JR仙台駅のホームで東北新幹線を待つ、平日の為か早朝でもスーツ姿のサラリーマンが多い。
私服で体の大きい僕は嫌でも目立つが仕方ない、現場用の仕事着ではないが黒で纏めた服装は威圧感が有ると五十嵐さんに言われた。
昨夜の懇親会だが、結衣ちゃんが知り合いの葬儀と思い気を利かせて礼服を持たせてくれたのでネクタイだけ買って行ったのだが……
見事に先方は引いていた。失礼な話だが、その筋の方だと誤解されたみたいだ。
五十嵐巴さんの事は五十嵐さんと呼ぶ事にした、当主になるのだから問題無いだろう。
その時に、凄く申し訳なさそうに正直自分が未だ少し怖いと教えてくれた。
若干の男性恐怖症の彼女からすれば、厳つい僕は最も苦手なタイプだろう。
それなのに色々と友好の為に動いてくれたとなると、彼女の努力は認めなければならない。
あの信用ならない御隠居衆の中で僕に友好的なメンバーが出来たと思えば、今回の騒動もメリットは有った事になる。
暫く待っていると新幹線が到着するとアナウンスが入り携帯電話やカメラを構えた撮り鉄達がホームの先端に群がり線路上に手を突き出して撮影を始めた。
僕も鉄道は好きだが、危険な行為は控えるべきだと思うぞ。前に雑誌で読んだが鉄道ファンは鉄道会社に殆ど貢献してないそうだ……
旅客運輸業は一部ファンより大多数の一般乗客が大切で、最近のマナーの悪い鉄道ファンには困ってるそうだ。
一部の悪質な連中の為に大多数の良心的な鉄道ファンが被害を被るのは何とも言えない悲しさが有る。
「9号車のA席、窓側だな……」
荷物を上の棚に収納し座席に座る、少しだけ背もたれを後ろに倒す。
流れる様に動き出す車窓を眺めながら漸く犬飼一族の件が終わったと実感した。
暫く車窓からの眺めを楽しんだが、結衣ちゃんにメールする為に携帯電話を取り出す。
『仙台での用事は完了、お土産に萩の月と笹蒲鉾と牛タンを買いました。昼過ぎには帰ります』
画面右上の時刻を見れば9時42分、乗り換え時間を考えても2時前には家に帰れるだろう。メールを送信し座席に深く座り少し仮眠する事にする……
◇◇◇◇◇◇
「漸く事務所に帰ってこれたか……」
東京駅で東北新幹線から山手線へ乗り継ぎ、更に品川駅で京急線に乗り換えて横須賀中央駅に到着したのが1時37分、数日だが空けてしまった事務所に寄って郵便物やメール等のチェックをする。
郵便物は出前のチラシとマンションの電話工事のお知らせだけだ。折角なので昼飯はチラシの出前にする、某カレーチェーン店は周辺なら配達してくれるのだ。
定番のカツカレーと目玉焼き&ソーセージのトッピングカレーを頼んだ。
「固定電話に不在着信が一件か……」
確認ボタンを押すとメリッサ様からだった。
『榎本さん、時間が有る時に連絡を下さい。例の件について報告が有ります』
例の件の報告……声は特に慌ててもいない落ち着いた感じだし時間が有る時にって事は緊急性も無しだな。
だが報告って事は、この三日間の内に何かが有ったのか……
考えても仕方無いので後回しにしてパソコンを起動しメールの確認をする、何時もは転送を設定するのだが今回は忘れてしまった。
Outlookを開き着信メールを確認すると11件との表示が……有り開く前に冷蔵庫からコーラを取り出して一口飲んで気持ちを切り替える。
タイトルに仕事絡みのが多く確認しながら読まないと駄目なメールが多い。
「最初のメールは若宮の御隠居様からの報告か、五十嵐一族が動いたが僕の取り込み派だから配慮してくれか……
その後のメールで謝罪、最後のメールが経過報告と今後についての話し合いね」
見事に五十嵐一族の動きと連動してる、今回は携帯電話に出れないと連絡していたからメールで正解なんだが、五十嵐一族の立て直しが成功し五十嵐巴さんが当主に就任し御隠居衆の五席となる。
御隠居衆も一枚岩じゃないし若宮派の五十嵐家を立て直し、僕と次期当主とを引き合わせた。
若宮の婆さんは僕を取り込みつつ自分の派閥の問題を解決させている、食えない婆さんだが最後の一文が問題だ。
「陰陽道の御札について専門家や資料を渡す用意が有ります、か……これは僕の犬飼一族での行動が婆さんに筒抜けな事を意味している。
単純に東海林さんからの情報じゃないだろう、流石に式神札とかはバレてないと思うが……」
少なくとも状態保存系の御札の存在はバレてるな、そして先方は欲しがっている。
利益は僕に多く廻しても存在自体に利用価値を見出だしていると思う、僕に高い金を払ってでも欲しい技術と効果な訳ね。
若宮の婆さんのメールだけを飛ばし読みしたが、その他のメールは急いで処理する問題では無かった。
温くなったコーラを一気飲みして缶をクシャクシャに潰しゴミ箱へ投げ込む。
「メリッサ様絡みの事件、あの山手の洋館の調査が事件解決の鍵だと思っている。
頑なに引っ越しと建物の調査を拒むピェール氏の理由を調べる為に最適な式神の悪食を得られた。もう一度、あの家にお邪魔する必要が有るな……」
新しい縄張りである事務所内を動き回り、あれだけ掃除に気を遣っていたのに十匹の先住民達を支配下に置いた悪食を横目に見ながら少し冷めたカツカレーを食べ始める。
これで横須賀中央の事務所の防諜は万全、この後自宅も悪食の眷属により更に防諜対策は高まるだろう。
一列に整列させた配下に触角のヒクヒクで指示を出している巨大な黄金ゴキブリが、僕の新しい相棒とは頼もしいのか何なのか……
◇◇◇◇◇◇
「ただいま」
事務所に寄ったので自宅に帰ったのは予定時間を少しオーバーして3時26分だったが、未だ結衣ちゃんは帰ってなかった。
キッチンのテーブルにお土産と悪食を置いて自室で有る二階に上がる。
部屋の扉を開ければ既に布団が敷かれていて、着替えも畳んで置いてある。何時帰っても直ぐに休める様に準備してくれたんだなと嬉しく思う。
着替えを済ませて汚れ物を洗面所に有る洗濯籠に入れてキッチンに行くと先住民に指導を終えた悪食が誇らしげにテーブルの上に鎮座していた。
「教育ご苦労様。でも結衣ちゃん達女性陣に絶対に見付からない様に注意してくれ。問答無用で叩かれるから……」
結衣ちゃんは見た目と性格に反して運動神経は凄く良いんだ、狐っ娘らしく敏捷で警戒心が強い。
もし結衣ちゃんが悪食の眷属を見付けたら一方的な虐殺になるだろう……紅茶の準備をしながら報酬として角砂糖を一つ悪食に与える。
嬉しそうに触角をヒクヒクして角砂糖を咥えると僕の影へと飛び込んだ。
「ヤバイ、アレを可愛いと思い始めてる。悪食だけなら良いが、眷属達まで可愛いと思い始めたら危険な人になってしまう……」
甘目のミルクティーを作り居間のソファーで休んでいると玄関から賑やかな声が聞こえてきた。
「結衣ちゃんが急がないから、榎本さん帰ってる」
「日直だったから仕方なかったんです」
どうやら静願ちゃんも一緒みたいだな……
◇◇◇◇◇◇
ばたばたと玄関から居間に入ってくる二人、制服姿が眩しい。
「お帰り、二人共」
久し振りの彼女達成分を目から補充し疲れた体を癒していく、結衣ちゃん君は最高だ。勿論、静願ちゃんも愛娘的に癒しを与えてくれる。
「ただいまです、そしてお帰りなさい」
「お邪魔します、そしてお帰りなさい」
ペコリと頭を下げる二人……少し会話の内容が変だが、僕も仕事帰りだから良いのかな?
久し振りに見るマイエンジェルと愛娘の制服姿を不審に思われない程度に見てホッコリする、やはり殺伐とした仕事に癒しは必要だ。
出来れば二人を並べて撫でたいが、それは我慢だろう。
「キッチンにお土産の萩の月が有るよ」
奮発して30個入りを買ったから皆で食べても大丈夫だ、魅鈴さんにも同じ物を買って来た。
流石に彼女には報告はしないと駄目だろう、一族の最後を知る権利と義務が有るのだから……
「有り難う御座います、私着替えて来ます」
「じゃ、私がお茶を用意する」
美少女二人が居間から出て行ったが、結衣ちゃんも静願ちゃんがキッチンで何かする事は容認したみたいだ。
最初は私の縄張りみたいな感じで何も触らせたくないみたいだったし……
『やれやれ、大人気だな。あの二人も素質は高いのだから早く孕ませてしまえば良いのだ』
『彼女達は未だ未成年です!それに静願ちゃんは対象外です』
『そうは言ってもだな、彼女達はソレを望んでいるぞ。叶えてヤルのが男の甲斐性だろう?』
『いやいや、それは世間的に大問題でして……』
大分慣れた胡蝶との脳内会話に花を咲かせていると二人が戻って来た。
「ミルクティー、榎本さんのお代わりも有る」
「ん、有り難う。頂くよ……」
パーカーとキュロットスカートに着替えた結衣ちゃんが僕の隣に座り向かい側に静願ちゃんが座る。
席取りは少し揉めたが、敏捷性は結衣ちゃんの方に軍配が上がるから仕方ないのかな……
「萩の月……宮城県に行ったの?」
この萩の月は個別に紙箱に入っていて更にビニール包装という少し過剰包装気味な銘菓だ。
ビニール包装に悪戦苦闘していると静願ちゃんから質問が有った、つまり魅鈴さんは彼女に犬飼一族の相続の件は話していないのか……
「ああ、仕事絡みの同業者が亡くなってね……遺産相続絡みで少し揉めたけど解決したんだ」
静願ちゃんの目を見て抑揚無く話す、聡い彼女の事だから犬飼一族の大婆様絡みだと分かっただろう。
「そう……なんだ。大変だったんですね」
普段と少し違う口調に結衣ちゃんも不思議な顔をしたが、彼女には犬飼一族絡みの事は教えていないから、この話題はコレでお終い。
留守中の彼女達の行動を聞いて誤魔化す事にした……
◇◇◇◇◇◇
翌日、自宅待機をしていると例の荷物達が宅急便で届いた。大量の式神札に術具、特に勾玉は直ぐに利用可能だったので早速使える様に加工する。
この勾玉は霊力を雷に変える性質を持った術具、単純にスタンガン程度から胡蝶が全力で霊力を籠めれば落雷程の威力を出す事も理論上は可能だ。
皮の手袋の掌側に三つの勾玉を太鼓で良く見る巴紋の形に並べて……
「どうやって固定するんだ?接着剤?」
結局、結衣ちゃんにお願いして糸で縫い付けて貰いました。
元々円形部分の中心に穴が開いていたので、そこに糸を通す事により確りと固定する事が出来た。
結衣ちゃんは手袋の内側に固定する事により外から勾玉が見えない様に工夫もしてくれたので、『静まれ、俺の右手よ!』みたいな厨二な手袋と思われずに済んだ。
因みに何故か雷を生成しても皮手袋は焦げなかった、攻撃の度に手袋を替えなくて済んで良かった。
◇◇◇◇◇◇
宮城県から帰って三日後、今日は風巻姉妹と昼食会兼調査報告を聞く為に、横浜そごうにある竹葉亭に向かった。
集合は12時丁度、店には僕の名前で予約を入れている。鰻専門店でコースを頼むと懐石料理+〆に鰻重というボリューム満点の老舗だ。
待ち合わせ10分前に店に着く為に11時2分発の電車に乗るべく余裕を持って家を出た。
少し肌寒いが晴天で高台からは遠く富士山が見える……
「霊峰富士山か……日本の象徴だが未だ行った事は無いな」
『富士の樹海、氷窟と伝説の多い場所だ。行ってみたいぞ』
素早く周りを見渡すが幸い誰も近くには居ない。
「樹海とか自殺者が多いけどさ、胡蝶が求める程の怨霊が居るかな?」
駅に向かって歩き初め端から見れば独り言の様に、体内の胡蝶に語り掛ける。
『ふむ、人の霊より妖(あやかし)を探したいぞ。出来れば人型の女性が良い、上手くすれば正明の妾になるだろ?』
御手洗が聞いたら狂喜乱舞しそうな提案だな、女性妖魔とか……
「おぃおぃ、そんな不純な考えは嫌だぞ。戸籍の無い女性など現代で囲ったら大問題だよ」
何やら考え込む仕草をする胡蝶さんを見て凄く不安になった、未だ赤目達犬の霊の方がマシだと思う。