魅鈴さんと二人で千葉の亀宮本家に向かっている、自宅から車で久里浜港に向かい東京湾フェリーに乗れば金谷港まで45分の船旅だ。
フェリーは車ごと運んでくれるので便利だが手続きは少し面倒だ、車検証を見せて重量や大きさの確認が必要になる。
だが陸路だとアクアラインを利用すると時間も余り変わらず料金は高い。
「良い天気ですわね、それにソフトクリームを食べるなんて久し振りです」
「流石にビールとツマミって訳にはいきませんから……」
後部デッキに備え付けられたベンチに並んで座る、前方は風が強いし折角の良い天気だから船内だと味気ない。
視界の隅にグループ旅行なのかビールで乾杯している若者達が見える、ツマミは持ち込みのケンタッキーフライドチキンか……
僕等は三浦産のメロンを使ったメロンソフトクリームを食べている、何と無く食べたくなったのだが地場のメロンを使ってる割りにはチープな甘さだ。
「こうして二人で旅行するのは初めてですわね?」
「まぁ神奈川から千葉だと日帰り旅行の距離ですが……」
妙に嬉しそうに微笑んでいる彼女は乗客数の割りに若い綺麗な女性が少ない為か人気の的だ。
隣の酒盛りグループもそうだが他の乗客もチラチラと盗み見ている。
そんな中での『二人で旅行』発言の後は周りの緊張感が高まった気がする……
「今年の夏休みですが、出来れば静願と結衣ちゃんも一緒に何処か泊まりで旅行にいきませんか?」
「夏休みですか……」
来週末は結衣ちゃんと二人で奥湯河原温泉に旅行に行くのだが、その先の夏休みなら皆で行くのも良いかな。ならば桜岡さんも一緒に……
「私と二人で居るのに他の女性の事を考えてませんか?」
拗ねた顔で手を腕に乗せないで下さい、周りから浮気者みたいに思われますから。
「えっ?いや、旅行はOKですが結衣ちゃんと桜岡さんも一緒にですね」
「桜岡さんもですか?そうですわよね、同棲してますし……」
『おい、浮気かよ』
『アレか?ヤクザの情婦か?偉い色気有るし……』
『リア充はモゲれば良いんだよ、むしろシネ!』
酷い罵詈雑言が小声で聞こえてくる。酷い誤解だぞ、家族旅行だぞ。睨みを利かせてグルリと視線を動かせば、コソコソと移動して行きやがった。
広い後部デッキに二人切りとは逆に不味い状況だ……
さり気なく拳二個分の距離を置いてメロンソフトクリームを舐める、チープな甘さが心地よいが雰囲気は居辛い。
「その、桜岡さんとは何時挙式を?」
物凄く悲しそうな顔をしてトンでもない事を言われたぞ?
「いや、僕等はそういう……」
途中まで言って思い出した、対外的に僕と桜岡さんはお付き合いしているんだった。
「……そういう具体的な話は未だ出てません」
「そうなんですか?やはり結衣ちゃんの為かしら?」
危なかった、僕等はそういう関係ではありませんって言う所だったぞ。うっかり本音を話してしまう所だった、気を付けなくちゃ駄目だ。
気分を切り替える為にソフトクリームに噛り付く、一口でコーンの部分の半分まで口に入れた。モグモグと咀嚼し、もう一口で残りも口の中へ押し込む。
「少なくとも結衣ちゃんが高校を卒業する迄は(彼女と)結婚する事は(世間体的な意味で)出来ません」
胡蝶との約束は五年、高校卒業と共に結婚から出産と進めないと駄目だ。茨の道だ、僕は彼女に気持ちを伝えていない。
「随分と気を遣っているんですね、未だ四年以上も先ですよ」
「それ位は待ちますよ、約束ですから」
「(結衣ちゃんとの)約束ですか?」
「ええ、(胡蝶との)約束です。それから結婚して子供が欲しいのです。
その頃には最前線で除霊をする危ない事はしない様になりたいですね。資産はそれなりに貯まりましたから、所謂普通の幸せな生活が出来たら……」
あと五年、加茂宮の当主達を食えば胡蝶に敵対出来る様な奴も居なくなる。後は結衣ちゃんと子宝に恵まれた幸せな結婚生活を送れれば……
「沖縄で聞いたのと同じ答えなんですね。
結衣ちゃんが独り立ちする迄は独身を貫くのですか?それでは榎本さん自身の幸せが無いじゃないですか?貴方をそこまで拘束する、あの子が私は……」
汽笛が鳴り響いた為に魅鈴さんが何を言ったのか聞こえなかった。聞き返すには彼女の表情が真剣過ぎて気後れしてしまったんだ。
「そろそろ金谷港に着きますね、車に戻りましょう」
「ええ、そうですわね」
腕に抱き付く魅鈴さんの肉塊が悩ましい、払いたいが払えないない。だが前よりも嫌悪感が無いんだよな、少し困る位なんだが……
『ふふふ、正明よ、我の力を思い知るがよいぞ』
『胡蝶さん?』
幾ら脳内会話を試みても胡蝶さんは応えてくれなかった……
◇◇◇◇◇◇
金谷港から亀宮本家迄は一時間程のドライブで到着する、今日も県道は空いていて予定より早く着きそうだ。
フロントガラスから見える雲は夏に見える入道雲で空は何処までも青い。
「私も一応は亀宮の勢力下に入っているのですが、本家にお邪魔するのは初めてですわ」
「デカい屋敷ですよ、流石は700年の歴史を感じますね。庭にデカい池が有って中に歴代当主が生活する家が有るんです、金閣寺みたいなのが!」
周りには亀ちゃんの眷属の亀達が群をなして居たよな。アレは絶対に防御を兼ねた配置だった、巨大な噛み付き亀が大量に泳いでいたし……
「ふふふ、流石は亀宮一族に招かれるだけの事は有りますね」
「勧誘を断る為にですが、亀宮さんには随分とお世話になってます」
色々と余計な厄介事も増えたし、苦労も倍プッシュだけど……それでもフリーだった僕が何とか霊能業界に居られるのは間違い無く亀宮一族の庇護を受けてるからだ。
それに亀宮さんを通じて知り合った人達も多い、だから感謝している。
◇◇◇◇◇◇
45分程のドライブは和やかに会話をしていたら直ぐに終了、亀宮本家の裏手の専用駐車場のNo.12のスペースに愛車キューブを停める。
周りがベンツやらリムジンばかりの高級外車の中に国産大衆車は浮くな……
「到着です」
「このナンバリングしている駐車場に停めて良かったのですか?」
流石に魅鈴さんも高級外車に挟まれる様に駐車した場所が気になったみたいだ、今日はNo.1とNo.2とNo.5も車が停まってる。
亀宮さんも若宮の婆さん、それに五十嵐さんも居るのかもな。
「大丈夫です、僕に割り振られた場所なので……何でも僕は亀宮一族の中で序列十二席らしいんです」
ハハハって誤魔化し笑いをしながら後部座席から荷物を取り出す。
前回帰り際に渡されたセキュリティカードを使って立派な漆塗りの門を開ける、中に入ると奥から滝沢さんが近付いて来るのが見えた……少し慌ててる?
「おはようございます、榎本さん。到着する前に連絡をくれると助かる、警備室から無線を貰って慌てたぞ」
「それは済まない、予定通りの時間だったから」
遅れそうなら大人の常識として連絡しようと考えていたが、監視カメラは気付かなかったな。
「小笠原さんもお久し振りです、沖縄以来ですね」
「ええ、ご無沙汰してます。今日はお世話になりますね」
和やかな会話をしながら歩いていく女性陣に付いて廊下の奥へと進んで行く、この先はご隠居衆の個室が有る通路だな。
多分だが亀宮さんに挨拶してから着替える場所を借りて、それから祭壇の間に向かうんだろうな。
No.12の部屋の前に来た所で、滝沢さんが止まったぞ?
「榎本さんは自室で待機して下さい、先に亀宮様が小笠原さんと話したいそうです」
有無を言わさぬ感じで部屋で待ってろって言われた、まぁ亀宮さんが魅鈴さんに何かするとは思ってないが……
「自室って部屋まで与えられてるんですか?榎本さんって亀宮一族内での立場って、私が考えているよりもずっと上なんですね」
いや、食い付く所が違うでしょ?亀宮一族の当主と二人で話したいって言われたんですよ!魅鈴さんって旦那との事は消極的だったけど、それ以外の事には肝が座ってるのか?
「榎本さんは亀宮一族内で序列十二席、ご隠居衆の次席です」
「まぁ?それは凄いですわ、流石ですね!」
凄く嬉しそうだけど、巨大組織の上位者なんて相応の義務と苦労を背負わされるんです!僕は目立たず静かに自由に暮らしたいのに周りがソレを認めないんだ……
『もう手遅れだ、純粋な戦闘力なら対人も対霊も最強に近い事を示してしまった。後はハーレムルート一直線だな』
『胡蝶さん、五年待つ約束ですよ。ハーレムにはなりませんよ』
脳内会話に突っ込みを入れる、宿主にハーレム構築を熱望する幼女ってどうなのよ?
意気揚々と亀宮さんに会いに向かう魅鈴さんの後ろ姿を見送る、亀宮さんの事だから悪くは扱わないと思うが何故か不安が拭えないんた……
◇◇◇◇◇◇
部屋に入ると既にエアコンで適温にされていて……五十嵐さんと東海林さんが仲良く日本茶を飲んで寛いでいた。
「いらっしゃい、榎本さん」
「お疲れ様です、榎本さん」
「何故、と聞いても良いですか?」
何の疑問も無く彼女達を受け入れるのには抵抗を感じて声を掛ける。自然に応接セットの空いたソファーに座ると、五十嵐家当主自らが日本茶を淹れてくれた。
「有り難う御座います」
礼儀的に一口啜るが高級な旨い日本茶だ、日本茶好きな結衣ちゃんに色々と飲まされているから分かる。
「えっと、東海林さんも居るって事は……」
「式神札の事です、多分ですが犬神札になるのでしょうか?今持ってますか?」
犬神札?あの式神札は大量に制作中なので一応持ち歩いている。
式神札を入れている札入れを上着の内ポケットを取り出す、取り敢えず十枚持っている内の一枚を渡す。
「ふむ、基本に忠実で綺麗な出来ですね。籠められた霊力は強いのは流石ですが……これであの子が具現化するのですか?」
東海林さんから式神札を受け取り起動させる為に霊力を流し込む、和紙に書かれた文字が金色に輝き式神札を中心に霊力が広がり白い犬を形作る……成功だ。
「この子です、前と同じ子かな?」
前回も同じ白い犬で短毛種だった、雑種っぽい感じも同じだな。赤い目と鋭い牙と爪も変わらない……
両脇に手を差し込み持ち上げると前回と同様にメスだな、やはり同じ子か?
「あっ?こら、舐めるな……落ち着け!」
この子と繋げたラインを通じて大人しくさせる、大きさは中型犬位だが重さを感じないのに力強い。
膝に乗せて頭を撫でるとサラサラな毛並みが気持ち良いな、式神犬なのに癒される。
「自我が有る子を生み出せるなんて……榎本さん、触っても良いですか?」
「ん?どうぞ、暴れるなよ」
右手を腰に左手で背中を持って東海林さんに差し出す、赤い目が彼女を見詰めるが大人しくしている。
東海林さんも膝に乗せて色々と触って調べている、口の中まで覗いているけど随分と慎重だな。
「はい、分かりました」
東海林さんが僕に差し出すと軽やかに飛び上がり一回転して膝に着地した、かなり素早いな。
「それで、この子はどうでした?」
「そんなに普通の犬みたいに撫でないで下さい、その犬神は中級クラスの力を持ってます。
それに榎本さんとの強い繋がりを感じます、過去に因縁が有った子じゃないですかね?」
因縁?この子と僕がか?
『赤目、憶えがないか?犬飼一族との諍いでお前の影響下に置いた犬達を……』
『まさか、あの子達か?』
胸くそ悪い術により畜生霊として使役されていた犬達、確か魂を解放した筈だった……
「お前、赤目か?」
「ワォーン!」
膝の上にいた子は一声鳴くと今迄よりも存在感を増した、僕の膝から飛び上がると床に着地し四肢を踏張る。
「名を与えた事により術者と更に強い絆を得た見事な犬神……」
東海林さんの小さな呟きが聞こえた。