「風巻よ、監視室に向かうぞ。奴の除霊現場を映像に残せるのだ」
「貴重な機会です、あの秘密の塊の一角を見れる機会が訪れるとは……」
歴代の亀宮様が手を出さなかった曰く付きの三つの品々。その二つを軽く祓い、最も曰くの強い艶髪と戦うという。
これは奴という人間の力を見極める絶好の機会だ!
強力な霊的防御、異常な回復力か治癒力、一派閥の呪術部隊の呪いを跳ね返し逆に呪いを掛ける呪術力。
どれを取っても一級品の彼の戦いを初めて見れるのだ、しかも録画出来るとは何という行幸!
慌てて監視室に飛び込み監視カメラの画像を食い入る様に見詰める、当然録画状態も確認した。
監視カメラは固定タイプが二台だが、金庫室内を死角無く捕えているので問題無い。
画面の中の彼は既に艶髪を封印から解き放って睨み合っている。
「艶髪、古文書の通り髪の毛の妖(あやかし)ですね」
「ああ、そして素早い動きだな……風巻よ、今の攻防で榎本さんが何回警棒を振ったか分かったか?」
一瞬の交差だが二回以上は警棒を振ったと思うが、早過ぎて分からなかったぞ。
「恐らく二回か三回でしょうか?空振りでなく艶髪の攻撃に対応してたと思いますが、自信は有りません」
思わず両手に力が入り強く握ってしまう。何が僕は技術も素質も無いから、筋肉の鎧による防御力とタフネスさを鍛えただ!
全く馬鹿にされたものだな、あの高速攻撃に普通に反応しているじゃないか。野田は手加減されたとみるべきだな、底がしれぬ男よ。
「武器を奪われましたね、あの警棒をグニャグニャにするとは、どれ程の圧力が掛かっているのやら……」
画面の中の榎本さんは警棒を奪われたが、背中から大振りのナイフを取り出して構えた。
対人武器を幾つ隠し持っているんだ、今日は我等と話し合いに来た筈なのに……
「何か会話してますね?残念ながら集音マイクは無いので内容は分かりませんが口が動いてます」
驚いた事に生首が現れたと思ったら、髪の毛だけで人の形を造り上げた。これは榎本さんでもマズい状況ではないか?
もし彼が艶髪に負ければ、金庫室を閉鎖して討伐隊を編成しなければならないぞ。
「なっ?掌から雷が迸(ほとばし)りましたよ」
「確かに稲光だったな。雷までも扱えるのか、本当に人間か?しかし監視カメラが壊れたみたいだな。
電磁波の影響なのか故意に壊したのかは分からぬが、二台とも駄目だ」
二台のモニターの画面は砂嵐状態、これは監視カメラが壊れたとみるべきだ。
霊能力で雷を扱える者が居るのは知っている、実際に亀宮一族の中にも一人使い手が居る。
大和言葉で雷は神鳴りといって雷神のなせる奇跡と考えられ祭られてきた。
特に雷電神社や高いかづち神社には、火雷大神(ほのいかづちおおのかみ)や大雷大神(おおいかづちおおのかみ)別雷大神(わけいかづちおおのかみ)などが祭神として崇められている。
その神々を祀る連中には確かに雷を生み出す術を持つ者が居るのだが……だが、あそこまで高威力の雷を生み出せはしない。
精々がスタンガン程度、10万ボルトとかだ。
「愛染明王を信奉する在家僧侶だと?それこそ、まさかだな。
奴は雷電神社の関係者かもしれん、かの神社は関東地方を中心に全国に点在しているし狂犬時代に活動していた愛知県にも有る筈だ」
「いえ、榎本さんが雷電神社の関係者と接触した事実は有りません。
身辺調査で徹底的に調べましたから間違い無いです。私は菅原道真公の加護を受けていると考えます」
確かに修行し術を身に付けるには長い時間を必要とするから繋がりを隠し通せる事は無理だ。
「だが菅原道真公なら天満宮(天神様)の関係者だぞ。いや天満宮も雷電神社も神道系で仏教じゃない、力の源の特定が出来ぬとは……」
これは亀宮様任せでは弱いかもしれん、あの男を他勢力に引き抜かれては亀宮一族にとって大損害だ。もっと奴との絆を強めなければ駄目だな。
携帯電話を取出し若宮本家に連絡を入れる。
「もしもし、陽菜(ひな)はもう学校から帰って来ているか?そうか、変わってくれ。
……おお、陽菜か。実はな、お前さんに会わせたい男が居るのだ。
我が亀宮一族が手放してはならぬ逸材がな。今、本家の近くに来ているので顔だけでも見せたくてな。ああ、亀宮本家で待っていてくれぬか」
最近の報告によれば、セントクレア教会の園児達の面倒も見ているそうだ。
見た目が怖いのに園児達から大人気なのは、悪意無く純粋に子供が好きなのだろう。
身寄りの無い小学生の里親もする位だし、優しさに付け込む事にする。
陽菜は未だ中学二年生だが、会わせて損は無いだろう。
「御隠居様、陽菜様と会わせるのですか?」
む、何故そんなに慌てるのだ?奴は風俗遊びはしていたが桜岡霞と付き合い始めてからは大人しいではないか。
それに奴の子供への面倒見の良さに付け込む様で悪いが、絆や楔は多い方が良いのだぞ。
奥手な亀宮様では、彼を繋ぎ止めるのは難しいかも知れない。
「ああ、奴は無類の子供好きらしいし絆や楔の一つとしても有効だ。仮に霊能力の師匠として師事出来れば、更に良いだろうな」
友愛と打算で亀宮様を見捨てられないお人好しに更に付け込む様で悪いが、これ程の男を野放しには出来ない。敵対されたら、どれ程の損失を被るか分からないぞ!
「金庫室に戻りましょう、榎本さんが待っています」
「そうじゃな、色々と聞きたい事も有るからな」
今回の件だが、ただ曰く付きの品々を祓って貰っただけだ。依頼をした事にして報酬を払う形にして貰うか、一つ500万円で良かろう。
この金庫室の維持費を考えたら安いものだ。
◇◇◇◇◇◇
『燃え尽きたな、しかし玉を残すとは初めてだな』
『玉もそうだけど、やり過ぎじゃないか?皮の手袋が焦げてボロボロだそ、勾玉が落ちそうだ』
折角、結衣ちゃんに縫い付けて貰ったけど既に皮の手袋は原型を留めて無い。握った掌に剥き出しの勾玉の感触が有る。
『ふむ、この勾玉は使えるな。霊力を全力で込めれば雷位の威力は出そうだな』
自然界で発生する雷と同じならば少なくても200万ボルト以上か……
「うわっ?掌の中に勾玉が入り込んで……」
『騒ぐな、体内に引き込んだだけで害は無いぞ。この勾玉は使える、毎回皮の手袋を燃やすなら身体の中に入れた方が安心だろ?』
安心って……体内に勾玉を埋め込むって、下の息子に真珠を埋め込むみたいで嫌だな。
「榎本さん、無事ですか?」
「ええ、問題有りません。艶髪は祓ってしまいましたが、怨みを残して現世に留まるよりは良かったでしょう……」
後に残った玉を不自然にならない動きでズボンのポケットへ入れる、これは調べないと何だか分からない。
「これでは報酬にはなりませんな。曰く付きの品々を祓う依頼をしますので、代金を受け取って下され。
そうしなければ筋が通らんのでな。祓った後の厄喪もお引き渡しします、日本刀としての価値も有ります。
本家に戻り契約書を取り交わしましょうぞ」
「さぁさぁ、戻りましょう」
有無を言わさぬ勢いで亀宮本家の戻る事になったが、結局お金で解決みたいな流れか……
仕事に対する正当報酬だから問題無いって考えれば良いかな。
色々有り過ぎて頭が働かないが、亀宮本家でも持て余していた曰く付きの品々を頼まれて祓った事で納得しよう。
◇◇◇◇◇◇
朝と同じ部屋に通された、幾分落ち着いてたので周りを見る余裕が有ったので気付いてしまった。
扉に貼ってあった真鍮製のプレートに、No.12と書かれていたが……まさかな。
「エクセルの雛型を貰っていたので必要事項だけ入力すれば良いので楽ですな。除霊依頼は曰く付きの日本刀、首刈りと厄喪の二本。
それと人毛に取り憑いた艶髪の除霊、報酬は各500万円で厄喪は祓った後に贈呈します。こんな感じですかな?」
「厄喪は古美術として扱いますので、手続きも我等の方で行います。代金は翌月末に指定の口座に振り込みますので……」
「分かりました、有難う御座います」
断っても仕方ないので有難く頂く事にする、最近金銭感覚がおかしくなりそうな依頼と報酬ばかりだ。
注文書と請書の内容に問題が無いか確認するが大丈夫みたいなので、請書の方は後日社印と印紙を貼って返却する。流石に今日は社印も印紙も用意していない。
「では、そろそろ帰りますね」
必要書類の取り交わしが終わったので、そろそろ帰る事にする。
時刻も既に二時半を過ぎているから夕飯迄に帰りたい、今夜は久し振りに桜岡さんの手料理が食べれるんだ。
しかし何時もは用件が済むと直ぐに帰る若宮の婆さんが、世間話を振ってくるのが凄く怪しい。
昼飯までご馳走になったし、もう用はない。それに何か時間稼ぎをしている様な……
「まぁまぁ、もう少しゆっくりしていって下され。因みに此処は榎本さんに割り当てられた部屋ですぞ。
この応接室の奥に執務室と仮眠室が有りますので、遠慮無く使って下され」
若宮の婆さんの作り笑いを見ながら、やっぱりそうだったのかと思った。
最初は気付かなかったけど途中で別れた五十嵐さんもNo.5のプレートが貼られた部屋に入って行った。
つまり序列の高い者は専用の部屋が用意されているんだ。
亀宮さんは亀ちゃんの眷属に守られた池の真ん中の金ぴかの別棟を生活の拠点として住んでいる。
それに上位者が有事の際に呼び出されても居場所無しじゃ格好が付かない、会社における役員室みたいな物か。
多分だが僕が使う事は殆ど無いだろうが、断っても無駄だな……
「そうですか、有難う御座います」
「お婆様、新しいお茶を持って来ました」
控え目なノックの後に声を掛けられたが、お婆様だと?若宮の婆さんの孫娘か……
「おお、陽菜よ。待っていたぞ、早く中に入れ」
陽菜?誰だ?
「失礼します」
扉を開けて入って来たのは、結衣ちゃんと同い年位の美少女だ。印象的なのは大きめの瞳だろう、肩口で切り揃えた髪も元気な感じがする。
胸もスットンなのが、なお良し!僕を見られる前に確認を終えてから何時もの無害な視線に戻す。
「初めまして、若宮陽菜です」
元気よくお辞儀をする仕草が彼女の溌剌(はつらつ)さを表している、セーラー服姿も魅力を押し上げている。
「孫娘じゃよ、孫達の中では一番霊力が高いが一番年下なのでな。未だ修行の身なので宜しく頼む」
宜しく頼む?いやなフレーズだが、彼女を紹介する為に僕を引き留めたのか?
まさか、若宮の婆さんは僕の性癖を調べていて好みにドンピシャな孫娘を紹介したのか?
「榎本です、若宮の御隠居様から仕事を請けています」
「お婆様から仕事を?榎本さんって亀宮一族のNo.12、亀宮様の懐刀って聞いてますよ?」
懐刀とは古い言い回しを知ってるな、それって僕が亀宮さんの腹心って意味だよな……番い候補よりマシだけど。
「僕は亀宮一族じゃなくて派閥の一員、外注または下請だよ。個人事業主だから、これでも一応は社長なんだ」
周りが僕の事を陽菜ちゃんに何て言っているか分からないが、一族扱いと派閥の一員との差は大きい。
距離感を保つ為にも、個人事業主と教えておかないとね。首を傾げて考えている姿に思わず微笑む。
「つまり外様だけど一族上位に食い込む実力者って事ですか?」
彼女の言葉に曖昧な笑いで応えた、事実だが肯定も否定の言葉も言えない。御隠居衆筆頭である、若宮の婆さんの孫娘だけあり侮れない気がする。
未だ中学生位だが、霊力も高いし実戦は未だだけど修行は順調なのかもしれないな……
「榎本さん、また会う事も有るかもしれんので宜しく頼みます。優れた霊能力者の知り合いが居る事は、この子にとっても大切ですから……」
陽菜ちゃんの頭を撫でながら、孫娘に甘い婆さんを装っているが食えない婆さんだな。