榎本心霊調査事務所(修正版)   作:Amber bird

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第220話

第220話

 

 五ノ倉に封印されていた妖(あやかし)が五十嵐一族の暴走した二人の精気を吸って復活した。

 僅かな会話から犬飼一族の末裔と何かをするらしい。だが大婆様は亡くなり現当主は悪食に喰われた。

 犬飼一族に連なるのは小笠原母娘だけだが、奴と接触させても良いのか?

 

「おお……居るではないか……犬飼の血筋が!」

 

 僕には反応出来ないスピードで右腕を伸ばし、置物と化していた爺さんの顔を掴む。

 

「む、むむむ。薄い、血が薄いぞ!これでは我を縛る契約を解除出来ぬ」

 

 有罪決定!

 

 コイツは自分を縛る契約解除の為に犬飼一族の血を求めている。試しに右手に持つ拳銃で奴を撃つ!

 距離は8m、胴体に六発全弾命中したがダメージは少なそうだな。数歩よろけただけだが、爺さんは離した。咳き込んでいるが生きてはいる。

 

「コイツの相手は僕がする!五十嵐さん達は離れろ!」

 

 弾の切れた拳銃を投げ捨て、腰に差していた特殊警棒を引き抜く。軽く振ればシャキンとした金属音と共に全長70㎝艶消し黒色の相棒が姿を現す。

 

『胡蝶さん、どうしよう?』

 

『ふむ、伸びる腕は厄介だが掴めば喰える。我との相性は良いな、ただの贄でしかない』

 

 頼り甲斐の有る暖かいお言葉を貰った。

 

「クハハハハ!笑わせるな人間、お前も食ってやろう」

 

 テンプレな台詞を貰ったが、コイツが封印されていた理由ってなんだ?何故、霊的遺産の詰まった倉に居るんだろう?

 いや、今は考えるな!

 

「たかが贄の分際で笑わせんな!」

 

 伸ばして来た腕を右手に持つ警棒で払う。奴は鞭の様に腕をしならせないと伸ばせないみたいなので攻撃が予測し易い。

 腕を振り上げて、振り下ろす時に肘から先が伸びるんだ。だが伸びた腕もしなるから中のとう骨とか尺骨とかがどうなってるのか疑問だな。

 

『正明、余計な事は考えるな!』

 

『む、すいません。人体の神秘について考えてしまいました。いや妖(あやかし)のか……』

 

 片手じゃ不利と思ったのか両手を伸ばして来た。

 特殊警棒では片方しか払えず、もう片方の腕が僕の首を絞めるが、鍛えに鍛えた筋肉の鎧を纏った太い首だ。簡単には掴めないだろ?

 

「捕まえた!」

 

 左手で掴んだ瞬間、奴の腕が干からびた。干からびながら本体に伸びていくが、奴は自分で捕まれていた腕を手刀で切り離す。中々の判断と反応だな。

 

「きっ貴様、何者だ!俺が食われるだと?」

 

 肩からバッサリ切り離したが、出血もないし切断面も赤黒いだけで骨が見えない。

 

「「助太刀します!」」

 

 僕の両脇に並ぶのは五十嵐一族の精鋭なんだろう。東海林さんだっけ?が懐から御札の束を取出し空中にバラ撒く。

 半紙で出来た梵字の書かれた御札が空中に広がって、奴に向かって飛んで行く。

 

「おお、御札ファンネル!凄いな、初めて見た」

 

 重力を無視して奴に飛んで行き身体中に貼り付く。全ての御札が貼り付いた後、御札が燃え上がった。

 青い炎に包まれたが、不意に炎は消えたぞ。奴にダメージは無さそうだが、かなり怒ってる?

 

「お前、陰陽師か?嫌な事を思い出させやがって!」

 

 無事な左腕を伸ばしてくるが、特殊警棒で払う。

 

「舐めんな、糞がぁ!」

 

 自ら切り離した腕を再生しやがったぞ。切断面から伸びた赤黒い肉の束が絡み合い新しい腕を作り出した。

 

「へー……自己再生出来るんだ、凄い便利だな」

 

 蜥蜴の尻尾みたいで便利な能力だ。だが僕にとっては有り難い、兎に角掴めば良いのだから。

 

「糞がぁ!女から先に死にやがれ!」

 

 両手を振り上げて、恨み言を言って振り下ろす。奴の両手は僕の両側の女性に向かい、僕は奴に向かって走り出す。

 特殊警棒を奴の顔に投げ付け、背中に隠し持つ大型のナイフを抜いて伸びた両手を切り離した!

 特殊警棒は顔を横に傾げる事で交わしたが、真っ直ぐ心臓に突き出されたナイフは躱せない。深々と突き刺した後で奴の顔を掴む。

 

「ま、まま待て、待ってくれ。誓う、お前の剣となり盾となり、てっ敵を倒す!だから……」

 

 残念、小笠原母娘の安全の為にも悪いが倒しておく!

 

「貴様に慈悲は無い」

 

「ちょ、おま……ウギャー!」

 

 メキョメキョと嫌な音を立てながら奴は胡蝶に食べられた。

 

『ふむ、マァマァだな。だが久し振りの妖(あやかし)は旨かった。最近は怨霊やら餓鬼やら不味いモノばかりだったぞ』

 

『この試練が終わったら古戦場巡りの約束だろ?奴は倒したけど、五ノ倉に入るから宜しくね』

 

 振り返って見ると悶絶していた男達は這いずって逃げ出し犬飼の爺さんズは座り込んでいる。

 まぁ身内に裏切り者が居ると言われたからな、茫然自失も仕方ないか……五十嵐巴さんはぎこちない笑みを浮かべ、老婆と熟女は僕を警戒している。

 

「僕は五ノ倉の中を調べますから、皆さんは離れて下さい。五十嵐巴さん、後は宜しくお願いします。

その這いずってる連中と、犬飼一族の裏切り者は捕まえて下さいね」

 

「はい、分かりました。御武運を……」

 

 ペコリと頭を下げられた。開け放たれた観音開きの扉の前に立って中の様子を伺う。

 奥に恒例の文机が鎮座しているが、多分六ノ倉の鍵だろう。一歩だけ倉の中に入り悪食に調査を頼む。

 外の連中からは見えないが、僕の足元から沢山のゴキブリが倉の中に流れ込む。

 

 暫く待つが何も無い様だ……文机まで近付くと六ノ倉の鍵と割れた櫛が置いてあった。

 

「櫛?だよな、何故割れてるのかな?」

 

『この櫛が奴との契約の媒体だな。奴が倒れたので媒体たる櫛も割れたのだ。

多分だが正当な犬飼の後継者なら、奴を打ち負かした後に使役出来たのかも知れん。まぁ喰った後だから本当に後の祭りか……』

 

 胡蝶さん、アイツは最初から殺す気満々で試練の内容とか説明する気が無かったですよ。

 試練が杜撰過ぎるんだよな、もしかしたら言い伝えとか古文書とか有るのかも知れないが、倒したら使役霊候補だったとかさ。

 もしかして試練って本当に戦って力の底上げをする敵を用意して倒せばご褒美か?

 

 まさかな……苦笑いを浮かべて櫛と鍵を取って外に出る。アレ?未だ全員居ますね……

 

「僕は六ノ倉の試練を受けに行きますが、手の内を見せたくないので倉から離れて貰えますか?」

 

「榎本さん、人が二人も死んだんですよ。何を平然としてるんですか?」

 

「そうです。一緒に対策を練らないと大事になります」

 

 熟女二人が僕を非難しているが、何だかな……婆さんは黙りで五十嵐巴さんは慌てている。

 

「最初から彼等が死ぬのは貴女方の想定の内でしょ?本来なら僕に返り討ちに遭うのが理想だった。

彼等は組織には不要で、傷付けられれば僕に負い目を感じさせられる。

だが今回は違法な拳銃まで使って脅迫、ましてや他の霊能力者の一族の本拠地に不法侵入。

かの一族の遺産を勝手に強奪しようとして返り討ち。そして妖(あやかし)に殺された。

で?大変でしょうけど僕が何をすれば?警察呼びましょうか?不審死を遂げた二人は拳銃強盗です、と証言すれば良いですか?」

 

 正論をかざせば殺人事件だから警察に委ねる問題だ。

 

「いや、その……しかし……」

 

「それは意地の悪い言葉ですよ」

 

 表沙汰にしたくない、でも被害者も隠蔽工作に巻き込みたい。そんな感じかな?

 

「五十嵐の御隠居様」

 

「何かな?」

 

 この中の最高権力者と話をつけないと面倒だけが降り掛かってくる。だが未来予知が不気味だ、僕の考えや対応を見透かしていれば全ては茶番劇だからな。

 五十嵐巴さんを見れば慌てては居るが悪意や申し訳なさは無い、つまり罠は無いと考えて良いと思う。

 アレだけ一族に裏切られてピエロを演じさせられたのに、僕の秘密を未来予知で知って婆さんに教えていれば、もっと違う反応が有る筈だ。

 

「最初から殺される予定だった連中の隠蔽工作の準備は出来てるでしょ?被害者の僕を巻き込みたいのは分かるが、僕は公にしても構わない。

亀宮さんが僕と五十嵐一族を天秤に掛けて、どっちが傾くかに賭けましょうか?下らない交渉は五十嵐巴さんの努力を無駄にしますよ。

はっきり言いましょう、貴方達は敵一歩手前です。五十嵐巴さんに配慮するだけの為に我慢しています。

保身だけを考えるなら、僕は亀宮さんを押し倒すだけで良い。または伊集院や加茂宮を頼っても良い。当然、対亀宮の急先鋒に立たされるが……」

 

 皺くちゃな糸みたいな目を見開いた。まさか個人が五十嵐一族に強く出るとは思わなかっただろう。

 今までの対応は比較的に穏便に済ませていた。そんな僕が、あからさまな脅しを掛けるとは思わなかっただろう。

 確かに僕には守るべき人が多い。

 本来は対組織に個人が強気の突っ跳ねは、彼女達をも危険に巻き込んでしまうのたが……下手に出ても穏便に済ませても結果は一緒だ。

 

「もう結構です。重ねてお詫び致します。今回の件は我々だけで対処し榎本さんに迷惑は掛けません」

 

 言質を取ったが、もう一押し念には念を入れておくか……

 

「僕と僕の周りの人達に害を為すなら、分かりますよね?あの無様に地を這う連中にも徹底しておいて下さい、僕等には構うなと。

彼等の毛髪は採取したし貴女達も直接見る事が出来た。もし僕等に何か有れば問答無用で呪殺します」

 

『胡蝶さん、霊力を婆さんと熟女達と寝転んでる男達に叩き付けて!』

 

『ヤレヤレ、この場で皆殺しにすれば楽なのに面倒な事だな』

 

 巨大なプレッシャーに引き攣る女性陣と更にピクピクと痙攣してる男達。

 

「あの、榎本さん?」

 

 プレッシャーを当てられてない五十嵐巴さんが、おずおずと近付いてくる。彼女は殆ど被害者だからな、一族繁栄のダシに使われた。

 でも今回の件の詳細は未来予知で分からなかったのか?

 

「何ですか、五十嵐巴さん?」

 

 若干引き気味だが、この中では彼女が僕と上手く付き合う様にしなければならない、五十嵐一族の為に。

 だから嫌々でも頑張るんだろうな。

 

「呼び方ですが、巴と呼んで下さい。フルネームでは恥ずかしいですわ」

 

 ウッと返答に詰まる。前も思ったが彼女は大人しそうな容姿だが、意外に押しが強い。

 だが亀宮さんも桜岡さんも名字で呼んでるのに、彼女だけ名前を呼ぶのは……あれ?阿狐ちゃんや一子様は下の名前だ。

 いや阿狐ちゃんは伊集院さんと呼んでたっけ?

 

「それは無理。では僕は六ノ倉に行くから、後は宜しくね」

 

 軽く手を振り多分だがボーナスステージだろう六ノ倉に向かう。残り三つ頑張ろう!

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「お婆様、もしもの時の準備とは?あれだけ私がお願いしたのに彼等を亡き者にする予定だったのですね?」

 

 榎本さんが撃ち終わり捨てたピストルを拾う。彼の指紋が付いていたら要らぬ誤解を受けるので丁寧にハンカチで拭き取る。

 

「いやはや殺されるかと思ったぞ。何だ、あの霊力の凄さは……成る程、亀様が懐くわけじゃな。

伝承によれば亀宮様の番いは亀様に認められた者。つまり亀様より強い者か……」

 

「亀様よりですか?つまり我々とは次元が違うのですね……お婆様、先ずは犬飼の方々と話し合いを。皆さん此方に集まってますわ」

 

 犬飼一族の方々は我々亀宮と同じ御隠居衆がいらっしゃるのかしら?全員が高齢の方々ですわ。

 先ずは此方も謝罪と補償よね、一族から内通者が出たとはいえ私達が或いは榎本さんが来たからとか言いだすかも知れないし……

 此処は榎本さんに迷惑が掛からない様に円満解決しなきゃ!ノシノシと次の試練に向かう彼の背中を見て思う。

 

 やっぱり怖い、その存在が異質……亀宮様も同等の異能力者なのに比較にならない程怖い。

 

 理性では敵対しなければ有能なパートナーと分かってても本能が畏怖の対象と感じてしまう。

 

『一人になったら初音様と相談しよう。どうしたら榎本さんと良き関係を築けるのかを……』


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