舞台は並走するもう一つの【無限列車】へと移る。
【夢幻列車】悪夢の監獄の中。奴の食糧庫。にて武器庫でもあった。
鬼は夢を見るのだろうか。鬼は夜の民。強靱な躰と再生力を持つ。睡眠はさして必要は無いが長い鬼生。
しばし昼の間眠ることはある。
血霞麟は夜眠るよう習慣付けている。人間らしく人間に憧れて。深い森という昼間行動出来る恩恵もあるけれど。
夢を見たことあっただろうか?かつての記憶の残滓を夢というならばそうかもしれない。
夢とは人故のものだと思う。
けれど目の前の惨状は度し難いほどの悪夢だと思う。
鬼となって幾星霜。【下弦の鬼】は様々な奴は見てきたとは思う。餌場や食糧庫を独自に持ち定期的に人を補給するようにしているのはその場しのぎで人を喰らう有象無象の鬼とは違うことも知っていた。
なるべく破壊するようにはしていた。
車両の座椅子や吊革に至る凡てが人であることを理解してなおその人達が生きていることも理解する。
【眠り】を強制されなお覚醒している者もいる。
老若男女にいたるまでの人間。
怒りで沸騰しそうとはたぶん初めてかもしれない。
それらは道具とされた人達でまだそれらが生きているという違和感。吐き気がする。
私は人の血の臭いに吐き気を覚えるようになっていた。
奥歯を噛み締める。憤怒で割れそうだ。
「………………乗客ではないよね」自分でもドスがきいた声音だと思う。
「怒っているのかい?僕の作品を見て貰おうかと」
「怒っている」
「僕は他人が苦しんでいる様が好きなんだ。苦悶の表情呻き声。絶叫。死への絶望。苦渋。そして諦観まで!最初から最後まで至る過程も大好きさ。これが僕の【領域展開】在り方は【死への軌跡】理に適っているだろう?」
恍惚な表情を浮かべ饒舌に大仰に話す。私の怒りを気にした様子もない。
「…………」
吐き気がする。まだ、食欲に溺れた魑魅魍魎の方が可愛げがある。
この鬼を殺すため刀をふるう。1秒たりとも存在させてやるか。
「そして僕の力だ。悪夢を現実化させるね。」
巨大な青い鬼が現れ奴の前を遮る。
「…そこのお爺さんはこの青い鬼に追い掛けられる夢を永延と見ている」
血の呼吸・壱ノ型【血纏斬り】
「単純な戦闘能力じゃ僕如き君には及ばない」
「人の悪夢の力は偉大だね。人は怯え恐怖し夢は常識を越えるような現実ではありえない事象すら夢の中では無限だ」
「夢幻と、無限。素敵な言葉だよ」
二つに裂かれた青い鬼の向こうで亀裂のような笑みを浮かべる。
「あそこの荷台は女の子」
「あそこの座椅子の男の子と恋人同士。彼等は同じ悪夢を見ている。一緒に磨り潰される悪夢さ」
後退。いきなり現れた塊は私を磨り潰さんと落下する。
この【領域展開】は【夢の現実化】
そしてその夢の源はこの【夢幻列車】の素材にされた人達が見る悪夢。此奴の【血鬼術】で永延と悪夢を見ている。
「ああ、…………なら」
【殺して】【死にたい】【助けて】
【悪夢から解放して】【もうやだ】【妻を妻だけは解放してくれ!!】
【ああああああ!!】
嘆願と怨嗟。ただただ絶叫と苦渋。苦悶の叫びが頭に響く。
「君にも聞こえるかい?彼等の絶叫が!!」
「……ああ、…ごめんね。…………解放してあげるから……」
領域展開【血怪百鬼夜行】
私の周囲に血溜まりが、展開する。血のあやかし達が殺意を放つ。
「殺してやる。【見えざる月】」
「お嬢様は人間嫌い。始祖の力を手に入れるまでは好きに間引けってお達しだ。人は増え続けるから食糧には困らないよね本当」
「…」
「何を怒る?人間好きの異端者。君は【鬼喰らい】だろうとも所詮は人外。化生。化け物だ。そんな奴が人間と共存なんて土台無理な話さ」
「…っ」
五月蝿い。そんなことは分かっている。
「お前には、関係の無い話だ!」
【暴食ノ陣・土蜘蛛ノ図】
血の巨大な蜘蛛が顕現する。
「一つ、良いものを見せよう。」
下水を汚物でさらに煮込んだような笑みを浮かべ独りの少女を突き出す。首を掴みいつでも脳漿をぶちまけるぞと言わんばかりに。少女の愛らしい顔は恐怖に歪み震えている。
「思春期の多感な時期の夢はより常識外れだ」
少女は嫌々と、怯えそれが一層鬼の少年の性癖を刺激する。
「この子はその中でも想像力豊かだ。この【領域展開】は夢の履歴をも克明と【現実化】させる」
「この子は愛した人間に殺される夢を見る。繰り返し繰り返し毎回殺され方が違う夢を見る」
滅多刺しにされたり首を絞められ斬首、犯され酷たらしく毎回違う夢を見る。その少女が知らない殺され方もする。
恐怖や不安は夢を浸食する。
「ああ、この【最愛に殺される悪夢】が現実化したらどうなるだろう?君の最愛が殺してくれるよ」
黒髪の女性が顕現する。夢が現実化する。
【血霞麟】の最愛が目の前に現れる。
【架純華】という女性が現れた。
「華姉…………」
躰が萎縮する。最愛を目の前に殺意が緩む。
私は彼女を攻撃するなんて無理だ。
「驚いたな。同じ顔だなんて。血霞麟、君に双子でもいたのかい?いや【血獄】曰くそれは【お嬢様】の筈」
忘れていた華姉の顔が克明と思い出す。私と同じ顔。
違う私が彼女になりたかった。その為に私は。
幸せな記憶に塗り潰された私の咎を思い出す。
彼女を殺したことを。殺してしまった事を。
「ひめさま……?」土蜘蛛の困惑の声も聞こえない。目の前の彼女から目を離せない。
「久しぶりね。りん。」
変わらない声音。優しい表情。それに後ろめたさを思い出す。
「私になって嬉しい?私になれた感想は?ねぇ聞かせてよ」
思考が弛緩する。かつての私には戻れてはいない。何を持って私は彼女を殺してしまった決を思い出せない。
「私の姿が鬼ってどうも許せないのよね」
彼女は私の罪悪感による悪夢がそう言わせている。分かる。所詮は悪夢を現実化させるだけの血鬼術。本当の彼女を呼び出したわけではない。理解は出来ても躰と感情が追い付かない。
私はなんで最愛の育ての姉を殺してしまったのか分からない。
「返して、ね。いい加減生きたでしょ。変わらないよ。貴女を愛してくれる人なんていないんだから。いたとしても居なくなるわ」
私は、人にはなれない。人を愛しているのに理解はされない。ううん、鬼殺の剣士に成り立ての頃より理解しあえてると錯覚していた。左近次を拾い育て彼が拾った二人を見守る。それでよかった。家族紛いみたいなもので。
貴女になりたかった。華姉。……多分貴女を殺した私には赦されないものなのかな。
私の頭に諦観が掠める。弛緩した思考は判断を鈍らせる。私は目の前の悪夢を真実と誤認し始める。分からない。記憶のない私に真実が分からない。あの人はそんなこと言わないはずなのに。
水の呼吸・壱ノ型
水の呼吸・壱ノ型
「「水面斬り!!」」
華姉の躰を斬り捨てる二閃。水面を断つ斬撃。
狐面を被る二人の剣士。宍色の髪の青年と黒髪の華奢な花柄の羽織を着た少女。二人の姿が目に映る。
「俺らがいる」
「そだね、麟さんはもう独りじゃない。」
「悪夢など幾度でも打ち払おう。」
錆兎と真菰。【現在】の【血霞麟】の最愛の子達。
二人の姿に闇に飲まれた思考に光明を差し始めた。