榎本心霊調査事務所(修正版)   作:Amber bird

136 / 183
第249話

 赤目と灰髪の維持の為に東海林さんの配下である湊川さんに教えを請うた。

 核となる水晶は用意出来たので、後は術を教わり実行するだけだ……観客は多いが。

 

 しかし五十嵐さんには借りと言うか恩が増える一方で怖い、何とか返しているがガチガチに固められない内に対等に戻しておかないとキツい。

 これが彼女の特殊霊能力である自動書記による未来予知だったら大した策士だが、向かい側に座り困惑気味な彼女を見ると周りの配下達が上手く動いて本人は何もしないのに事態が進んで困ってる様にしか見えない。

 流石は700年の歴史を誇る亀宮一族の有力氏族って事だ、配下にも有能な連中が多い。

 僕みたいに胡蝶によるドーピングで戦闘力が高くなっただけとは違う他の強さが有るんだよな。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 僕に割り当てられた部屋から祭壇の間に移動した、式神固定の秘術は本来は陽香家に属す者達にしか使わせないのだが、今回は特別だそうだ。

 

 特別……また恩が重なるのか。

 

 東海林さん自らが床に霊力を込めた薄墨で陣を描いていく、湊川さんは赤目と灰髪に御札を貼り水晶を額に当てて何やら呪文を唱えている。

 僕は見てるだけだが胡蝶さんが真剣に術式の内容を観察している。

 

『ふむ、陣の構成は何となく分かる、似たような陣を見た事が有るからな。

赤目達に施している術は核となる水晶との親和性を高めているのだろう。これは一度見た程度では真似出来ぬな、流石は陰陽道の名家の秘術だけ有るぞ』

 

『やはり現代で非常識過ぎる式神を操れる一族の事だけは有るって事か……確かに僕でさえ強力だと思う赤目や灰髪を中級クラスと言ったんだ、この子達より強力な式神も居るんだな』

 

 あの瑠璃姫だって戦闘力は赤目達と同じ位だが会話が出来る事が凄い、意志の疎通が早いのは圧倒的なアドバンテージだ。

 僕は赤目達に命令は出来るが彼等の気持ちを理解するのは全ては無理で時間も掛かる。瑠璃姫は自分の考えを湊川さんに提案したり相談したり出来るんだ。

 

「準備が整いました、その子達を陣の中心へ……では始めます」

 

 東海林さんが祝詞を唱え始めた途端に床に描いた文字から光が溢れ出す。

 光はそのまま霊力となり赤目達に纏わり付いていくが、痛み等な無いみたいで神妙な顔をしているな……

 五分位過ぎた辺りで変化が起こる、周りに集まっていた霊力が赤目達に吸い込まれていく、正確にはあの子達の額に置かれた水晶に向かってだ。

 

「「ワォーン!」」

 

 二匹が一声吠えると一瞬だけ輝きが増して、その後徐々に消えて行った……

 

「ふぅ、成功ですね。しかしこれは……」

 

 眩しさにチカチカしている目を擦り視力を戻してから赤目と灰髪を見ると……

 

「お前達、何て言うか……こっコラ、駄目だって、舐めるな、落ち着けって!」

 

 大型犬ほどの大きさだったのに最初の中型犬程の大きさに縮んだ、見た目は普通なのだが存在感が有るな、いや目が知性的なのか?

 

 元々雑種だが真っ白な体毛に赤い目がより輝いている赤目。甲斐犬らしいが全体的に毛並みが灰色で黒のメッシュが入っている、瞳は真っ黒だ。

 じゃれ付く二匹にラインを通じて大人しくさせるが撫でる毛並みは、やはり油脂等は無くサラサラだ。

 

「「わふ!」」

 

「ん?何だ、未だ何か有るのか?」

 

 僕の問いに真後ろに飛び去るとクルリと一回転して着地する、四肢で大地を確りと力強く踏ん張る……

 

「お前達、更に大きくなってるじゃないか!」

 

 術の前は大型犬サイズだったのに、変化したのかライオンサイズになっているし牙も爪もより鋭い、そして額には水晶が浮き上がった。

 

「「がぅ!」」

 

「それがお前達の戦闘体型か、確かに日常を共に暮らすには変化は有効だな」

 

 流石にライオンサイズでは二匹同時にワシワシするのは大変だ、気持ち体毛も太く固くなってるし筋肉の付き方も凄い。だが急所の位置に弱点っぽい水晶が剥き出しはどうだろうか?

 身体を寄せてくると胡蝶でドーピングしている僕でも踏ん張らないと押し倒されそうだ、この子達は相当力が有るぞ。

 

「お前達、爪が僕の親指くらい有るな、牙も長いしより攻撃的なのに可愛いのは何故だ?」

 

「「わふ?」」

 

 良かった、瑠璃姫みたいに人化したら大変な事になってた、犬形状で進化して本当に良かった。

 

「感動の最中に悪いが続きを説明するから落ち着けな?」

 

「ああ、済まない。興奮してしまったって亀宮さん、程々に……」

 

 

 赤目と灰髪にダイブした亀宮さんがモフモフ祭りを始めたが、彼女は本当に可愛いモノが大好きだよな。

 ラインを通じて彼女が落ち着く迄無抵抗で相手をする様にお願いする、基本的には無害で優しい人だから大丈夫だろう。

 具現化した亀ちゃんも見張っているから安心だ……と思う。

 

「あの子達は亀宮様に任せて残りの説明をするぞ」

 

 瑠璃姫を背中に張り付けた湊川さんが声を掛けてきたが、現当主の痴態についてはノーコメントか?

 それから式神の維持や治癒について色々と教えて貰った、まだまだ学ぶ事は多そうだな……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 湊川さんから教えて貰った事、先ずは式神達を自分の影に収納する方法、次は式神達の回復方法。

 一番必要としている事を教えて貰えたので後は時間を掛けて学んで行けば大丈夫だ、普通は式神を召喚出来る前に覚えて行く事だが僕の手順は逆だな。

 

 式神を影に収納する方法は経験済みだから問題無かったし式神の回復は額の水晶に霊力を注ぎ込めば良い、大切なのは東海林さんと湊川さんが行った式神の安定化の術式の方だ。

 各流派の秘術を行って貰った事で対外的には僕も陰陽道陽香家の関係者になった訳で、もう他の流派には弟子入り出来ないそうだ。

 亀宮さんの魔の手から逃げ出した赤目達は僕の影に潜り込んだ、暫らくは喚んでも来ないだろう。

 そして僕は恩を返す為に早速古文書の解読をする事にして書庫へと招かれた。

 

 相変わらず高級で座るのを躊躇する様なマホガニー製のデスク、機能より芸術性を優先したアンティークのデスクスタンド、椅子はフカフカで自分の場違い感をヒシヒシと思い知る。

 抽き出しからマスクと手袋を取り出して装着する頃に東海林さんが鍵付の桐箱から巻物を取り出した。

 

「これです」

 

「如何にも古そうな巻物ですね、特に何かが憑いている訳でもないか……」

 

 紙の変質具合や質感、手の込んだ表装、どれを取っても博物館級の品って事しか僕には判断出来ない。

 

『胡蝶さん、分かる?』

 

『ん、大丈夫だな。巻物を開いてみろ』

 

 丁寧に紐を解く、机の左端に文鎮を置くのは万が一巻物が広がっても机から落ちない為の配慮だ。昔の文机の両端が反り上がっているのも巻物が落ちない為の措置らしい。

 

『相変わらずミミズがのた打ち回った様な……全く読めない』

 

『落ち着け、正明も少しは古文の勉強をするんだな。何々……』

 

 その後、胡蝶が読み上げる通りに復唱すると東海林さんがノートに書き留める、途中何度か休憩を挟み二時間程で書き写せた。

 今度はコレを現代語に訳し、言い回しや単語等の分からない部分を更に胡蝶さんに聞いて解読していく。

 読み上げただけでは意味が分からないのが古文の難しい所らしい、殆ど暗号の解読に近いと思うな。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「ありがとうございます、まさか半日で巻物一本が解読出来るとは思ってませんでした!」

 

「違和感が凄かったが本当に辞書とか参考資料とか無くて知識だけで読めるんだな、驚いたよ」

 

 ええ、700年前に生きていた胡蝶にとっては日常でしたから……とは言えず曖昧な笑みを浮かべる。

 書庫で騒ぐ訳にもいかずNo.5の五十嵐さんの部屋に移動し抹茶と芋羊羮(いもようかん)の遇しを受ける、甘味が疲れた頭を癒すな……

 

『正明は我に続いて話していただけだろ?

だが今回の巻物は……御札を書く時に使用する道具類の製造と組合せの効果を記した物だったな、我も覚えたので実践するぞ』

 

『分かったけど筆の制作に必要な原材料から集めるんだぞ、大変だぞ』

 

 古文書には筆についても事細かく書かれていた、柄の竹の産地と育成方法、先端の毛は馬の尻尾だが生まれて三年、繁殖行為をしていない葦毛の牝とか個人で集めて作るには手間が掛かり過ぎる。

 

「作成した道具類は売って貰えると助かります。僕も日々修業の為に御札を量産してますから」

 

 手っ取り早いのは作って貰って、それを買えば良い。

 

「勿論、無料で進呈しますよ。今伝わっている内容よりもより深く細かく書かれていたんで助かります。制作には少し時間が掛かりますが元々自分達で作ってたので大丈夫です」

 

 やはり材料や道具類は自前で作っていたのか……確かに中国製とかの安価な量産品より質の高い国産品、そして呪術の様式に則って作られた品々は更に効果が高いだろう。

 

「あと解読必要な古文書は何冊有りますか?」

 

 東海林さんが天井を見詰めながら考えている、暫くして五十嵐さんに耳打ちをして何かを言われた。もっと時間が掛かると思ったのか次の古文書を決めていなかったのか?

 

「あと一冊、お願い出来ればと思ってます」

 

「一冊か、二日間位予定して置けば良いかな?」

 

 赤目と灰髪の二匹、一匹当たり一冊の解読で手を打ったとみるか……本来なら一冊でもOKだったかな? 彼等も陽香家一門なら誰でもお願い出来る術式で一時間位の拘束と手間だからな、コッチも半日で終わったから判断が微妙だったのだろう。

 欲張れば折角の恩が利益優先の強欲と思われてしまう、その辺のバランスを東海林さんは五十嵐さんに相談した。だが彼女の未来予知は今回の件は働かないのか?

 

「十分だと思います。今日は亀宮様が夕食を共にと用意されてます、暫く時間も掛かりますし風呂でも如何ですか?式神達と一緒に入れますよ」

 

「赤目達と?」

 

 大浴場、式神達と一緒……赤目と灰髪と並んで湯に浸かる、頭の上には黄金に煌めく悪食、膝の上には全裸幼女の胡蝶。

 事故を装い亀宮さん&亀ちゃんが乱入、強制的に太いフラグ建立、既成事実から終焉へ……

 

「ええ、十分に広いので大丈夫ですよ」

 

「折角ですが遠慮させて頂きます。今は四時半か……部屋で休ませて頂きます」

 

 五十嵐さんが驚いた顔をしているのが気になって仕方がない、何か感じたのか?

 

「五十嵐さん、何か?」

 

「えっと、数ある未来からある意味ハッピーエンドを避けたので驚いたのですが……」

 

 やはり未来予知してたか、しかもある意味ハッピーエンドとは亀宮さんエンドで当主の番(つが)いとして権力を得る的な終わり方だろう。

 

「自動書記による未来予知ですか?でも自分の置かれた現状と周りの行動を予測すれば何とかなるもんですよ」

 

「ええ、まぁそんな気もしてました。本当に私の能力が要らないんですね?」

 

 少し拗ねたか?自分のアイデンティティーが脆くも崩れ去る的な事を考えてるとか?

 放置すると面倒臭い事になりそうだな、だけどランダムな未来予知などリクエストも出来ない……いや、彼女の未来予知は特定の人物についても可能と見るべきか?

 

「では僕について未来予知をお願いします。この先、僕は強力な妖(あやかし)と出会う事が出来ますか?出来るなら何時、何処でしょうか?」

 

「それは……榎本さんは妖(あやかし)と戦いたいのですか?

古(いにしえ)の妖魔や妖怪の類は悪霊や怨霊と違い強力なのですが、彼等との出会いを求めるのですか?」

 

 胡蝶の願いを叶える為には強大な力を持つ妖(あやかし)が手っ取り早い、妖魔や妖怪か、厳しい戦いになるが不可能じゃない。

 

「無闇に戦いを挑むつもりは無いのですが、縁が出来てしまったなら対処するしかないですから」

 

 胡蝶と言う存在は好むと好まざると強い存在を引き付ける。対処はするが時期や相手の事が事前に分かる程度でも楽になるんだ。

 

「縁、ですか?分かりました、榎本さん絡みの予知が降りたらお知らせします」

 

 頷く五十嵐さんに軽く微笑んで……引かれた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。