六ノ倉まで辿り着いた。
試練(悪食)・ご褒美(指輪)・試練(式神符)・ご褒美(扇子)・試練(妖)と続いたからご褒美だろう。
念の為、胡蝶に内外の警戒を頼んでから鍵を開ける。五十嵐一族も犬飼一族も、こうなってはイマイチ信用に欠けるからな。
ガチャリと重たい閂が抜けて錠前が床に落ちる。そして重たい観音開きの扉を少しだけ開けて中の様子を探るのだが……
『ふむ、霊的な罠は何もないな。今回は内側に御札が貼られているが前回とは種類が違うみたいだな』
新しい御札か、調べれば性能や価値が分かるだろうか?あの婆さんお付きのオバサンが御札をファンネルみたいに飛ばしてた。
お詫びに教えを請うか?今回集めた御札は見せずに自分で調べたいけど、流石に独学は無理だから初歩は誰かに教えて貰いたい。
最初から全て独学は無理だ!
『そうだな、我が覚えるから直ぐに不要な師となるがな』
胡蝶が生徒なら直ぐに教わる事も無くなるか……僕だけなら劣等生間違い無いけどね。念の為、更に悪食の眷属を倉の中に入れる。
自分の足元の影から大量の黒い不快昆虫が湧き出す様は他人には見せられないな……どんな徒名(あだな)が付けられるか分かったモンじゃないぜ。
暫く待つと反応が有ったので視界を共有するが、当たり前だが真っ暗だ。
隙間からマグライトで倉の中を照らすと視界も明るくなった。暫し場所を調整する為にマグライトを上下左右に動かす。
漸く良い場所を照らせたのか、目を凝らして見ると弓だ……和弓が引き絞った状態で見える。
扉を完全に開けると仕掛けが作動し矢が飛んでくるのか?滑車と荒縄も見えるが、良く劣化せずに弓を引き絞った状態で残ってたよね。
でも何故、六ノ倉で殺傷能力の有る罠を仕掛けたんだ?共有した視界を操作しグルリと見回せば仕掛けられ引き絞った状態の弓は三ヶ所、他には罠は無さそうだ。
『む、ヤジリに何か付いてるな……』
悪食を通して眷属を矢の先端に行かせる。
『胡蝶さん何だろ?毒の類かな、既に水分が飛んでカピカピ状態だけど……黄色いね』
蜂蜜と紙粘土を混ぜて固めた様な感じだ。
『ふむ、今回は我が調べてこようぞ。何か気になるのだ……』
そう言ってモノトーンの流動体となり倉の中に入り込んでしまう。そして瞬く間に眷属と共有している視界に入り込む。
人型になると引き絞った状態の弓から器用に矢だけを外す。その際にビュンって風を切り裂く弦の音が聞こえてきた様な気がした。
『もう大丈夫だ、入って来い』
『有り難う、胡蝶さん』
念の為に体を扉の影に隠しながら全開にする。中に入ると何時もの文机が有り、上には七の倉の鍵と折り畳まれた手紙かな?
それと三角に折った和紙の上に翡翠の勾玉が数個置いてある。胡蝶さん矢の先端を調べていたが、飽きたのか飲み込んでしまった!
上を向いて口を開けて矢を飲み込む姿は、奇人変人コーナーの出演者みたいだ。
最近は全裸じゃなくなったので一安心、古代中国のお姫様みたいな衣装か巫女服のどちらかが多い。
「えげつない毒だな……霊的な罠では無かったが、当たれば死ぬぞ。犬飼一族の先祖は何を考えて試練と言う倉を造ったのだ?」
食べたから矢の毒の成分が分かったのかな?
「あの五ノ倉の妖も鍵を使い開けたにも関わらず最初から殺しに来たからな。
普通試練なら『俺に勝てば使役霊となろう!』とか前振りが有ると思う。コレを用意した先祖の目的が分からないね?」
先祖が子孫に残すには不可解な部分が多い、多過ぎるだろう。
「その秘密は手紙に書かれているかもしれないな。ふむ……成る程……」
暫く手紙を読んでいた胡蝶さんが興味を無くした様に文机の上に投げ捨てた。おぃおぃ、一応犬飼一族のご先祖様の手紙だろ?
「正明、この試練だが本番は次の二つの倉らしいぞ。今までのは篩(ふるい)に掛けられたのだ。
この手紙には『我が子孫よ、本当の試練はこの先だ。
五ノ倉の妖で苦戦したのなら諦めろ、この先に挑めば死ぬ事になるだろう』みたいな事が書かれている。
思えば一族の秘宝が、あんなショボい物とは考えられないからな」
確かに指輪に扇子は霊具としては微妙だが、悪食は有能だぞ。いや、悪食も一番最初の篩(ふるい)かも知れないな。
だから五ノ倉の妖は最初から犬飼の血筋を殺しにきたのか……犬飼一族の誰かが倉に入ったら、その者を襲え。
その血がお前を縛る契約を破棄するだろう的な?
「時代の違いか考え方が違うのか、より強い子孫を残す為の手段にしては狂ってると思うな。
これじゃ自分の子供達を蟲毒に組み込んで、殺し合わせる先代加茂宮の当主と変わらない」
腹違いの我が子達を共食いさせる考えが異常だろ!
「名を継ぐとは簡単ではないのだ、正明。我には理解出来るぞ、我との盟約を思い出させる為に……」
両親と爺さんを殺した、と言わせない為に胡蝶の口に人差し指を当てる。
「もう済んだ事だ、済んだ事だよ。さて、残り二つが本番らしいが受けるかい?」
そのまま胡蝶を抱き締める。魂のレベルで交じり始めたのに肉体は分離したままってのも不思議だ。
もっとも胡蝶にとって今抱き締めている肉体は仮初めのモノらしいがね。
「む、そうか……そうだな。勿論残り二つの試練は受けるぞ。我と正明の力の底上げにはなるだろう。なに大丈夫だ、お前は我が必ず守るからな」
しんみりとした雰囲気になってしまったな。両親と爺さんの件は自分の中で折り合いは付いたので蒸し返す必要はないんだ。
僕は既に胡蝶と交じり合っているのだから、今更なんだよな。
五分程抱き締めていたが、仄かに香る髪の匂いとか体臭とかでクラクラしてきたから身体を離した。
危うく十八禁のノクターン直行になる所だったぜ、反省。
「正明、この勾玉だが面白い性質を持ってるぞ。霊力を雷に変える事が出来そうだな」
僕の気持ちなど関係無く剥がした御札と勾玉を調べていた胡蝶が、何かを発見したみたいだ。
でも霊力って雷に変換出来るモノなのか?でも何処かで聞いた事が有るぞ、有名な話だった様な……
「正明、この三つの勾玉をこう並べると見覚えは無いか?」
文机の上の和紙に勾玉を並べて僕に見せる。
「ん?ああ太鼓に描かれる巴紋と似ているね」
確かに雷神様の背中に背負ってる太鼓の模様に似ている。
「そうだ、本来太鼓に描かている巴紋とは雷を表しているのだ。
頭と呼ばれている丸い部分が打点で、叩く事によって発生した轟音(雷)が飛んでいく方向が尾なのだよ。つまり、この勾玉を三つ並べて霊力を流すと……」
胡蝶の掌に乗せた勾玉がバチバチとスパークした!
「つまり自家製スタンガンみたいな物か……でも霊に電気って通用するのかな?これも微妙なお宝だぞ、使い道が対人のみって」
勾玉を弄りながら黙って考える胡蝶さんを見詰める……
「一応調べて不要なら我が食らうぞ、少しは力の足しになろう。だが手袋に仕込めば隠し武器になるぞ、込める霊力の量で威力が増減する」
成る程、現代のお金で買えるスタンガンと変わらない能力なら食べて力の底上げをした方が良いかもな。
だけど僕の除霊スタイルが変わるのか、いや余り変わらないのか?右手は勾玉の力で電撃、左手は胡蝶の力で吸引か……
ザ・ハンドとか言わないと駄目かも?
胡蝶は曰く品とかを食べるとパワーアップするし、彼女のパワーアップは交じり合ってる僕にも恩恵が有る。
恥ずかしい徒名(あだな)が付きそうなら胡蝶に食べて貰いましょうね?
◇◇◇◇◇◇
六ノ倉を出ると太陽が真上に近かった、思った以上に時間が経っていたんだな。
空腹具合から11時過ぎだろうか?見回すと誰も居ないが知らない車が四台も増えている。
全部千葉ナンバーって事は五十嵐一族の関係者で、事後処理部隊って事か……レガシィにシーマ、それにエスティマが二台ね。
死体を運んで処理する部隊だと思うが、結構な人数が来てるのだろう。
犬飼一族との交渉や生き残った連中の対処とか忙しいだろうし……
「昼飯、どうしようかな?今は犬飼の爺さん達も忙しそうだし、一旦麓まで戻ろうか……」
『ふむ、空腹だと正明のテンションが下がるし一旦麓まで戻るのも止む無しか……』
どちらにしても一声掛けておかないと問題になりそうなので、母屋の方に顔を出しておくか。
戦利品の勾玉と割れた櫛、それに剥がした御札をポケットに突っ込む。
御札は折らずにジップロックに入れて勾玉は各々ハンカチで包んだ、櫛はそのままだ!
手入れのされた庭を通ると立派な和風建築に辿り着く。じっくり眺めた事は無かったが、ここも300年の歴史を持つ古(いにしえ)の霊能一族なんだよな。
山中故に戦災も逃れたのだろう屋敷に倉は建設当時から手を加えた場所は少ない、窓位だろう。
庭から玄関口に回り引き戸の玄関扉を開けて家の中に声を掛ける。
「すみませーん、誰かいますかー?」
「はーい、あら榎本さん。六ノ倉の試練は終わりですか?」
何故か五十嵐巴さんが廊下の奥から出て来た。それに陰陽師の……誰だっけ?
名前を聞いた記憶が無いオバサンも後ろに控えているが護衛か?
「ええ、残り二つの試練に挑む前に早い昼食を食べに一旦麓まで戻ります。一応お知らせしておかないと心配するかと思いまして……」
途中何軒かファミレスや個人経営っぽい中華食堂が有った、ラーメンに餃子にライス大だな。
「もう六ノ倉の試練をですか?その……いえ、何でもないです、お疲れ様でした」
凄く微妙な顔をされたが、彼女達は五ノ倉みたいな試練が六ノ倉にも有ると考えているのだろう。
実際はボーナスステージみたいなモノだったけどね。
「榎本さん、そのポケットから覗いているビニール袋の中身ですが……微弱な力を感じますが御札でしょうか?」
「東海林さん、何を言いだすのですか!」
陰陽師は東海林さんって言うのか。でも御札の存在を気配で感じられるとは凄いな、流石は陰陽師、自分の武器には敏感なのか……
「はい、そうです。では一時間半位で戻れると思いますので」
いずれ教えを請いたいが、今はこの御札の存在を知られたくはない。
効果は分からないけど300年も前の御札だし、現代に伝わってない技術かも知れない。
実際に納められていた指輪や扇子等の宝より、それを守る為の御札の方が価値が高そうとは皮肉だよね。
「それは……試練で手に入れた物では有りませんか?
すみません、詮索するつもりは無かったのですが、榎本さんは愛染明王の御札を使われていた筈です。
ですが、その御札から感じる気配は違います。私でも知らない術の構成を感じます」
目がね、ギラギラして此方を掴み掛かる様に前屈みになっている。彼女は知識を貪欲に求めるマッドなタイプかも知れないが……
「何故そう思うんですか?正直僕には違いが分かりません」
カマを掛けられているのかも知れない、なんたって未来を予知する一族らしいし、結果を知って誘導している可能性も有る。
「その御札は効力が常時発動型です。だから分かるんですよ。しかも継年劣化を緩和させるタイプと思います。
同種の御札も出回ってますが、その構成は私でも見た事が無いです」
「東海林さん、もうその辺で……榎本さん、分かりました。ゆっくり外食をしてきて下さい」
五十嵐巴さんの取り成しで何とか諦めたみたいだが、犬飼一族の遺産の中に昔の護符や御札が有ったと知られたな。
その筋の連中から何らかの接触か交渉が有りそうだな、面倒事が増える一方だ。会釈して玄関を出ようとすると婆さんから声を掛けられた。
「巴よ、榎本さんと一緒に食事をしてくるが良い。東海林、護衛を頼む。
榎本さん、申し訳ないですが巴には未だ見せたくない裏の事後処理ですので暫くの間、巴をお願いします」