アトラがほんの少しだけ、我慢出来なかった結果 作:止まるんじゃねぇぞ……
鉄華団本部。かつてCGS時代に社長室……前社長の部屋として使われていたその場所は、今では鉄華団の応接室として扱われていた。かつての成金めいた雰囲気の調度品は多少売り払われ、しかし賓客に対して失礼ではない程度に整えられたその部屋に、彼らは集まっていた。
現在鉄華団を主導している者達。いわば年長組とかつて言われていた者達だ。
三日月・オーガス。
ユージン・セブンスターク。
昭弘・アルトランド。
ノルバ・シノ。
ダンテ・モグロ。
チャド・チャダーン。
そしてオルガ・イツカ。
多忙の中にある彼らが一同に集まる理由。それは、鉄華団と言う組織が組み上がりつつある今だからこそ外せない事が理由であった。
「皆、多忙の中集まってくれて感謝する。今日、このメンバーが集まらなければいけない重要性については先に言ってあるが、理由については今言わせてもらう」
団長であるオルガは一息置いてから、その事を語った。
「鉄華団の今後について。もっと簡単に言うなら、資金の稼ぎ方についてだ。ユージン、今ウチの資金源の大半が何で賄われてるかは知ってるよな?」
「ああ。基本は護衛や犯罪者の討伐依頼の報酬金と、海賊のMSから拿捕したエイハブリアクターをテイワズに卸した金で回ってる。勿論コレは一番大きな収入源で、他にはテイワズから火星、もしくは地球への輸入品の搬入費なんかの細々とした物もあるな。それがどうかしたのか?」
「……多分、このままそれをやってるだけじゃ上手く回らなくなるって話さ」
オルガがそう言うと、シノがそれに対して疑問をぶつけた。
「なんでだ?ここの所、きな臭い空気が火星にあるせいでその手の依頼も増えてきてるし、前だって拿捕したMSから得られた収入額が過去最高になったって言ってたじゃんか」
「シノ、いくらそういう輩が沢山居たってな、MSや船まで動かせるような規模の輩が無限にいるわけじゃねーんだぞ?」
「……あー、そういう事か!実際、クリュセ周辺だとそういう輩があんま見なくなったって話を店のネーチャンから最近聞いたわ。それで感謝されたっけ……『狩り尽くしちまった』って事か?」
「流石に、火星やその周辺にいる海賊全員をって訳じゃないが、少なくとも悪名を轟かせてる奴の筆頭だったのが前の夜明けの地平線団のボスだったんだよシノ。これで、鉄華団の勇名が更に響くのは間違いないだろうけど……これからそれを続けていくのも、危険って事だろオルガ?」
チャドがそうシノに対して補足すると、オルガはチャドの問に対して答える。
「ああ。今までは一発当てただけのまぐれと思われててもおかしくなかったが、アイツらをギャラルホルンと共同とはいえ捕まえた事が知られた今、海賊共は俺達の事をこれまで以上に警戒するだろうな。我先にと襲い掛かってくるようなのは救いようのない阿呆共か、余程後の無い奴ら位になって、そうじゃない奴は勝てると思える何かを待つようになるだろう。となれば、今までみたいに依頼で得られた少なくない額の追加報酬を期待するのは難しくなるだろうな。こちらの被害も大きくなるだろうしな」
オルガがそういった後、頭に指を置いてユージンが何かを計算し始めた。ここ最近ユージンは会計等の仕事も手伝うようになっていた為、このメンバーの中ではオルガの次に鉄華団の財布事情をよく知っていた。
「てぇなると……あの収入がだいぶ減る事になるから……うげ、ま、まじかよ……」
CGS時代から付いてきてもらっている数少ない大人の1人であり、会計役のデグスターから経理の仕事を教わり段々とそれが身についてきたユージンは脳内で大まかな金額を計算し、そして青ざめた。今はいい。これまで貯めてきた資金がある。しかしそれは確実に消えていく金であった。MSや船の整備維持。団員達の食費や人件費。その他諸々。人間、生きていれば金は幾らでも掛かるのだ。
「そこでだ。今ある元手を使ってでも今のうちに俺達が出来る商売に投資したいんだ。これは、俺達の夢の第一歩でもある。今はまだ鉄火場から離れられない俺達だが……いや、俺達はまあ、最悪離れきれなくても仕方ないかもしれんが、年少組の奴らやこれから新しく鉄華団に入ってくる団員だけでもそういう、命のやり取りで日銭を稼がなきゃ食ってけないような現状を変える為の第一歩になりゃいいと思うんだ。お前たち、どう思う?」
オルガのその問いに、初めに答えたのは昭弘だった。
「……なあ、オルガ。俺達、そんな所まで来れたのか?」
「ああ。まだ始まってもいないが間違いなく、お前たちのおかげでここまでこれたんだ」
昭弘は静かに、しかし喜びを噛み締めながら次の言葉を出した。
「そうか……思ったよりも、早かったな。最高な考えだと思うぜ、俺は」
「俺もだ!ヒューマンデブリだった俺達が……行き場もない、昔の俺達みたいな奴らに対して仕事と食い扶持を用意する側になるなんて、考えても無かったぜ……っ」
昭弘がオルガの考えに賛同すると同時にダンテもそれに同意する。
「俺も。いい考えだと思うよ。でも、具体的には何をしようか……火星じゃ土が痩せてるから作物の価格はかなり安いし……売るものなんて思いつかないよね」
「チャドの言う通りだよ。桜ちゃんの農家のトウモロコシも、大部分はバイオ燃料になるって。勿体無いけど、そうでもしないと売れないんだって桜ちゃんボヤいてたな……」
チャドの意見に、三日月が反応し答えた。それに対して、大体の資金の仮の計算を終えたユージンが話す。
「まあ、確かに今ならそういう事も出来る余地があるけどな。テイワズからの新しいMSの導入も元々決まってたもんだから、既に代金は用意してあって今回の臨時収入とは別物だからなんとかなるだろうぜ。だがなぁ……成功するとは限らないんだぜ?もう少し、備蓄を増やしてからのが良いんじゃねーか?」
「なんだよユージン、怖ええのか?」
「そりゃ怖ええよシノ!? 下手したらだいぶ鉄華団が傾くんだぞ!!」
「まあそうだけどよぉ……二年前の時に比べたら、自分達でやろうとする事ができるだけでも大違いなんじゃねーかなって俺は思うぜ。こういう事は、思いついた時にやった方が後悔しないってもんだ。だから俺はオルガの提案に賛成だ」
シノは、飄々としながらも芯の通った声でそうオルガに賛同した。いつかやりたいというだけではやれなかった時に後悔する事を彼は知っていた。
「……そうだな。確かに、二年前に比べたらそこまで大きくない博打だな。どの道やらなきゃならない事だし、コケたとしても今なら取り返しがつく。いや、絶対取り返してやる。……よし、覚悟が決まった。やろうぜオルガ!!」
各々、それぞれが自身の疑問や意見を言って纏まった所でオルガは再び問いただした。
「よし、何かを新しく始める事は確定だな。こっからは何を始めるかを話し合うとするか……んじゃ早速だが、ユージン、なんか考えは無いか?」
「え、俺から!?オルガもなんかあるんじゃねーのか?」
「ざっとにはあるにはあるが、忙しくて中々考えが纏まらなくてな。皆からの案を聞いてから話そうと思うんだが」
「お前はもっと休んでも良いと思うんだがなー……ま、そういうことなら先に言わせてもらうぜ。まず、俺からの案は……これから火星でドンパチする以外で稼ぐんなら建設業が儲かるんじゃねーかって思うんだが」
そう切り出して、ユージンは説明していく。まず、二年前の地球との交渉で火星ハーフメタルの輸出規制の緩和によって火星のハーフメタル鉱山の事業は賑わいつつあるという。
しかし、それを遮るあるものが問題になりつつあるらしい。設備の老朽化である。
「お嬢から聞いた話だと、なんでも建物の水道とか電気とかガスとかのライフラインが老朽化してるせいであちこちで問題になってるらしいんだ。それを整備する建設や工事の会社も不足気味で、火星の建築業や土木業はどこも手が足りてないらしい」
そもそも火星の土木業というのは、所謂上流層が住む場所やその設備を整える為だったり、それなりに大きな勢力の建物を拵えるに細々と存在しているものだ。それ以外の者達は廃墟を自分たちで整備して使えるように直したり、掘っ立て小屋を立てて作るなり、仮屋を借りたりしてなんとかしているのである。
厄祭戦以前からある建物はかなり頑丈でそれでも人の手さえ入れれば使えてしまうため、今まではそれでも問題が無かった。が、いざ本格的に鉱石の採掘を行うとなるとそういったジャンク品の再利用だけでは成り立たなくなりつつあるそうだ。
「だから、今後を見据えてそういう建築業を行う部門を鉄華団に作るって提案をさせてもらうぜ。こういう事業なら、体さえ元気ならここ以外行き場の無い奴らだって真っ当に働かせられるだろうしな。……問題は、重機は今あるMWやMSである程度代用出来てもそれ以外のもんを揃えるのに結構色々掛かるだろうなって事だな。それと、建設関連の知識がいる事だが……その辺はトレーニングの合間におやっさんに勉強教えてもらってるだろ昭弘?」
「ああ。俺もだが、俺以外のそういうのに興味ある面子もたまにおやっさんに見てもらいながら図面引いたりする基本や基礎の組み方なんかを教えてもらってる……あの人には、頭上がらねぇな」
おやっさん……鉄華団のメカニック長であるナディ・雪之丞・カッサパは二年前のCGS襲撃の際に初めから彼らの味方であった数少ない大人であった。
本業であったMWの整備だけでなく趣味の過去の機械の知識の収集からMSの整備まで出来た彼の経験がなければ鉄華団は今頃ここには居ない。そして、過去に建設関係の仕事もしていた経験もあった事から暇な時にそういった事に興味のある団員に対してたまにその知識を教えていた。
『手に職をつければ早々食いっぱぐれない』と彼はよく言う。古い両足の義足を着けた彼がそういうのだから、それはきっと事実なのだろう。そう思ったのか彼の助手役をしているメカニック担当の団員達は勿論、他の面々も彼の教えはよく聞いていた。
多芸で経験豊富な、彼らにとって尊敬できる数少ない大人の一人だ。
「今のままじゃ戦いとか、たまに農場の手伝いする位しか役に立てないからな。それだけじゃいけねぇって考える機会もあって……今じゃ皆、自分なりに考えて勉強とかしてるんだよな。俺は建設についてだが三日月は栄養とか農業の勉強してるんだっけか?」
昭弘は、火星ヤシをひと粒齧っていた三日月にそう尋ねた。
「……ん?ああ、最近たまにやってる。暁をあやしながらだけど……最初は、自分には勉強って必要ないかなって思ってたけど、そうじゃなかったから」
三日月が文字の必要性を感じたのは、暁の出産時に手助けしてくれたタービンズの女性陣が帰った後に残してくれた育児書等が理由であった。かつてクーデリアから教わった文字のおかげでなんとかそれを読めた三日月は文字が読めない団員達にそれを朗読して赤ん坊の世話の仕方を教えながら暁の面倒を見ていた。
勿論アトラも暁の面倒を見ているが、彼女も鉄華団の厨房を担当する立派な団員である。食事を作る時は暁を抱えて料理するわけにも行かないのでそういった時間帯は他の面子で暁の面倒をみていたのである。
片手が使えない三日月の補助として暇な団員が三日月が読んでいる育児書の内容を実践している姿は、今では鉄華団内でよく見る光景だ。ああでもない、こうでもないと四苦八苦しながら暁をあやし、おしめを変え、ミルクを与えて……手が空いた団員達や親である三日月、そしてアトラの手で暁の世話をしていたこの数ヶ月は彼の考え方を改めさせるに十分な経験であった。
知識を学べばやれる事の選択肢が沢山増える。当たり前の事であるがそれを行える程の余裕がなかった彼らは、その余裕というものが出来た後もその使い方も何が出来るかも実感できずに愚直にそのまま働き続けていたが……赤ん坊を育てるという経験から、今のままでは駄目だと暁の面倒を見た多くの団員たちが思った。
壊すことしかできない者達が辿る末路など、嫌になるほど彼らは見てきたのだから。そうはならない為の手段として知識が必要だと彼らは知った。
結果として、自主的に勉強をするものが増えたという訳である。
「……まあ、まだ拙いかもしれねーけどよぉ、昭弘達だったらちゃんと身につけてくれるだろうさ。そんな訳で、俺からは建設業に手を伸ばす事を提案しようと思うぜ。俺からの案は以上だ。次は誰が言う?」
ユージンからの案が終わると、じゃあ次は自分と和気あいあいと手が上がる。そうして自分なりに考えた案を皆の前で言っていく。
その様子を見ているオルガは、とても嬉しそうに微笑んでいた。
(見てるか、ビスケット。多分、こういう光景だったんだろうな……お前が見たかったモンは)
白紙のメモのアプリを起動させたタブレットに、皆が出した案を書き纏めながらオルガは思った。
まだ始まってすらいない。それでも、ここからどうなるのかがオルガには楽しみで仕方がなかった。何故なら今こうやって書いているそれらは、オルガにとってたどり着きたいと思う夢の地図の断片であったからだ。
みんなが考えてくれた夢の地図の断片を見ながら、オルガはその断片を地図へと変える為の道筋を軽く頭の中で組み立て始めた。
日常回。自分が鉄血で見たかったワンシーンを書き出した。
原作だと皆がこういう考えに至る前に過酷な環境を生き抜いてきたが故の余裕の作り方が分からない面があり、分かるやつがやる方式でずっとやってたのでオルガへの負担やばかったろうなと思った。そら過激な方針になってても追い詰められすぎてて気が付かなくなるわ()
本作では皆で考えて自分たちがやりたいこと言ってやれる事はやれるだけやろうぜって言える環境である。ということを書いた。めっちゃ難産だったが書いて良かったかも。