冨岡義勇。死んだはず。俺の目の前で死んだ。救えなかった。助けられなかった。
わかってる。全てはまやかし。鬼の罠であることは。
それでも古傷は鮮明に痛み始める。呼吸は乱れ手先は痺れ頭痛がしてくる。
決めたはずだろう。悪夢など打ち払うと。あの人の為に。
「どうしたんだ?錆兎?はは。白兎のこと言えないんじゃないか?叱咤していただろう?」
わかってる。できの悪い偽物だ。義勇はそんな饒舌ではないしそんなこと言わない。
それでも古傷は新しい創痕のように痛む。
「……黙れ……偽物が……」
「酷いな。錆兎。俺は俺だよ。…………お前が見捨てたからこうなったんだろう?」
「違う……!見捨ててなんか、いない……!!」
「見捨てたのには間違いないだろう?俺は死んだんだから。」
救えなかったなら見捨てたと同義と目の前の悪夢は告げる。知っている。だから喋るな。
水の呼吸・拾壱ノ型【凪】
「そんな荒ぶった呼吸で【凪】が打てるわけ無いだろう?なぁ錆兎。俺達二人で編み出した技なんだから」
だから喋るな。偽物が。
「…………麟さんを一緒に殺そう。ねぇ錆兎。誓ったじゃないか。あの人を殺すって」
……!?
「…………だまれ、侮辱するな。あの人と義勇を」
あの人を殺すって誓いなど有り得ない。
▽▽▽▽▽▽▽▽
水の呼吸の一門。鱗滝さんのもとで育った子供達はいろいろな経緯があろうが鬼による孤児だった。鱗滝さんに拾われ共同生活をしていた。皆は鱗滝さんが大好きだった。鱗滝さんに恩義を感じて皆【剣士】になるとつらかった修行に打ち込んでいた。つらかったが充実していた。
孤児になったのは弱かったからだ。皆鱗滝さんのために生き残ろうと鱗滝さんからもらった狐の厄除の面に誓っていた。
他の子供達と違ったことが俺と真菰にはあった。
血霞麟さん。鱗滝さんの師匠の女性。
その人と面識があったこと。彼女は水の子供達には距離を置いていた。
鬼による孤児。やはり麟さんは思うところがあるのだろう。
彼女は鱗滝さんの倍以上は生きた鬼なのだから。
俺と真菰はそれを承知で彼女と接していた。彼女の在り方が無表情ながらの雰囲気が俺達を害を成した鬼どもと違うと感じていた。
だから他の子供達にわかって貰おうとムリに彼女を子供達の前に連れ出した事もあった。
憎悪と嫌悪。ただひたすらにその視線を彼女は一身に受けてしまった。
それでも彼女はただ嘆息し優しい慈愛の眼差しを向けて帰っていた。
ただただ悔しかった。他の子供達も彼女は他の鬼どもとは違うとわかって欲しかった。
今となって自分勝手な駄々をこねていただけと理解している。
そんな中、一人だけ真菰以外に賛同してくれる奴がいた。
冨岡義勇。…………嫁入り直前の姉を殺された奴だった。
打ちのめされ塞ぎ込んでいた。鱗滝さんの声かけにもただうつむくだけだった。
最初誰でもそうだったけど義勇は人一倍優しい奴だった。懐いていた姉が目の前で殺されたのだから。
俺や真菰、他の子供達も似たような境遇であったから義勇だけが特別ではないのだけど。
ただ一室に塞ぎ込んでいた義勇に麟さんは訪れた。
謝罪と檄を彼に。慈愛に満ちたそれは。
俺達人間を喰らう鬼と同質には見えなかった。
それから義勇は前を向いて生きるようになった。
不器用ながらも弱気ながらも。
「錆兎。俺はあの人のために何が出来るだろう?」
修業の合間にそう呟く。
「生きて行けばいいんじゃないか?」
「そうかな、……」
「そうさ。死んでしまえばきっとあの人は悲しんでしまう。」
俺達は同じ気持ちだった。
幼い日に二人は同じ人を尊敬しあの人を悲しませない事を誓ったはず。
▽▽▽▽
「だから、義勇がそんな事言うはず無いだろう!あまり人間を舐めるなよ!!鬼ィ!!」
烈火の如く沸騰する怒りを携えて刀を構える。
「貴様らに殺された義勇をこれ以上冒涜するなよ!!」
水の呼吸・弐ノ型【水車】!!
水車が如く縦の回転斬りを放ち義勇擬きの腕を斬り捨てる。
「ははっ、親友の腕を切り落とすなんて正気かよ!!」
「いつまでも義勇の皮を被ってるなよ」
水の呼吸・拾壱ノ型【凪】
荒ぶる嵐のような怒りは静かな水面のような怒りに変換する。
【凪】、挙動すら見えぬ静の残撃が偽者の義勇を斬り捨てる。
「……………………義勇はそんな歪んだ笑い方はしない、覚えとけ鬼。」
《ははは、ならそっちの男から殺すとしよう、なぁ……桐夜白兎?君、この子を奪い返しに来たんだろう?》
「に、兄ちゃん…………」
つり革に縛られ吊らされた痩せこけた赤髪の少女が突然現れる。
「し、白梅…………!!?」
《結核を患っているね。僕が手を下さなくても時期死ぬよ。ふふふ、それでも必死になるなんて……嗤えるね。君妹を生かしたい?生かしたいんだよねぇ?お嬢様に鬼にしてもらえるよう提言してあげようか》
「……白兎、……落ち着け!」
「……さ、錆兎……駄目だ……俺は……お前程強くない……!!俺は妹を喪っては…………何も残らないんだよ……」
《さぁ、自分の首を斬りなよ。そうしたら考えてあげなくもないよ。素直に悪夢に落ちればこうはならなかったのにさ》
「白兎!!」
《おっと、動くなよ【柱】君らが邪魔し無ければ血霞だけですんだのにさぁ。早くしてよ血霞が本番なんだから。白銀川の奴が来てるから猶予ないしね》
「白銀川……?」
《関係ない話だよ。さぁ早くしてよ。》
白兎は刀を自分の首にかける。手は震えている。
▽▽▽▽▽▽
情けない死に様だ。錆兎。弱い奴は死に様すら選べない。
天才と凡才の壁は高く間を阻む崖も深いんだよ。
それでも必死に、妹だけを守りたいと足掻いていた。
妹を守れず妹は死にたがっている。この様はナンだろう?俺はナンだろう?
「駄目な兄ちゃんでごめんな。白梅。」
だから最後だけ。最後だけは足掻かせてくれ。
鉄の呼吸・終ノ型【鉄心剣躰】
自身を【日輪刀】が貫く。躰を鉄の如く変質させる鉄の呼吸。日輪刀の材料である猩々緋砂鉄と猩々緋鉱石を定期的に【摂取】していた。血肉は日輪刀と同義の鉄となれるようにといかれた行為だと思う。
それでも、弱い自分を捨てれるならと行った。
此が意味を成した事など一度もない。それでも、俺は。
《なんだ!!》
鉄の呼吸・玖ノ型【鉄拳・
白梅だけは返して貰う。跳躍。白梅を縛るつり革を斬り捨てるため鉄と化した拳を振るう。
《おい、妹が死んでも良いのか!!》
いいわけないだろ!!
《やめろ!!》
妹を縛るつり革を破り白梅の躯を抱きしめ床に落ち転がる。
「白兎!無理して!!」
「…………白梅……!!大丈夫か!!」
「に、兄ちゃん…………ごふっ」
吐血する。ああ、結核の躰を無理させたから……薬を……!!
《よくも、つくづく思い通りにならないなぁ……鬼殺隊ってやつは…………けれど滑稽だよ君は》
【夢ノ色彩】は姿を現し不愉快そうに苦笑する。
「なんてね、それ本当に妹かい?」
「え?」
「何を言っている?」
「兄ちゃん、一緒にシンデ?」
白梅だと思われる少女は崩れ醜い肉塊に変わる。ぐつぐつと爛れた醜い人型の肉塊。
「え、あっ…………俺は…………」
肉塊の触手は容赦なく鉄と化した白兎の胸を貫く。
「ごふっ」
「白兎!!」
「錆兎………………白梅を……」
俺の躯は壁に叩きつけられ鉄錆を混じった血をぶちまける。俺の躯は俺のように脆い錆びた鉄錆の躰へ変質する。
「はっはははははは!!無様だねぇ!!!!!!妹?それが妹だよ!!安心しなよちゃんと妹だよ!!」
「貴様……!!」
血の呼吸・死ノ型【不退転ノ紅蓮華】
悪夢の靄の空間が鏡が割れるように亀裂が入り瓦解する。瓦解する悪夢の靄の空間の先に三角錐のような血液の槍を纏う日輪刀を構えた血霞麟さんがいた。
冷徹な雰囲気を纏い豪奢な真っ赤な装束を着る女性。
「……遅かったねぇ」