アトラがほんの少しだけ、我慢出来なかった結果   作:止まるんじゃねぇぞ……

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日曜洋画劇大戦、アーブラウ

テイワズは巨大な複合企業である。MSなどの機械類を生産、整備を担当する【工房】や圏外圏の流通を担当し、最近ではアーブラウとテイワズの交易交渉も行っている【タービンズ】、地球や木星圏へ行き来する商船を持つ【JPTトラスト】等、それらは多岐にわたる。

 

圏外圏という非合法が平然と通じる場所で発展してきた組織であるが故にそれらは腕っ節の強さも当然のように持っている。だが、そんな彼らもテイワズ最強の部署に関しては口を揃えて同じ存在を口にする。

 

それらは戦闘そのものを商売にする部署であり、テイワズに所属する民間軍事会社であった。その名も、【エクスペンダブルズ】

 

自ら消耗品を名乗る、ベテランの傭兵集団だ。元ギャラルホルンや賞金稼ぎ、工作員疑惑のある者、海兵隊上がり等人種問わず腕と運がある者が生き残っている叩き上げである。MS等兵器の操縦だけではなく生身での戦闘、工作活動、ハッキングや人質の救助まで熟すプロの傭兵チーム。彼らのリーダーはテイワズ代表であるマクマードと旧知の仲であり、テイワズの中でも少し特殊な立ち位置にいた。テイワズ立ち上げから居る最古参の組織の一つでもある。

基本的に金で雇われる傭兵である為、場合によってはヒットマンとして活動するメンバーも居るとか居ないとかいう噂もある。テイワズの暴力装置である。

 

 

そんな彼らは今、自分たちの拠点とする船ごと地球に居る。タービンズから持ちかけられたアーブラウの防衛隊にMSの操縦や戦闘、防衛の教練を行なうという内容の依頼を受けたからである。

 

 

アーブラウ側との交渉で『兵士として使えるよう徹底的に鍛えてくれ』と言われたエクスペンダブルズの行った事は単純であった。かつて地球で海兵隊をしていたというメンバー達による伝統的な『海兵隊式調練』を行なうというものである。

それが可能な面子がエクスペンダブルズには揃っていた事はアーブラウ側には実に嬉しい事であり、防衛隊に入隊した者達からすれば地獄の始まりであった。

 

 

「本日より貴官らへ訓練教官を行なう事となった【エクスペンダブルズ】所属のハート軍曹相当官である。まず初めに言っておこう。話し掛けられた時以外口を開くな。口でクソたれる前と後に“サー”と言え。分かったか。ウジ虫ども」

 

まず初めの自己紹介がこれである。無論、反発も出た。

 

しかしここで舐めた口を聞いた面々はエクスペンダブルズのメンバーによる徹底的な『修正』を喰らい、防衛隊全員には連帯責任の名目でおぞましいまでの扱きを喰らう羽目に合うこととなった。これにより民間の傭兵だからと侮る者は消え、上下関係の構築に成功したエクスペンダブルズはMSを扱うことになるというアーブラウ防衛隊の面々を兵士として調練し始めたのである。

 

ただ『MSが使えるだけ』では駄目なのだ。MSはあくまで巨大な歩兵である。それ故に運用するのであればその操縦者は兵士である必要がある。現状のアーブラウ防衛軍はヌル過ぎた。荒事は基本ギャラルホルンに任せていた関係上防衛隊もヌルくなるのはどうしょうもないことであったが、ギャラルホルンが信用できなくなりつつある今の情勢ではそうとも言えなくなりつつあり慌ててアーブラウも自勢力の防衛隊を作り直す事に専念していたのであった。

結果として防衛隊は何人か脱走者も出たものの訓練所に連れ戻され、その教練を受け切った者は皆非常に兵士として優秀な者たちへと育っていた。無論、MSの操縦も問題ない水準まで鍛えられている。

その結果に満足したアーブラウ代表である蒔苗・東護ノ介は彼らを紹介してくれた鉄華団の兄貴分であるタービンズを信用し、エイハブリアクターを除くMSの製造まで行えるテイワズに対して大きな商談を持ちかけた訳である。

しかし、この現状を危険視する者も当然いる。

 

 

(……二年も立ってないのにここまで練度が上がっているか……)

 

 

そうしたアーブラウの動きを危険視する者の為に極秘裏に動く者の一人である傭兵、ガラン・モッサは用意したセーフルームの中で下された指令を遂行する為に情報整理を行っていた。まずい状況が重なりつつあるからこそ、落ち着いて行動する為にも必要な行動であった。

 

最近、ギャラルホルンに対する不信感が募りつつあり、各経済区域が自己防衛のための戦力を備えつつある事からその勢いを削る為の妨害工作を行なうように指令を下されていた。

当初はSAUとアーブラウを仲違いさせる事で紛争を勃発させて戦場をかき乱す事で両者の戦力を削っていく計画を練っていたがこれでは不可能に近くなった。

 

練度の差だけならともかく装備の差もある。SAUが相変わらず旧式フレームのMSを使っているのに対してアーブラウでは何処から仕入れてきたのか新造フレームのMSが導入されているのである。それもギャラルホルン系のフレームではなく、圏外圏の何処か産の良質な物をだ。これだけ差があれば現状でSAUとアーブラウが戦ったとしてもアーブラウに軍配が上がるであろう。

 

ガランが無理であると判断した理由はそれだけではない。

 

元々の計画はこうだ。SAUとの共同訓練を行うという日程の日にアーブラウ代表の使う部屋へ爆弾でも仕込んでおき、SAUの工作の跡のようなものを残しておく。そこに一人潜らせている工作員をMSへ乗せ、一発不幸な弾を撃たせる事で紛争へ一気に持っていくという計画だ。

 

だがこのプランは白紙となった。要人の警備に何人かその筋のプロと思われる者が混ざっていたからだ。特にあの、鋭い目つきのスキンヘッドの男はまずい。民間人に紛れて下見へ行った際に特に怪しい行動を取った訳ではないのにも関わらずこちらに気がついているようであった。殺意や敵意に敏感なガランだからこそ気がつけた僅かな警戒。それによって今回の仕事に対するガランの想定する危険性は跳ね上がった。

それに加えて忍ばせていた筈の工作員との連絡は途絶えていた。おそらく感づかれて始末されたか、監禁されているのであろう。

 

 

(……これは無理だな。アーブラウへの破壊工作は現時点をもって破棄。現状を彼に伝える必要があるが、まずはここから脱出しなければならんな)

 

 

そこまで考えを纏めた後の行動は早かった。アーブラウの近くに設置していたセーフルームの荷物を引き払い、バックストーリーとして用意していた『戦場での戦利品を売りに来た傭兵』としての商談を終わらせた後、所属している傭兵団の所有する航空機に乗って彼はアーブラウを去った。

 

 

 

 

 

 

そうして伝わったアーブラウの現状。想定以上に戦力を蓄えつつあるアーブラウに彼の本当の雇い主は内心頭を抱えた。とはいえ自身が持つ手駒でも優秀なガランが無理と判断した以上、下手に突いて藪蛇を出す訳にもいかない。アーブラウ以外の標的もあるのだからそちらを優先するようにガランへと返信を下した後、その主人であり友人であるラスタル・エリオンはアーブラウへの警戒度を更に高めた。

 

 

(……全く、こんな活動に慣れた自分が嫌になるな……本当なら早く後釜を見つけて、趣味の牧場経営に専念したい物なのだが……)

 

 

生憎そうなるのは随分先となるであろう事は、ラスタル自身が良く分かっていた。

現在、セブンスターズはイシュー家がカルタ・イシューの死により欠け、ボードウィン家は後継者であったガエリオ・ボードウィンが二年前に戦死し、クジャン家は大人物であった先代が亡くなりと、大変よろしくない状況が続いていた。このまま自分も居なくなれば、それこそギャラルホルンもいよいよ耐えきれなくなる時が来るだろう。それを望まない以上は現役であり続けるしか無かった。

 

 

まだクジャン家の若君は家臣団含めて若すぎる。ファリド家の『彼』は最近静かだが、あの静けさはただ座しているものではないと工作策謀に塗れたラスタル自身がよく知っていた。最近アレが連れている、直属の部下であるという仮面の男も気になる所だ。

 

このままでは夢の老後は夢のまま終わりそうだなと、そう思いながらラスタルは未来へと思いを馳せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

長らく続いたバルバトスの調整が終わり、その慣らしとして軽く動かす予定の筈だった。

そう、筈だったのだが。バルバトスが置かれている整備室には何故か普段はいない筈の者が一人鉄華団のメカニック長であるおやっさんの横に立って話していた。普段は医務室に居るはずのメネリク・シバが。

 

 

「ってぇことは、アレか……?オレはあくまでハード面専門だからソフトの事は専門外なんだが、いままでの阿頼耶識は……」

「はい。自分も見させて貰いましたがやっぱ無かったですね。『補助脳構築用のナノマシン』とそのシステムが。本来なら体に定着しているナノマシンは十分なのに、なんで体に障害が出てるか疑問だったんですが気がついて良かったです……ですが、アレがないならあのセッティングは最適でしたよ。少なくとも、全力機動さえしなければ平気でしたから。貴方のせいではありません。少なくとも、これでこれ以上阿頼耶識で障害が出たりすることは無くなる筈です」

「専門家がそう言ってくれるならありがてぇがな……俺もこんな脚だからな。ボウズがああなった事には俺も責任感じててよぉ……って、ああ。来たか、ボウズ。悪いな、話し込んでて気が付かなかった」

 

おやっさんがそう言うと、メネリクも三日月に気がついてそちらを向いた。

 

「やあ三日月君。あの時の検診以来腕の調子はどうだい?実は、君にいいニュースがあってね……リハビリは必要だろうがその腕を、いやその目も前のように出来るかもしれない宛を見つけてきたんだ」

「……!?それ、本当なの?」

「私は患者には嘘はつかない主義なんでね。その鍵が、このガンダムフレームさ」

 

そう言って、メネリクは手の甲で座して鎮座しているバルバトスの装甲を軽く二回叩いた。

 

「バルバトスが……?」

「ああ。実は先日の調整の日にバルバトスのデータの解析を行ってね。もしかしたらと思ったがあって安心したよ。完全版の阿頼耶識のOSのバックアップを発見したんだ」

 

 

メネリクは説明を続ける。

 

ガンダムフレームは72機しか実在しないとされている、一種の試作機群である。ある存在に対抗するために実戦投入されたものの、その本来の目的であるデータ収集のためにバックアップデータの保管はかなり頑丈かつ長期間保存可能な物が使われていたのである。

 

一度コックピットが交換され、当時のものでは無くなっていたが、そのデータベースの深層にはしっかりと劣化していない阿頼耶識のOSのデータも存在していた。グシオンも調べたが、あちらは度重なる改造によって物理的に記憶触媒が無くなっていた為、残る希望はバルバトスのみとなっていた。無論強固なセキュリティが敷かれていたが、ここにいるのは阿頼耶識の専門知識の継承者。そのコードに関してはアテがあった訳である。一から組むことはメネリクにも流石に出来ないが、バックアップさえあればそれを再インストールすることは彼には容易に可能であった。

 

「そうして見つけた完全版の阿頼耶識のOSを組み込んで、火星にある阿頼耶識の装置だと省略されてた外付けの副脳用のナノマシンホルダーを改めて組み込んだのが今のバルバトスだよ。まあ、見た目はルプスのままだけどね。早速だけど三日月君、一旦乗ってみてくれると助かるよ」

「えっと、よく分からないんだけど、とりあえずバルバトスに乗れば、治るかもって事なの?」

「ああ、一旦ちゃんとしたOSが起動すれば、君の体の中で悪さしているナノマシンも再起動されて肉体に過度な干渉をする事は無くなる。結局はナノマシン側の疑似神経伝達と本来の生身の神経の信号が混線していることで起きているのが今の腕が動かなかったり目が見えなかったりする現象の原因だから、それさえ解消出来ればあとはリハビリでなんとかなる筈だ」

「……もしかしてあの作業用グレイズにも、同じ物を入れてたの?」

「おっとバレたか。あっちは皆で使う用で、多人数用で組んだOSだから今言った肉体側のナノマシンの再起動は起きてない。安全性は確認してあるから安心してほしい」

 

 

 

あの作業用グレイズにも乗っていたし平気だろうと、若干メネリクに対して警戒心のある三日月は慣れている筈のバルバトスのコックピットに乗り込んだ。

見慣れない緑色の丸い球体の機械が椅子の後ろに組み込まれており、これが組み込んだという物であろうかと思いながら、阿頼耶識を接続すると……三日月は唐突に意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

(ここは……)

 

気がつけば、三日月はバルバトスに乗っていた。いや、正確には視点だけだ。自分の意志では動かせないものの、バルバトスは自分ではない誰かの意思で動いている。

 

 

(今持ってる武器は……刀、か。あれ、もしかしてこれって)

 

 

それはあの時、アーブラウであのデカブツを切った時に激痛と共にバルバトスから教えられた知識であった。まるで走馬灯のように、三日月はかつてバルバトスに乗っていた誰かの戦闘記録をバルバトスに乗っている感覚で教えられていた。

 

 

(あの時は必死過ぎて覚えきれなかったけど、こうやって動かすのか……)

 

 

 

本来ならば質量兵器による力任せで壊すことが関の山である、ナノラミネートアーマーが施されたMSやMWのような何かや巨大な兵器を冗談のようにサクサクと切り捨てていくその姿を見て、三日月はそれをどうやって行うのか覚えていった。

そしてその後、刀だけではなく他の様々な武器を使ってそれらの敵と戦う姿を鑑賞させられた。

バルバトスすら小さく見えるほど、巨大な機械の怪物と戦う光景。同じガンダムフレームと戦う光景。それら全てがバルバトスが戦っていた。

 

 

(でも、コレを俺に見せてお前は何がしたいんだ?バルバトス)

 

 

 

この鋼の悪魔は、妙に自分のことを気遣うような面を見せることが多々あった。そしてそれを破ると大体は、洒落にならない代償が降ってくる。まるで望んではいないが、仕方ないと言わんがばかりに。

 

 

そうして、バルバトスの持つ戦闘記録をすべて見終わると同時に、三日月は意識を取り戻した。

 

 

 

「ボウズ、おいボウズ!!返事をしてくれ!!嫁さんと小さい息子居るのにこんな事でくたばるんじゃねーぞ!?」

「三日月君、何があった三日月君!?」

 

目を覚ますと心配そうにコックピットを叩く二人が見えて、三日月は意識を失っていた事に気がついた。

 

『ごめん、ちょっと気を失ってた。何分ぐらい黙り込んでた?ちょっと離れてて。今一回外に出るから……』

 

バルバトスのスピーカー越しに、三日月はそう言ってバルバトスのコックピットを開いた。

そして、阿頼耶識を外すと……

 

 

「……あれ?目が、両方見えてる?って事は……」

 

右手を動かす。

 

少し反応は鈍いものの、ピクリともしなかった右手は確かに、動くようになっていた。

 

 

(……何はともあれ、これで暁とアトラを両手で抱きしめられる、か。あれが何だったのか気にはなるけど、返してくれてありがとう。バルバトス)

 

見当違いと思いつつもバルバトスに感謝をして、三日月はバルバトスのコックピットから出ていった。

 

鋼の悪魔は何も答えない。だが、それは確かに少年に対して何かを託した。

 

『天使』との戦いの術を、生き残る為に後続の者へと託したい。

そんな誰かの思いは、数百年越しに結実したのだった。

 

 




※今回出てきた設定のまとめ


エクスペンダブルズ

元ネタの日曜洋画大戦な映画で出てるメンツだけではなく、歴代の洋画やアクション映画の名優っぽいメンツがゴロゴロいるテイワズの最終暴力装置。リーダーは○ンボーっぽかったり○ッキーぽかったりするあの人のそっくりさん。親父とは映画好き仲間でテイワズ最古参メンバーの一人。
ヒットマンがなんであんな優秀なんだという自分なりの回答。かなりふざけてる回答だろうけどこうでもないとあのヒットマン補正は出せんだろ……という考えと趣味で出した。多分今後出番はないと思われる。
法が効かない場所の複合企業なんだから戦闘部門もあるやろという安直な考えから発展して何故か出てきた。

某おじさま

地獄から出てきたと思われるヤベー奴らがアーブラウ防衛隊鍛えたせいで付け入るスキが消えた。お陰で生存してちょうちょ捕食少女ともまた会える模様。


肉おじさん

趣味は牧場経営のオーナー。自分の牧場で育てた肉を部下に食わせる上司の鏡で地球の治安維持の為にギャラルホルン以外の全てを切り捨てるムーヴが出来るお人。
なんかいい年してるのに子供居ないし、昔なんかあったのかもしれないし、そうじゃないのかもしれない。



バルバトス

本願達成。完全版の阿頼耶識とは機体側の補助脳用の外付けナノマシンがあって、ようやく動作する物というのは今作の解釈なのであしからず。ナノマシン量で操作の精密性が上がるのは体内のナノマシンが無理やり補助脳として働こうとした結果肉体をMS操作用の補助脳に改造してしまったせい。
肉体側の改造による効果の割合なんて微々たるモンだろうし、負荷が掛かるなら外に受けを作ればいいという発想である。本編だとこの状態の阿頼耶識積んでるのはバエルのみ。
本編の阿頼耶識typeEは完全版の阿頼耶識OSが再現出来なかったので仕方なく生体脳に頼った亜種品という設定。
尚、ナノマシンの入っている容器は昔ペットロボットだったらしく【HARO】と刻まれている模様

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