「皆無事か?」
「ああ、ユディス……! あんたも怪我してないかい?」
「お客様は?」
「大事ない。客人殿もここに。怪我人がいるのか?」
村は騒然としていた。話を聞けば、見張り台の清掃をしていた村人が矢で射られ、負傷したという。その時に複数の賊を見たらしい。村の者が警邏に当たっていた。その顔には戸惑いと恐怖が滲んでいる。無理もない、いつまた矢を射られるか、あるいは森の中から賊が飛びかかってくるかも分からないのだ。
「……警備の人を戻らせてくれ。皆は家に入って鍵をかけて、外に出ないように。私とユーリシュカで迎え撃つ」
「危険すぎる。麓の町まで行って助けを……」
「間に合わない。麓までどれくらいかかるか分かっているだろう。大丈夫、心配ない。意思の分からない野生の獣を相手するより容易いさ――ユーリシュカ!君は森で遊撃を頼む。村には一歩たりとも近づけるな」
「はっ!」
ユーリシュカは馬に飛び乗るとすぐさま駆けて行った。心配そうに村人達がこちらを見ている。
「……早く家の中へ。出来れば皆には見て欲しくないんだ。私が人を斬るところを」
掌が震えているのを隠すように強く握りしめた。これは、恐怖ではない。怒りだ。
梢が揺れた。薄汚れた衣装の端が見え隠れしている。ユーディトはそこに向かって剣を投擲した。「ギャッ」という濁った悲鳴と共に骸が落ちてくる。側に剣は転がっており、すぐに拾い上げて辺りに耳を澄ませた。
「――おい、なんだあの騎馬兵は!? あんな手練れがいるなんて聞いてねえ!」
「落ち着け、たった一騎だ。それより青い髪の女と金髪のガキだ!死んでてもいい、死体をあいつに見せる前に棄てるんじゃないぞ」
探す手間を省いてやることにした。剣を構え、地を蹴る。昼間でも薄暗い樹海の暗がりの中から飛び出してきたユーディトに、驚きで賊達が硬直する。斜め下から上に切り上げた剣先で腕を飛ばし、間髪入れずに踏み込み、心臓を貫いて絶命させた。
「ここにいるぞ!青髪の女だ――ヒッ!」
仲間に情報伝達をしようと声を上げた喉首を掴んで持ち上げ、地に叩き付ける。柄を手の中で回し、剣を逆手に持ち直すと、地にへばりついた男の心臓を狙って振り下ろす――が、遠くに風切り音を聞いて腕を止めた。二本飛んできた矢を叩き落とす。
「ユーディト様!」
シャルルの声がした。再び振り返れば男が起き上がり斧を手に取っていた。シャルルは息を大きく吸い、済んだ声で数小節の旋律を歌った。空気が震え、彼の声と共鳴するような複数の音が響き渡る。歌っているのはシャルル一人だというのに、まるで合唱隊がそこにいるかのようだ。男が呻いて斧を取り落とし耳を塞ぐ。その首を跳ね飛ばしながら、ユーディトは忠臣の名を呼んだ。
「ユーリシュカ!」
藪の中へ向かって手槍が投擲された。槍は肩を掠めたらしい、呻き声と共に射手の姿が現れる。接近して斬り捨てた。
「外に出ないよう言っただろう!」
「元はと言えば僕が原因なんです。黙って見ていられません!」
語気を強めに窘めたが、逆に言い返されてしまった。剣に付いた血を払いながら「……今の歌は?」と尋ねる。
「僕独自の魔法体系です。歌でさっきみたいに正気を失わせたり、皆さんを助けることが出来ます」
離れないようにシャルルに告げ、ユーディトは剣を肩に担いだ。
「……連中の会話を聞いた。山賊をけしかけたのは君を追って来た刺客だな。大事にならないうちに事を澄ませるつもりなんだろう。今なら山賊が村を一つ潰した、で話が通る。私と君の首に金をかけているようだ」
「どうされるんですか?」
「決まっている――誰一人として生かして帰さん。流された血は奴らの血で贖ってもらう」
足場の悪い森の中をよくここまで速く逃げられるものだ。やはり賊とは違う。こいつが大元だろう。
背後から蹄の音がする。ユーリシュカがすぐに追い越して行った。森に紛れ込むような深い緑の鎧の背に、銀髪が揺れている。馬を駆ったユーリシュカは、逃げる黒服の前に跳躍して躍り出た。振り下ろされた剣が、咄嗟に止まった男の鼻先を掠める程の近くに突き刺さる。
男はユーリシュカを見、そして追いついて挟み撃ちにしたユーディトとシャルルを見た。
ユーディトは剣を男の顎下に突き付ける。すると「待ってください!」とシャルルが言った。
「……忠義立てするほどの価値があると思っているのですか、貴方はあの国に」
「それが仕事だ」
「山賊を雇い、無関係の人々を傷付けるのが仕事ですか?」
まだ若い男であった。ユーディトと年の頃もそう変わらないように思えた。男は応えない。一度目を伏せ、息を吐くと、目を見開くと、向けられた宝剣を掴み、自らの喉に向かってその切っ先を走らせた。シャルルの白い顔と、ユーディトに向かって血飛沫がかかる。男は膝を折り、崩れ落ちて何度か血と空気の混じった断末魔の吐息を吐き出して、動かなくなった。
呆気ない幕切れであった。頬についた血を拭ったが、広がっただけかもしれない。乾いて貼り付くような血の感覚がした。
戻れば、村の者達は口々にユーディト達の心配をしてくれた。
どうしようもないことだった、と彼らは言った。誰一人として、人殺しと罵る者はいなかった。
だが――もう以前の自分として振る舞えそうにないと思った。彼らの為ならば血に染まっても構わないと、とっくの昔からそうしてきたというのに。きっと自分は、この村で穏やかに暮らす日々も悪くないとどこかで思っていたのだろう。でなければこんなに、虚しくて、悲しい筈がない。
答えは決まった。