榎本心霊調査事務所(修正版)   作:Amber bird

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第235話

 自分の家に美女と美少女が四人も居て僕を取り合い修羅場っている、思えば筋肉のオッサンがリア充にクラスチェンジするとは大した進化だよね?

 

「健全な男女交際では無いです、結衣ちゃんが居るのに同棲って教育上、とても良くないですわ!」

 

 珍しく吠える魅鈴さん、今日も着物姿が似合ってますね。

 

「私と結衣ちゃんは姉妹と同じなのです、魅鈴さんこそ人妻が独身男性の家に入り浸るのは良くないですわ!」

 

 関西の梓巫女なお嬢様、此方も負けてない。

 

「離婚調停は榎本さんの尽力で終えましたわ!つまりフリーですから条件は……」

 

「バツイチと初婚には厳然とした差が有るのです、しかも高校生になる娘さんが居るじゃないですか!」

 

 台詞だけ聞いてると凄い言い合いみたいだけど、実際はソファーに向かい合って座り上品に笑顔を浮かべながら話してるんだ。

 同席している僕の精神がガリガリ削られていく、誰でも良いから助けて欲しい、割と切実に今直ぐ!

 

「「榎本さんはどう思いますか?同棲は駄目ですか?元人妻は駄目なんですか?」」

 

 君たち息ピッタリですね、一語一句同じですが練習したんですか?

 動作も全く同じですよ、僕に振り向くタイミングも両手を胸の前で合わせる仕草も……巨大な二つの何かが潰されて偉い事になってます。

 苦手意識が高いので思わず目を逸らしてしまう、そんな肉の塊はモゲれば良いんだよ!

 

「あの、ご近所迷惑になりますから……その、少し落ち着きませんか?」

 

『二人共喰ってしまえば良いのだ。潜在的霊能力は高い、良い子供達が生まれるだろう』

 

 妙齢の美女二人に迫られて脳内で美少女から小悪魔的な囁きが聞こえる。

 でも困惑だけで嬉しさが全く無い、だってロリコンだから……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 修羅場を何とか有耶無耶にして漸く事件の調査に戻る事が出来た、あの時の結衣ちゃんと静願ちゃんの感情の籠もらない目で見られていた恐怖……

 良くない、この環境は良くないぞ!

 五十嵐さん風に予知するならば『何時か刺されますよ』だろう、本命(結衣ちゃん)との距離が全く縮まらない、いや離れてないか?

 

 自宅から飛び出し横須賀中央の事務所へと逃げ込んだ、冷蔵庫からコーラを取出し事務机に座る。

 

 気持ちを切り替えて横浜山手の洋館ピェール邸の怪奇現象について考えるか……

 ノートパソコンの電源を入れて風巻姉妹から渡された資料を綴じたファイルを取り出す、今調べている事はこれで全てだ。

 

 セントクレア教会の柳の婆さんはピェール氏本人に原因が有ると言ったが僕は違う、最初の印象と直感の通りに洋館の違和感が原因だと思うんだ。

 だが他の可能性も考えなくてはならない、人間が原因の場合だがピェール氏については柳さんに任せればよい。

 残りはピェール氏の妻である美羽音さんとマリオ君のベビーシッターである竹内真理恵さん、マリオ君は日本語だと真理央だったかな?違ったかな?

 何で国際的に有名な配管工の名前にしたんだ?弟が生まれたら流意々治(ルイージ)とかか?

 

「真面目に考えよう、先ずは科学的な検証だな……」

 

 ノートパソコンのディスクトップに作成したフォルダをクリック、初めてピェール邸を訪れた時の記録を開く。

 事の発端はピェール氏と美羽音さんの息子であるマリオ君の子供部屋に不審者が現れると相談を受けた。

 しかし監視カメラ録画機能が無いので不審者の姿は美羽音さんと竹内さんしか見ていない、何故記録を残さなかったのか?

 ホームビデオでも携帯の録画機能でも言葉だけじゃない決定的な証拠が欲しかった。

 

 最初に考えたのは二人が見た不審者は幻覚だった場合だ。

 

 幻覚(hallucination)とは精神医学用語の一つで対象なき知覚、即ち実際には外界からの入力がない感覚を体験してしまう症状の事。

 聴覚・嗅覚・味覚・体性感覚等を含むが、幻視の意味で使用されることもある。

 

 今回の事件は幻覚の中でも視覚情報のみなので幻視(visual hallucination)じゃないかと考える。

 

 視覚性の幻覚とは実在しないものが見える事だ。

 単純な要素的なものから複雑で具体的なものまで程度は様々で、多くの場合は意識混濁という意識障害時に起こることが多い。

 身近な例だとアルコール中毒といった中毒性疾患や神経変性疾患でよく認められる。

 だがアルコール中毒で認められる幻視は典型的には小動物が多いらしいが今回は人間、成人男性らしい。

 特殊な例としては脳幹病変の際に幻覚様体験が起こることがあり、それを脳脚性幻覚と言う。

 脳幹は意識において極めて重要な役割を担う部位であり、大脳と脳幹の連絡の障害が心霊現象でお馴染みの金縛りと考えられている、実際は違うが……

 統合失調症では幻視が認められることは極めて稀であるが、存在しない人や物や建物が、まるで本当に存在するかのように見えるのは今回の件に近しい。

 美羽音さんと竹内さんが二人同時に同じ病気にかかる可能性は0じゃないけど限りなく低い、少なくとも美羽音さんは違う。

 だが突然辞めた竹内さんは分からない、何の連絡もせずに急に仕事を辞めるのは普通じゃないからな。

 竹内さんについては下調べをしてから直接会って話す必要が有るだろう、単に怖くなって辞めたなら良いが何か有って辞めたなら原因を調べなければならない。

 

 メール作成ソフトを起動し風巻姉妹に指示する内容を打ち込んでいく、先ずは竹内さんの身辺調査だ。

 ただ怖くなって辞めたなら良いが雇い主に連絡も出来ない状況に追い込まれていたら大変だ、犯人の目的がマリオ君ではなくピェール邸に出入りする人となると範囲が広がり過ぎる。

 

 Googleを起動して「幻覚」を入力、検索する。

 Wikipediaを読み進めていくと視覚障害者の一割程度は脳の過活動から精神に異常が無いにもかからず幻視を見るシャルルボネ症候群が有るらしいが、彼女達はコンタクトレンズや眼鏡すら掛けてない。

 一応健康については調べて貰っているので信用しても良いだろう。

 

 最悪の原因は薬物による幻覚や幻視だ、本人が知らなくても服用させる事は出来る。

 だが僕も麻薬常用者を何人も親父さん絡みで見てきたが彼女達は違う、あの独特の雰囲気を醸し出してないから薬物による原因も無い。

 以上の事から彼女達が原因だとは考え辛い。

 

 次は建物だが一応建物周辺に原因が無いかを考える。

 幻覚や幻視を引き起こす原因として考えられるのはガスや細菌、黴(かび)に微生物や化学物質、後は幻覚を引き起こす茸等の植物が周辺に自生してないかだ……

 先ずはガスだが、これは古井戸や使われていない埋設配管に溜まる可能性が高い、天然ガスは有り得ないが溜まった水が腐敗しガスが発生する場合がある。

 ピェール邸の周辺に古井戸は無い、使っていない下水配管も無い。

 わざわざ新宿に有る都庁第二本庁舎の下水道台帳閲覧室まで行って調べて来た、周辺の施設平面図や施設管理図を確認し念の為にコピーも貰って来た。

 一枚30円と実費のみでコピー出来た、殆どが上下水道施工業者ばかりだったが特に怪しまれなったのが救いだ。

 細菌や黴(かび)は周辺の土壌調査をしないと分からないのでサンプルを採取して専門機関に送ったが結果は半月後、だが異常は無いだろう。

 最後は化学物質だが、周辺は民家や観光施設ばかりで工場等の薬品を使う建物も無い。

 

「一応他の可能性は潰した、後は心霊絡み屋敷絡みのみだな……」

 

 悪食と眷属を送り込みピェール邸を内外から調べるしかないな、美羽音さんが家出した今ならピェール氏しか居ない。

 彼が豹変した理由を調べるには最適だ、ドッペルゲンガーの疑いも同時に調べられるだろう。

 ピェール邸に二人同時に存在すれば立証されるのだが、問題は僕と悪食の視覚共有だ。

 距離は大丈夫だが共有時間が長くは無理、だが悪食や眷属達は決定的な瞬間を僕に知らせる事は出来ない、常に共有して指示しなければ調べられないのだ。

 

「近ければ近いほど視点共有の負担は少ない、ピェール邸の近くに拠点を構えるか……」

 

 だが山手周辺は高級住宅地と観光地が点在し、ピェール邸の周りにはホテルや賃貸マンションやアパートは無い、車で近くに路駐はリスクが高い。

 

「どちらにしても悪食と眷属達は忍び込ませるからピェール邸に行くしかない、その時に周辺を調べるか……」

 

 風巻姉妹に送る指示の中にピェール邸周辺の拠点探しも追加、送信する。

 亀宮一族の伝手なら良い物件が見付かるかもしれないからな。

 パソコン画面の隅の時計を確認すれば既に18時を過ぎている、流石に小笠原母娘も居ないだろう。

 事務所の戸締りをして足早に自宅へと向かう、足が重いのは気のせいだと思いたい……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 形見の指輪の件で怒らせてしまった魅鈴さんのお詫びを兼ねて横浜の山手地区の散策に誘った、理由は筋肉質な中年が独りで徘徊するのは目立つから。

 正式な依頼を請けてないのに自宅付近をウロウロされたら警戒されるだろう、特に今回はピェール氏本人の偽者説まで出ているから慎重に行動する必要が有る。

 もしドッペルゲンガーが原因だった場合、ピェール氏本人も危険で最悪死ぬ事になるかも知れない。

 警察沙汰になった場合は僕とメリッサ様は疑われる確率が高い、だから少しでもアリバイを用意する。

 

「でも嬉しいですわ、榎本さんが私をデートに誘ってくれるなんて……」

 

 そう言って腕を絡めてくるが何時もの着物姿の魅鈴さんは兎に角目立つ、相手が筋肉質の中年では余計にか?

 

「半分は仕事なんです、この先の洋館の主から相談を受けてまして下見なんですよ」

 

 身体ごと預けてくる魅鈴さんに愛想笑いを浮かべる、この人ナチュラルに女の媚びを売ってくるな。

 周りの男性の嫉妬がウザイ、睨む様に周囲を見渡せば顔を背けられる。

 

「お仕事のお手伝いですわね、それで夫婦の真似事をするのですか?」

 

 更に絡めている腕に力を入れてきたが……夫婦?いや違うぞ、せめてカップルでお願いします。

 

「女性に人気の観光スポットに男独りは不審に思われますから。此処がエリスマン邸ですよ、この先に旧イギリス大使館がありますね」

 

 ピェール邸まで直行せずに幾つかの観光をしながら近付いていく、確か某鑑定団で有名な玩具コレクターの博物館も有ったな。

 受付で入場券を購入する、勿論彼女の分も負担する。

 

「ご夫婦で観光ですか?」

 

 窓口のオバサンに突然話し掛けられた、確かに端から見れば夫婦に見えなくもない。

 

「いえ、あの……」

 

「結婚は未だなんですの」

 

 僕が吃っていると彼女が嬉しそうに事実を伝えた、僕は未婚で未だ結婚はしていない。

 

「あら?おほほほ、デートですね?」

 

「はい、異国情緒が有って良い所ですわね」

 

 にこやかに会話する二人を横目に魅鈴さんも対人スキルが高い事が分かった、これで印象に残った筈だ……筋肉質の男と妙齢の和服美女のカップルが居た事を。

 後は入場券を無くさず保管して置けばよい、何故この辺に居たか聞かれても観光だったと言える。

 今回は霊障に怯えて家出した美羽音さんをセントクレア教会が保護している、だが世間からみれば最悪誘拐とも言われかねない。

 

「榎本さん、後でお土産コーナーに寄っても良いですか?お揃いのカップを買いましょう」

 

「カップ?ああ、魅鈴さんは日本茶党だと思いました」

 

「あら?珈琲も紅茶も好きですわ」

 

 完全にカップルの会話をしながら建物内を見学する、だが古い屋敷の感覚というモノが何と無く分かって来たぞ。

 建物に刻まれた歴史、それは霊能力に訴えてくるモノが有る……まさか付喪神って其処に住む人達の霊力が溜まって?

 

『人の念とは恐ろしいモノだな、死して尚影響を与え続けるのだからな。我も人の欲望が造りし存在だ……』

 

『うん、でも胡蝶の生まれは関係無い、関係無いんだ……』

 

 あの犬飼一族の最後の試練の妖(あやかし)との会話でも言っていた。

 

 胡蝶は諏訪の和邇(わに)だと、人が造りし人神だと……


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