第33話
鄙びたファミレスチェーン店で朝食……周りには殆ど客は居ないから、嫌でも目立つ美女と筋肉。
凄い目立つ凸凹カップルだ。
最近思ったが、梓巫女の装束を着ていないと桜岡さんが有名人とはバレない。微妙に髪型とか衣装とかを変えている為か、バレたのは三浦海岸のファミレスだけだな。
まぁあの時はまんま巫女装束だったし、バレない方が不思議だろう……本当に何でも上品に美味しそうに食べる。
普通にお嬢様な彼女が、ヌレヌレだのスケスケだのの変なアダナになったのが不思議だ。これがテレビの怖さなのだろう。
真実が歪曲されて広まってしまう。僕も奴らとの付合い方には気を付けないとダメだ。
ただでさえ後ろ暗い、過去と秘密を持っているのだから……料理を完食したので、漸く真面目に仕事の話をする事が出来る。
「「御馳走様でした!」」
僕らは食材への感謝の思いを忘れない。
「さて、漸く仕事の話が出来るね。余り時間は無いから簡単に……テレビ局側は何人来るのかな?」
余り大所帯だと、行動に制限が掛かる。今日は様子見だが、何が有るか分からないから……
「ADさんにカメラさん、音声さんにマネージャーの四人よ」
マネージャー?居たんだっけ?この間のテレビ局との打合せには来なかったよね。
「桜岡さんのマネージャーなんだ?居たんだ、ならテレビ局との打合せに……」
「マネージャーと言っても専属じゃないのよ。私も一応、芸能プロダクションに登録してるの。
だから複数のタレントの面倒を見ている人だから、仕事の契約をした時だけお世話になるの。でも今回は、特別に同行するのよ。
なんたって怖いのが嫌いな人なんだけど、契約とかの話をしたら一度榎本さんに会いたいからって……」
僕に?変な地雷を踏んだか、フラグを立てたのか?
「まぁ良いや。先ずは今日の行動だけど、基本的には廃墟には入らないよ。出来れば依頼人の管理者にも下調べが済む迄は会いたくない。
ちょっと気になるし、怪しいんだよね……」
あれ?不思議そうな顔だぞ。
「凄い慎重なのね。でも依頼者に会わないのは何故かしら?色々と話を聞ける筈でしょ?それこそ当事者だからこその、確かな情報よ」
僕は管理者の癖に、心霊とかお化けとか建物に悪いイメージが広まる事をやろうとするのが分からない。
普通は隠すか、話が広まるのを嫌がる筈だ。なのにテレビ局に手紙を出してまで呼び寄せるのは何故だ?
「普通は管理している建物に、悪い噂が立つのは嫌だろ?わざわざ手紙を出してまで呼び寄せるのは何故だ?
考えられるのは、本物の心霊物件だから無料で解決して欲しい。ならば僕らに不利な情報は話したくない。
無理だと帰られては困るからね。それを調べる前に廃墟に入らされる危険も有る。だから下調べをしてから接触するべきだね」
「うーん……考え過ぎじゃないかしら?本当に困って連絡してきたかも知れないし」
まだまだ甘いと言うか、優し過ぎるんだ。僕が歪んでしまっただけかも知れないけどね。人は本当に困ると、他人を巻き込んでも何とかしたい連中が多い。
まだ情報が全く無いのに、そんな不用心な真似は出来ないんだ。
「用心にこした事は無いからね。さて、これからテレビ局の連中が来るけど……僕の立場は桜岡さんに雇われた同業者。
だから何か有っても僕に安易に判断を委ねちゃダメだよ。彼らが君を甘く見るから……あくまでも責任者は桜岡さんだからね」
最悪、本物のホラーハウスの場合にだ。頼り無い姿を見せていたら統制が取れない。勝手に逃げ出したり、勝手な事をするかも知れない。
だから桜岡さんの近くに居れば、彼女の言う事を聞けば安全と思わせないとね。
ただでさえ本番では、僕はテレビに映りたくないから距離を置くし……
「分かってます。私がしっかりしないとダメだから……私の企画ですもんね!」
笑顔で答える彼女は、本当に眩しい。人助けをする事に迷いがないから……命が惜しくて「箱」に贄を差し出している僕とは根本が違うんだ。
だから、だから出来るだけの事はしよう。
ある程度、話し終わった頃に彼女の携帯が鳴った。駐車場を見ればワゴン車と軽自動車が新たに停まっていて、四人の男女が佇んでいる。
どうやら全員集合のようだ……
◇◇◇◇◇◇
あの後、皆で軽く朝食を採ってミーティングをした。勿論、僕らも二回目の朝食だが軽い物だ。
今回の参加者だが……AD君は前回テレビ局で案内してくれた彼だ。20代後半、今風な若者。
カメラさんは40代だろうか、無口なマッチョメンだ。彼とは気が合いそうだ。
逆に音声君は金髪ロングのチャラチャラした30代で、苦手なタイプ。
マネージャーはといえば、20代後半かな?黒髪ショートの極々普通のOLさんで、幼い感じの女性だ。
ロリじゃないが、20代前半でも通用するかな?程度のロリ道を歩む僕としては中途半端な感じだ……
現地調査だから他の男性陣は動き易い格好だが、彼女はハイヒールでした。いや、山道どうするの?
微妙に先行きが不安な六人組だ……
因みにマネージャーさんの名前は、石川恵理子さん。男達は、どうでも良いので役職名で通します。
◇◇◇◇◇◇
目的地の廃墟の有る山の入り口まで到着した。見上げる山々は、濃い緑色をした葉を茂らせている。
鬱蒼として暗い感じで、とても観光地とは思えない。人の手が最低限しか入ってない原始の森だ。
先ずは周辺の調査を行うのだが……
「榎本さん、先方に連絡して有るんですよ。本当に会わないんすか?」
「相手を信用する根拠が無いのに、いきなり会うんですか?此方が問題の廃ホテルです!
って案内されて予備知識無しでホラーハウスに突入?はははは!僕も桜岡さんも君の安全は保証しないよ」
このAD君は馬鹿なの?事前に今日の予定は打合せしてあるのに、何故訪ねないと言ってある先方にアポを取ってるんだ?
「でも僕、連絡しちゃったし……困りますよ」
「調査が難航して其方まで伺えない。とか、色々と理由は付けられるでしょ?桜岡さんからも言われてますが、初日だし慎重に進めますから……」
未だにブツクサ言うAD君を放置して、桜岡さんの元へ。マネージャーさんと話していたが、此方に気が付くと笑いかけてくれる。
「榎本さん。先ずは車で徐行しながら、周りを確認してみましょう。それで気になる物が有ればチェックして調べる。
特に庚申塚やお地蔵様、神社やお寺は要チェックですね」
うん、上出来です。
「そうですね。車は四台ですが、我々は六人。二台に分乗するか、ワゴン車に全員乗るか……僕の車には道具一式乗せてるから二台が良いです」
出来れば一台まとめて移動が制御し易いが、機材が無いのは心許ない。それに万が一の為に、お神酒と油揚げを用意している。
神様相手だから、下手に出ないとアッサリ死ぬから……
「では榎本さんの車と局のワゴン車で。私と石川さんの車は置いて行きましょう。では私達は榎本さんの車に乗りましょう」
僕と桜岡さんは別れて乗り込んだ方が良くない?
「僕らが一緒より分かれた方が対処し易くない?」
「んー、それも考えたけど調査だし一緒の方が直ぐに意見交換が出来るから。それに今日は調査だけですから、平気でしょ?」
責任者で有る桜岡さんに、拝む様に言われては立場的に断れないか。それにムサい男共より、ロリじゃなくても女性の方が万倍マシだ!
「分かりました。AD君来てー!一応これ、渡しておくから。それと携帯の番号を交換しておこう」
AD君を呼んで、お札と清めの塩を渡す。
「お札は各自で懐にでも入れておいて。塩は何か有ればバンバン撒くんだよ。量は有るから気にせず使ってね」
取り敢えず、お札を三枚と清めの塩を1キロ。
「重っ?こんなに清めの塩?相撲みたいっすね?てか、これで何十万とか請求されるんすか!」
量が有ると有り難みは薄れる筈だが、何十万ってボリ過ぎだろ。
「チマチマ撒くよりドバッと撒いた方が効くよ。ちゃんと僕が祭壇で清めた塩だから、効果は保証するし。勿論、何十万もしないよ」
おっかなびっくりと塩を持つAD君から取り上げで、コンビニのビニール袋に小分けして、各々に配る。余計に有り難みが薄れた……
「何か榎本さんって、僕の知ってる霊能者と違うっすね!お札とか清めの塩とか、貰った事ないっすよ。こういうのって僕らでも使えるんすか?」
AD君が、お札を珍しそうに眺めながら聞いてくる。カメラさんも音声君も同様だ。
「別に特別な力が必要な訳じゃないよ。勿論、作り出すには霊力を込めるし使用効果も一般人より高いけどね」
お札やお守りなどは、元々は普通の人でも使える様に出来ている。
「でも高額っすよね?」
値段に拘る奴だな……他の連中も、僕の顔を伺ってるし。使ったらお金を取られるとでも思ってるのかな?
ならば、その心配を解消しないとダメだな。
「坊主に法事とかで読経させると、相場は一回で三万から五万。例えば一回に1キロの塩ならば、1グラムで30円だよね。でも10キロなら1グラム当たり3円だ。
だから、それだけ使い切っても3000円。まぁお金は取らないから安心してよ」
霊感商法じゃないんだから、ボッタクリみたいな真似はしないよ!
「榎本さん。私にも、その塩を売って下さい」
「えっ?桜岡さんも必要なの?何時もはどうしてるの?」
確か前は持ってたけど、まさか何処かから買ってるのか?
「えっと、知り合いの神社から清めた塩を買ってるんです……」
偉く恥ずかしそうに、申し訳無さそうに言っているのは……多分高いんだろう。
「1月に1回、1キロ迄ですよ。友情割引で1万円で良いです」
別にボッタくる気もないし、1回で大体3キロは清めるから平気だろう。ニコニコしている桜岡さんを促して車に乗せる。
いよいよ調査に出発だ!
◇◇◇◇◇◇
車を走らせて数分、幸い他に車は見掛けないので30キロ程度のスピードで走る。
山の中をクネクネと曲がりくねっている道は、雑草が生え落ち葉が吹き溜まり荒れかけている。
標識やガードレールもサビが浮いているし……
「んー、相当痛んでるし手入れをしていない。生活道路として使っている感じもしない。あっ!落石が道の端に、そのまま有るな……」
「それは仕方ないんじゃ?バブル崩壊から10年以上過ぎてるわ」
マネージャーの石川さんが、外を見ながらポツリと言う。ソワソワしている様に感じるのは気のせいかな?
もしかしてトイレ……か?
「地図で見ると付近に古い集落が有るんだ。彼らが道路を使っていたら、もう少し手入れをすると思う。
ほら!ガードレールが無くても、何も養生してない。人が使っていれば、ロープを張るとか何かしらするよね。
特に都会でなく田舎の人達は、そういう事には細かいんだよ」
他人に無関心な都会と違い、田舎は横の繋がりが強い。この手の仕事は共同で迅速に行う筈だ。
放置する程、人手が無いか他に道が有るか……営業中のホテルと集落の連中は、上手く関係を築いていたのかな?
少し走ると大きな錆だらけの看板を見つけた!縦2m横6mは有る大きな看板だ。車を降りて確認する。
錆だらけで良く分からない部分も有るが、この山全体の簡易な地図とホテル迄のルート。
それに付近の景勝地が分かる。近くに川が有り、小さな滝と池が有るのか……
「観光出来る場所が滝と池だけ?これは廃れるよ。でも水場には霊が集まり易い。行ってみるか……」
現在地から一番近い池迄は、車なら5分と掛からない場所だった。
第34話
大きな錆だらけの看板。これはホテルが開業の時に立てた案内看板だろう。
デフォルメしたホテルと、その付近の情報が簡単だが読み取れる。山頂近くに有るホテルからクネクネと道が麓まで続いている。
しかし観光出来る景勝地は滝と池だけだ……取り敢えず水場には霊が集まりやすいし、一番近くの池に行ってみるか。
気が付けばカメラさんが看板を舐める様に撮影している。
「寂れた感が漂って良い感じだな。これは使えるだろう」
独り言の様な渋い意見に、返事を返してみる。
「編集して番組で使うのかい?」
カメラを止めて、此方を見る。やはり彼は中々の筋肉だ!
「ああ、使えるかもしれない物は撮る。しかし……良い筋肉だな」
「ああ、アンタも中々鍛えてるな。良い筋肉だ」
お互いニヤリと笑うと、看板から離れる。
「周りの景色も撮っておくんだ。こんな寂れた場所は中々ないぜ。他の番組でも使えるかもしれん」
ああ、この映像を転用するのか……でも何もないコレが使える番組が有るのか?
「田舎に泊まろうか?くらいしか使えないだろ?」
こんな山の中の寂れた映像なんて、他の使い道が有るのが信じられん。
「結構あるんだ。バラの映像を組み合わせたり、最近の編集機能は凄いからな。例えばドラマや映画、安っぽい奴は大抵色んな映像を繋ぎ合わせるんだ。
例えばウチが企画した和製ホラーはよ。人気の無い森の中って設定だが、役者と撮るのは都内の森でよ。他は行った事も無い癖に、こんな映像を使うんだぜ……」
そして簡単な最近の画像編集の技術を教えて貰った。そんな技術が有れば、簡単に低予算なB級特撮番組が出来るよなー……
いや技術が凄いと言い換えれば良いのかな?カメラさんと友好を深めていると、視界の隅にAD君がせかせか動いているのに気付いた。
何やら桜岡さんに看板の前で何かコメントを言って欲しいと頼み込んでいる。
君は演出も兼ねてるのか?
要望に応えて桜岡さんが、看板をバックに何かを話そうと……あれ?僕を手招きしてる?仕方無く近付いて聞いてみる。
「どうしたの?」トコトコと近付いて来て「看板だけ見て何かコメントって……何を言えば良いのか分からないわ」そりゃそうだな。
もう一度、看板を見て考える。
「んー、看板だけ見ての情報だと……先ずは基本的な情報のおさらいかな。何故、廃業に追い込まれたのか分かる?」
事前情報では知っているが、実際に目で見て判断出来る事も有る。
「業績不振でしょ?んー、そんな単純な質問はしないわよね……そうね、周りに見る所が滝と池だけ。それに交通も不便だわ」
良く出来ました。
「何よ、ニコニコして?気持ち悪いわよ」
そう言って胸板をバシンと叩く。音は凄いが痛くはない。逆に彼女の手の平の方が心配だ……
「酷い言われ様だな。この看板を見る限り、何にも無いのが魅力か?でもリピーターは来ないよね。
典型的な抱え込み型の観光ホテルだ。でも観光無い温泉無いじゃ余程、料理が美味いかサービスが良いかじゃないと……わざわざ来ないよね」
潰れる為に建てたホテルだな……
「そうよね。他に良い所が一杯有るし、一度来れば二度目は無いわよね」
手の平にフーフー息を吹きかけながら応える。痛いなら叩かなきゃ良いのに……
「いや、ホテルの経営方針とか営業戦略じゃなくて、霊能者としてです。何か分からないっすか?」
AD君が割り込んで来た。調査・準備で来たのに、もう撮影の方に比重が傾いてるな。
音声君もカメラさんも煙草を吸って手持ち無沙汰だし、少し長く話し過ぎたか……
「そうだね。水場には霊が集まりやすい。後は錆びてて見難いが、鳥居のマークが有る。
滝・池・神社は調べるべきだな。後は気が付いたと思うが、今走っている道路はホテル専用だと思う。
生活感や手入れをしてる気配が無い。付近に集落も有るのに利用してないのは何故だ?
集落もホテルとの関係を調べるべきだね。後は……」
「あー榎本さん。それカメラに向かい桜岡さんに喋って欲しいです。貴方はテレビに映りたく無いんですよね」
どうやら桜岡さんの仕事を奪ってしまったようだ。
「すまない、桜岡さん。君も気付いた事をペラペラと……じゃオッサンは下がるから、撮影を始めて」
そう言うと看板から少し離れた場所に移動する。丁度、適当な樹木が有ったので寄りかかる。看板の周りにはベンチも有るが、痛んでるから僕が座ると壊れそうだし……
桜岡さんは、さっきの話を上手く纏めて説明している。この後は池を調べて次は滝かな……
その後に付近の集落まで行ければ今日は十分だろう。池も滝も昼間見ただけでは何も分からないけど、鬱蒼と茂った森の中に澱んだ池が!
とか透き通った池が!とかテレビ的な画像は撮れるだろう……カメラさんは喜びそうだ。
「榎本さんって、霞ちゃんとの関係って?もしかして付き合ってたりする?」
隣りにマネージャーが立っていた。てか気が付かなかったよ……
「ねぇねぇ、付き合ってるんでしょ?」
人が今後の展開を考えてたのに、ニヤニヤと色恋話を振ってきやがった!この中途半端なロリ顔め。
「まさか!あんなお嬢様とオッサンがか?笑えない冗談だな」
この辺はキッパリ言わないと歪曲して広がるからな……
「年の差・身分の差カップルなんですか!凄いロマンティック……」
「アンタ、バカァ?んな訳無いだろ。てか人の話を聞けよ……」
「おっ?しかもアニオタ?霞ちゃんの梓巫女服に萌えちゃう感じ?いやー榎本さんて、エロオヤジなんだね。私も気を付けなくちゃ!」
この娘は典型的な色事大好きなトラブルメーカーっぽいな。勘違いや思い込みも酷いし……
気を付けないと大変だぞ。適当に話を濁して撮影が終わった桜岡さんに近付く。
後ろから「ヒューヒュー熱いねぇ!」とか野次が聞こえるが無視だ!
「ご苦労様。さて移動しますか?」
幸い桜岡さんは、マネージャーの暴走に気が付いてないみたいだ。
「そうですわね。でも池を見るだけで何か分かるかしら?」
そんなに劇的な事は分からないだろう。そんな意味も含むて両の手の平を上に向けて肩を竦める。
「行ってみないと分からないけど、大した事は……先ずは虱潰しに調査だからね」
看板一つで30分以上も使ったよ。少し急がないと今日のノルマが達成出来るか微妙だな。大体のタイムスケジュールを思い浮かべる。
4時過ぎには帰らないと、結衣ちゃんと一緒にご飯が食べれないからね。現在10時前だから、残り6時間って事だ。
車に乗り込み先ずは池へと向かった……
◇◇◇◇◇◇
のんびりと走りながら周りに目を配るが、何も無い。本当に荒れ果てた道路だ……
街灯なんて無いから、夜は普通に怖いだろう。闇を怖がると言うか、鬱蒼とした森は原初の恐怖が有る。
風や動物の立てた音だって怖いと感じるしね。看板から10分程度で池に着いた。
ほぼ円形で直径は100m程だろうか?水辺にはバーベキュー場が有り、キャンプも出来ただろうスペースが有る。
管理事務所だろう。
原型を留めたプレハブ小屋、それと貸しボートも陸上げされて残ってる。まだ使えそうだ……
池の周りも遊歩道だったのか、今は草がボウボウだが歩道の名残りも有る。
「これは……結構本格的に金を掛けて整備したんだな。貸しボートにバーベキュー場、それに遊歩道まで有るよ」
池の辺で全体を見回しながら感想を言う。
「でも肝心な池は……澱んでるわよ。滝が有るのに川に繋がってはいないのね」
確かに滝から川へ川から池へと流れれば、水は綺麗な筈だ。しかし、この池は澱んでいる。
つまり滝とは別の水源なんだな。足元に落ちていた大きめの石を広い、力一杯投げてみた。
大きな放物線を描き20m位の離れた場所にボチャンと水音を立てた。
「ボートが有る位だから、水深1m以上は有りそうだな。でも濁っていて底が見えないから分からない」
緑色と言うのは、藻とかが生い茂っているんだ。溺れたら体に絡んで大変だろう。
「ボート出してみる?」
「危険だな……放置したボートでかい?沈没したら大変だぞ。藻が絡むし、もしかしたら沼みたく泥に足を取られるかもしれない。
それより遊歩道を歩いてみよう。何か見付かるかも?さぁリーダー、皆を呼ぼうか」
周辺を好き勝手に探索していた連中に声をかける。
「おーい、桜岡さんが話が有るから集合!さて、桜岡さん。この後の方針を宜しく」
リーダーたる彼女が、皆に説明しないとダメだからね。バラバラと集まって来る連中を見ながら、今回の立場って難しいと思った……
◇◇◇◇◇◇
「さて皆さん、この池を調べますが……管理事務所は鍵が掛かっていましたから中には入れません。
管理者の方に会う時に鍵を借りましょう。バーベキュー場は何も有りませんでした。なので遊歩道を一周してみましょう。
あとボートは放置されて長そうですから危険です。今回は乗りませんわよ」
彼女の説明は中々分かりやすい。しかし草ボウボウの遊歩道を歩くのは大変だ。なので車から道具を取り出して来た。
愛車cubeの弱点はトランクスペースが小さいんだ。だから必要最小限の荷物しか積めなかった。
今回は必要な物が多くて選別が大変だったよ。
先ずは草を切り裂くブッシュナイフ!普段は安い海外製を使うんだけど、今日はお気に入りの山刀を持ってきた。
「蕨手(わらびて)山刀」土佐の名工、秋友義彦先生謹製の8寸5分の両刃だ!刀身から一体構造の共鉄柄の狩猟刀。この刃渡り255mmの前には、軟弱な草木など……
あとは軍手に虫除けスプレー、それにロープとタオルだ。タオルは頭に巻くのだが、蜘蛛の巣とか色んな物から守ってくれる優れもの。
ロープは10mだが、意外と色々な事に使える。
彼女の説明が終わった所で、参加者に軍手とタオルを渡す。
「えー補足ですが、軍手は分かりますよね。タオルは頭に巻いて下さい。
蜘蛛の巣とかヒルとか居るかも知れないから。後、僕が先頭で道を作りますから一列で進みましょう。
僕・桜岡さん・マネージャー・AD君・音声君・カメラさんの順番で。カメラさんは撮る時に僕が邪魔なら声を掛けて下さい、どきますから。
では行きましょう」
皆が準備を終わるのを待つ。マネージャーが虫イヤー!とか虫除けスプレーを盛大に体中に掛けているが……
夏場じゃないから肌も露出してないし、そんなに掛けなくても平気だぞ。
「では、行きますか!」
スラリと蕨手刀を抜いて、手前の草木を切り裂いて行く。うん、素晴らしい切れ味だ……ブルトーザーの様に掻き分けて進めるぜ!
「榎本さん、馴れてますわね。しかも、その刀……」
草木を切り裂くのに集中し過ぎて話し掛けられたのが分からなかったぞ。危ない危ない。
これじゃ刃物キチガイじゃないか……
「ん?ああ、コレかい。僕の田舎はね。今はダム湖の底だけど、此処に負けない位に山奥だったんだ。だから山歩きは馴れてるんだよ」
子供の頃は山の中が遊び場だった。小さな山刀を持って、走り回ったんだ。山刀で竹トンボを作ったり、山菜やウサギとかも捕まえた。
魚を釣って山刀で捌き、火をおこして焼いて食べたりもしたな。今の過保護な親達には発狂する子供時代だったぜ。
「本当に頼りになるわ。この番クマは。あとは、もう少し躾(しつけ)れば大丈夫ね……」
何か桜岡さんが不穏な言葉をブツブツ言っているが、危険だからスルーした……バンクマってなんだ?躾って誰をだ?
彼女は何を企んでいるんだ……
第35話
やはり刃物とは男心を擽る何かが有る!蕨手山刀を手に、バッサバッサと草木を切れば……
そのまま50mは進んだだろうか?何やら開けた空間に出た。
「ふぅ……ちょっと待って!何か開けた空間に出たから、調べてみよう」
後ろの連中に声を掛ける。問題の空間は円形で直径10m位だが、確かに人の手が入った跡が有るんだ。
最初は池の辺の休憩所とも思ったが、遊歩道を挟んで池の反対側が開けている。普通は池側に休憩所を作るだろう。
観光地として数少ない、景勝地で有る池を見せるんだから……
「あら、何かしら?榎本さん、祠みたいだわ」
桜岡さんが何か見付けたみたいだ……隣に並んで見れば、立派な楠木の下に小さな祠が有った。
その周りは雑草が刈られ、綺麗に掃除が行き届いている。
「清められて、お供え物も有るね。つまり信仰している人が居るのか……」
祠の前にはお酒と団子が供えられている。団子は卵を模しているから、蛇神かも知れない。
御神体は、石かな?石には文字がうっすらと書かれているが、殆ど読めない。
「大蛇……姫……領主……殆ど読めないから多分たけど、水神を祀ってるね。御神体も古そうだし、調べれば伝説が伝わってるかも知れないな」
リュックからワンカップを出して供える。大蛇、もしかしたら龍かもしれないが、そんな大物が相手じゃヤバい。
伝説の龍なんて、天候を自在に変えたりするんだぞ!そんな天変地異な連中が、おいそれと居る訳が無いんだけどね。
「何時もお酒を持ち歩いてるのかしら?飲み過ぎは体に悪いわよ」
ねぇ大丈夫?依存してない?私、アルコール中毒は嫌だからね。とか失礼な質問を続けざまに聞いてくる。
僕はアル中じゃないぞ!全く酷い誤解だ。
「当初は稲荷神だと思って、お酒と油揚げを用意したんだよ。でも信仰の生きている祠だから、お祀りしなければ大変だからね。
でも、此処に来るルートは遊歩道以外は……」
周りを見回すと、祠の後ろに草木を踏み固めた獣道が有る。曲がりくねっているので先を見通せないが、集落に繋がっている予感がする……
「道が有りますね……」
「行ってみようぜ?」
「何処に繋がってんだろう?」
AD君・音声君・カメラさんが獣道の先に行きたがっているが……
「先に池を調べよう。まだ集落とホテルの関係も分からないし、田舎の集落は排他的な場合が有る。余計なトラブルは避けよう。桜岡さんも良いかい?」
田舎って牧歌的で日本人の心の故郷みたいな感じがあるが、実は村八分とか陰湿な面も有るんだ。特に生活環境が厳しい所は顕著だ。
映画の楢山節孝でも有名だが、姥捨山や子供の間引きも有った。山で暮らす木地師達は、間引いた子供の為にコケシを作った。
コケシは「子消し」から来てるなんて云われも有るし……現代では笑い話だが、明治の初期頃までは実際に行われていたんだ。心配し過ぎかも知れない。
でも、いきなり訪ねるよりは下調べをするべきだよ。
「分かりましたわ。皆さん先に遊歩道を調べましょう。榎本さん、行きましょう」
「少し待ってくれ。撮影するから……」
カメラさんが、祠と周辺を撮影する。
「桜岡さんも看板と同じくコメント宜しく!」
AD君に言われ、祠を前に簡単な水神についての説明をする。流石は梓巫女だけあり、蛇神とか龍神とかの知識は僕より豊富だ。
簡単な事例と比較して説明している。これは面白い企画になるか、稲荷神・水神・廃墟と手を出し過ぎて纏まらなくなるか……
撮影が終わり、リーダーの一声で残りの遊歩道を調べる事にする。
しかし……散々遊歩道の草木を伐採し、祠に供え物もした。僕らが来た事を先方は知るだろう。
水神伝説か……全国各地に似たような伝説が有る。夜叉ヶ池の次女伝説・阿池姫伝説、大沼の黒姫伝説とか……
大抵は大蛇か龍が娘を見初めて連れ去る話だが、実は日照りや飢饉の時に生贄を水神に捧げた場合も有る。
あの池に生贄の娘達が沈んでいる事も考えられるんだ。稲荷神より危険かも知れないな……遊歩道は途中で休憩用の東屋が有った位で、特に目新しい発見は無かった。
鬱蒼と繁った草木に阻まれて、見落としが有るかもしれない。しかし6人掛かりで探したんだから大丈夫かな?
草木を切り分けて歩いたので想像以上に時間が掛かり、バーベキュー場に付いた時には太陽が真上に来ていた。
つまりお昼だ……
「ふーっ!流石に少し疲れたな。桜岡さん、休憩にしようか?」
流石に一時間以上も山刀を振り回していれば疲れる。バーベキュー場に備え付けられたベンチに座り、一息つく……
このバーベキュー場は机やベンチが有り、屋根も付いている。樹液でベトベトになった蕨手山刀をウェットティッシュで丁寧に拭き取り、油を染み込ませた布に包んでしまう。
刃物は手入れが大切だ。帰ったら本格的に手入れをするが、今はこれで良い。
序でに軽く汗をかいたので、顔や手をウェットティッシュで綺麗にする。何たって水道が無いから、ウェットティッシュは必需品だ!
「皆、昼飯にしよう。用意してあるかい?」
僕の声にAD君がワゴン車から弁当とペットボトルのお茶を運んで来た。
「これが噂のロケ弁か?」
何て事は無い仕出し弁当だが、美味しそうだ。
「一応6個有ります。種類はバラバラですが、お好きなのを……あっ僕は唐揚げ弁当っすから」
見れば、幕ノ内・唐揚げ・ハンバーグ・カレー・オムライス、それにカツ丼か……でもカレーとか冷めてるとマズくないか?
AD君が説明すると音声君やカメラさん、それにマネージャーが我先に選んでいる。
「あれ?桜岡さんは、選ばないの?」
ボーっと見ている彼女に聞いてみる。フードファイターな彼女が、ご飯に興味が無いなんて事が有り得るのか?
「うーん、あの手のお弁当って冷めてると美味しくないじゃない?だから私はパンを買って来たのよ」
そう言ってリュックから惣菜パンの山を机に広げた……その数10個!
卵やハムのサンドイッチ各種・懐かしの菓子パン等々、バラエティーに富んでいるな。何気に1リットルのコーヒー牛乳も有るし。
何処にしまっていたんだよ?
AD君なんて「桜岡さんって、そんなに食べるんすか?太りますよ絶対!」とか騒いでいるが宿敵としては、そうは思わない。
「桜岡さんにしては控え目だね。僕は結衣ちゃん手作りのオニギリ弁当だけど、半分交換しても良いよ」
そう言って重箱をドンっと机に置く。本当は皆で食べて下さいと渡されたんだが、勿論一人で食べ切る自信は有る。
蓋を開ければ、上段はオカズ、下段にオニギリが12個だ。
オカズはミニハンバーグ・玉子焼き・唐揚げ・エノキのベーコン巻き・インゲンと卵の炒め物、それにデザートだ。オニギリは梅・昆布・鮭・焼きタラコ!
「くっ……相変わらずの食事に対する拘りですわ。でもパンとオニギリだけの交換では、オカズが食べれませんわ!
レートが高すぎます。せめてオカズとオニギリを半分づつ……」
流石は僕が認めるフードファイター桜岡霞。さっそく交渉に入ってきたか……
「いやいや。お金で買えない価値が有る!だから市販のパンじゃ無理だよ」
ロリの手料理を市販品の惣菜パンと交換してあげるだけでも、大幅譲歩なんだぜ。
「ゆっ結衣ちゃんだったら、私と半分づつって言った筈ですわ!確認の電話を……あら、圏外だわ」
予想以上に落ち込んでいるな。そろそろ勘弁してやるか……
「はいはい。パンとお弁当は半分こですからね。食べ過ぎはダメだよ」
割り箸を渡して、半分食べる事を許可する。
「有難う御座いますわ……」
良い年をした女性が、泣きながら割り箸を割るなよ。パキンと良い音がして、綺麗にニ本に別れた割り箸を構える。
「「では、いただきます!」」
彼女は上品な癖に速い!それは、この間の大福でも知ってた筈だ。早食いなら僕の倍は食べれるんだ。
しかし何だ?このスピードは?
「ちょ、おま……少しは遠慮しろよ。それは僕の大好物のミニハンバーグなんだぞ!あっ、玉子焼きは甘い砂糖と醤油味の二種類だから、甘い方だけ食べない」
「おほほほほ!悔しければ、止めてご覧なさいな。ほら、喋ってないで咀嚼しないと負けますわよ」
僕も桜岡さんが買ってきた惣菜パンそっちのけで、凄いスピードで結衣ちゃんの弁当を食べ始めた。途中、狙ったオカズが一緒で互いの割り箸がガシガシ当たったが、気にせず完食。
「「ごちそうさまでした!」」
チクショウ、結局6割は喰われた……
「あれだけ半分こって言ったのに……ミニハンバーグ6個の内4個も食べたな!」
どれも美味しいが、その中でもお気に入りのオカズを選んで食べられた。
「中にチーズが入っていて美味しかったわ。今度の食事は私が奢りますから、それで良いでしょ?」
「市販品では、この心の痛みは癒されない……」
お金で買えないロリの愛が詰まってたんだぞ!
「私は、手料理は無理だから。はい、これを食べなさいな」
手を付けなかった惣菜パンの山を押し出してきた。心持ち足りなかったので、二人で惣菜パンを食べ始める……
悔しいから、コーヒー牛乳を半分強奪した。
間接キス?なにそれ、美味しいの?
しかし、この大量のパンはローソンで買ったんだな。パンにはシールが貼って有り、30枚でリラックマ皿と交換出来るみたいだ。
一応シールを剥がしておく。
「「「「あんたら、まだ食べるんかい?」」」」
他のメンバーからの突っ込みはスルーした。僕らにとっては、これ位は普通なんだよ。
「しかし……同じだけ食べても体型が変わらないって凄いよな」
自分のパンパンのお腹を叩き、桜岡さんの細いお腹の辺りを見て思う。女体の神秘を……
「榎本さん?目つきがイヤらしいですわよ。でも美味しかったわ。有難う御座いました」
この辺が良い所のお嬢様なんだよな。お礼を言われては仕方ない。
次は……あのフルーツのタカノの巨大パフェを奢って貰ってチャラだな。
「少し休んだら、今度は滝に行ってみよう。あとはホテルの近くまで行ってみようか?」
お昼休みを考えても、4時迄には3時間しかない。初日だし、そんなに根詰めて調べなくても良いから。
「そうね。でも色々と調べる事が増えたわ。周辺の集落・ホテルとの関係・祠の事。まだまだ有りそうね」
僕らが話してると皆が集まってきたので、簡単なミーティングをする。
「なになに?やっぱホテルまで行くんすか?」
AD君が勝手な想像を言うが、何度も言うが調べるまでは接触しないよ!
「いや、ホテルの近く迄だよ。この後は滝も調べるし道の周りも調べる。ホテルの近くまで行くのは立地や周辺の確認をする為だよ。
AD君だってロケの事前調査するだろ?それと同じだよ」
なんかムッとした顔だな。まだ管理者に会わない事を根に持ってるのか?
「なんか地味っすね。もっと、こう……何て言うか。ゲームのダンジョン攻略みたいに」
「問題の廃墟を攻略しろってか?僕らは自分の身を守る術を持ってるよ。でも君達の安全を考えて行動してる。
君の言うゲームだって、レベル1で魔王の城に突撃しないだろ?それと同じだよ」
命張ってる仕事なんだ。自分の力(霊能力)に見合った進め方をしないと危険なんだよ。
「あの廃ホテルって、そんなに危険なんすか?でもネットに書き込みが有るって事は、素人さんも入ってるんすよね?」
ああ、ネットの情報を全て信じちゃうんだ。
「確かにネットでは情報が溢れてる。でも廃墟探検系では何年も前から画像はアップされてない。廃墟マニアには魅力的なアレがだよ」
それでもAD君は納得してない顔だ……
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