「何か不満そうな顔ね?美人シスターと二人切りで夕飯を共に出来るのに、どんな不満が有る訳?」
周りの男性客からチラ見される位に、メリッサ様は美人だ。
驚く事に私服は清楚系のワンピースを着ている、修道服だと肉感的になるから二度驚いた。
僕はロリコン故に友愛以外の感情は無いし、人工的に魅力を高めた一子様と接する機会が有った為か平常心だ。
「誤解を受けると、お互い問題有りだろ?
疑われても直ぐに真相は分かるから実際のダメージは少ないけどね。亀宮さんには僕から報告しておくよ」
案内されたビストロ・クーは落ち着いて雰囲気の良い店だ、既にコース料理が頼まれていたのでメニューを見れなかったが客単価は高そうだな。
ディナーなら一人平均一万円位だと思う。
「完全に尻に敷かれてるわね。梢ったら口を開けば榎本さんの話ばかりだけど、桜岡さんとは別れたの?」
やっぱり連絡を取り合っているんだな、亀宮さんの数少ない同性の友人。
「僕は亀宮さんと付き合ってる訳じゃないよ。敵対しない為に、他勢力からの勧誘を断る為に派閥に入った筈だったんだ。
現実はガチガチに周りを固められているのは自覚している、妙に高待遇だし一部からは恨まれている」
胡蝶という秘密を抱えていた為に同業者とは協力しなかった、非協力的だった彼女を隠すには他人と距離を置くしかなかったんだ。
だが今は心強い仲間に囲まれて幸せだ、一人に戻るのは嫌だと思う。その分、苦労は多くなったが仕方無い。
「あのね……自分と敵対しない為に派閥に属してくれて力になってくれる異性を気にしない女は居ないわよ。
しかも亀ちゃんという枷を完全に無視出来る男は、榎本さんだけの一択だし……まぁ良いわ、乾杯」
「乾杯」
ワイングラスを胸の高さまで上げる、グラスを当てる乾杯は正式にはマナー違反だ。
そしてメリッサ様も亀宮さんに対する僕の煮え切らない態度を怒っている、喧嘩友達とはいえ大切に思ってるのが分かる。
タイミング良く前菜が運ばれて来た、京野菜のサラダ・バルサミコ酢ドレッシングかな?色鮮やかな野菜達が綺麗に切り揃えられている。
「亀宮さんの事は置いといて、美羽音さん達の事だけど……
実は柳の婆さんの喧嘩友達の若宮の御隠居様から、今回の件の調査を頼まれている。先程の話だと若宮の御隠居様は僕を巻き込むなと釘を刺した。
それはセントクレア教会の都合に巻き込むなって事か、僕に今回の件から手を引けなのか分からない。後で確認するけどね」
一つの物件を複数の霊能力者が連携もせずに勝手に動くのは問題が多い、名古屋の件で学んだけど依頼された仕事だから競うのは当たり前だ。
「それは嬉しいけど、ああ言った手前協力して当たるのは無理よ。精々が連絡を取り合い情報を共有する位かしら?」
「そうだね。柳の婆さんはピェールさんが元凶と考えている。僕は洋館こそが元凶だと考えているから丁度良いかもね」
前菜のサラダを食べ終えた頃を見計らって次の料理が運ばれて来た。
恰幅の良い青年がホウレン草のキッシュをテーブルに置く、夫婦で経営してるみたいだがメインのシェフは奥さんみたいだ。
「洋館?ホラーハウスって事?でも美羽音は最初から赤ちゃんの部屋に怪しい人物が現れるって事を心配して相談に来たのよ。
それがピェール氏の生霊かドッペルゲンガーなら辻褄は合うわ」
誰も居ない筈なのにカメラに映る不審な人物、確かに依頼は不審者の調査を頼まれたんだ。
だが僕の霊感も胡蝶のレーダーも洋館の方が怪しいと感じている、この手の思いを軽視しちゃ駄目なのは経験で学んでいる。
「洋館にしか現れないんだよね?霊障と思われる可能性は一つずつ潰していかないと駄目だよね」
「やっぱり堅実ね……」
スライストマトの上にモッツァレラチーズを乗せてオリーブ油を散らした料理とペンネグラタンが運ばれて来たのだが、メリッサ様はモッツァレラチーズしか食べずトマトを残している。
「トマト嫌い?一緒に食べないと美味しくないよ」
僕も小さい頃は大嫌いで最近漸く少しだけ食べれるんだけど、トマトの酸味がモッツァレラチーズに合うんだよね。
でも野菜の中でもトマト嫌いの人は多い。セロリや茸類、人参なんかも嫌いな人が居るよね。
「駄目なのよ、生トマトだけはね。ケチャップとかは平気なんだけど……」
どうやら僕とメリッサ様は味覚が似ているみたいだ。
◇◇◇◇◇◇
意外な事に、メリッサ様との食事会は楽しかった。話題が霊能業界の事が多かったが、宗派は違えど参考になる事は多い。
聖書に聖水と十字架のみが仕事道具って聞いたけど、少し心細くない?って試しに御札を渡してみたが一般人より効果的に使えた事に驚いた。
僕が十字架を持っても何の意味も無いのに不思議だ……
別れ際に数枚の御札を渡してお礼に聖水の入った小瓶を貰う、これは聖水自体に聖なる力が宿る為に僕でも使えるそうだ。
勿論、信仰心が強い程、効果は高いのだろう。
他宗教交流を終えて自宅に帰る、結衣ちゃんへのお土産と少し物足りなかったので「クロワッサン鯛焼き」なるアンパン二十個ほど購入した。
自宅玄関を開けたのは21時半過ぎだったが、見慣れない女性用のパンプスが……魅鈴さんでも来てるのかな?
「ただいま、結衣ちゃん。誰かお客様かな?」
声を掛けながら居間に入ると懐かしいお嬢様がソファーに座り、山盛りの焼き栗と格闘している。
「お帰りなさい、榎本さん。久し振りですわね、驚かそうと思いまして黙って来ましたわ」
久し振りの大食いお嬢様は輝く笑顔を向けてくれる、口の端に焼き栗の欠片を付けながら。
「お帰り、桜岡さん。修行は終わったのかい?」
結衣ちゃんにクロワッサン鯛焼きを渡して桜岡さんの向かい側に座る。フードファイターとして久し振りに強敵(と書いて親友と読む)の彼女と戦いたくなった。
「ええ、パワーアップした私にひれ伏しなさいな」
アレ?キャラの方向性を変えたのかな?偉く強気の態度と笑顔だが、相当の自信が有るのだろう。
「それは頼もしいね。焼き栗勝負の次はアンパン勝負だ!」
上着を脱いで腕捲りをすれば臨戦態勢の完了、早速焼き栗を一つ摘む。
「その太い指で小さな焼き栗の皮が剥けるのかしら?」
「余裕だよ、ほらね」
親指と人差し指で挟んで軽く潰せば皮が割れて剥きやすくなる、僕の力の前には焼き栗の皮もミカンと変わらない。軽々と剥いていると、結衣ちゃんが日本茶を煎れてくれた。
「有り難う、焼き栗って和菓子かな?」
「さぁ、どうでしょうか?榎本さんとのフードファイトは本当に久し振りね」
フードファイトと言いながら良い歳の大人がチマチマと焼き栗を剥く事が面白かったのか、結衣ちゃんが笑いだしたので三人で仲良く食べる事にした。
「私が居ない間に随分と名古屋で活躍したそうですわね。
加茂宮の当主、一子さんと関西巫女連合に所属する姉弟子の高槻さんからお礼を言われましたわ。二人の命の恩人だって凄く感謝してましたよ」
「私も一子さんに会いました、横浜の中華街で偶然に会いまして一緒にお昼を食べたんです。素敵な人ですよね……」
女性陣が一子様の話題で盛り上がっている、彼女は魅了系の術者だから同性も魅了する術が有る。
結衣ちゃんも第一印象は悪く無かったんだな、憧れますとか言ってるし……
だが御三家の一角である亀宮に属する僕の親しい人達が、同じ御三家の加茂宮の当主と親しいのは問題だろう。
流石は一子様って思ってしまう僕も少なからず彼女に魅了されている、ロリコンの僕がだ。
贄として食べたい相手で有る事も関係してるのだろうか?確かに僕は(胡蝶に食わせる意味で)彼女を強く欲している。
一子様も高槻さんも桜岡さんを絡めて僕の懐柔を考えているとしたら厄介だ。
女性陣の為にせっせと焼き栗を剥きながら考える、加茂宮の当主達は後六人残っていて面識が有るのは一子様だけだ。
彼女に協力し少なくとも三人から四人は食わないと負けてしまうし、先に二人食われたら勝負は分からない。
加茂宮に憑くモノと胡蝶は因縁が有りそうだから放置も出来ないし……悩むな。
◇◇◇◇◇◇
結局、クロワッサン鯛焼きは二十個有ったが、結衣ちゃんが一個で僕が八個、残り十一個は桜岡さんに食べられた。スピード勝負は勝てない。
今は結衣ちゃんが先にお風呂に入ってるので居間で軽くお酒を飲んでいる、珍しく梅酒をロックで……
「榎本さん、加茂宮一族からの高待遇は怪しくないですか?」
「うん、加茂宮は当主達の権力争いが激しくなってるみたいだ。名古屋で仕事中も当主達の内、二子さん達三人が行方を眩ました。
一子様は他の当主達を疑っている、だから僕みたいな外部の連中の協力も欲しいのかもね」
精神操作系の一子様は直接的な戦闘力は低い、他で補うしかない。
僕は彼女からすれば攻撃・防御・治癒・索敵と四拍子揃った駒だろう、出来れば仲間に最悪は中立と思ってる。
「関西巫女連合は一子さんに全面協力するそうよ、構成員は任意参加だけど敵対勢力には協力しないのが基本かしら……」
普通に喋ってるって事は桜岡さんは加茂宮派なんだな。当然だな、本拠地は関西で所属している関西巫女連合は加茂宮の派閥だ。
「桜岡さんから見て、誰が有力なのかな?」
梅酒を一口飲む、これは結衣ちゃんが梅ゼリーを作るのに買った余りだから蜂蜜入りと妙に甘い。
「んー、一子さんだと思いますわ。元々二子さん達三人を纏めていましたから。
三人が行方不明になっても残りの五人は連携も協力もしてないんです」
生き残りの五人はバラバラで連携も協力もしないなら各個撃破出来るな。
蟲毒の呪咀は最後の一人になるまで互いに食い合うから連携などしないだろう、強い者が勝って敗者を食らう。
「そうなんだ、加茂宮も大変なんだね。僕は亀宮の派閥に属してるから何とも言えないけど、桜岡さんは協力するの?」
さり気なく聞いたつもりだが喉がカラカラだ、梅酒を飲んで湿らそうとしたが空だった。桜岡さんが僕のグラスに梅酒を注いでくれる。
「私自身の協力は無いですわ。義母様も、そこ迄は手伝うつもりは無いと言ってました。
ですが関西巫女連合からは既に高槻さん他数人が手伝いに派遣されてます」
高槻さんは一子様の配下みたいな感じだったから何と無く一緒だと思ったよ。でも桜岡母娘が手伝わないなら一応安心かな。
「そうなんだ、安心した。亀宮でも派閥争いって酷くてさ、余り関わり合いになりたくないんだよ」
あれ?桜岡さんにしては珍しく疑う様な企む様な不思議な目を僕に向けてきたけど何だろう?
「一子さんは略奪愛で有名なんです、彼女の派閥の構成員の殆どは男性。そんな彼女がべた褒めな榎本さんって不思議ですわ?」
「楽しそうですが、何の話ですか?」
風呂上がりの結衣ちゃんも桜岡さんの隣に座り僕を見ている、可愛いレモン色のパジャマでタオルを首から下げている。まだ髪は乾かしてないのか……
「一子さんが榎本さんをべた褒めするのは何故かしら?って聞いているんですわ。
あの人が無条件に他人を褒める事は極めて珍しいんです、お気に入りの配下の方達ですら無いのよ」
「そうなんですか……それは気になりますね、どうしてなんですか?」
「それは……その……僕の何処が良いんだろうね?ははは、分からないな。距離を置かないと駄目な相手だからね」
それは、将を欲するなら先ず馬から……だろうな。
僕と関わりの深い人達を絡めて、蟲毒の呪咀による争いに引き込むつもりだろう。逆に僕としても参戦する理由として利用出来ると思い初めている。
一子様と共闘するより単独で裏から他の当主達を襲った方が手間は掛かるが安全なのにだ。気を付けないと、無意識に彼女の魅了の術に掛かり初めているのかも知れない。