燐光 <シーズン1>   作:るり子/janegoe19th

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8幕

ここ数日天気が悪い。野外演習の予定は変更で場所が屋内に変わった。

ミサキは椅子に悠然と腰かけて演習の様子を見ている。ワンはその側で同じものを見ていた。

大半が魔法兵だ。槍や剣を持っている者の殆どは角を持たない人間であり、鉱人でそれが出来るのはほんの一握りの者達だけだ。それこそ、あの女王付きの騎士や、オブシウスのような――

そんなことを頭に思い浮かべた時、ちょうど彼がやってきた。細身に身の丈程の大剣を背負った姿は、勇ましくもあるがどこか不安定さも憶えてしまう。生真面目故に、妥協することを許さなかったのだろう。文字通り血の滲むような思いをして、彼が武術を会得したことをワンもミサキもよく覚えている。

彼は背後に重装兵を従えていた。ワンは、兜は付けずに顔を晒す兵士の頭部に、角があることに気付いた。

 

――鉱人の重装兵は、軍で把握している限りでは一人も存在しない筈だ。

 

いつ仕込んだのだ? 私達の知らない間に――ミサキは殺気立ったワンの気配で初めてそれに気付いたようだった。オブシウスは背中の大剣を手にし、一息に振り下ろす。断頭台の刃が首を落とすように、それは彼女の額から伸びる角を切り落した。

「ミサキ!」

ワンは椅子の上から崩れ落ちたミサキを抱えた。二人の周りを取り囲むように槍が向けられる。屋内演習場の三か所の入口からは、鎧を着こんだ鉱人の兵士が雪崩込んでいた。困惑と動揺が伝播していく。やがて勇敢な誰かが突破を試みようとしたのか、魔力の高まる気配を感じたが、それは「動かないください」というオブシウスの冷たい声で止まった。

「……お前、……何、を………」

美しい黒髪を散らし、激痛に息を切らせながら、ミサキの柘榴の瞳が友の顔を見上げていた。

 

「見ての通りです。クーデターですよ」

 

 

 

 

 

「何よ何よ!祭の報告に来たっていうのに、それどころじゃなくなって――」

「頭を下げろ、トロワ!」

「きゃっ!」

フリードに言われるがままにしゃがみ込んだトロワの頭上に短刀が飛んでいく。それは彼女の後ろにいた剣使いの額に突き刺さった。膝を落とし、崩れ落ちた剣使いの頭にもやはり角があった。先程からこんな奴ばっかりだ――走る二人の後を、二歩ほど遅れてついて行きながら、アルは杖を強く握りしめた。

 

フリードが蹴り明けた扉から外に出ると、激しさを増した雨の音が耳に突き刺さる。どれぐらい走っただろうか。蓮池を抜けたところまでは薄っすら覚えているが、そこから先は分からない。軍医として、医学と治癒術の心得はあるが、戦闘の術を持たないアルは、二人の後を追うのが精いっぱいだった。

近くを川が流れていた。ここ数日の雨のせいか増水している。爪先にぶつかって転がった小石が落ちて、すぐに呑み込まれて見えなくなった。足場が悪く、下手をすれば転落しかねない――そう考えたところで、先を行くフリードの身体が大きく揺らいだ。膝をつき、剣を地面に突き刺して、俯きながら肩で息をしている。その背中には矢が刺さっており、裂傷があちこちに見えた。編み笠を深く被っていても分かるように、と伸ばしていた珊瑚色の髪は毛先が少し切られ、不揃いになっている。

ライブの杖を行使するが気休めだ。治癒術だけでは足りない。側に駆け寄ったトロワも顔色が良くない。彼女も短時間に魔力を使いすぎだ。土砂と泥の入り混じった地を駆ける、追っ手たちの足音はすぐ近くまで迫っていた。

 

「――刃向わずにただ逃げているだけならば、見逃してやったものを」

 

大剣を手にしたオブシウスの声がした。クーデターの首謀者がのうのうと、お前は姉の友人であり首領の友人ではなかったのか、という言葉をアルは呑み込んだ。きっとそんなことはコイツだって分かっている。

「…………それは誰に言ってるのかしら、オブシウス」

「そこの死にぞこないの“角なし”以外にですよ」

「あらそう。放っておいて頂戴、私はフリードとアル姉様と逃げるわ」

「そうですか。……でもそちらの彼は、あまりその気ではななさそうですね」

ふらつきながら立ち上がったフリードが、二人の前に立つとオブシウスを睨んで剣を向けた。言葉を交わさずとも分かる。アルとトロワ、二人だけでも逃がす気だ。それが癪に障ったのか、眼鏡の奥の黒い瞳が憎悪に揺れる。彼が手を振り翳すと、フリードへ向けて大剣が飛来してきた。回避も防御も間に合わない――アルは息を呑んで目を閉じた。

 

重い金属音が雨の中に響く。

目を開けたアルの目に飛び込んできたのは、胸を大剣に貫かれて崩れ落ちるトロワの姿だった。

 

驚いたのはアルだけではなかった。オブシウスは露骨に動揺をその顔に滲ませる。崩れ落ちるトロワ越しにオブシウスを見たであろうフリードが、背中越しでも分かるほどの憤怒の感情を燃え上がらせた。

フリードは僅かに腰を落とし、ぬかるんだ地を蹴った。背筋が凍るような殺気を振り撒いたその痩身に、傍の兵士達は竦んでいた。だが唯一、オブシウスだけがすぐに正気を取り戻した。屈んで地に手をついた次の刹那に、地に走った無数の亀裂から黒い針のような結晶が無数に突き出した――オブシウスの角と同じ黒曜だ。フリードは水鳥のような俊敏さで黒曜の上を飛び移りながら短刀を投擲し、オブシウスの頭上で剣を振りかざした。だが、再びせり上がった無数の黒曜に身体を貫かれ、その痩身を中空に投げ出した。血を雨の雫の中に巻き散らしながら、投げ出された身体は川へ落ちてゆく。

アルは一度トロワの躯を見、そして泳ぐのに邪魔になる杖を投げ出すと――迷いなくその後を追った。

 

 

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