アトラがほんの少しだけ、我慢出来なかった結果   作:止まるんじゃねぇぞ……

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圏外圏で最も酒を愛する女、来たる

 

 

 

【厄祭の再演事件】による余波で、今地球圏は大いに荒れている。ギャラルホルンの弱体化を疑った海賊達による派手な襲撃が増えたからだ。そうした弁えない者達は見つかり次第アリアンロッドの精鋭たちにより狩られ、その愚行の代価を命で支払う羽目になっているのだが、その余波がついに火星まで伝播したのか夜明けの地平線団討伐後落ち着いていた海賊による略奪行為が目撃された。

 

が、そのボヤ騒ぎとも言うべき状況は即座に冷水を掛けられるがごとく鎮火することとなる。その翌日に火星の政府から依頼を受けた鉄華団の手により海賊達は発見され、更に戦力を高めた彼らの手によって蹂躙されることとなったからである

 

 

 

「……コレで久々の実戦ってマジ?」

「?ああ、ここ数ヶ月は割と平和だったからからな……だからって腕落とすようなヤワな鍛え方はしてねーよ」

「そーいうことじゃなくて、三日月ヤバすぎない?って話なんだけど……」

「……あー……」

 

 

そう。蹂躙である。戦いにすらなっていなかった。ナノマシンホルダーを搭載したことで可能となった全力稼働を試す機会だとして、今回三日月はバルバトスのリミッターを外しての戦闘を行ったのである。無論ナノマシンジェルの消耗が激しい為制限時間は設けられているもののその挙動はとんでもないものであった。エドモントンでの戦い以来久々に手にした刀を持ってでの立ち回りは、それまでのバルバトスの戦い方とは一線を画すものであったのだ。

具体的に言えば、グレイズ・アインとの戦いでやっていたあの動きを常時しているようなものである。

 

「モビルスーツの装甲ってあんな簡単にサクサクぶった切れる物じゃないでしょ……しかも敵の撃ってきた銃弾とか刀で切り払ってたり、流石にあんなの見たの初めてなんだけど」

「何でも、三日月曰くあの状態のバルバトスを動かしてると『ほんの少しだけ先』が見れる、って話だ。メネリクさん曰く、阿頼耶識システムの本来の力の真髄はここにあるって話だが……」

「……やっぱ阿頼耶識ってずっこいわね。あの三日月にそんなのあったらどーやって勝てばいいやら……っていけないいけない!!そんな事よりも私達は私達の仕事をしなきゃね!!」

「ああそうだな!!くらえ!!」

 

そう言ってラフタは鬼神の如き三日月の立ち回りに恐れをなし逃げ出した敵機の推進機をライフルで撃ち抜くと、それに続くように昭弘も両手に持ったライフルでそれとは別の逃げ出した敵機のスラスターを撃ち抜いた。

 

少し前に正式に結ばれた二人だが、戦場でもその息はピッタリと合っているようだ。

会敵して数分足らずでありながら最早掃討戦に移行しているが、その分消耗は少なくなる。嬉しい誤算だと考えて二人は逃げ回る敵機を追い立てた。

 

 

 

「正直、この感覚は慣れないな……」

 

ナノマシンにより形作られた副脳は、三日月に思考の並列演算を可能とさせた。ほんの少しだけ未来を見ながら、目の前の敵にどう対処すればいいのか直感的に分かるのだ。

これこそガンダムフレームがMA相手に対等以上に戦えた理由であり、機械の演算処理能力と人間の頭脳の状況判断能力を高度に融合させた戦闘支援インターフェイス、それが阿頼耶識の本来の形である。

MAのAIは恐ろしく高性能で、ただ高性能なMSがあれば対処ができると言う程生半可なものではない。ならばその先を行くしかないと生み出されたのが生体脳と機械の融合によりただの機械では不可能な領域の高度な未来演算により敵の行動を先読みして動く事が可能な兵器であった。

元々MSが人の形をした兵器なのも人の頭脳に合わせた形というのが人体であるからであり、後期のガンダムフレームが人型から外れた機体が数多く存在している理由は阿頼耶識に慣れきった、本来の形での全力稼働を可能とするパイロットの育成がMAとの戦いが長引くにつれて間に合わなくなっていった為である。搦手や奇抜な兵装に頼らざるを得なくなっていったのだ。初期型のガンダムフレームほど人体に近い構造をした機体が多く、その限界性能は高いとされている。

 

それ故に、数々の激戦をくぐり抜け、本来の性能を取り戻した今のバルバトスと三日月は人機一体より更に一歩踏み出した領域の存在へとなりつつあった。

 

 

胴から真っ二つに泣き別れになった海賊のMSや、手足をもがれて行動不能に陥ったMSが無数に散らばる宙域にて、片手に持った刀と固定兵装のみで出撃したバルバトスルプスは妖しく輝く赤い目を滾らせながら、次の標的を探しにその場を離れた。

 

 

 

 

 

 

そうして海賊の討伐とその戦利品の回収は滞りなく終わったのだが、問題はその後にあった。

火星支部のギャラルホルンの司令から、その戦利品の一部について取引したいという連絡があったのだ。

 

 

「初めに聞いておきたい。海賊から回収したMSのエイハブリアクターを購入したいって話だが、なんでだ?あんたらなら新品を生産できる筈だろ?」

『例の事件は知っているな?』

「ああ、流石に少し前に火星でもニュースになってたからな。それで?」

『その影響で、どうもMSの生産に影響が出ているようでな……部品生産は問題ないが、どうも新品のMSの配備は暫くの間滞るとの事だ。なので今のうちに予備機の為のリアクターを確保しておきたいのだよ』

「……良いのか?ギャラルホルンは装備品の規定やらなんやらで結構煩いと聞いたが」

『何、買うのは私のポケットマネーでだ。リアクターの生産はともかく再調整や整備は我々の施設でも出来るからな。フレームや装甲部品の補充申請は可能だからリアクターの都合さえつけばグレイズ位ならでっち上げることも出来よう……上の事情で私の部下が割りを食うのは我慢ならんのでな。これくらいはしたいのだよ』

「そういう事なら……今回手に入れたリアクター5基のうち三基はそっちに売っても構わない。二基は先約があるから売れんが、それでも良いか?」

『助かる。値段は……このくらいで宜しいかな?』

「ああ。その額なら問題ないな」

 

相場より2割ほど多く書かれたその額を見て、オルガはそれを個人で支払えるあたりなんだかんだで火星に居る彼らもギャラルホルンの名家なのだなと思いながらもそれを了承した。お得意様であるし、何より過不足ない金額だ。値段交渉をする相手を弁える位の常識はこの二年で頭の中に叩き込んでいた。

 

『ではリアクターの回収は後ほど部下を向かわせよう。それでは失礼する』

 

火星支部の司令はそう言った後、イサリビのモニターに写った通信は途切れた

 

 

「……妙だな。ギャラルホルンが中古品のリアクターを求めるなんて」

「ああ、確かにそうだな。こんな事初めてだ」

 

今まで幾度となく鉄華団は火星周辺の海賊を退治してその戦利品を溜め込んでは歳星に持ち運び売りに出していたが、ギャラルホルンとは海賊との戦闘で鉢合わせる事はあっても戦利品に関して何か言う事は一切無かった。

MSやリアクターを新品で作り出せる彼らにとってはガラクタの山に過ぎないのだろうから当然と言えば当然だ。だがその当然は今回破られた。

 

「こりゃ、俺達が思ってるよりも例の事件の被害はひどいのかもしれんな……下手すりゃ、エイハブリアクターの生産にも影響あったんじゃねーか?」

「いや、まさかなー……だが、備えておいて損はないか。本来の売り先のエウロ・エレクトロニクスの担当の人にも今度それとなく伝えておこうぜ」

 

 

MSとエイハブリアクターの製造技術はギャラルホルンの屋台骨である。結局の所権威を維持するのには力が必要であり、その力の源がこれらだからだ。

 

 

現在地球圏の治安は悪化しつつあるが、それでもまだ一線は踏み越えていない。だが、もしもギャラルホルンがそれらを本当に失っていたとしたら__嫌な想像にオルガは思わず冷や汗が流れた。

そうではない事を祈りつつ、オルガはイサリビを帰路に向けることを指示した。

 

 

 

 

 

火星での鉄華団の立ち位置は現在絶妙な位置に存在している。

 

火星の政府からすれば治安維持を行うギャラルホルンとも協力しあえる火星に根付いている数少ない信用できる戦力であり、火星を荒らしに来た犯罪者からすれば自分たちを狩りに来る非常に凶暴な猟犬であり、クーデリアと敵対的な火星の権力者からすれば目障りだが手を出せばテイワズやギャラルホルンに目をつけられかねない非常に厄介で危険な武装集団、という具合に見る者によってその評価は変わる。

 

ならそれらと関係が程遠い火星の住人から恐れられているのかと言ったら、そうではない。むしろ大いに頼られている程である。

確かに彼らは2年前の戦いではギャラルホルンを相手に、それ以降は海賊を相手に鬼神の如き戦いを見せつけてきた。だが先に手を出された場合を除き、彼らが火星の勢力を相手にその力を振るったことはない。それどころか海賊に襲われた商人や人攫いに攫われそうになった者など資財や命、尊厳を奪われる所を助けられた者達が大勢いるのだ。

無論ただで救った訳ではなく、依頼の一環であったり海賊退治のついでであったりするがそれでもこの火星でそういった時に助けてくれる存在は数少ない。そうした物珍しさもあって火星での鉄華団の名声は揺るがぬものとなりつつある訳だ。

 

 

鉄華団にとってのこの二年間はこの自分たちの立ち位置を確立するための戦いの日々であったと言っても過言ではない。誰が敵で、誰の味方かをハッキリさせた上で味方でいてほしい者達に対しての信頼と信用を積み重ねた。ただでさえ前身となったCGSは子供を使い捨ての手駒にする火星内でも評判のよろしくない組織であったのだ。ほんの少しでもそれを知られているものからしたら印象は0どころかマイナスからの印象のスタートである。それを払拭し鉄華団はCGSとは全く別の組織であるということを印象付けさせるために、火星に害を齎す海賊達を狩り尽くす勢いで討伐しその治安改善に貢献してきた。

 

ギャラルホルン相手に大立ち回りをかましてクーデリアをエドモントンへと送り届けた大仕事を果たしたとはいえ、そんな浮ついた評判だけでは何かあった時簡単に崩れてしまう。アトラの妊娠が発覚しての大騒ぎと混乱、そして暁が産まれた事に心境の変化により彼らは自分たちがどう思われているのかに対して少しずつ敏感になったのである。

 

 

それを防ぐ為の積み重ね、土台固めの時期は絶対に必要だと判断した結果が蒔苗に持ちかけられたアーブラウ防衛隊へのMS操縦技術の教導依頼を名瀬に持ち掛けるという選択であり、ほぼ火星に篭って活動をし続けてきた理由でもあった。

 

そうした活動の中、鉄華団はとうとう近辺の海賊の頭目となっていた夜明けの地平線団を撃破し、そのリーダーを捕まえた事により今では火星に向かう輸入業者や火星から輸出されるハーフメタルを乗せた船を襲おうとする海賊は劇的に減った。『火星は鉄華団の縄張りだ』という新たな認識を周辺に与えることに成功したのである。

 

それでいて、治安維持を執り行っている火星支部のギャラルホルンとの関係も稀に合同のMSの訓練を依頼されるほどと悪くないのだから端から見れば出来すぎていると言わざるを得ない程だ。これに関しては2年前の火星支部を監査したマクギリスによる指摘から火星に居るギャラルホルンの隊員へメスが入り人員転換が行われ、マクギリス派の隊員が多くを占める状態になったからであるがそんな事を知る由もない鉄華団の面々からもやけに紳士的な隊員が多いことに疑問に思われてはいる。

 

だが、以前までの自分たちを毛嫌いする態度を隠す気もないギャラルホルンの隊員たちよりも遥かに好感が持てる相手である為この関係性が長く続いていくことを願いながら友好関係を取っているようである。

 

 

総じて纏めると、『将来有望な新参組織』と言ったところであろうか。今は根を下ろしてそれを伸ばしている段階であるが、それが終われば大きく伸びていくであろう事が簡単に想像できた。

 

 

そんな部下の纏めた鉄華団の現在の総評の書かれた資料を見ながら、その女は灰皿に煙草の灰を落とした。

 

 

「なる程ねぇ。評判だけが御大層な訳では無いようだ」

「どうやらそのようです。テイワズ内でも彼らの評判は悪くないどころか、かなり良いですからね」

「エウロ・エレクトロニクスは彼らが持ち込んだ戦利品のMS用のリアクターや部品のレストアでかなり儲けているようだからな。あそこからはそりゃ好かれるだろうが……あの会社以外もか?」

「はい。私達はその時期は歳星に居なかったので顔合わせはしておりませんでしたが、どうも彼ら歳星の会社全てに一度団長自らが挨拶回りをしていたようでして、その影響からか最近の若者の割には礼儀を知っている者だと知られているようですな。我社の対応担当からも大変礼儀正しい若者であったという話を聞いております」

「ああ、名瀬の航路に相乗りさせてもらってアーブラウにうちのビールを輸出する商談があった時か」

「ええ、あの時ですね。加えて、亡くなる前のジャスレイ殿も鉄華団の運営している建設会社に依頼をして、その仕事ぶりに満足していたとの情報もありますね」

「……へぇ、あのジャスレイ叔父さんが?彼ら、名瀬の舎弟だろう?なのに難癖付けないでそういう対応ってことは、余程実直な仕事ぶりだったのだろう事が伺えるな。そうかそうか」

 

 

父親譲りの不敵な笑みを浮かべながら、灰皿に煙草を押し付けで火を消した。

圏外圏で最も恐ろしい男__その末娘であり、テイワズに所属する企業『クワシールカンパニー』を立ち上げた若き女社長ミーシャ・バリストンは今、自らが所有する船に乗り火星を目指していた。

 

 

「話を聞いたときはてっきりとうとう親父も老いたかと感じていたが、どうやらそうでは無いらしい。例の酒、味わうのが楽しみになってきた」

 

 

一番美味い酒の飲み方は、生産されている現地で飲むことだという信条を持つが故に彼女は妥協しない。故に本来なら鉄華団側が赴く側である筈にも関わらず、彼女は自ら火星に向かっていた。

 

今でこそフィクサーとしての立ち位置に座りドンと構えて居るが、かつて木星圏を取りまとめた頃のマクマードは名瀬やジャスレイに近い自分自身がまず動く行動派の人間であった。そんな若い頃のマクマードの気質と酒好きとしての血を濃く受け継いだミーシャは15歳の頃から自分の納得するビールの研究を開始し、5年の歳月を掛けてそれを完成させ、そこから僅か1年であれよあれよと言う間に準備を整えて酒造会社を起業したという異色の経歴を持つ人物である。そして起業して数年で酒を愛する情熱から木星の多くの酒造会社を口説き落とし、今では木星の酒の多くを輸出する酒造関連の大企業へと『クワシールカンパニー』を発展させた。ここまでやった理由は単純明快で、木星には良い酒がここまであるのだと世界中に知らしめたかったからである。

 

一言で言えば酒に情熱を捧げた酒狂い。父にあやかり、彼女を知るものからはこうとも言われる。

 

 

圏外圏で最も酒を愛する女、とだ。

 

 

木星から急な来客が来るという連絡を受けた鉄華団の面々が慌てて会合の準備を整える事になったのは、そこから数日後のことであった。

 

 

 

 

 

 


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