燐光 <シーズン1>   作:るり子/janegoe19th

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6幕/幕間

図書館に足を運び、そこから得た情報を元に地図を辿っているうちに昼近くになっていた。朝は天気が良かったが、空の雲が少しずつ厚くなり始めている。天気が崩れるかもしれない。この用事が済んだら戻った方が良さそうだ。

目的の場所はすぐに見つかった。リゥスイの独自言語と大陸共通語で「技術開発局」と記されている。国家公認の施設の筈だが、良い言い方をすれば風情ある雑貨屋のような、良くない言い方をすれば古い民家のような……そんな家屋がぽつんとあった。場所も宮殿とは大して近くもない。おまけに誰かが働いているような気配もない。本当にここで合っているのか……?とシャーロックが不安に思い始めたとき、何かが崩れるような音を耳にした。

「――誰かいませんか?」

窓があった。そこから声をかける。中はお世辞にもあまり綺麗とは言えない。不衛生ではないが、とにかく物が多く乱雑としている。机の上に置かれたガラス瓶と鉱石、開かれたままの書物。レンズのようなものが覗いた箱。何に使うか検討もつかない、謎めいた形状の物品がいくつか。それらを眺めていると、奥のほうから微かに声が聞こえた。「助けて」と。先程の崩れた音といい、嫌な予感しかない。シャーロックは入口へ回り扉に手をかけた。鍵はかかっていない。扉に付けられた鐘が、場違いな程穏やかに音を響かせた。

 

 

 

 

 

 

「はぁ~死ぬとこだった。ありがとうありがとう!」

 

嫌な予感は的中した。奥では小柄な鉱人の少女が、壊れた本棚の下敷きになっていた。仮の置き場として、床や机の僅かに空いたところ、椅子の上に積み重ねられた本のせいで、建物の中はさらに狭く感じるようになってしまった。座る椅子もない。申し訳ないけど、とシャーロックは床の上に置いた座布団に通された。

「話は司書のじいさんから聞いてるよ、竜騎士の旦那。ようこそ僕のラボへ」

黒い生地に黄色の刺繍が入った、丈の短い民族衣装。毛先に黄色が混ざる黒髪のおかっぱ頭には黄水晶の角が二本。推測がついた。ここに来て、『彼女達』とは何度か顔を合わせている。記憶に残りやすいことから多くの者が『彼女達』を知っている。

「君は“四きょうだい”の一人か。一番末っ子かな」

「正解! 僕はフィーア。技術開発局の局長さ。ま、先代局長の時代に予算削減の煽りを食らってさ、今じゃお察しの陸の孤島だ。前にいた人も定年で辞めちゃったから、局員は僕一人、でも僕は仕事辞める気ないし、嫌でも局長やんなきゃならないっていうか……」

愚痴混じりだ。彼女の声量はだんだん大きく早く荒くなっていく。ずいと身を乗り出して彼女は捲し立てた。

「というか聞いてくれよ旦那ァ!そもそもとして予算削減の理由がさ、『技術革新は現在のリゥスイでは急いて行う必要もない』ってさ! 技術の進歩を拒絶するとか、この時代に人類の叡智ドブに捨てる気かよって?! やっと僕の技術と頭脳を生かせる所からお呼びがかかった!って矢先にこれだぜ? 首領もオブシウスも呆れてたけど、賛成多数じゃなァ……。あ、オブシウスの眼鏡も僕が作ったんだ。あいつ、目がよく見えるようになってから、格段に戦闘技術が上がったんだ。今では俺が護身術教わってるくらいなんだぜ」

「わ……分かった。流石に部外者の俺でも分かる。確かにひどい境遇だ。それは」

「だーーろう?」

 

随分年若く見えるが、知識に長ける鉱人らしく優秀であるようだ。同情してもらえて気が済んだのか、一転して不気味な程にフィーアは落ち着いて、鼻歌混じりに立ち上がると机へと向かった。しばらくして彼女は、幾つかの古びた書物と鉱石を持って戻って来た。

「さてと旦那。最適化(デフラグ)だったかな」

「ああ。山の奥深くで暮らしていたから、道具もなかなか手に入らなくてな」

魔道書は物理的な本としての手入れや、魔力の残滓を取り除くなどの調整が必要となる。そうでなければ魔法は安定しない。最悪、暴発の危険性さえある。シャーロックの使っている魔道書・ドナスタークは、故郷から持ち出せた唯一の物品である。数百年もので、骨董品や古美術品ではなく最早出土品、と言っても過言ではない。普段は威力を落とし、その分の魔力を広範囲・遠距離射程を得る為に回しているが、そうしているのはそれだけが理由ではない。不完全な手入れしか出来なかった故に、安定しないのだ。

「実のところは俺も、これを完全に理解しないまま使っている。理解する前に民族紛争が起きて、資料も焼け落ちてしまった。それでも大丈夫か?」

彼女は片手でドナスタークを開き、もう片手では別の本を開きながら言った。

「うーん、これは難解。二、三日預からせてもらってもいいかな」

「ああ、構わない」

「…………道具探さなきゃな……」

「まずは掃除と整理整頓からか……どこからやったらいい?」

シャーロックは腕まくりをして立ち上がった。フィーアも続く。

「待ってくれよ、お客様にそんなんさせられない!」

「無償でやってもらおうなんて気はないからな。それに、君一人じゃ動かせないものもあるだろう」

黄色の瞳がこちらを見上げる。彼女は小さな声で「ありがとう」と言った。

「あっ、でも機密事項に触れるものもあるから。むやみやたらに引き出しとか、開けないでもらえると助かる。……それと」

彼女の指が壁に向けられた。壁に柄の長い斧が立てかけられている。

「あれをあげる。試しに作ってみたんだけど、鉱人で武器を振り回す人って少ないから。誰にも使われないままなんだ」

手に取ってみてよ、と言われるがままに触れる。それは適度な質量と取り回しの良さがあり、埃を被っているのが惜しいぐらいのものだった。先端には黄色を帯びた鉱石が取り付けられている。

「かなり癖があるやつだけど。旦那なら、使いこなせるかも」

「いいのか? 随分と気前がいい釣り銭だな」

「いいよ。旦那に合わせて調整したら、改めて届けるから」

「それはありがたいな、助かるよフィーア」

「必ず旦那の気に入るようなものに仕立ててみせるから。男と男の約束」

聡明さに年齢など関係がない。相当の努力を積んでここまで来たということは、彼女の立ち振る舞いから想像できる。

 

彼女――彼女?

違和感を覚えた。さっき、聞き逃せないようなことを言われたような……?

 

「なぁフィーア。さっき何て言った?」

「旦那に合わせて調整……」

「いや、そのくだりの最後」

「男と男の約束?」

「…………そうか。君は四きょうだいの“末弟”か。ああ、そう言えば誰も『四姉妹』とは言ってなかったな……」

「あはは、こんなんだからよく間違えられるんだ、気にしてないよ。僕は好きでやってるんだし。ちなみに、トロワ姉と僕は二番目のママの子。皆仲が良いんだぜ。鉱人は長生きするから、再婚するのも珍しい話じゃないだろう?」

 

人を見かけで判断するのは本当に止めた方がいい。シャーロックは心からそう思った。

 

 

 

 

 

 

【幕間】

 

首領ミサキに呼び出されて技術開発局へ赴けば、先に首領と四姉弟、それと側近のオブシウス、警備兵のフリードが集まっていた。

何やら賑やかだ。四姉弟・末弟のフィーアが、四脚で固定された何やらレンズのようなものがついた箱をゴソゴソやっている。その謎の箱が向けられた先では、中央のミサキが椅子に悠然と腰かけて座り、その両脇にはワンとオブシウス。後ろにはアルとトロワとフリードが立つ。

「あ~ごめん、アル姉さんとトロワ姉、位置交換して。そんで首領はもうちょっと背筋伸ばして座ってください。フリード、さりげなく見切れる位置に逃げない!」

「……何をやっているんだ?」

全員が疑問に思っているだろう。ユーディトは一同を代表するつもりで尋ねた。するとフィーアではなくミサキが答えた。

「これは『写真機』と言ってな。何でも本物そっくりの絵を、特殊な紙に出力できるものだそうだ。少し待っておれ」

「行くよ!目線はレンズにちょうだい。でも光るから目閉じちゃダメだぜ」

本物そっくりの絵を作り出せる、となったらいつか画家が仕事を失くしてしまうのではないか。そう思いながら様子を伺っていると、軽い音がして、箱の上に付いた鉱石が瞬いた。フィーアは、箱を除きながら手元で紐に繋がれた何かを押している。

「……フィーア。それでは君が一緒に写れないだろう。おい、誰か代わりにやってやれないか」

振り返ってそう言えば、ユーリシュカが名乗り出てくれた。位置は調整したから押すだけだ、とフィーアから説明を受けて、彼はぎこちなく『写真機』なるものの前に立った。何度か鉱石が光った後、ミサキが「感謝するぞ女王。さて、次はそなた達だ」と告げた。呼び出されたのはこの為か。ユーディトは不思議な箱に目をやった。

 

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