアトラ、クーデリア」

「あ、三日月。おかえり!」

「おかえりなさい、三日月」

「……!ぱーぱ!ぱーぱ!!」

「暁も、ただいま。今からお休みだけど、今日はどうしようか」

 

 

愛する人に『おかえりなさい』と言えて、『ただいま』と返してくれるこの場所がクーデリアは大好きになりつつあった。

 

 

オーガス家の休日が始まる。

 

何てことも無い、平穏な一日。三日月やオルガ、鉄華団の皆が足掻き続けてやっと掴んだ、そんな一日が。

 

 

 

 




前回の更新から少し間が空きましたが、新年あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

今年も頑張ってミカアトやミカクーを書くぞー(思ってた以上に人気の出てしまった叔父貴から目を逸らしつつ)

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