榎本心霊調査事務所(修正版)   作:Amber bird

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第248話

 式神といえども温(あたた)かい、温(ぬく)い、ある意味幸せだ。だが僕に関わりの有る人外が全員一つの布団に集まるってさ。

 

「どうなんだろう、胡蝶さん?」

 

「む、喜べば良いだろう?」

 

 仰向けで寝ている僕の両脇に赤目と灰髪、腹の上に胡蝶さん、頭に悪食が鎮座している。

 

「胡蝶と悪食は戻ってくれ、そろそろ起きる時間だし桜岡さんか結衣ちゃんが起こしにくるよ」

 

 カーテンから差し込む明かり具合からみて日は昇っている、今日は天気予報通りに快晴だろう。

 

「む、そうか。しかし眷属が増えるのは喜ばしい事だな。まだ銅板も有るし赤目達が安定したら妖(あやかし)を探して式神にするか……」

 

「いや、これ以上増やしたら扱い切れなくないか?探索特化の悪食に戦闘用の赤目達、汎用の胡蝶が居ればOKだろ?」

 

「全くバランスは良いが正明の子を産む奴が居ない、全員メスなのに何とかならんか……」

 

 僕のお腹の上で器用に不貞腐れながら胸の中へと潜って行った、だが赤目や灰髪が相手だと獣姦だし悪食は虫、卵から生まれる昆虫だぞ。

 その擬人化式神ハーレムっぽい流れは勘弁して欲しい。

 

『幾ら式神とはいえベースは犬や油虫なんだから変な魔改造は止めてくれよ』

 

『霊力が高まり格が上がれば人に近くなる連中も居るぞ、探す妖(あやかし)は人に近しい者達が良いな……』

 

『ちょ?胡蝶さん、胡蝶さん?』

 

 それから幾ら脳内で呼び掛けても彼女は応えてくれなかった……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 赤目と灰髪を連れて行くので愛車キューブにて亀宮本家に向かう、後部座席に行儀良く並んで座る出来た子達だ。

 たまに抜かしていく車の連中が驚いた様に見ている、当初中型犬だったが今は大型犬……ゴールデンレトリバー程度の大きさに成長した。

 悪食もそうだったが主(僕+胡蝶)の霊力を吸って力を強くしていくのだろうか?

 

 因みに悪食は膝の上に乗って触角をヒクヒクさせている、先任式神として赤目達にも教育したらしい。

 

 横浜横須賀道路から首都高速道路に乗り継ぎアクアラインを通る、今日はウミホタルで休憩するか。

 

「車を降りるから悪食は影に入ってくれ、赤目と灰髪はそのまま大人しくしてくれ」

 

 慣れない長距離運転の為に休憩は小まめに取る事にする、先ずは凝った筋肉を解す為に軽くストレッチをする。

 肩周りを重点的に解したらトイレ(小)に行ってコーラを買おう、疲れを取る為にチョコレートも買うか……

 

 レモンコーラなる不思議な新作を購入、疲れを甘味で取ろうとキットカットも買ってみた。

 色々とご当地味のキットカットが有ったがノーマルにする、抹茶味は分かるがスィートポテト味とか微妙じゃないか?

 

 車に戻ると小学生位の男の子と女の子が赤目達を見ていた、後ろには両親らしき人達も……

 

「おじさんの犬?赤い目って珍しいよね!」

 

「わんわん、閉じ込められて可哀想だよ!」

 

 ドアロックを解除したら話し掛けられたが、両親が引き攣った笑みを浮かべながら子供達をホールドして数歩下がった、別にヤクザじゃないし危害を加える様な事はしないぞ。

 

「あと一時間もしたら外に出して遊ばせるから大丈夫なんだよ、此処は他にも人が居るからね。この子達は大きいから此処で出したら怖がる人も居るんだ」

 

 男の子の頭をポンっと軽く叩いて説明する、実際は後ろのご両親に対して僕は無害だと示したのだが……

 

「わんわん、お外で遊べるの?」

 

「ああ、もう少ししたらね」

 

 両親に向かい軽く会釈すると車に乗り込みエンジンを掛ける、出発すると子供達が凄く喜んでいるから不思議に思ってルームミラーで後ろを確認すれば……赤目がパワーウィンドウを操作して窓を開けて手を振っていた。

 

「お前達、もう少しだけ自重してくれないかな」

 

「「わふ?」」

 

 疑問系で返されたぞ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 指定されたNo.12の駐車スペースに車を停める、今日は事前に到着時間を滝沢さんにメールで教えてある、前回急に来るなと文句を言われたからな。

 直ぐに五十嵐さんと東海林さん、それと壮年の男性が後ろに立っているが彼が湊川(みなとがわ)さんだろうか?

 茶系のスーツを着こなす僕とは正反対の痩せ形で神経質そうな美形が出迎えてくれた。

 

「おはようございます、皆さん」

 

「「わん!」」

 

 律儀に頭を下げて鳴く赤目達の頭を撫でる、癒されるな。

 

「ほぅ、中々躾けられた式神犬だな……力は中級クラスだが具現化して数日にしては絆が強過ぎないか?ああ、初めまして。湊川です」

 

 そうか、この子達は中級クラスの力が有るのか……

 

「初めまして、榎本です。絆の件はですね……この子達は以前質の悪い飼い主に畜生霊として使役されていて僕が祓ったのですが、何故か式神として具現化したんです」

 

 何となく並んで歩きながら話す、相変わらず五十嵐さんは空気だな、会話に交ざれないのか交ざらないのか……

 

「なる程な、魂を取り込んで式神化する事は良く有る事だぞ。俺の式神達もそうだ、瑠璃姫よ来い!」

 

 湊川さんの掛け声と共に彼の影から茶色いネ……コか?

 

「主様、お呼びですか?」

 

 妙齢の様な猫顔の女性が現れた、身長150㎝位の浴衣姿の女性だが茶髪ロングなのに顔は毛むくじゃらの猫だ。

 

「何を固まってるんだ?」

 

「ねねねね、猫だよな?猫人間だよな?」

 

 後ろ姿は完全に女性だが良く見れば手足も毛むくじゃらで人の掌と同じだが肉球が有る、だが無理に直立してる不自然さは無い。

 

「彼女は瑠璃姫、種類はアビシニアンの長毛種でイギリス生まれの日本育ちだぞ。人懐っこくて活発、だけど人見知りしやすく神経質な子だが筋肉質で鳴き声が鈴を転がした様に綺麗なんだ」

 

 何かウチの子自慢を始めた……化け猫は日本でも有名な妖怪だが、まさかの洋物しかもイギリス生まれとはな。

 物凄い自慢気に語りだす湊川さんの目には暗い光が見える、まかさとは思うが獣大好きの変態男じゃないだろうな?

 

「あの、東海林さん……彼は、その……」

 

 僕の困惑を読み取ったのか東海林さんは安心させる様に微笑んだ。

 

「彼は大丈夫です、所謂ムツゴロウさん的な動物大好き人間ですから。因みに年下の若い奥さんを大切にしている愛妻家で恐妻家でもあります」

 

 ムツゴロウ?ああ、畑さんの事か……

 あの人も多才だよな、麻雀は日本プロ麻雀連盟で九段、囲碁はアマチュアで五段、小説も書くし絵も描いて個展も開いてるらしい。今は何をしてるんだろうか?

 

「伝説級の動物好きな人と同等って事ですね、どちらにしても凄い人なのは理解しました」

 

 赤目と灰髪が僕の背中に飛び乗り顔だけ出して様子を伺う事を考えても、動物的には凄い(危険な)人物だと分かった。

 この子達(胡蝶・悪食・赤目に灰髪)は全員女の子だから不必要に彼に近付かせない様にしなければ……

 

「そんなに警戒しなくても僕は僕の式神が可愛いから浮気はしない、なぁ瑠璃姫?」

 

「はい、主様は私達を大切に扱ってくれます」

 

 嬉しそうな猫人間の声を聞けば大切にされているのは分かる、彼女にとっては良い主なのだろう。だが私達となると他にも式神が居るんだな。

 

「君が湊川さんの式神の中で最高位かい?」

 

 No.5の扉を通過したから僕の割り当てられたNo.12の部屋に行くのだろう、相変わらず五十嵐さんは空気だな、どうした自動書記による未来予知は?

 

「何故だい?瑠璃姫の攻撃力は高くないぞ」

 

「人語を理解する子は多いが喋れる子は少ない、亀ちゃんですら会話は出来ないじゃないですか」

 

 何も戦闘力だけが優劣を決める決定的な事じゃない、知力も大切だ。瑠璃姫は会話が出来る、つまり人語を理解し返答する知性が有る。

 

「そうだな、僕が一番信頼してるのが瑠璃姫だ。

榎本さんは見掛けの筋肉に騙されたら危険って言うのは本当だな、油断がならないぜ。あと結構酷い噂も流れてたが実際に会うと違うんだな」

 

 ハッハッハ、とか笑うのは良いが何故、瑠璃姫の腰を抱いているんだ?瑠璃姫も猫顔なのに妙に色っぽく嬉しそうに感じるのは気のせいか?

 だが亀宮一族に広まった僕の悪い噂は中々消えないみたいだな……

 

 丁度No.12と書かれた扉の前に着いた、中から人の気配がするが多分亀宮さんだろう。

 

「やはりか……おはよう、亀宮さん」

 

 扉を開けるとソファーに亀宮さんが座り後ろには滝沢さんが立っている。

 

「おはようございます、榎本さん」

 

「おはよう、榎本さん」

 

 笑顔の亀宮さんと苦笑の滝沢さん、多分だが僕の驚きから納得の顔の変化が面白かったのだろう。

 亀宮本家の主人は亀宮さんだから何処に居ても構わないのだが、連絡を入れても迎えに出て来なかったから多分部屋に居ると思ってた。

 

「こっ、これはこれは亀宮様、どうされました?」

 

 あれ?妙に慌てているけど、湊川さんって亀宮さんの事が苦手だったりするのかな?

 

「おはよう、湊川。それと瑠璃姫も久し振りね……触って良いかしら?」

 

 ああ、可愛いモノが大好きな亀宮さんにとっては瑠璃姫も可愛い部類なんだな、彼女の目も妖しくなっているし……

 

「もっ、勿論です。御当主様に可愛がって頂けるなんて、幸せですニャ」

 

 語尾にニャって付いたぞ、相当動揺してるな。

 亀宮さんは瑠璃姫の肉球を両手で楽しそうに揉んでいるが瑠璃姫は困惑気味だ、主の主である亀宮さんには逆らえないだろうし。

 亀宮さんが肉球から尻尾を触り始めた、ゾワゾワしてるのを耐える瑠璃姫が可哀相になってきたぞ。

 

「亀宮さん、その辺で止めて上げてくれるかな?そろそろ湊川さんの話を聞きたいんだ」

 

 やんわりと止めてくれる様に頼む、流石に猫の尻尾を逆立てて撫でるのは嫌がると思うぞ。

 

「そうですか?それは残念ですが仕方ないですね。瑠璃姫、また今度触らせて下さい」

 

「はっ、はい!」

 

 スルリと亀宮さんの腕から抜け出し湊川さんの背中に隠れた瑠璃姫を見て、やっぱり猫の式神なんだなと思う。

 確か御手洗は女性の妖怪に憧れていたが彼女は対象外なのだろうか?

 

 恋愛対象として瑠璃姫を見るならば、付き合い方を考えねば駄目だと思うな。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 漸く式神講座が始まった、講師は湊川さんで生徒は僕で、その他が沢山……

 僕に赤目と灰髪、五十嵐さんに東海林さん、湊川さんと瑠璃姫、亀宮さんと亀ちゃんと滝沢さん、狭くもない部屋が狭く感じる人工密集度だな。

 

「先ずは一番気になっている事から解決しましょう。式神達の維持、毎回式神札で喚び出す無個性な子達と違い明らかに自我を持った式神の維持には核となる物が必要になります」

 

 核、霊力を含んだ術具や宝石、それらに準ずる物だな。

 

「核ですか、霊力を込めた水晶なら幾つか有ります。後は術具でしょうか?」

 

 水晶は自前で作れるが術具は犬飼一族から手に入れた扇子位しかないぞ、勾玉は掌に埋めてしまったし艶髪の玉は調べてないから危なくて使えない。

 

「水晶?良いですね、今持ってますか?」

 

 用意していた水晶をポケットから取り出す、何時もは高野さんに譲るのだが今回は自前で使う。

 

「ほぅ……中々の水晶ですね、漲る霊力も強い。これなら使えるでしょう。しかし、これ程の水晶を何処で手に入れたのです?」

 

 掌で水晶を確かめる様に転がしている、高野さんにも言われたが胡蝶の霊力は特殊なので強い力を秘めているからな。

 霊具としても高性能だし入手先が気になるのだろう。

 

「風水師のマダム道子と知り合えまして、定期的に購入しています」

 

 正確にはマダム道子から購入した水晶に胡蝶が霊力を込めた物なのだが、全てを正直に言う必要は……今は無いな。

 

「おお、マダム道子の!あの同業者を嫌う変人から定期購入出来るとは驚いたな」

 

 結構有名なんだな、マダム道子の同業者嫌いは……でも実際は欲に捉われた連中が店に辿り着けない陣を構築してるだけなんだ、胡蝶には効かないけど。

 

 問題となる核は用意出来た、後は手順を教えて貰うだけだ。


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