アトラがほんの少しだけ、我慢出来なかった結果 作:止まるんじゃねぇぞ……
夢を見る。親友を手にかけるいつもの悪夢を。
夢を、見る。刺すつもりなど無かった向けただけのナイフが、モンタークの腹に突き刺さるあの感覚が、手から染み付いて離れない。
彼の顔でさえ朧気になりつつあるのに、そこだけはどれだけ時間が経とうとも消える事は無かった。
「……これは、いかんな。疲れている証拠だ」
あの館に来た頃は毎晩のように見たこの悪夢も、今となっては疲れきって眠ったときにたまに見る夢になりつつある。問題はここ数日、それが連続して続いている事である
たとえ医療用ポッドを使い肉体的疲労を短時間で抜いたところで、精神は疲弊するのだ。本来なら十分な睡眠時間を確保する所であるが、どうしても外せない予定が少々立て込んでいた為無理をした。
その無理の反動を今体が受けているのだろう。
「とはいえ、流石にセブンスターズとしてイオク・クジャンへの裁判に席を外す訳にはいかなかったからな。全く、最後の最後まで忌々しい男だった」
裁判の結果は無論有罪。MAの無断所持と、その管理の不備によって起きたその他諸々全てがイオク・クジャンの罪となった。
『MAの無許可の所持、製造は如何なる者であろうと極刑相当の重罪』という厄災戦時代から変わらぬ古き法が決め手となった裁判であるが、事が起きてしまった以上先人達はこういった事態を危惧していたのだろうと思わざるを得ない。
クジャン家は取り潰しの上で、現当主であるイオクは死刑が決定した。せめて、この決定が犠牲になった人々への慰めとなる事を祈る。
……ようやく、ある程度は手を休める時間が作れる程度にはギャラルホルン内の統制も取り戻せた。だからこそ新型機のテストに託つけてエリオン公との融和をアピールする為に片腕であるヴィダールをアリアンロッドに出向させることが出来たのだ。ここで一休みを入れても良いだろう。
普段の私なら時間を惜しみ行動することを優先しているだろうが、この状態ではまともな仕事を出来るか些か怪しい。そう自己判断すると、今日は仕事を休む事を部下に連絡し、ボードウィン家に今日はそちらに向かうことを伝えると出掛ける準備をした。
無性に今はアルミリアの顔が見たかった。
甘えているのは、自覚している。
わたしにとって、マッキー……マクギリス・ファリドとはどういう人なのかを説明するのはとても難しい。
亡き兄の親友であり、わたしの婚約者であり……とても強くて優しくて……その弱さを知っている人でもある。
まだマッキーと私が婚約者になる前、単純に兄の親友である憧れの人として接していた頃にわたしはあの人の脆い所を見たことがあるのだ。
あんな姿のマッキーを見たのは一度だけ。でも、私はその姿を忘れることは無いだろう。それほどまでにその時のマッキーの姿は衝撃的だった。
とても悲しそうに、泣くことすら出来ずにただ耐えていた。その日は親友の様子がおかしいと感じた兄が気晴らしになればと私達の家に連れてきたのだけど、憧れの人のその姿を見たわたしはとても悲しくなって、わたしの方が泣いてしまった。自分でも理由は今でもわからない。でも、そうしなければこの人はきっと壊れてしまうと思って、わたしはマッキーにしがみついて泣いた。
それからどれくらい経ったか、暫くして泣き腫らしたわたしの顔を心配そうに覗くマッキーは、何処か普段のマッキーと違っていて私とそう変わらない年頃の少年のように思えた。
何故君が泣くのかと、そう聞かれてわたしは上手く答えることが出来なかった。支離滅裂で、昂る感情のままにその時の思いをマッキーに伝えた記憶はあるけども、その後泣き疲れた私はマッキーにしがみついたまま寝入ってしまった。
そして、ソファの上で目を覚ました時にはマッキーはいつものマッキーに戻っていた。夢だったのではないかと一瞬思ったが、時計の針と自分の腫れた目はそれが現実だったのだと伝えてくれた。
マッキーがただの憧れの人から私が誰よりもどんな人なのか知りたいと思う人になったのは、その日からだった。
もしも、出来ることならば。いつかわたしとマッキーが婚約者から夫婦になれたのならば。
その時には、わたしはあの人が耐える苦痛を少しでも背負いたい。今は無理かもしれないけれど、大人になった私なら出来ると信じて立派なお嫁さんになる為に勉強やお稽古を頑張るのだ。
頑張り屋さんで、子供の私にも目線を合わせて話してくれる優しいマッキーのお嫁さんが、今のわたしの夢だ。
悲しくても泣くことすら出来なかった不器用なあの人の背を、支えられる人になりたい。
その夢を思いながら、今日も一日を頑張ろうと自室の鏡の前で立っていると、ドアのノックの音が聞こえた。
どうぞと答えると、私の身の回りのことを担当しているメイドさんが自室に入ってきた。
「アルミリアお嬢様、マクギリス様がこちらにおいでになるそうです」
「本当!?」
その言葉を聞いて、私は今日を良い一日にしようと思った。忙しくて中々会えないけれど、その分お互いに会える一日一日を大切にすることを約束している。
マッキーは約束を守る人だから、今日も素敵な一日になるだろう。ドキドキする気持ちを胸に、私はマッキーを出迎えるのに相応しい服を決めるためにメイドさんの意見を聞きながら、今日のコーディネートを決めた。
かわいいと、思ってくれると嬉しいな。
マクギリス・ファリドにとって、アルミリアの存在は一種の救いであった。
当時、自らの心の拠り所としていたアグニカ・カイエルとガンダムバエルの真実を偶然にも実家の書斎の中で見つけてしまった資料により知ってしまったマクギリスは、その事実に打ちのめされそれが信じきれず嘘であることを願い、事実の詳細を洗いざらい読み尽くした。
そうして見つかったのはその真実が間違いなく事実であるという答えと、養父が自分を買った違法組織とのやり取りであった。
自分の根底が崩されるかのような衝撃と、今尚忘れられない友を手にかけざるをえなくなったあの悪意の極みのような催しはあの男が仕組んだという事実に、流石のマクギリスも打ちのめされかけていた。養父の悪趣味さには気がついていたものの、せいぜい幼い頃の自分の容姿が好みだったが故に囲いこんだのだろうと思っていた程度であり直接の原因だったとは流石に思っていなかったがために流石のマクギリスも心が追いつかなくなってしまったのだ。
世界すべてが灰色になったかのような錯覚とおぼつかない足元。そんな憔悴しきったマクギリスを見たガエリオは、事情は聞かなかったものの随分と参っている親友の様子を見かねて共に有給を取り、自分の家へと招待した。少しでも気分転換になれば良いとそう思いながら。
纏まらない思考の中、ただぼんやりとボードウィン家の中庭で空を眺めながら深い悲しみを耐えることしか出来なかったマクギリスに、当時5歳だったアルミリアはいつものようにマクギリスと会話しようと近寄ってきた。
こんな姿を見せてしまえば、彼女は私に失望するであろうかと何処か他人事のように思いながら、マクギリスは彼女の言葉を待った。
だが、いつまで待っても言葉は掛けられる事はなく。
アルミリアはマクギリスの様子を見てただ涙を流した。
彼女の目からとめどなく溢れてくる涙と溢れてくる悲しみの声に、マクギリスは困惑しながら何故泣くのかとアルミリアに聞いた。
普段、取り繕っている仮面すら被ることなく素顔のままで。
『マッキーが、泣きたいくらい悲しそうなのに泣けないから私が泣くの!!』と、彼女はマクギリスの腕にしがみつきながら泣き続けた。
彼は孤児だ。それも、ただ一人で生きるしか無かった孤児だった。やっと仲良くなれた人生初の友も自らの手で殺す羽目になり、自分を引き取った養父には虐待を受け続け、ただ一人耐え続ける事しか選択できなかった孤児。泣くことに意味なんてない。泣いた所で何も解決などしない。どんなに悲しくても辛くても耐え続ける事しか出来ない。
そんな環境で生きてきた彼は、いつの間にかどれだけ自分が辛くとも悲しみの涙を流すことすら出来なくなってしまっていた。無論、悲しくないわけではない。ただ耐えて繕うのが得意になっただけだ。だがより悲惨なのは、彼にそういった仮面を被る才能があったことだ。
仮面を被り、優秀なファリド家の後継者としての在り方を演じる事で誰もがそれを疑う事のない程に。
誰もが、そんな彼が強く優秀で完璧な人物であると錯覚させるほどに。彼の親友でさえも、この日のことがあり後に心中を打ち明けられるまではそうであると疑わなかった程に様になっていたのだ。
だから誰も、彼が助けの声を押し殺して生きる名も無き孤児であるとは気が付かなかった。誰もが彼を『マクギリス・ファリド』として見ていた。その名前さえも与えられた偽物であるというのに。
その事実に耐えきれずそのまま壊れてしまえば、彼は真実から目を背けたまま偽りの錦の御旗を掲げ都合の悪くなった者達の手によって殺される事となったであろう。
だがそうはならなかった理由を一つ挙げるとするのであればそれは、アルミリア・ボードウィンが『彼自身』を見続けていたことに気がつけたからだ。理屈も何もない、子供らしい純朴さが産んだ共感がどうしようもなく彼を救った。完璧な仮面ではない、自分自身を見てくれる人がいるという事実に彼は救われたのだ。
そうして彼はほんの少しだけ、欲張りになった。どんな形であれ幼馴染達を絶対に失いたくないと自覚した。養父への復讐とあのような悲劇が起きることのない今よりはマシな世の中へ変える事を亡き友へ誓った。そしてアルミリアの隣にいるのにふさわしい者で在れるように自らの意思で『マクギリス・ファリド』という仮面を被り続ける選択を取れるようになった。今のマクギリス・ファリドを作り上げた原点は、この時だ。崩れた積み木を積み上げ直すように、彼は自身を再構築したのだ。
縋り続けた英雄譚を閉じ、逸し続けた現実へと目を向けた。たとえ痛みが伴っても、もうその視線を逸らすことはないだろう。
アルミリアの隣に居続けられるならば、どんな重荷であろうと背負いきってみせるという気概が、今のマクギリスにはあった。
これが愛だとするのであれば、自分は随分と度し難いものだとマクギリスは自嘲する。
ただ彼女の笑顔さえ見れれば自分は報われてしまうのだ。惚れた側の負けとはこの事かと思いながら、マクギリスはボードウィン邸へと向かった。
「マッキー!!おかえりなさい」
「ただいま、今日も可愛いねアルミリア」
「……ありがとう!!」
可愛らしく着飾ったアルミリアを褒めると、彼女は向日葵のように笑顔を向けてくれた。これだけは誰にも渡すつもりはない。
俺だけの、宝物だ
マッキーの心情を一部開放。
僕ぁこういう年の差カップルで、一見どう見ても年上側へ年下側がベタ惚れのように見えて本気でメタクソに重い方なのは年上側なのが好きなのだ……