水の呼吸と花の呼吸による剣戟が雨の都を跋扈する鬼の頸を切り落とす。
「…………カナヲ!数が多い無闇に突っ込んじゃだめだ!」
「……っ」
炭治郎の言葉を無視しながらカナヲは駆ける。
心のままに。そう彼に言われただから私は心のままに鬼を斬る。カナエさんのために。しのぶさんを見付けるために。
カナエさんはいつも無理に笑っていた。蝶屋敷の最年長として皆のお姉さんとして頑張っていたと思う。
けどその笑顔は、酷く脆いものだと思っていた。銅貨でしか物事を決めれない私でも大事な人の異常くらい感じて取れた。
カナエさんの力になりたい……彼に言われた言葉にそれは気付かされた。
逸る気持ちは焦りを。焦りは視野を狭める。目の良い私でもそれは当たり前のように起こる。
水の呼吸・壱ノ型【水面斬り】!!
カナヲの死角から襲いかかる鬼を斬る炭治郎。
「……あ、ありがとう」
「二人なんだから協力しないと」
「そ、そうだね」
「せぇよぉぉ!!!!鬼殺隊だなぁ!!!?」
爆音のような咆哮のような声量で現れる鬼が一体。
「「!!?」」
「柱か!!?いや柱じゃねぇな!!!?なら死ね!!直ぐさま死ね!!柱を呼べよ!!なぁぁ!!?」
獣のような歪な四足獣のような鬼が叫びながら炭治郎、カナヲ両名の前に立ちはだかる。
ここは拓けたような広場、対面するように叫ぶ獣の鬼は嗤う。
「……五月蝿い」
「善逸がいたらキンキン五月蝿かっただろうな」
二人は直ぐさま構える。
「良いねぇ!!!!悪くねぇ!!だが成り上がるなら柱を殺さねぇと!!俺らは【十二鬼月】になるんだ!!」
四足獣の鬼は跳躍し二人に襲いかかる。
▽▽▽▽▽▽
雨の東京都。中央の広場へ歩みを進める柱二名。
「……止まない雨ねぇ」
「……報告によるとひと月程雨が続いていると。梅雨でも無ければ時期はずれの乾燥しているはずのこの時期に」
「…………奇妙だね」
「うん、雨量は均一で雨降る強さもこの一ヶ月で変わらない。……だって」
「そして鬼か…………都会は人が居るけど割があわないとか昔会った下弦が言ってた気がする」
「……麟さんから見てどうかな?この雨。」
「うん、【領域展開】だよ。血鬼術。この東京都自体を縄張りとしている。…………【見えざる月】間違いないね。」
「…………そう」
「【十二鬼月】と【見えざる月】は敵対関係にあるしこの異常事態に【十二鬼月】が絡んでくる可能性は十二分あるよ」
「それ、ならいいんだけど」
「その上で聞くんだけど。良いかなカナエさん」
私は聞いておいていかなきゃいけない事ある。いざ対峙した時揺らぐのは確定だ。
尚、聞かなきゃいけない。
「……しのぶちゃんを鬼殺する?それとも炭治郎みたいに人間に戻す方法を模索する?」
「……!」
「鬼の私が聞くことじゃないけど……私や禰豆子は稀有な事例だよ。【上弦】になったしのぶちゃんは多分相当数人を喰っている。それでも救う?」
「意地悪言ってるんじゃない。聡明な君ならいずれ気付くだろうし既に気付いているんじゃない?…………それから目を背けるなら私がしのぶちゃんを鬼殺する」
「……………………」
カナエさんの顔は苦渋に歪む。見てて心苦しい。気付いているんだろう。どうせ憎まれ役だ。迷いを持ったまま戦場に立たせては無駄死にだ。
放り投げた賽は戻らない。吐き捨てたつばもまた戻らない。
人を喰らった鬼の罪はまた贖えないのだ。
私と禰豆子は人の味を知らない。知りたくも無い。私に限っては衝動も潰えた。
衝動をも抑え未だ人食いをしない禰豆子の意思力は感嘆に値する。
恐らく人の味を知ってしまったしのぶちゃんをカナエさんは許容出来るかどうか。
「…………分かってます。最初から気付いていたよ……麟さん…………」
「……私、どうしたら良いのかなぁ…………復讐にも徹せない。しのぶを助けたい。私はどうしたら良いのかなぁ……」
「…………なら、隅っこで小さくなっててくださいカナエさん。決断出来ない貴女に此処に立つ資格は無い」
影の蝶が舞う。辺り一面が暗くなる。
「…………お、うまくん……」
「貴女が弱い人だとは思わなかった。脆く潰えていくなら止めはしない。しのぶさんは俺が守る……。今は鬼殺隊と事を荒立てるつもりはない」
闇色の髪に瞳。長身痩躯の少年の瞳には上弦の陸と刻まれていた。
そして日輪刀を携えていた。
▽▽▽
【上弦の陸】そう刻まれた瞳は鬼であることを否応なしに示していた。かつての弟のように思っていた妹の思い人。
柔和な雰囲気も今はなく闇をも思わせる冷たさを感じる。あの夜に会った彼の妹、【新月の闇色】宵鷺夜深に酷似していた。
「逢魔くん、なんで」
「理解が遅いカナエさん。俺は鬼だ。鬼なんだよ。それ以上でも以下でも無い。」
「し、……しのぶ……?しのぶは……しのぶも?」
「俺としのぶさんは二人で【陸】だ。今は彼女は寝ている。命拾いしたな……今の彼女に会えば貴女は多分耐えられない。今なら見逃してあげるよカナエさん。蝶屋敷に帰れ。」
微かに残る多分彼の優しさ……なのかもしれない。
「でも……私はしのぶを……!!」
「邪魔をするなら貴女でも容赦はしない……」
彼は彼の日輪刀【影涙】に抜こうとする。
領域展開【血怪百鬼夜行・血帯ノ陣】
赤い帯が数本展開し彼の手を縛り上げる。
「………………」
「血霞……」
「麟さん……」
赤い鬼。鬼にして柱の剣士。歪な存在で人間好きを自称する風変わりな女性。私は彼女を正直受け入れられていなかった。……彼女が人間好きであることはなんとなく分かる。理解と納得は別で。どう接するかは未だ決めかねていた。
無表情の彼女は本気で怒っていた。
「…………宵鷺逢魔、だったかな」
「噂はかねがね聞いてるよ血霞麟。」
「上弦は君で会うのは二人目だ。黒死牟は元気?」
「残念ながら俺は新参者だから【壱】には会っていない。で?後ろのこいつはどういうつもりだ」
「君、鬼殺隊だっただろう?どういう経緯で鬼になったか説明してもらうよ。耀哉の前でね。」
これでもかってくらいの美少女が帯で彼を縛り上げ、痩せこけた柄の悪い青年が彼の首に鎌を突きつける。
「しゃべってんじゃねぇよ」
「大人しく麟さんの言うこと聞きなさい」
「これが噂の【領域展開】か、……鬼舞辻が頭悩ませてるらしい」
「名前……呪いは?」
「さぁ、まぁ今のところ鬼舞辻に俺を殺すつもりは無いよ。お前らに対抗させるために俺達は鬼にされたんだからな」
領域崩壊【
影の蝶が花吹雪のように舞う。赤い帯と鎌を扱う二人はなぎ払えわれる。
「お前ら、【領域展開】の担い手の天敵だよ。領域を崩壊させる影と毒だ」
「今は事を荒立てるつもりはないと言ったよな鬼殺隊。俺はこの雨の鬼を殺しに来ただけだ。それでも邪魔立てするならつゆ払いするだけだが?」
影の少年の殺意は膨れ上がる。
「……カナエさん、一旦退くよ」
「り、りんさん……」
「そんな心がガタガタの状態でどう任務こなすのさ。…………【上弦の陸】宵鷺逢魔」
私は麟さんに抱えられる。体と心はグチャグチャで冷静な思考が出来ない。
「君等は鬼になってどう生きていく?」
「はっ。答える義理があるか【血霞童子】どっちつかずの異端者が俺達に説教出来るかよ。……鬼だぜ?さっきカナエさんに言っているお前に何が言える?てめぇは人間の為に生きてるらしいな?既に鬼の俺らは捨て置けよ。
「そうだね、ぐうの音も出ないよ【上弦】」
領域展開【血怪百鬼夜行・鴉隠れノ陣】
大量の血の鴉が麟さんの足元より飛び立つ。体が浮遊する感覚に陥る。
「…………カナエさん、いや胡蝶カナエ。出来ればこれっきりであることを祈るよ。しのぶさんは諦めてくれ。その方がお互い良いはずだ」
この場を去る時の彼の言葉が頭から離れなかった。
この場を離れる中こびりついて離れない気持ちが去来する。
「諦めれるわけないよ…………姉妹だもん……」
「…………」
「諦めれるわけ……無いじゃない……」
『姉さん』『姉さん』『姉さんってば』
何度も記憶に蘇る最愛の妹の顔。離れ離れになるのはあの子が嫁ぎに行くときだけと決めていたのに。
鬼に両親を殺され悲鳴嶼さんに救われ今までの人生私の隣にはあの子がいた。剣士になったのもあの子と一緒。
あの子が君を連れて来た時は祝い半分嫉妬半分。
私は…………あの子の喪失を認めない。
「認めないよ麟さん。私はあの子に会うまでは……」
「辛い現実が待ってたとしても?」
「逃げたら私はきっと後悔する。」
分かってます。ただの我が儘で現実を直視の出来ない小娘の戯言と笑ってくれてもいい。
私は私の夢想する世界を諦めきれないのだ。誰もが分かり合える世界を。人と鬼が分かり合える世界を。
「………………」
麟さんの表情が緩む。無表情の彼女は巫山戯ていても無表情なことが多い。けどそれは優しい表情だった。
「なら、とりあえず捕まえよう。会わないと話にならないよカナエさん」
「そう……だね、ありがとう麟さん。」
鬼の妹を救うこと。まずは鬼の彼女を受け入れなきゃ。
「麟さん、…………宜しくお願いします」
「う、うん……宜しく……?」
困ったような表情を微かにする。真菰ちゃんの言っていることがよく分かる。この人感情豊かだ。
重荷が微かに軽くなったような気がした。