榎本心霊調査事務所(修正版)   作:Amber bird

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第215話

第215話

 

 犬飼一族の試練で得た物……

 

 一ノ倉、悪食+黒い眷属多数。

 

 二ノ倉、僕には使っても効果の薄い指輪と結界札四枚。

 

 三ノ倉、僕には使えない大量の式の札。

 

 うーん、呪術的遺産の相続と言っても微妙な物ばかりだ。勿論、価値が高いのは分かるよ。でも自分が使えないのは意味が無い。

 使える努力をする前に価値を放棄するなって言われたら返す言葉も無いが、一から能力を開発するのは大変だ。

 今までの自分の除霊スタイルが崩れてしまう。悪食は世間体が悪いだけで有能だし、結界札は必要になるから頑張って学ばねばならない。

 

 術具の指輪と式の札は保留かな……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 戦利品の使い道を考えながら、式の札を集める。高価そうな丈夫な和紙に書かれた札は段ボール二箱にはなるだろう。

 だが製作者は蜘蛛が大好きだったんだな、半分は蜘蛛の式札だ。札の中心に化けるモノの名前が書かれている。

 蜘蛛・蛇・百足・蛙・蜂等々、昆虫が多いが数で攻めるには最適の連中だ。胡蝶曰く僕でも式札に霊力を込めれば、式として変化はする。

 だが、言う事を聞かせる事は出来ない。盗難防止・悪用禁止、製作者しか使えない何かを調べないと駄目らしい。

 知り合いには式使いは居ないから独学か……倉の中心に綺麗に式札を積み上げた。屋敷に行って段ボールか何かを貰おう。

 

 念の為、悪食を番として残し屋敷に向かう。

 

 僕が試練に挑む間は近寄るなと頼んでるので、本当に近くに誰も居ない。

 つまり万が一の時に助けは来ない。昨日案内された縁側に行くと漸く爺さんが現れた。軽く手を上げて挨拶をする。

 

「もう二ノ倉の試練を達成されたのですか?」

 

 少し驚いているが、一族300年の試練を半日で達成されては仕方ないか。この爺さんは屋敷で対応してくれる人だが、名前位は聞いた方が良いかな?

 

「ん、まぁね。爺さん段ボール無いかな?何でも良いんだけど二つ欲しいんだ。あとガムテープもね」

 

 短い付き合いだし名前を聞いて仲良くなっても別れ辛いか、僕が犬飼一族を廃業まで追い込んだんだし……爺さんの表情は穏やかだが、内心は恨んでいるとも限らない。

 

「段ボールにガムテープ?引っ越しみたいですな。有りますが、何か手伝いますかな?」

 

 良かった、有るのか……

 

「いや、手伝いは不要だよ。三ノ倉の前に車を回してくれる。今日は三ノ倉迄にして帰るからホテルまで送ってくれる?」

 

「三ノ倉ですと?榎本さん、まさか三ノ倉の試練まで達成されたのですか?」

 

 半日で二つは余計驚いたみたいだが、兎に角段ボールとガムテープを貰い三ノ倉に戻る。

 段ボールをガムテープで補強しながら式札を入れるが、二つともパンパンだ。持ち上げると一つ20㎏以上有りそうだな。

 

「悪食、念の為に倉の中を調べてくれるかな」

 

 四ノ倉の鍵と目に見える式札は拾い集めたが、暗いから見落としも有るかもしれない。

 暫く待つと悪食が式札を何枚か持って来た。やはり梁の上とかに有ったんだな。

 

「有難う、悪食。あれ?お前、頭の辺りが金色になってないか?」

 

 漆黒だった悪食の頭辺りが金色に染まっている。指でカリカリと擦るが、どうやら外殻が変色してるみたいだ……

 嬉しそうに触角をヒクヒク動かし、前脚で僕の指に触れる。

 

「何で、いきなり色が……」

 

 車のクラクションが鳴ったのを合図に悪食は僕の影に入っていった。段ボールを抱えて倉から出る。

 

「榎本さん、お待たせしました。何ですかな、箱の中身は?」

 

 送迎の爺さんがパジェロを三ノ倉の前に横付けし、運転席から降りてきた。

 

「分からないから持ち帰って調べます。本当に何なんだか……」

 

 言葉を濁して式札の存在を隠す。300年前の式札が大量に発見されたとなれば、業界は一寸した騒ぎになるだろう。

 清明さんみたいに前鬼後鬼とか式札召喚出来れば格好良いが、呼ぶのが蜘蛛とか百足じゃ気持ち悪い。

 ホテルに送って貰い直ぐにフロントで宅配の手配をする。自宅に送るが配達日を五日後の午前中に指定して、自分で受け取る様にすれば安心だ。

 暫くは配送センターで預かって貰えるから、結衣ちゃんしか居ない自宅に送らずにすむ。書籍、水濡禁止と指示しておけば更に安心だ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 荷物を送り一息ついた所で、五十嵐さんに送り込んだ悪食の眷属と視覚を共有する。

 肩に悪食を乗せて視覚共有と命令すれば、ぼんやりと視界が変わりやがて鮮明に見える。

 目をシバシバと閉じたり開いたりすると、漸く視界が定まった。まるっきり覗き魔だが、仕方ない。

 

 ホテルの部屋だな、見える範囲に人は居ない……広いな、ベッドが二つ奥に応接セットが見えるな。

 

「悪食、眷属をベッド脇のサイドテーブルに行かせてくれ。メモ用紙が有ればホテル名が分かる」

 

 視界が壁に沿って移動し、サイドテーブルまで跳んだ……見事に着地しメモ用紙を見る。

 

「若宮Resort Group 仙台ロイヤルホテルだな……一族のホテルを使うとは、簡単にバレるだろ?

いや、無理が利くから良いのかな……部屋番号を知りたい。悪食、眷属を出入口の扉の外へ」

 

 今度はローアングルで絨毯の上を走り、扉の下を潜って廊下に出た。扉をよじ登り部屋番号のプレートを見ると、1201号室か……

 

「悪食、視覚共有を切ってくれ」

 

 直ぐに視界が元に戻った。ベッドに倒れこむ様に仰向けになり、目と目の間を親指と人差し指で揉んで眼精疲労を和らげる。

 この視覚共有は思った以上に目に負担が掛かるな。疲労が半端無いレベルだ、目の奥もジンワリと鈍い痛みが有る。

 10分程休んだら大分楽になったので、五十嵐さんのお弁当の残りを食べようと重箱を開ける。

 

「ちょ、悪食、お前……」

 

 朝食べて半分残したお弁当は悪食に食べられてしまった。磨いたみたいにピカピカの重箱の中に、触角をヒクヒクと嬉しそうに動かす悪食が鎮座している。

 

「何だろう、五十嵐さんに対しての罪悪感が半端無い……式とは言えゴキブリに手作り弁当を食べさせてしまったからかな?」

 

 悪食は満足そうに体を振ると僕の影に飛び込んでいった……食べようと思っていたお弁当が無くなった為か、急にお腹が空いた。

 お昼は外に食べに行くかな……携帯電話と財布を持って仙台の街に繰り出す事にした。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 仙台ロイヤルホテルの場所をネットで調べたら歩いて行ける距離だったので、先に重箱を返す事にする。

 ホテルを出て国道添いに10分ほど歩くと目的のホテルが見えた。

 

「若宮リゾート……東日本を中心に全国に点在してるが、除霊の拠点の意味も有るのかな?亀宮さんは使わないけど……」

 

 入口にはドアマンが立っていて、僕を見ると一礼して扉を開けてくれる。

 中は典型的な豪華なホテルで、吹き抜けのロビー、フカフカの絨毯、豪華な応接セット……

 室内なのに噴水が有り人工の川になっていて、橋を渡るとフロントだ。フロントに近付き要件を言う。

 

「1201号室の五十嵐さんに荷物を持って来た。渡して欲しいのですが、お願い出来ますか?」

 

 若い女性が対応してくれたが、微かに顔が曇る。

 

「五十嵐様にでしょうか?」

 

「ええ、これを渡して欲しいのです」

 

 フロントのカウンターに風呂敷に包まれた重箱を置く。ソレを見て余計に顔をしかめられた……

 

「失礼ですが、お名前を伺っても宜しいでしょうか?」

 

 凄い警戒されている気がするし、左手がカウンターの下に伸びたのは非常通報装置でも押すつもりか?

 

「榎本です、亀宮一族の若宮のご隠居の下で雇われています」

 

「亀宮……若宮……榎本……様!はっ、はい失礼致しました。お荷物を預からさせて頂きます。今、支配人を呼びますので此方へ」

 

 凄い勢いで顔色が白から青に変わり、一呼吸置いて笑顔になると猛然と話し掛けられた。

 

「ささ、此方へ。今珈琲をお持ち致します」

 

 勢いに押されてロビーに併設された喫茶室に押し込められると対応してくれた女性は足早に行ってしまった……

 

「どうぞ、今支配人が来ますので暫くお待ち下さい」

 

「そんなにお気遣いなく……」

 

 高そうなカップと珈琲を入れているであろうポットごと運ばれてきた。若い女性だが、ホテルの制服を着ている。

 喫茶室の店員ではなさそうだ。恭しく珈琲がカップに注がれる。

 

「どうぞ、ミルクか砂糖は必要でしょうか?」

 

 カップを僕の手前まで差し出してくれるが、これが上から12番目の待遇か?

 

「えっと、砂糖を二つだけで……」

 

「賜りました、失礼いたします」

 

 此方も高そうなシュガーポットから角砂糖を二つカップに入れて掻き混ぜてくれる。

 

「どうぞ、何か御用が有りましたら、お声をお掛け下さい」

 

 そう言って壁際まで下がり立っている。

 

「何だかな……」

 

 珈琲に口を付けるが、味なんて分からない。待つ事数分、恰幅の良い壮年の男性が近付いてくる。

 

「大変お待たせ致しました。当ホテルの支配人、原口です。

五十嵐様にお届け物と伺いましたが、係員が大変失礼な対応を致しまして誠に申し訳御座いません。彼女に代わりましてお詫びをさせて頂きます」

 

 深々と頭を下げられた……

 

「いえ、僕の方こそすみません。変なお願いをしてしまいまして」

 

 変な筋肉質のオッサンが泊まり客でVIPな五十嵐さん達に届け物じゃ不審に思うのは仕方ない。

 

「とんでも御座いません。五十嵐様は出掛けられています。お待ちするなら、お部屋をご用意致しますが、如何なさいますか?」

 

 留守を知って来たからな、如何なさいますかと言われても……

 

「これで帰ります。珈琲ご馳走様でした、対応については気にしてませんから心配しないで下さい」

 

 そう言って立ち上がる。

 

『正明、自動書記女が近付いてくるぞ、一人だけだな。速度が速いのは車だからか?』

 

 探査範囲500mだと車なら数分で接近されてしまう。早く退散した方が良さそうだな。

 

「そうで御座いますか?何か五十嵐様に御伝言が有りましたら承ります」

 

 一刻を争うのに、親切な対応が悩ましい。帰るタイミングが掴めない。

 

「いえ、大丈夫です」

 

『いや、大丈夫じゃないぞ。今出たら鉢合わせだな』

 

 出入口を見れば黒塗りの高級車が横付けされていた。支配人が僕の視線を追う。

 

「ああ、五十嵐様がお帰りになられました。今お呼びしますので、此方でお待ち下さい。おい、五十嵐様の珈琲の準備を」

 

 スタスタと五十嵐さんに近付いて何やら耳打ちし、満面の笑顔の彼女が近付いて来た。

 

「すみません、わざわざ訪ねて下さったのにお待たせしてしまい……」

 

 笑顔で向かいのソファーに座られたら帰れないか。諦めてソファーに深く座り直す。

 妙に嬉しそうなのは、手作り弁当を渡したら訪ねてくれた事で努力が実ったと考えたのかな?確かに負い目は感じたけど……

 

「今日はお付きの二人は?」

 

 護衛と監視と言っていた嫌な感じのオッサン二人が居ないのが気になる。胡蝶さんの探査範囲にも居ないのだ。

 

「部屋に居ると思いますよ。私は明日のお弁当の仕込みをしに行ってましたから」

 

 ニッコリ微笑んでから珈琲を上品に飲んでいる。彼女も五十嵐家の直系ならお嬢様なのだろう。

 だが、さらりと仙台に滞在中は毎日お弁当を作ります的な事を言われたぞ。

 

「いえ、お弁当は大変美味しかったですが……」

 

「榎本さんは、今日は試練を行わなかったのですか?まだお昼過ぎですよ」ニッコリ微笑んで押して来た。

 

「ええ順調です。それで、お弁当ですが……」

 

「あの試練を順調なんて凄いですわ、お祝いを……何が良いかしら?」

 

 五十嵐巴……地味ながらも押しが強いぞ。

 

 負い目の有るお弁当について、どう穏便に断るかが問題だよね……

 


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