アトラがほんの少しだけ、我慢出来なかった結果   作:止まるんじゃねぇぞ……

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阿頼耶識ィ!何故あそこまで脳に負荷が掛かるのかぁ!何故神経が焼き切れる被害が起きるのかぁ……!その答えはただ一つぅ……!!

 

 

一度足を止めて色々な事を考え始めた彼らが足りないものを挙げていったのは当然の話であった。

 

今主な活動としている火星の自衛を兼ねた賞金首や海賊の討伐や依頼の達成に必要な装備の発注や整備。これらは戦場に立ち続けていた彼らからすれば当然のように重視していた為、元々手抜かり無く可能な限り万全な形で行われていた。

 

問題はそれ以外である。様々なものが欠けるように足りなかった。ただ、あれもこれも直ぐには解決出来る問題ではなく、ある程度の問題は時間をかけて解決していく方針となった。

 

しかし中でも特に足りなかった物、絶対に必要と判断した不足が大きく分けて二つあった。

 

一つは事務員の不足だ。元々孤児の集団であった鉄華団は学を有している者がとても貴重だ。地頭がとても良かったがために文字や数字にすぐ慣れて鉄華団の運営活動を可能にしたオルガは例外として、他にはCGS時代から鉄華団に所属している大人の片割れであるデクスターと、テイワズからの出向であるメリビット……そして、文字がなんとか読めるものの事務活動には不慣れな団員が数名と、はっきり言って悲惨の一言に尽きる人数であった。

 

2年前のビスケットの戦死は、鉄華団にとって深い悲しみとその運営の危機を与えた非常に大きな悲報であったのである。

 

一度は外部の人間を雇う事で解決を図るかとオルガも考えたが、デメリットが大きすぎた為にそうする事は出来なかった。

 

一度メリビットという能力的にも人格的にも信用的にも大当たりと言えるような人材が来たからと言って、二度目はそうとは限らない。そもそも、もしも裏切られたらと思うとその選択は出来なかった。鉄華団の懐事情を全て知られてしまうのだから、事務員には信用がなによりも必要である。加えて過去の忌まわしい記憶から外部の大人を信用出来ない団員も多い。悲しい事に信用出来る相手の貴重さと言うものは身に沁みて分かっていた。そうそう手に入らないものであるという事も。

 

 

そこで自力での解決を図った訳である。団員の中でも数字の計算や書類仕事に意欲のある者を募り、デクスターやメリビットに教わりながら事務ができる者を増やすという地道な道を選択したのであった。今では怪我により戦いに戻れなくなった団員たちの受け皿となっていたり、ユージンのように向いていたのかデクスターから鉄華団の資産運用の方法を学んでいたりする団員が現れたりと、少しずつ成果を上げつつある。

 

 

ようやくオルガもなんとか休みが取れるようになってきたと言えば、どれほど大きな進歩であるか分かるであろうか?このまま行けばオルガも他の団員と同じ位の仕事量に……とまでは行かないだろうが、それなりに人間的な生活を送れるようになるだろう。

 

 

 

しかし、もう一つの大きな問題に関しては、外部からの協力無しには解決が不可能であった。

 

それは医者の不在についてである。これに関しては、二年前の地球への航海を行うまでは彼らに考えることすら出来なかった。病気になれば捨てられ、怪我で再起不能になっても捨てられる。そんな荒んだ環境で育った彼らには医者にかかるという考えすら無かったのだ。

 

医者と言うのはある程度の規模の組織には必要不可欠な存在だ。軍事用のメディカルポットは厄祭戦時代からの遺産であり、通常ではありえない速度で外傷を癒やしてくれる素晴らしい性能を誇るものの、限度はある。多用しすぎれば寿命は削れるし、あくまでも外傷を癒やす道具でしかないのだ。便利ではあるが病気等には無力である。

 

その為なんとか鉄華団で働いてくれそうな医者を探していたのだが、ここは圏外圏。そう簡単に良い人材が見つかる事も無く。しかしアトラの一件もあって、医者の重要性を皆知りつつあった。

 

なので必要であると分かっていながら後手に回し続けるしかない案件であったが、これは意外な所から助け舟がやってきたのであった。

 

 

その助け舟を送ってきた相手の名は、モンターク商会。ギャラルホルンの七大家『セブンスターズ』の一員でありながら、ギャラルホルンに当時敵対していた鉄華団の援助を秘密裏に行っていたマクギリス・ファリドが別の名義で運営する商会であった。

 

 

 

 

 

「暁くんの服、少しはだけさせますねー。はい、少しの間だけじっとしててねー」

 

 

そう言って白衣の男は首にかけた聴診器を耳につけ、暁の胸にくっつけた。暁はくすぐったそうにしているものの、母親に抱かれている為か大人しくしていた。

 

「……心音に異常は無いし、健康そのものだね。もう服着させて大丈夫ですよ」

「いつもありがとうございます、先生」

 

 

そう言ってアトラは暁の服を着せ直し、暁を抱き抱え直した。段々と大きくなる暁に対し、元々小柄なアトラの対比はその関係を知らないものからすれば年の離れた姉弟のようにすら見える。しかし、その光景を見れば彼らを親子であると確信するだろう。

アトラの胸に抱かれた暁は、とても安心した表情でアトラを見つめていた。

 

「いや、いつもお利口さんで暁くんは偉いよ。正直、お父さんよりも素直に診察を受けてくれるからね」

「いや、その、忙しくて……」

「また三日月、先生の診察受けるの断ったの?暁だって受けてるんだからちゃんとしなきゃ駄目じゃない!」

「……ごめんアトラ。ちゃんと診察受けるよ」

 

バツの悪い表情で隣にいた三日月が頭を掻く。どうにも三日月は目の前の男が苦手であった。医者としての腕は確かな物であり、日常的な診察から外科も内科も行える資格を持った地球圏でも珍しい存在であった。人格についてもとても穏やかな性格であり、あのマクギリス・ファリドから送られてきた人物とは到底思えない。

 

 

「丁度いいから三日月、君も私の診察を受けていくといい。君のその手は医者としてそのままにはしておけないからね。ああ、時間が少しかかるからアトラさんと暁くんは先に医療室から出ていってても構わないよ」

「ありがとうございます。そろそろ暁ご飯の時間だったから、助かります……それじゃ、先に行って待ってるね」

 

 

三日月にそう言ってアトラは暁を抱えて医療室から出ていった。

そうしてその足音が聞こえなくなった頃に、目の前の医者は三日月に話を切り出した。

 

 

「最近、阿頼耶識の調子はどうだい?右腕と右目に、何か変化は?」

「……まあ、悪くはないかな。手や目に関しては、前言った通りのまま。MSやモビルワーカーに繋がった時だけ動くんだけど……」

「そうか。すこし、診察させてくれ」

 

 

そう言って医者……『メネリク』は三日月の動かない右手を手に取った。

 

「触った感触はある?」

「ある。でもやっぱちょっと鈍いかな……」

「阿頼耶識を繋げた際に、軽く動かした方が良いよ。そのままでは血の巡りが悪くなる」

「分かった……やっぱ、直せない?」

「難しいと言わざるを得ないね……案はあるにはあるけど、ナノマシンが神経を痛めてしまっていては……むしろ正直、そこまで無茶して歩けているだけでも奇跡だ」

「そう……残念だな。両手で、暁抱っこしてあげたかった」

 

そう言って、三日月は動かない右手を眺めた。

その様子にメネリクは、悲しそうな表情で手に取っていた三日月の右手を置いた。

 

「しかし、何をどうしたらそこまで神経に負荷を掛けるっていうんだい?今まで詳しくは聞いてなかったが阿頼耶識を使っているなら、ナノマシンが副脳の機能を果たす筈。そこまで神経系にまで被害が及ぶなんて事……ん?」

「どうしたの、メネリク先生……?」

「……〜〜!!そういうことか!!ちょっと待っていてくれ……もしかしたら、どうにかなるかもしれん」

 

 

 

そう言ってメネリクは医療室の自身のパソコンに『阿頼耶識のコネクタ』を差し込み、立ち上げた。そうして、淡々と何かを打ち込み始めた。

 

 

本名を『メネリク・シバ』

 

彼はセブンスターズではないがギャラルホルンの禁止技術や遺失技術を代々受け継いでいたが故に忌み嫌われ、没落させられた元名家『シバ家』最後の末裔。

刺客に狙われ、燻っていた日々を送っていた所をマクギリスに拾われた、厄祭戦時代からの正当な生体ナノマシン技術を受け継いだ最後の専門医であった。

 

 

 

(……こういう所が、ちょっと苦手なんだよな)

 

もっとも、そんな事を知る由もない三日月からすれば、自分達阿頼耶識使いを嫌ってはいないようだが何やら変な目で見てくる変な奴、という印象しか残らないのは仕方ないことかもしれない。

 

 

 

 

 

 





阿頼耶識ィ!君が、火星で粗製されたぁ、不完全版だからだぁぁぁぁあ!!(タイトルの続き)




人物紹介(オリジナル)

メネリク・シバ

37歳。元々戦前技術の伝承を行う家の一つであったが世代を重ねるごとに悪化していく権力闘争によってその立場を追われ、お取り潰しの後違法技術の拡散を嫌ったギャラルホルンに追われた名家シバ家の最後の末裔。彼以外の親族は皆殺しにされた。
なぜそこまで危険視されたかと言えば、彼の先祖が阿頼耶識を作り上げた研究者の一人であった為である。なんとか隠れて生き残り、闇医者として目立たないように生計を立てていたが数年前にマクギリスに拾われ、完全な阿頼耶識の設計図と引き換えに戸籍や職を得た過去を持つ。
一家全滅の理由になったとはいえ、そうまでして引き継いできた生体ナノマシンの技術が悪用されている現状には納得が行っておらず、その被害者である鉄華団の面々には同情的……なのだがマッドな面もあり、専門の事に関しては自分の世界に入りがちな為阿頼耶識を使っているメンバーには変人と思われがち。
ただ、阿頼耶識関連に関わらなければ人当たりのいい医者である為、頼りにされている。
尚、彼にとって阿頼耶識とは完全版が基準である為不完全版との齟齬 がある模様。何か機能していて何が機能していないか。それさえ分かれば……
年齢と性別以外はそこまでイメージを定めてないのでご自由に外見は想像してください。個人的に元になったキャラクターはいますが、誰は言わないでおく。


※なるべく原作キャラだけで進めようとしているものの、医者だけはどうしても無理だったので割と盛った人物を作成しました。名瀬の嫁さんが帰った後の暁の定期検診の担当医でもあります。マッキーが放逐した理由?そうねぇ……()

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