燐光 <シーズン1>   作:るり子/janegoe19th

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7幕

「で、その後なんも無かったワケ?」

 

シャーロックは斧を振る手を止めた。

 

「………無かった。」

「そっか。旦那ってさ、そういうの……その、一生隠しておくタイプだと思った」

「俺は今も、あの人には隠してるつもりだ。あの人は……そういうの興味ないから。村では浮き足立った噂どころか、そういった噂の中で自分の名前が挙がっていても、知らないようだった。鉱人同士の風習も知らないんだろう。……俺はただ、自分の感情に決着をつけたかっただけだよ。応えて貰おうなんて考えてない」

「俺さ、旦那のそういうところ、割と好きだぜ」

「そうか」

「贈り物は喜んでくれたんだろ。それだけでも良かったじゃないか。ところでさ、魔道書の最適化の件なんだけど」

 

フィーアが譲ってくれたそれは驚く程手に馴染む。魔力を通せば魔道書と同様に応えてくれるとのことだ。構えを解いて、斧を肩に担いで向き直ると、彼はドナスタークの魔道書を両手で差し出した。

「最適化は完璧。さっすが俺いい仕事したわ~。あと、この間の写真できたから、魔道書に挟んであるよ。でさ、いくつか質問したいんだけど、いい?」

「俺が知ってることなら」

椅子に勧められ、壁に斧を立て掛けて置き、腰かけると、待ってましたとばかりお茶が淹れられて菓子まで出てきた。技術開発局の中はすっかり綺麗になり、こうやって来客をもてなせる空間が生み出された。いつまで続くか分からないが。どうも整理整頓は苦手のようで、机の上には紙束や本が積み上げられているところが既に点在していた。

「旦那はこれのこと、どこまで理解した? どういうモノなのか分かってる?」

「どういうモノって……『星の民』に伝わる古い魔道書のひとつだ。俺の一族は代々、それを解読しようと試みてきた。だが、俺の代までで解読出来たのは全体の二割、って言われてる。複雑すぎて解読がなかなか進まずにいたんだ。俺は解読の基礎を学び始めたばかりだったから、この魔道書を使いこなせてもいない」

「『星の民』はさ、天体の観測と、それを正確に表す為の算術に優れていたんだろう。旦那達のおかげで、エルツ大陸の数学と天文学は十年、いや、五十年早く進んだって言われてるぐらいだぜ」

 

その発展が、星の民を滅ぼすことになったのは皮肉としか言いようがない。

星の民にとって、空の星々は神聖なものだった。それ故に、観測技術と算術の発展によって、それが何なのか明かされていくことを、許さない者達がいた。そして彼らによって、殆どは損なわれてしまった。

 

星を見上げるあまり、その光によって肌を焼かれたのだ――と、そんな言い伝えがあった。

星は死んだ人々の魂が、生きる人々の道標となるために燃える光だった。実際は、肌の色は人種的特徴であり、星は気体の塊や岩塊で、魂の行き着く先は空から失われた。

発展は時に物語から夢を奪い、幻想を無に還していく。

……だが、それが何だと言うのだ。物語は語られ、紡がれ続け、祈りを止めることはきっと永遠に訪れない。そうであれば良かった。だがそうはならなかった。

彼らは炎と暴力で大半を破壊した。

 

「……このまま全てが失われていくのかな」

「このままならばな。いずれ砂に埋もれて誰も見つけられなくなる」

「なぁ、姫さんとサフィルスを奪還したら、ルベウスを解放しに行くんだろ。そうしたら、俺は調査チームを組んで『星の民』の自治区に行けないか提案する。三国から学者を集めてさ。彼らが遺したものを見つけたいんだ。――もし良かったらさ、旦那も一緒に行かないか? 」

 

信仰と発展は共存できる――変光星の輝きを眺めながら、そんな思いを抱いたのは随分と昔のことだ。もう、その時使っていた数式さえ思い出せない。

けれども――

 

「約束はできない。この戦いが終わるまで、俺が生きているとも限らないからな。でも――その時にもし俺がそこにいたら、その時は同行させて欲しい」

「……うん。待ってるぜ。現地コーディネイターさんよ」

 

フィーアは時々難しい言い回しを使う。気取りたい年頃なのか、それともその聡明さ故か。どちらもである気がした。何にせよ彼と話しているのは楽しい。弟ができたような気分だ。

二杯目のお茶を注ぎながら、「……でさ、こっちが本題なんだけど」とフィーアは話を振ってきた。先程のも充分、本題に相応しいような話題であったが。フィーアの瞳は真剣そのもので、少女めいた佇まいが鳴りを潜める程であった。

 

「この魔道書は雷の力を持っているだろう。雷っていうのは、今こそ原理が分かって自然現象という認識になったけど――昔は、そうじゃなかった」

「ああ。それらは得体の知れない、怪奇現象のひとつだった。人々はそれを恐れ、敬った。そういった畏敬の概念を魔道書にしたのが、この『ドナスターク』だ。そこまでは知っているよ」

「知ってるなら話は早いぜ。旦那さ、この魔道書に『対』になる存在があるとか、何か聞いてない? 最適化の最中に気付いたんだけど、この魔道書、別の『何か』が僅かに混線してるんだ。考えてみればさ、これだけ強力で価値のあるものがーーそう、女王様の宝剣ベトリアに並ぶくらいの逸品が、ただ一つ、存在理由もなしにあるなんて、不自然かと思って」

 

シャーロックは既に薄れつつある故郷の記憶を浚った。

 

「…………心当たりは無いことはない。もし、そうなのだとしたら――」

 

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