アトラがほんの少しだけ、我慢出来なかった結果 作:止まるんじゃねぇぞ……
ハーフメタル鉱山において、ハーフメタル以外のものが埋まっているのかを地上から確認する事は困難を極める。
理由は簡単だ。磁気や電磁波等を遮断する性質を持つ為、地中へレーダー等で判別を行ったとしてもそれらが遮断される事で逆にそこにあると言うのが分かるハーフメタル以外の存在の特定が極めて困難だからである。その為何が埋まっているか分かったものではない。
そのせいで厄災戦以前の遺物が発掘される事も珍しくない程だ。モビルアーマー程、世間を騒がせる物が出てくる事は滅多にないが。
その為、鉄華団がマクマードから引き受けた新たな仕事である鉱山に埋まっている物の調査の仕方は至ってシンプルな方法となった。それは暫くハーフメタルの採掘を行いつつ、何か変な物が埋まっていたら随時報告する活動をしばらく続けるという地道な物であった。
採掘活動を引き継いで暫くは本体が破壊されたことにより動かなくなったプルーマが数機、掘り出されなかったものが出てきた事があったがMAが出てきた地層から離れるとそういった物も出てくる事は無くなり、鉱山故に危険はあるがそういった危険物は出てくることは無くなりつつあった。
「タカキー!採掘し終わったハーフメタルが荷台一杯になったから、新しい荷台運んでくるな!!」
「うん、足元に気を付けてねライド」
満タンになった荷台を連結させたモビルワーカーに乗ったライドが、現場から出ていくのを尻目にタカキは自身の乗るMWの運転席に座りながら情報端末に写した地図を眺めた。
それはどこをどう掘るのかの作業計画書であり、それを見ながら今何処まで掘り進めたかをタカキはその端末上に書き込んでいた。今日の作業を終えた後に団長達に渡す報告書であるので、なるべく正確に記す事を心がけながらタカキは端末に慣れた手つきで入力していく。
タカキは勉強などを学ぶ事に興味を持つようになった鉄華団のメンバーの中でも特に秀才な努力家の一人だ。唯一の家族である妹を養って行かなければならなかったが故にこれまでは興味を持っていても学ぶ機会を得られなかった。
それはタカキだけでなく、鉄華団の殆どのメンバー達も同じであった。学ぶにしても明日の飯さえ定かではない状況では、そんなことは考えていられないからである。
しかし暁が産まれた時の経験から文字が読めない事がどれほど無力なのか思い知り、危機感を抱いた一部の団員たちが自主的に行動を起こした事がきっかけにそんな状況は変わりつつある。
学ぼうとする意欲のある団員達が休みの日に集まって自主的な勉強会を何度も開いたのである。それを見たオルガがそういう空気が鉄華団に出来たことに驚きつつも、学のある団員を増やすチャンスと見て鉄は熱いうちに叩けと言わんばかりに必要経費として情報端末を追加で購入し、それに教科書等のデータを入れて空き家であった鉄華団本部の一室に設置した。この一室と情報端末は鉄華団の団員であるならば誰でも使えるよう取り計らわれ、勉強に興味を持っていた団員達は嬉々として集まる人気のある場所となっていった。
こうした取り組みによりタカキも勉強する事ができる機会が得られた事で文字や計算、事務の仕方などを学んでいくと乾いたスポンジが水を吸い込むようにそれらを覚えていき、今では鉄華団の貴重な事務戦力の一人となったのであった。
(皆、ここに来た時とは見間違えるほど生き生きと仕事してるよなぁ……おかげでいいペースで採掘が進んでる)
この鉱山での採鉱を行っているのは、基本的にMWを扱える団員であり……阿頼耶識持ちの団員達だ。MAが何らかの理由で機能停止していた場合、エイハブリアクターの反応を感知して再起動する可能性があるとメネリクから知らされたからであった。
その為MSは扱えないので、その代わりに水素エンジンが動力であるMWが駆り出され、武装を取り外し採掘用のアタッチメントに付け替えて重機として使いながら、鉄華団は鉱山を掘り進めていた。
(……またハーフメタルの層までたどり着いた、か。よし、ハーフメタルは掘り当てられたら担当の団員たちにボーナス出すぞって団長が言ってたから、嬉しい……っていけないいけない。本来の目的はハーフメタルの採掘じゃなくて鉱山の調査なんだから、おかしなものが無いか気をつけなきゃ……)
緩んだ気を引き締め直し、タカキは報告書を書き進めていく。
今MWを動かしているのはタカキ達鉄華団創立からいる古参のメンバーもいるものの、新たに入った阿頼耶識を着けた元ヒューマンデブリの新入り達が多くを占めていた。
火星に出没する大半の海賊達を狩り尽くす前まで鉄華団が積極的に行っていた海賊討伐の依頼において、討伐した海賊たちの所有物は依頼人が返してほしいという物以外は基本全て討伐した者達の物となる事が基本であった。その中には物扱いされた人間であるヒューマンデブリも当然含まれており、海賊たちの保有していたヒューマンデブリを成功報酬として渡される事が何度かあったからである。
その大半は行く宛も頼る家族も居ない。放り出した所でそのままでは食っていく手段もない。一歩間違えば同じような立場となっていたであろう鉄華団の面々がそんな彼らを見捨てられる訳もなく、ましてや売り払うなど以ての外と考えるのは当然であった。
無論、鉄華団もなんの策も無く彼らをただ受け入れた訳でもない。鉄華団が中心になって巻き起こった二年前の事件以来、阿頼耶識を施術したヒューマンデブリの少年兵をMSやMWに乗せるという手法は有効と判断されてしまい海賊などの非合法組織を中心に活用されてしまっていた。そして運良く生き残って鉄華団に手渡されたヒューマンデブリ達も大半が阿頼耶識を無理やり施術され、生き残った者達ばかりだったのである。
この現状に昭弘達元ヒューマンデブリ組の団員たちは行き場のない怒りを感じざるを得なかったものの、同時に彼らの能力があれば働ける職場を用意できるという意味でもあった。
そして、自然と先にいた団員は後から入ってきた団員たちに色々と教える立場となる訳で、フウカという妹が居る為か明るく面倒見のいいタカキは今や鉄華団の年少組のまとめ役となりつつあった。それ故に、年少組の多くが参加すると決めたこのハーフメタル鉱山の採掘にはタカキは班長として参加する事になったのであった。
(それにしてもなんで、ハーフメタルの層がこんなに段階的に続いているんだろう?まるでこれじゃこの層がこういう風に作られた物にも見えるけど……いや、単なる偶然かな)
ハーフメタルが出てきた層を並べて見ると、一定間隔でそれがある事に気がついたタカキはまるで人工的にそれが配置された物のように感じた。しかしハーフメタルを精製する技術はあっても、ハーフメタルそのものを生み出す技術は現存していない。その為タカキはその考えを偶然と否定して、報告書を書くことに専念した。
そうして暫く時間が立ち、報告書を書き終え間違えのないか読み返していると、タカキの乗るMWの隣にもう一台のMWが隣に止まった。それはかつて昭弘の乗っていたMWであり、今は昭弘の弟の一人となったアストンがそれを引き継いで乗っていた。
「タカキ、ここに居たか。そろそろ昼飯だから呼んできてくれって頼まれたんだけど……」
「あれ?もうそんな時間か!ありがとアストン、つい書くのに夢中になっちゃって……よし、書き間違えも無し!午前の仕事の分は書き終えた。ご飯食べたら、また午後も頑張ろう」
「うん。今日の昼はトルティーヤだって。桜農園から、畑仕事の手伝いのお返しに貰った野菜があるらしいよ」
「農園の野菜、美味しいから楽しみだなぁ。それじゃ、行こうかアストン」
そういうとタカキは膝の上に端末を置いてMWのエンジンを入れた。
これが一時の平穏だという事は分かっている。だが願わくばこの平穏が少しでも長く続いてほしいとタカキは思いながらMWを採掘拠点へと向かわせた。
月外縁軌道統合艦隊【アリアンロッド】の任務は地球圏への敵対勢力の侵入の阻止である。故に通常時は各コロニーへ艦艇を駐留させ、それらへの監視を行っている。
しかし、有事の際は必要な艦艇を集結させ、艦隊を編成し事態の対処へ当たる。今回の事件である地上本部への部隊の投下はこれに該当する行為だ。地上本部からの応援要請に応え、ジュリエッタ達がMSに乗ってやってきたのもその為である。
彼らにとって想定外であったのは、その被害の大きさであったであろう。たった一日、たった一日あのMAが暴れただけで被害者数は百万人を超え、被害のあった街は七割が焼失した。
彼らが到着した頃には既にマクギリスによって起動させられたガンダム・バエルによってMA、ハシュマル・フォールンは倒されていたが故にその任務は燃える街の消火活動と住人の救助へと切り替えられ、彼らのMSはそれらに対する戦力として運用されたのだ。
だが、しかしだ。彼らはそれを誇る事など出来はしなかった。あまりにも凄惨な光景だった。
我が子を守るためにお腹を抱え、そのまま火に焼け死んだ妊婦。水を求めて、焼け爛れた皮膚を引きずって川に飛び込んだであろう死体の山。煙と火に巻かれて、建物の屋上まで逃げたものの逃げる道がなくなり、追い詰められ身投げした者。瓦礫を退け、なんとか助け出したものの搬送中に意識を失い命を落とした子供……この世の地獄とは、まさにあのような光景を表すのだろうか。皆必死に救助へと尽力したが、それでも助けられた命はわずかであり、大半は炎と共に灰と化した。故に自らの無力さを呪うように、彼らは皆悲痛な表情を浮かべながら職務を遂行する事だけを考えて動いていた。
そんな時だ。その地獄を作り出した原因が自分達の同僚であり、ギャラルホルンのセブンスターズであった存在にあったのだと判明したのは。
そして、隊員の一人が申し訳無さから拳銃自殺を行った事を皮切りに、地上に降りたアリアンロッドのMS隊のメンバーには謹慎と精神療養を言い渡された。彼はクジャン家に仕える家の出身者であり、それ故にあの惨劇を自らの責任として受け止めてしまったのだ。
あまりにも、あの場で私達は無力だった。
私は私を表すアイデンティティの喪失を感じつつあった。妄信的な正義を、あの地獄を見て体験して信じ続けられはしなかった。
これは私達ギャラルホルンが……招いた『人災』だった。燃えた人々は守るべき地球の人々だった。
あれ程信じていた筈のギャラルホルンの大義とは、一体何だったのであろうか?ラスタル様には申し訳無い気持ちでいっぱいだが、そう思わずにはいられなくなってしまった。
「……どうして、どうしてこんな事に……っ!」
彼の墓前で、私は思わず声が漏れた。同僚である隊員の墓に添えられた花は少ない。聞けば彼の家族もクジャン家の領地に住んでおり、未だに行方不明であるそうだ。
珍しい話ではない。あまりにも一気に多くの人間が死にすぎた。このギャラルホルンが保有する共同墓所にも、多くの人間が足を運んでおり、その多くが悲しみに暮れている。墓に入る遺体があるだけでもマシな方だ。焼けてしまい損傷が酷く、身元不明の遺体はあまりにも多かった。
彼とはあの事件が起こるまでは、言葉を交わす事もあまり無かった隊員の一人だった。だが、アリアンロッド艦隊の同僚として、あの地獄を共に駆けた戦友だった。任務に忠実で、とても真面目な人だった。
だからこそ、イオク様……いや、イオク・クジャンの行ったあまりにも無知な行いを自らの責任と感じてしまったのだろう。現場で、その被害を体感したが故に自分自身を許せなくなってしまったのかもしれない。
墓に眠る戦友に花を添えて、祈る。こんな形での別れとなるとは思ってもいなかった彼に、せめてもの安らぎを願って。
「……ジュリエッタ。お前もここに来ていたか」
「ラスタル、様……!?な、何故ここに」
「お前と同じ理由だ。ようやく、私が居なくともある程度は回る程度には事態も落ち着いてきたからな……自分の不手際で死なせてしまった部下の墓参り位、しても許されるだろう」
そう言うと、護衛であろう隊員を数名連れて現れたラスタルは手にした花を墓前に置いた。
この墓は、ラスタルが手配した物だ。彼の遺体の引き取り先であろう遺族もまた例の事件で全滅していると知らされたラスタルがせめてもの償いにと用意した物であった。それ故に、この場所に死んだ部下が眠っている事を知っていたのである。
「……本当ならば、お前の好きだった酒を添えてやりたかったのだが。そういった嗜好品は今被災者達に回していてな……すまんが暫く後になる」
そう言うと、ラスタルは少しの間目を瞑り部下の冥福を祈った。
ラスタル・エリオン最大の誤算は、イオク・クジャンの愚かさを測り違えた事であった。彼もまた先代クジャン公という色眼鏡を通して、彼の事を見ていたのである。それ故にまだ若く、責任ある立場の人間としての教育が不十分であると言った程度にしか感じていなかったのだ。
ラスタルもイオクを過大評価しているつもりはなかった。だが、病に倒れ急死するその時までギャラルホルン、ひいては地球圏の平和を維持してきた先代クジャン公の息子であるという事実が彼の目を曇らせた。流石に、このような愚行を行う男だとは想定していなかったのである。
その結果がこれだけの被害者を出し、挙句自身の直属の部下にすら死人を出した。その事実に後悔を感じざるを得ないものの、最早何もかもが遅い。
流石に、心に堪える物があった。
「……申し訳ありませんラスタル様。見苦しい所をお見せします……ッ!!」
「私の事は気にするな。先に、本部へ戻らせてもらおう……」
そう言って、ラスタルは護衛を連れて墓所を去っていった。
ジュリエッタは嗚咽の声を漏らした。悲しくとも、立場故に涙を流す事が出来ない自らの主の代わりに、声にならぬ声を上げて涙を流し続けた。
【厄祭の再演事件】から、一月。たった一日のうちに起きた大きな喪失から、人々は未だ立ち上がれずに居る者が大半であった。
追記
被害者数はあくまで『あの事件で被害を受けた総人数』なので、100万人が一気に死に絶えたという訳ではありません。
具体的な数値は出すつもりはありませんが、死者数と行方不明者数はその四〜六割位を想定しています。