榎本心霊調査事務所(修正版)   作:Amber bird

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第216話

第216話

 

 亀宮一族が経営する高級ホテルのラウンジで向かい合って座る男女。片や筋肉質なオッサン、片や五十嵐家の次期当主の令嬢。

 名家旧家の令嬢だけあり、落ち着いて品の良い感じのワンピースを着ている。

 僕は何時もの仕事着だから向かい合って座ると違和感が半端無い。

 端目からも男女の関係には間違っても見られないだろう、チグハグな印象の二人。

 だが女性の方は男性と良い関係を作りたいと思っている。非常に面倒臭い事になりそうだ、主に派閥絡みで……

 

『胡蝶さん、彼女だけど取り巻きはホテルの部屋に居ると言ったよ。でも僕には存在を感じられないけど、結界とか張って籠もってるのかな?』

 

『まさかだな。単に出掛けているだけだろう。

存在を誤魔化す結界とは、その場が不自然になるから一定以上の術者には逆に分かるのだ。そこに何か居る、とな』

 

 護衛兼監視役が対象となる主を一人にして出掛けるとか、絶対何か企んでいると思う。

 奴等が仙台で昼間っから主を一人にして出掛ける用がマトモとは考え辛い。気を付けなければ駄目だな、念の為にホテルを変えるか……

 

「あの、何か話して下さい。黙りは辛いのですが……」

 

 しまった、五十嵐さんを放置して脳内会話に集中してしまった。不自然に沈黙されては、大人しそうな彼女は大層困っただろう。

 モジモジとして足を組み替えたり手を動かしたり、ハムスター(小動物)みたいな娘だな。咳払いをして誤魔化す。

 

「コホン……まぁその、アレです。お弁当ご馳走様でした。美味しかったですよ。

犬飼の爺さん連中が食事は用意してくれるので明日は大丈夫です」

 

 なし崩し的にお弁当を作って貰うのは良くない。僕としては彼女と適度な距離を置きたいんだ。

 前半は喜び後半はムーッと睨む五十嵐さんの視線が痛いので、目を逸らして珈琲を飲む。ミルク無し砂糖だけだと苦くて不味いな。

 

「僕としても餌付けされたとは思われたくないんですよ。気持ちは嬉しいのですが、分かりますよね?」

 

 自分と相手の立ち位置が分からない内は、余り親しくはしたくないんだ。そう言えば守備範囲外の女性と仲良くなるのは、大抵が餌付けだな。

 他に手段を考えないとマンネリでワンパターンか……

 

「せめて下準備をしている明日迄はお弁当を作らせて下さい、お願いします」

 

 縋る様な顔をされるのは辛い。

 良心にダイレクトにダメージが来るが、此方を注目しているホテル従業員も不思議な顔をしているのも針のむしろに座らされてる様で居辛い。

 

五十嵐家次期当主が懇願する相手だからな、どんな間柄だか気になるだろう。

 僕は亀宮さんと御隠居衆の次らしいから、彼女が五十嵐家の当主になるまでは僕より序列は下だろう。

 

「えっと、滞在してるホテルを変えるつもりなのです。ですから朝お弁当を届けて貰う訳にはいかないのです」

 

 苦しい言い訳だし、ホテルを変える事を教えては駄目なのに何を言ってるんだ僕は。自分の言った事だが呆れてしまうな。

 

「まぁ?それは私に知られたからですか?私、迷惑ですか?」

 

 両手を胸の前で握りしめて、うっすら涙が?その言い方は卑怯だぞ、女の涙は強力な……

 

「いえいえ、此処は敵地と同じですから用心の為にですよ。霊的遺産の相続の事を何故か知ってる連中が多い。

一族以外でも相続出来るなら僕もと言う奴も居るだろう。だから用心に越した事はないのです。

試練は残り五つですが、少しペースを早めます。最悪は現地で犬飼の屋敷にお世話になろうかと思ってますので……」

 

 まさか君のお供の行動が不審だから拠点を変えるとは言えない。君と距離を置きたいとも言えない。

 少し考えている彼女から視線を外し周りを確認する。

 ラウンジには客は僕等だけだが、カウンターに二人と壁に一人立って此方に注意を向けている。

 勿論、お客に不快な思いをさせないさり気なさで、このオッサンと娘さんのやり取りを聞いているのだろう。

 

「え?残り五つ?昨日一つを達成して、今日の午前中で二つ達成しないと数が合わないですわ……あの、榎本さん?」

 

 まるで信じられない物を見る様な目で僕を見る、少し傷付くんですけど?確かにもう普通の人間とは言えないけど、やはり異常扱いは堪えるな。

 

「ええ、今日は午前中で二つで止めました。明日からは午後も頑張る予定です。さて、長居し過ぎましたね。僕はこれで……」

 

「あっ、あの……」

 

 声を掛けられたが、そのまま立ち去る。後で気付いたが、珈琲代を払い忘れたな……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 申し訳なさそうに立ち去る榎本さんを見送る。私が疑いの目を向けてしまった事で、凄く傷付けてしまったみたい。

 一瞬だけど哀しそうな目をしていたわ……

 過去300年間誰一人達成出来なかった、亀宮様ですら無理だった試練を半日足らずで二つも?

 二日で三つも終わらせるなんて、私は榎本さんが怖い。得体の知れない力有る男が怖い、怖くて堪らないわ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「初音様、初音様、お願いです出て来て下さい」

 

 グニャリと空間が歪み、初音様が現れる。あの後、どうにも怖くなりホテルの部屋に戻り初音様を呼び出した。

 あの男と、今後どう接したら良いか分からないから……異質な男が怖くて堪らないから……

 

「なんだ巴、怯えているのか?あの男は敵対しなければ怖くはないぞ」

 

 初音様は気楽に言うが、怖いものは怖い。見た目と違い言葉使いは丁寧だが、行っている行動と結果が異常過ぎる。

 山中一族を衰退に追い込んだ事を考えても分かる、敵対すれば五十嵐一族も滅ぼされるわ。

 

「怖いものは怖いのです。初音様だって近付くのが怖いと言って離れているじゃ有りませんか!」

 

 初音様だって近付くのが怖いって言うのに私だけ行くのは嫌なんです。

 

「やれやれ、儂はあの男に憑いている存在の方が怖いのじゃよ。分かった、未来を予知してみようかの……」

 

 彼以上に彼に憑いている存在も怖いの?駄目、手足の震えが治まらない。自分の手で両肩を抱くようにして蹲る。

 何故、私は彼を頼りがいが有ると思わずに怖いと思うのだろうか?

 何故、敵意を向けられないのに怯えるのだろうか?

 

 それは彼の本質が異質だからだ、人とは掛け離れた力を持つ存在が怖いの。

 アレは、あの人は、私の理解を越える異常な存在なんだ。人間の本能が危険と告げている、関わっては駄目だと……

 初音様は空中で胡坐をかき、手を腹の前で合わせて意識を集中している。

 何かモゴモゴと唱えているが聞き取れないが、何時もの未来予知の方法。

 だけど長い、普段の倍以上の時間を掛けているわ……

 

「ふぅ、読み切れない、読み切れないぞ。あの男と五十嵐一族の未来が、霞が掛かった様にあやふやだが……巴」

 

 幽霊なのに額に薄らと汗をかき何本かの毛を張り付けている。

 

「何ですか、初音様?」

 

 何時もより真剣な表情と声……

 

「五十嵐家当主に連絡をするのだ。自動書記で未来を見たと……楠木と土井だが、このままなら死ぬぞ。

しかも配下の連中も含めてな。あのババアめ、あの男を利用して一族の膿を出すつもりじゃ。

巴、お前は榎本殿に自分は無関係だと思わせねば……先ずはババアの思惑を聞くのじゃ」

 

 死ぬ?楠木達が?誰が殺すの?榎本さんが?

 

「そんな……私達は危険なのですか?楠木も土井も一族の仲間なのですよ!

それを膿を出すなんて、殺すなんて……止めないと駄目じゃないですか!」

 

 幾ら嫌いな連中だからといって殺して良い訳は無い。次期当主としても配下の命は守らないと駄目だ!

 

 

「落ち着くのだ巴。楠木達が榎本殿に危害を加えに行って返り討ちされるのじゃ!

この未来予知に変化は無いぞ。返り討ちの後の未来があやふや過ぎる。

早くババアと連絡を取り、その後の対応を話し合うのじゃ……」

 

 そんな……取り入りたいと言った私達が……私達から榎本さんに……あの危険な男に……私達、五十嵐一族から襲い掛かるの?

 私達が彼を襲って返り討ちに遭うの?それをお祖母様は知っていて、私に彼と仲良くなれと言うの?

 

「巴……気をしっかり持つのだ。五十嵐一族を衰退させる訳にはいかぬ。今は早くババァと連絡を取って今後の事を相談するのじゃ!」

 

 何時に無く強い初音様の声に、ノロノロと携帯を取出しお祖母様へ連絡する。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

『どうしたんだい、巴。電話など珍しいじゃないか?』

 

 五十嵐本家に連絡しお祖母様に取り次いで貰った。携帯電話とか電子機器に強くないお祖母様は、本家に居る時は携帯電話の電源を入れてない時が多い。

 

「予知しました。楠木と土井が……彼等が榎本さんに襲い掛かり返り討ちに遭います。

その先の五十嵐一族の事が何も見えません、分からないのです。どうしたら良いですか?」

 

 初音様の言葉にアレンジを加えてお祖母様に報告する。

 

『何だって?あの二人を処分しても我が五十嵐一族が無くなっては意味が無いではないか!巴、楠木達は?』

 

 やはりお祖母様は二人を亡き者にするつもりだったんだ。急にお祖母様の声が遠くに聞こえだした……

 

『巴?聞いているの?二人は近くに居るの?』

 

「はい、私はホテルに居ますが、二人は居ません。朝から出掛けてます」

 

 私がお弁当の仕込みをしに出掛ける時は一緒だったが、今は居ない。榎本さんを襲うなら犬飼一族の所かしら?

 

『巴、榎本さんとは仲良くなれたのかい?榎本さんは犬飼一族の試練を達成しそうかい?』

 

 仲良く?あの人と?私には怖くて無理だわ……

 

「榎本さんは僅か二日で試練を三つ達成しました。犬飼一族の試練を試練とは思ってないかと……

仲良くは、未だなれてません。どちらかと言えば距離を置かれてます」

 

 置かれてますし置きたいです。でも、もし楠木達が既に榎本さんを襲い返り討ちに合ってたなら、敵対したと思われても言い返せないわ。

 

『既に三つだと?予想より遥かに早いな……これは気を付けないと本当に我が五十嵐一族が滅びるぞ。

巴、楠木達を止めるのだ。我々も其方に向かう』

 

「止めると言っても……連絡が取れないのです。

榎本さんに我々の仲間が襲いに行きますとも言えないですし、どうすれば良いのですか?」

 

 まさか楠木と土井が襲いに行きます、でも五十嵐とは無関係ですとは言えない。

 彼にとっては同罪だろう、今更違いますと言っても信じてくれないわ。

 

『兎に角だ、彼等と連絡を取り止めさせろ。自動書記で結果が出たとな。少なくとも儂が行く迄は抑えておけ。直ぐに向かう』

 

 そう言うと電話を切られた。兎に角、言われた通りに彼等に連絡を……ホテルの部屋は内線電話で他の部屋と直接話せる。

 先ずはホテル備え付けの内線電話で連絡するが、10回コールしても出ない。

 次に楠木の携帯に電話するが、圏外か電源が入っていないと案内が……土井も同じ、連絡が付かない。

 現代では直ぐに個人と連絡が取れるのだが、所詮は携帯電話頼り。相手が圏外だったり電源を切っていれば無理。

 五十嵐家の幹部連中は仕事の際に緊急連絡用に衛星電話を持たされる。

 除霊とは都市付近だけじゃないからだが、室内での自動書記が主な私は持ってないが彼等が持っている衛星電話に連絡しても繋がらない。

 つまり意図的に私からの連絡には出ないつもり。ああ、榎本さんが用心の為にホテルを変えると言ったのは正解だわ。

 私達なんかよりよっぽど先を見通している、つまり最初から信用されてなかった。

 

 私の努力は実らなかった。

 

 それが間違いじゃないから心が締め付けられる程苦しく悲しい。でも今は五十嵐一族の為にも暴走した二人を止めなければ。

 先ずは榎本さんの泊まっているホテルに行ってみましょう。

 


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