榎本心霊調査事務所(修正版)   作:Amber bird

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第240話

 隠れ家兼作業場、訳の分からない心霊と戦う霊能者にとって拠点は重要だ。

 訳の分からないモノが憑いているかもしれない時に自宅には帰りたくない、持ち込みたくない。

 だから自宅周辺に数ヶ所の拠点を用意している。

 

 僕の場合は横須賀中央に事務所を三浦市内と逗子市内に各一ヶ所に隠れ家兼作業場を持っている。

 今は結衣ちゃんと三浦市内の方に来て新しく作った御札による霊的防御の向上と、備蓄品の整理と建物の清掃を終えた所だ。

 縁側に二人並んでお茶を飲んでいる、長閑で幸せな時間……

 

「正明さん、温泉は何処に行きましょう?前回は箱根でしたから、今回は奥湯河原とかどうですか?」

 

 上目遣いで提案とは、最近要所で高等技術を差し込んでくるよね?僕としても結衣ちゃんと二人で温泉旅行に行きたいので嬉しい。

 

「奥湯河原温泉とは渋い所に目を付けたね、確かに関東の奥座敷として落ち着いた旅館やホテルが多いと思ったな」

 

 前回の箱根温泉旅行もそうだったが、落ち着いた和風旅館がお薦めだろう。

 だが観光を忘れては駄目だ、温泉に入ってゆっくりも良いが何か遊びも絡ませなければ疲れた中年の湯治と変わらない。

 僕だけじゃなく彼女も楽しくなければ、湯河原周辺だと万葉の湯は……温泉旅館に泊まるのに温泉施設に遊びに行ってどうする!

 

「うーん、結衣ちゃん観光ガイドブック買ってきてくれるかな?僕は旅館を抑えるよ、来週末にしよう」

 

 一泊だが土日位は調整出来るだろう、今回は是が非でも解決しなければならない訳じゃないから気が楽かな。

 セントクレア教会の、柳の婆さんのお手並みを拝見してから動くかな。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 もう一つの拠点は逗子市内にある、京急線新逗子駅から徒歩五分の古い賃貸アパートだ。

 此処は八年前に入居者が連続して不審死を遂げた部屋で、原因は孤独死した老婆が寂しさの余り入居者を次々に祟り殺していた。

 醜聞を恐れた大家が秘密理に僕に除霊を依頼してきたが、周りの住人にも知らせず支払いも手渡し契約書も結ばないと徹底したものだった……

 既に老婆は胡蝶が食べたが、流石に六人もの死者を出した部屋を貸す事は躊躇(とまど)ったのだろう、除霊後は僕に無償で提供してくれた。

 定期的に在家だが僧侶が出入りする事で大家も安心するギブアンドテイクな関係。

 元々入居者の入れ替わりが激しいワンルームだから周りの住人との交流は殆ど無い、今両隣に誰が住んでるのかも僕は知らない。

 

 だから最低限生活出来る設備しか置いていない、エアコンと冷蔵庫、電子レンジにベッド。

 箒と塵取り、バケツと雑巾が台所の隅に置いてある。

 固定電話も無くて娯楽はテレビだけ、商店街が近いから備蓄品も殆ど無い寂しい部屋だから結衣ちゃんにも教えていない。

 だが身を隠すには丁度良い、都会人の無関心さが絶好の隠れ家として機能する部屋なのだ。

 

「賞味期限ギリギリのビールが二本にコーラが一本、食料はカップ麺だが期限切れ……寂しい部屋だ」

 

 新しく買ってきたビール六本パックを冷蔵庫に入れて、箱買いしたカップ麺をベッドの上に放り投げる。

 

「さて、手早く掃除するか……」

 

 窓を開けて空気を入れ換え簡単に掃き掃除をする、賞味期限ギリギリのビールの中身はシンクに捨てて、トイレ掃除をすれば終了。

 残ったコーラを飲んで一休みだ。

 期限切れのカップ麺は他のゴミと纏めて捨てれば隠れ家の整備は終わった、出来ればこの部屋は使いたくはないが用心にこした事はないからな。

 

「ああ、最後に隠し資金の確認しなきゃ」

 

 潜伏中はATMやクレジットカードは使えない、場所が特定され易いから。

 冷蔵庫を開けて野菜室の抽き出しの奥に貼り付けた封筒を確認する、中身は三十万円。

 次は下駄箱を動かして裏側に同じく隠した封筒を確認する、両方で六十万円有るから当座の資金としては十分だろう。

 

「今度こそ終了だな」

 

 僕は表札も無い部屋をあとにした……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 先週依頼した調査報告を聞く為に金沢八景の風巻の分家に行く事になった、何時もなら食事をしながらなのに少し変だと思う。

 あの食いしん坊姉妹がタダ飯のチャンスを使わないとは何か有るのか?

 平日朝の金沢八景駅は学生で溢れている、楽しそうに話している姿を見ると自分の学生時代を思い出す……もう十年以上前の話だなって?

 

「よう!久し振りだな」

 

 駅の改札を通り抜けると黒いスーツを着込んだ男女が駅前ターミナルに立っていた、かなり周りから浮いているぞ。

 僕と同じくらい巌つい御手洗に一見残念美人だが、実は気遣い上手の滝沢さんが並んで立って周りを威嚇している。

 

「ああ、滝沢さんも御手洗も久し振りだな。確か亀宮さんと一緒に北海道に行ってなかったか?」

 

 軽く手を上げて近付くと周りの警戒度が跳ね上がった、巌つい男が増えたからな。

 

「ええ、一昨日完了し昨日戻って来ました。亀宮様が残念がってましたよ、まさか亀宮本家に五日間も通ってたなんて……

自分が知らされてなかった事に少し拗ねてます、なので車で待ってます」

 

 少し困った様に微笑む、前は笑ってなどくれなかったが周りで伺う連中も不意討ち的な微笑みに少し騒がしくなった。

 滝沢さんは素は美人だから笑えば魅力度は上がるからね……

 そう言えば高梨修が警察に逮捕された事を報告したっきりだったな、ハブられるのが嫌いな亀宮さんを放置したがヤバいか?

 

「それは、アレだよ……その、仕事を邪魔しちゃ……滝沢さんフォロー宜しく、これ報酬だから皆で分けてね」

 

 余った防御用の御札を鞄から取り出して渡す、丁度四十枚有る。

 

「コレは?前に貰った御札とは違いますね」

 

 御札の束を受け取り丁寧に一枚ずつ裏側まで確認している、亀宮一族に属しながら霊具や術具に縁が薄い彼女だからの行動か……

 

「前のは愛染明王の護符だったけどコレは陰陽道の防御用の御札だよ。自作だけど前のよりは効果は高い、使い方は同じ。

僕が亀宮本家に通ったのは五十嵐一族の重鎮、陰陽道陽香家の長である東海林さんに師事してたから。一応基礎を修めた事は認めて貰えたんだ」

 

 大量の中級の資料や教材を五十嵐さんが自宅まで届けてくれたんだが、結衣ちゃんの機嫌が少し悪くなったんだよ。

 ボソッとまた新しい女性が、とか言われたし……

 

「ああ、五十嵐巴殿は近々襲名式でしたよね?でも新しく陰陽道まで修得したとは驚きました」

 

「修得といっても基礎中の基礎だけだよ、後は修練有るのみだから大量に御札を製作中なんだ」

 

 立ち話を続けて亀宮さんを車で待たせる訳にはいかない、御手洗に目配せして車に向かう様に促す。

 彼女が出迎えもせずに車で待ってるのは嫌な予感がする、相当ご機嫌ななめと覚悟が必要だ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 金沢八景駅は国道から少し入り込んだ場所に有る、僅かながらの商店街を抜けて国道に出るとピカピカの黒いベンツが鎮座していた……

 

「くっ、空気が重い……足が前に動かない」

 

「馬鹿言ってないで進んで下さい、結構待たせてるんですよ。会話の流れでフォローしますから早く行きましょう」

 

 気配り上手の滝沢さんに背中を押されて歩き出す、後部ドアのウィンドウが下がり笑顔の亀宮さんが顔を出した。

 

「お久し振りです、榎本さん」

 

「うん、一月振りかな?会えて嬉しいよ。亀ちゃんも久し振り」

 

 わざわざ車を降りて後部座席へと招いてくれる彼女は……清楚な白のワンピースを着ているがウェストが細くベルト代わりのリボンで絞っているので、凶悪な胸が強調されている。

 彼女の背後には霊獣亀ちゃんが半透明で浮いている、少し困った感を醸し出しているが何だろう?

 

「ささ、どうぞ」

 

「ああ、有り難う」

 

 滝沢さんは助手席に乗り込んだが、御手洗は後ろのベンツの方に行った。運転していたのは名古屋に一緒に行った名前も知らない護衛役だ。

 音も無く振動も少なく走りだすベンツ、流石はドイツの高級外車だ……

 

「その、前は袴姿だったけど今回は清楚系だね?」

 

「ふふふ、前は一人で迎えに行きましたが今回は車ですわ、最近は何でも女の人に車で送迎されてるらしいですね?」

 

 ヤバい、五十嵐さんや陽菜ちゃんの事か?慈愛に満ちた聖母の微笑みを僕に向けている、彼女程の美女に軽く膝に手を置かれ微笑まれたら……

 嬉しいが嬉しくない、良く分からないプレッシャーが車内を充満する。

 

「ちっ、千葉の亀宮本家は公共機関からだと、遠いよね?」

 

「そうですわね、いっそ一緒に住めば解決ですよ?」

 

 乗り出す様に顔を近付けてくる、目を逸らすとヤバい。膝に置いた手に力が入る……

 

「亀宮様、榎本さん、到着しました」

 

「あら、この話の続きは後程……」

 

 あっさりと身を退いて車から降りる彼女の背中を見詰める、蛇に睨まれた蛙だってもう少しマシな対応をするぞ。

 

「亀宮さんの雰囲気が変わった気がする、少し強かになった様な……」

 

「北海道では大変だったんです、良い意味でも悪い意味でも亀宮様は成長なされました。榎本さんもしっかりして下さい」

 

 滝沢さんが扉を開けて心配そうに覗き込んでいる、いやヤバかった、食われるかと思ったぞ。

 

『いっそ食われれば良かったんだ、早く子供を作れ!』

 

『胡蝶さん、最近毒舌ですよ!』

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「「おはようございます、亀宮様。お疲れ様、榎本さん」」

 

 風巻姉妹が笑顔で迎えてくれたが本当に朝から疲れました。

 

「ああ、おはよう。早速報告を聞こうか」

 

 四つある事務机に亀宮さんと僕、風巻姉妹が座り滝沢さんは入口近くの椅子に座る、御手洗達は別室で待機だ。

 

「先ずは竹内真理恵さんの消息だけど……何の手掛かりも無いわ。色々と調べたんだけど、私達の後を追う様に警察も調べ出したんで大変だったの。

分かった事は彼女は普段通りに一人暮らしのアパートからピェール邸に出勤して、そのまま行方不明になってるんだけど……

色々聞き込みをしたけど、ピェール邸に入った事は目撃者がいたけど出たかは分からないのよ」

 

 紙に印刷した資料を見ながら説明してくれる、A4サイズで数枚か……

 

「美羽音さんは普通にベビーシッターの仕事を終えて翌日から来なくなったと言ってたぞ」

 

 又聞きだが突然来なくなり派遣会社から辞めたと聞かされた、実際は失踪事件にまで発展したが。

 

「派遣会社に聞いたら、ピェール氏から彼女が来ないとクレームが入ったらしいの。

派遣会社の担当者が彼女に連絡を入れたけど繋がらずに、会社を辞めたって事にしたみたい。

実際に派遣の人って勝手に辞めたり連絡が取れなくなる事が有るから、フリーターが無責任に来なくなった程度の認識だったみたいよ」

 

「最近もベビーシッターが預かった子供を死なす事件が有ったわね。特に資格も要らないベビーシッターは法的な縛りもないから行政も全体像を把握出来ないそうだな」

 

 派遣会社の登録者は日雇いや短期アルバイトが主らしいから辞めたり来なくなったりが普通らしい。だから担当者も大事とは思わず安易に辞めたと思ったのか……

 

「実際に失踪と分かったのは両親が警察に相談したから、そして高梨修の恐喝騒ぎで本腰を入れて彼女の捜索を開始したの。でも足取りは掴めない」

 

「警察が事件の関係者として本格的に調べている。

彼等は携帯電話の履歴、キャッシュカードやクレジットカードの利用状況、各防犯カメラの映像と僕等よりも遥かに調べる手段を持っている。

それでも所在が掴めないとなると……」

 

 営利誘拐でもない、彼女は美人じゃないから凌辱の線も薄い。怨恨の線は調べないと分からないが性格的に恨まれる行動は無さそうだ。

 素人の家出や逃走なら警察の捜索網に掛かる、他人が匿うにしても友好関係からバレる。

 美羽音さんも警察が本格的に調べたら、セントクレア教会に辿り着く。

 

「竹内真理恵さんは、既に死んでいるかもしれないな……」

 

 何か不都合な事を知ってしまい、口封じとして始末された可能性が高い。高梨修の戯言も根拠が無い訳でも無さそうだな。


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