アトラがほんの少しだけ、我慢出来なかった結果   作:止まるんじゃねぇぞ……

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二代目流星号「一足先に第二の生を送るわオレ」グシオン君「戦場だけが職場じゃねーさ」バルバトス「俺も長い事電源扱いされとったなぁ……」

アトラがトウモロコシ粉で作ったスコーンに、この前三日月が見つけてきたアガベで作ったシロップを掛け、シノはそれに齧り付いた。

優しくも強い甘みがシノの口の中に広がり、トウモロコシで出来たスコーンの香ばしい香りが食欲をそそる。あっという間にスコーンを一個平らげたシノは、シロップの味の感想を聞かせてほしいとそれらを持って来た三日月に対してそれを答えた。

 

 

「このシロップすっげー甘いなぁ……なのになんつーか、優しい味わいだ。雑味が無いっていうの?こんな洒落たおやつ、テイワズで振る舞われたカンノーリ以来だ。いやぁ美味かった!まさか火星でこんなの食べれるとは思ってなかったぜ」

「だよね。ほんとはシロップだけ持ってきて、なんか飲み物にでも入れようかなって思ってたんだけど、アトラがこの前のお礼に皆にって持たせてくれたんだ」

「ほんと、良い嫁さん貰ったよなぁ三日月は……しっかし、こんなお上品な甘いもんが火星に自生してたんだな。こんな荒れた土地なのに、よく生き残ってたモンだぜ」

 

 

火星に自生している植物は、テラフォーミングが盛んに行われていた厄祭戦以前の時代に移植された物がほとんどである。厄祭戦が始まってから殆どの圏外圏が放置された際に火星もその例に漏れずほったらかしにされた結果、中途半端な状態でテラフォーミング計画的自体が凍結されてしまい、移植された植物は疎らにある所にはある程度にしか残されていないのが現状である。

そんな中でもよく見かけた植物が、まさかここまで有用そうな植物だとは思っても居なかったシノは、アガベシロップを入れた瓶を不思議そうに手にとって眺めた。

 

 

「んで、上手く育ちそうなのか?これ」

「うん。流石に試しにシロップにしたのは自生してたのだけど、何というか……元々火星の気候に合ってた植物だったみたい。育ち自体はちょっと遅いけど、問題なく育ちそう」

「そうか。それなら切り拓いた土地も無駄にならなそうで何よりだわ。でもまさか二代目流星号が、あんな形で再利用されるなんてなぁ」

 

 

本来のアガベ__リュウゼツランは収穫まで数年単位が掛かる非常に育ちの遅い植物である。そのため三日月は他の作物と比べてちょっと生育が遅い程度で済んでいる現状に疑問を抱いていた。『図鑑の物よりもあまりに育ちが良すぎる』と。

 

実は、かつてテキーラの原料であるアガベの不足を解消する為に厄祭戦以前の企業が品種改良と遺伝子操作を施した産物の生き残りが火星のそれであるのだが……それを知る者は今や誰も居ない。最近作物について学んでいる三日月は不思議に思うものの、育ちがいいならそれはそれでいいかと考えて独自に自分のタブレット端末へとその生態を書き記している。資料のものとは別種と考えたためである。

 

一応似た別の植物の可能性を考えて毒等が無いか調べてもらったが、成分自体はそう変わらない。三日月はそれにもかかわらずあまりにも違いすぎる生育の速度に首を傾げたものの、食品に加工する事には全く問題無かった為気にしない事にした。そういう割り切りも火星で生きるには必要なものだ。三日月自身、何回出処がわからない食べ物や怪しい食品に手を出したか思い出せない程である。それに比べたらかわいい物だ。

 

 

今シノが食べているアガベシロップは集めてきたアガベの中であまり生育のよろしくない物を纏めて窯で蒸して絞った物であるが、それでもこの甘さだ。この速さで育つのであればいっそ火星特産の甘味料として流通させるのもありかもしれない。あまり商売事には詳しくない三日月でも、その価値を感じさせるに十分な代物であった。

 

生育の良い物に関しては今植え替えて育てている真っ最中だ。鉄華団名義で、まだ拓いて無かった桜農園の隣の土地を切り拓いて新しく畑を作ったのである。大きな岩や石の除去には阿頼耶識搭載の鉄華団のMSが使われ、驚くべき速さで土地の開拓は行われた。

 

確かにMSは兵器であるが、人型の機械であるのだからこういう活用法もアリなのだ。かつてバルバトスが使っていたチェーンソー内蔵型のレンチメイス、それと一緒のコンテナに入っていたMSサイズのクワやら鋤やらスコップやら、一応持って帰ってきたものの倉庫の肥やしになりかけていたそれらをフル活用した結果である。

 

当時は何故こんなものが入っていたのか理解できなかったが、本来はこういった作業の為に使うMSサイズの工具箱だったのだろう。アレは。三日月は、それらも当時は武器としてしか見てなかった訳だがそういう事にこれら工具類を使わなくて良かったと今は思っていた。

 

 

そして、そういった作業を行う為のMSとして作業向けのランドマン・ロディと共に2年前の戦いで破損して戦闘をするには心もとない動きしか出来なくなった二代目流星号ことグレイズ改二のフレームに最低限の金属板や、ジャンク品のパーツを切り貼りした作業用グレイズが導入された。このグレイズは今後も鉄華団の作業用MSとして活用される予定だ。

 

 

 

「戦えないだけで最低限動けはするからって修理して、作業用にしちまうなんて俺思ってなかったわ。しかも、なんでアレまた阿頼耶識つけられてんだ……?グレイズとはかみ合わせ悪かったんじゃ」

「あのお医者さんが、その辺詳しいらしくてさ。その証明にって試しに阿頼耶識組み込んだ上で調整したんだって。出力七割に抑えられてたから動きは鈍かったけど凄くクリアな操作感でさ。びっくりしたよ。あんなに負荷が少ない阿頼耶識初めてだったから」

「……今度、オレの三代目流星号の阿頼耶識の調整も出来るか聞いてみようかねー……でもなぁ。なんつーか、ちょっと変わってるから俺も苦手なんだよなぁあの人」

「……わかる」

「ああ、三日月もそうか。悪い人じゃねーんだけどなぁメネリクさんって……こう、俺達阿頼耶識使いに対する目線がねっとりしてるっつーか……悪いモンじゃねーんだけど……ま、それはともかくだ。これで、新しく入ってきた年少組にも仕事が出来たな。タカキ達より年下の奴を戦場に出す訳にもいかんし、これからはこういう仕事も無いと駄目だよな」

 

 

そう言うとシノは二個目のスコーンを半分に割って、口の中に放り込んだ。

 

畑を手入れする人手に関しては、海賊たちを討伐した後に鉄華団で保護したヒューマンデブリの少年兵達にその手入れの仕方を教えながら行っているのが現状である。

帰れる場所がある幸運な者も中にはいた為、そういった者は送り届けたが大体は帰る場所もない者達が多く、自分の意志ではなかったものの海賊行為を行っていた為に働き口を見つけることも困難な彼らを鉄華団は受け入れていたのであった。

 

そういった彼らの働き口を増やす為にも、いずれはこれらを親株にして増やしていく事を三日月は計画し、オルガや団員達に話していた。

いずれはそうして増やしたアガベを使ってシロップや酒を自分たちで売る事でお金を稼げれば万々歳だ。うまく行ったら桜農園にも話を持ちかける予定である。

 

 

いくらトウモロコシを植えた所で安く買い叩かれるのが限界ならば、自分たちでしか取り扱ってない物を新しく作って売るしかない。それが三日月が出した結論であり、その為に三日月は仕事の合間や暁を世話する傍らに植物図鑑や書物のデータの入ったタブレットで勉強を続けていたのである。そうした努力の末に、掴んだ希望の種が火星に自生するアガベであった訳である。

 

 

かつて壊す事しか出来ない事に苛立ちを覚えていた少年が今や、そういったかつての自分たちのような立場のものたちに生きるための術を与える側に立っている。

三日月は、自分でも気が付かない内に無意識で憧れていた道へと進んでいたのであった。

 

 

 

「しっかし皆すげーよ。昭弘は最近建築について本格的に勉強して最近だと図面まで引いてるし、ユージンは会計役と副団長としての仕事熟してるし、チャドは俺じゃわっかんねー書類仕事バリバリやってて、ダンテの奴に至っては新入りの教官役が板についてきた。極めつけに三日月はこんな美味いモン作って、新しい仕事も作ってる。皆、思ったよりもしっかり将来やりてー事があったんだなって、なんつーかホッとしちまったよオレ」

 

そう言って、シノは手にしていたアガベシロップの入った瓶をまだスコーンの入っているバスケットかごの中にいれた。

 

「ごちそうさん。酒にしたらどうなるかはわっかんねーけどよ、こんだけ美味いんだったら絶対売れるって!時間がある時に畑仕事俺も手伝うから、もし人手がいるなら遠慮なく声かけてくれ。んじゃ、オレはこれから新入り達と一緒に訓練するからそろそろ行くわ。またなー!」

「うん、またねシノ。俺も他のみんなにコレ渡しに回ってくるよ」

 

そう言って三日月は格納庫から離れ、シノは基地中の敷地へと出て行った。

今日の教練の内容はMSに乗り込んで模擬戦である。

三日月は現在バルバトスの調整が終わっていないので参加出来ない。その為、その合間に蒸したアガベを絞ってシロップを作ったり、酒にする為の仕込みを行っていた。尚、蒸留に使用する設備はメネリク医師が持ち込んだ機材を流用する予定である。本来は製薬用に持ち込んだそうだが、予想よりも使用頻度が少なかったらしくメネリク自身も試し程度なら貸すと苦笑いながらもそれを容認しているそうだ。

まだまだ試作段階ではあるものの、これが成功したら本格的な造酒用の蒸留施設を作る事も視野に入れている。火星でも酒造はされてはいるが、基本的に飲まれているのは合成アルコールばかりで天然物は少ない。

 

これが戦い以外でも生きていける道の一つになればいいが。そう三日月は考えながらスコーンとアガベシロップの入ったかごを片手に鉄華団の基地内を歩いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

三日月達鉄華団がそんなひと時の平和を過ごしていた頃、歳星に停泊中の船の中に一際目立つ成金趣味な金色の船が一隻。

その名前は『黄金のジャスレイ号』。ネーミングセンスの欠片も無い名前まで悪趣味なその船の持ち主、ジャスレイ・ドノミコルスは船の自室の中で悩んでいた。

 

支出と収入を計算し、ジャスレイは頭を抱える。明らかに利益が減りつつある。それもこれも名瀬が新しい地球圏への交易ルートを開拓したせいだ。それも、こちらのように薄暗くない真っ当な物をである。

ジャスレイが代表を務める商社『JPTトラスト』も地球圏への交易ルートを持っているが、それはジャスレイが元々地球圏の成金のマフィア出身であるからであり、真っ当な物とは言い難い。しかしそれでも貴重な地球圏への交易ルートであった為真っ当な商品もそうでない商品も売り買いが成立していた訳である。今までは。

しかしここに来て、名瀬がアーブラウとの真っ当な交易ルートを得てしまった。それも、MSやMWのパーツを取引出来る程の図太い物をだ。

正規の取引であるが為にその値段も真っ当な価格である。流石にリアクターは売れないがテイワズフレームは売れに売れて今やMS部門はてんわやんわの大騒ぎである。何せ作れば作るだけ売れる好景気。この流れを持ち込んだ名瀬は今や次期後継者候補のNo.1に躍り出ていた。

 

それ故に相変わらず荒稼ぎ出来るまともじゃない薬や禁制品は相変わらず売り捌けているものの、それ以外の品はそもそもこちらではなくあちらへと卸先が変わってしまい現在入荷の目処が立たないでいる。結果的にはテイワズの大儲けになるのは確かであるが、ジャスレイ達にとっては大損であった。

とはいえである。その無くなった真っ当な品分のスペースを真っ当ではない品に詰め替えて出荷する訳にも行かない事をジャスレイは商売人としてもテイワズに所属する者としても理解していた。今の配分が親父の怒りを買わない配分ギリギリだ。

何事も限度というものがある。それを理解せず安易にヤバイ品をばら撒いた者の末路は酷い。たとえ自分が事実上の組織のナンバー2であってもそれをやった時点で親父にケジメとして切られる。それは変わらないという事をジャスレイは理解していた。

 

気に食わないのは変わらないが、自身の得意とする商売でここまで正面から思いっきり頭カチ割られると流石のジャスレイも認めざるを得なかった。親父が名瀬を気に入っている理由が私情では無く実力を評価しているのだということを。

 

「……やってくれるな、オイ!圏外圏の通商だけに飽き足らずこっちまで持って行きやがるとは……」

 

 

あちらの交易ルートの方が上質なのは間違いない。それは事実である。これまで通りにそれを行っていても無理なのは明白だ。

そう考えたジャスレイは自身の地球との交易の規模自体を縮小する事に決めた。そもそも持ち込む物も無いのだからそれで暫くは問題ないだろう。

だが、余った労働者をどうするか。首を切るのは簡単だが、それではこちらにケチがつく。テイワズは圏外圏の企業であると同時にマフィアである。ジャスレイの出身である地球圏のマフィアともまた違った思想と理念を持つテイワズは普通のマフィア以上に面子と礼儀に厳しい。

更に言えば地球圏のマフィア出身のジャスレイにはあまり理解しきれないが、圏外圏の人間は基本的に味方とした者には情が深いのである。

 

その為、安易に急に労働者を路頭に迷わせれば非情に過ぎると他の幹部からの追求は逃れられないのが目に見えていた。その為彼らに新たな仕事を与えなければならなかったのである。

 

だが、急に今まで大人数を使っていた交易の人員を当てる仕事を探そうにも無理があると言うものであった。多少は別の仕事に当てられる人材も居たが、まだまだ仕事にあぶれた人間は居るのである。

 

「あークソッタレが!名瀬の野郎また俺達の区分奪いやがって!!……はぁ、いかんいかん。こんな苛ついた頭で何考えても上手くはいかんというのに……ああ、やってられねぇよ。今日はもう酒でも飲んで寝ちまうか」

 

 

そう言って自室の酒棚から酒精の強い酒とショットグラスを取り出した時、急に備え付けの通信端末から着信音が鳴り響いた。

その連絡元が自身の舎弟である事を確認するとジャスレイはそれを繋げ、怒鳴った。

 

「おい!今俺は機嫌が悪いって分からねぇてのか!?ああっ!?つまらねぇ用事だったら承知しねぇぞ!!」

『す、すいやせんアニキ!!ですが、代表からの伝言でございやして……』

「……何?親父が……?なんて言ってたんだ?」

『それが……明日の朝に、代表に会いに来いとの事でして』

「はぁー……分かった。確かに重要な連絡だ。怒鳴って悪かったな」

『い、いえ。それでは失礼しやす』

 

舎弟がそう言うとジャスレイは通信を切った。やけ酒するつもりだったがその気は失せていた。何故なら明日の朝、圏外圏で一番恐ろしい男に会うのだから。

 

(親父……一体急に何のつもりだ?)

 

酒瓶とショットグラスを棚に戻し、ジャスレイは今日は酒に頼らず早めに寝る事を決めた。

 

 

そうして翌日、ジャスレイは思わぬ褒美を貰い、上機嫌で『黄金のジャスレイ号』に乗り込んで手下と共に自ら火星へと向かっていた。

 

前々からマクマードに要求してきた火星に眠るハーフメタル鉱山の土地の利権を、ジャスレイは遂に手にする事が出来たのであった。

これによりダブついていた地球への交易の為の従業員を火星ハーフメタル採掘の作業に当てる事が出来、さらにこれから大きく広がっていくであろう火星のハーフメタル事業に一口噛める事が出来るとこれまでの悩みは全て吹き飛び、今まで以上の儲けが出せるかもしれないという希望まで見つかったのであった。

 

(今に見てろよ名瀬ェ……!!テメェなんざ、すぐに追い抜かしてやる!)

 

 

そんな風にこの状況を生み出した名瀬に対して恨み節を心の中で吐きながら、火星への道を進んでいった。

これが吉と出るか凶と出るかは、まだ誰一人としてわからなかった。

 

 

 

今は、まだ。

 




少しづつだが着実に前に前進しつつある鉄華団と、とあるケツアゴの現状の話。名瀬の兄貴がまーた前よりいい形でジャスレイの仕事取っていったのが大成功しているので、ジャスレイ君には原作よりも余裕がない。その為余計な事を考える余地もない。
名瀬自身はともかくテイワズの幹部連中は完全に地球圏への真っ当な交易ルートの確保によって次期後継者は名瀬と見ている模様。その為それを奪い返すような実績がこの世界のジャスレイ君には必要という形になっている。なのでこれがマクマードから貰った最後のチャンスと思い自ら火星に向かって鉱山の採掘の管理をするつもりな模様。さて、どうなるやら()

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