燐光 <シーズン1>   作:るり子/janegoe19th

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phantom quartz

身体中が熱を帯びて痛みを訴えている。特に角が、焼きゴテを押し付けられているように灼熱し、心臓の鼓動の度に今まで感じたこともない程の激痛を齎していた。滑り落ちた汗が、寝台の上に滴り落ちて染みを作る。

 

「……おや、もう少し気を失っていて貰えると良かったんだけれども」

背中に怪我をしたせいかうつ伏せに寝かされていた。手をついて起き上がろうとしたが制された。何にせよ、そうするだけの力も入らない。自分の身体だというのに、うまく動いてくれない。それが屈辱でならなかった。

「……姫様、」

掠れた声でその名を呼ぶ。すると男の声が応えた。

「君の剣姫様は無事だよ。ここは山間の小さな村だ。今のところ、追っ手は来てないね」

この悠長な喋り方をする長身の鉱人は医者らしい。痛みと後悔に侵された思考でそう考えた。

「……お側にいなければ……姫様が、きっと……一人で……たった一人で……」

その先の言葉に詰まる。一人でも連れ出せ、と。あの美しい女王は言った。その選択を誰にも咎めさせはしない、と。だがシャーロックは後悔していた。誰も咎めてくれないのならば、自分がそうするまでだった。

 

――何故、全員を助けられなかった?

 

「止しなさい。ああ、これだから騎士って奴は……。ほら、治療をするよ。矢を抜くから腹を括って。いくよ」

腹を括る間も無く、左肩に突き刺さっていた矢が引き抜かれた。堪え切れなかった呻き声が喉の奥から漏れ出るが、叫び声を上げることはしなかった。目の前が一瞬、暗くなった。

「声を堪えなくていい。叫んだって別に構やしないよ。次のはさっきのより深いぞ」

沈黙を返す。この痛みなど、一人残された姫君の心の痛みに比べたら小さなものだ。主を差し置いて痛みに屈することなど、騎士の矜持が許さない。

「気持ちは分からないでもないなぁ。その心意気は買うよ、雄鹿君」

男はさも面白いようなものでも見つけた、と言わんばかりに悠然と微笑んだ。その微笑みに僅かに苛立ちを感じたが、激痛に思考が塗り潰されて何も考えられなくなった。

 

 

 

 

 

塗られた軟膏に鎮痛か鎮静成分でも入っていたのか、あるいは疲弊し切っているのか、痛みは多少ましになったものの身体が怠い。指一本動かせない程だ。深い眠りの中に沈んで行こうとする意識と身体を何とか動かして、シャーロックは目だけを天井から男へと向けた。

肩までの長さのくすんだ紅の髪。切れ長の銀色の瞳。耳の後ろから伸びる、岩の塊を細く乱雑な形に切り出したような角。何の疑いもなく鉱人だと思ったが――どうも違和感を覚えた。何が、とは言えない。強いて言うなら勘だ。

「あんた……」

「ああ、僕の角かい? そうだよお仲間だ。君は角も顔も男前だ、羨ましいな。僕のは石灰質でね、ちょっとばかし不恰好さ」

「鉱人じゃ、ないな……?」

男は答えずにただ笑った。その含みのある笑みを見たのを最後に、瞼を開けていられなくなって、視界が閉ざされ、意識が闇へ落ちていった。

 

 

 

 

 

浅い眠りから目覚めた時、扉が細く開いていることに気付いた。まだ廊下には明かりが灯っている。こんな状況だから、村の人は寝ずの番なのかもしれない。

 

細く開いた扉から、双子が覗いていた。

 

「どうしたの?」

双子は顔を見合わせた後に、何かを言いたげにこちらを見ていたが、言い出せずにいるようだ。おいで、と声をかければ、待っていたとばかりにベッドに潜り込んでくる。同じ顔だとばかり思っていたが、よく見れば緑の服の方が気丈そうな顔立ちで、赤い服の方は穏やかな顔立ちだ。今ははそのどちらも、不安と悲しみをその飴色の瞳に滲ませている。

「角のお兄ちゃんは?」

「お怪我してたの知ってるよ」

「お医者様がついているから、大丈夫よ。少し疲れてるのよ、休ませてあげて。角もまた生えてくるわ」

シャーロックのことを思い浮かべると、もうこれ以上痛むこともないと思っていた胸が、さらに強く痛んだ。治療の間は部屋から追い出されるように退出したが、扉のすぐ近くでずっと、再び部屋が開くまで待っていた。その間、微かに聞こえてくる彼の痛みに震える声を聞いていた。その痛みは自分を守る為に負ったものなのだ、私のせいだ、王女を守るための名誉の負傷なのだ、私のせいだ、彼は誇り高く戦ったのだ――私の為に、と心に刻み付けて二度と消えぬように、ユーディトは自分の腕に爪を食い込ませながら聞いていた。

 

やがて嵐のようにあらゆる激情が過ぎ去った後に、残された感情は静かな、それでいて激しい何かだった。

その感情の名を、ユーディトはまだ知らない。

 

「……お姉ちゃんは?」

赤い方が右袖を掴み、

「痛くないの?」

緑の方が左袖を掴んだ。村の人が用意してくれた白い寝間着は、飾り気のない意匠だったが森の中を歩き回り、疲弊したら身体を優しく包んでくれている。

「ええ。大丈夫よ」

「本当に?」

「――ええ。」

腕の中に二人を引き寄せた。心細いのはこの子供たちだけではない。名前も分からない感情に苛まれるユーディトも。たった一人戦い抜いて、力尽きて眠りについているシャーロックも。こんなにそばにいるのに。それを癒してくれるものはどこにもない。ただ孤独だけが、夜の深い闇よりも深くそこにあった。

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