愛知県の名古屋市に拠点を持つ広域暴力団(だと思う)団体にお抱え霊能力者として囲われたっぽい今日この頃、何故か組の若い衆と一緒に筋トレに励んでいます。
「何故こうなった?」
「先生が貧相で直ぐに死んじまいそうだからだな」
隣で指導してくれる軍司さんは若頭で、並んで扱(しご)かれてしるのがマサとヤス、あれ?サブだったっけ?が僕の付き人らしい。
「いえ、僕は霊能力者で人ならざるモノを倒す仕事をですね」
「どんな仕事も体力は必要だ、先生は命を懸けた仕事をしているんだぜ。基礎体力を疎かにしてどうする?」
全くの正論にグゥの音も出ない、仕方無く腕立て伏せを黙々と始める。
此処は親父さんが経営するボクシングジムで実際に69.8㎏スーパーウェルター級日本ランキング七位と50.8㎏フライ級日本ランキング十位が在籍している。
流石にチャンピオンは居ないが普通の弱小ボクシングジムだろう、練習生の三割位がソッチ系で戦う術を学んでいるのはアレだが効率的に肉体を鍛えられるのは間違い無い。
「凄くキツいんだけど……」
「先生にシャドーやミット打ちとか不要だろ?基礎体力はロードワークと縄跳び、ベンチプレスを重点的にやるぜ。
腕立て伏せが終わったらダンベルカール、ダンベルプレス、ハンマーカールの組合せ四分間だ!」
「少し休ませて欲しいです……」
強面の軍司さんに言われては逆らう事は出来ない、渋々と筋トレのメニューをこなしていく。こりゃ明日は筋肉痛だな。
◇◇◇◇◇◇
立ち退きマンションの怪異を祓った一週間後、怪我の痛みは取れたが筋肉痛が追加された身体を引き摺りながら、軍司さんと共に親父さんの居る事務所へと向かう。
白のシーマの後部座席に軍司さんと並んで座り、ヤスが運転しているが驚いた事に慎重で安全運転だ。
僕の居た四国と違い愛知県の名古屋市内は都会的で人も多く驚いている、今の僕は田舎者でお上りさん状態だ……
「先生、少し落ち着いてくれ。キョロキョロするな、恥ずかしいぞ」
「すみません、高層ビルやコンビニが珍しくて……最近まで山寺に住んでいて、その前は四国の山村に居たんです」
其処まで隔絶されたド田舎じゃなかったが、やはり都会は珍しい。
「分かった、今晩都会の夜の遊びに連れてってやるから落ち着けよな」
「キャバクラやソープは遠慮します」
何か気後れするんですよ、華やか(ケバい)過ぎる女性達ってさ。
もっと、こう……楚々とした美少女が良いんだが、軍司さんの連れてくる女性陣(二十代)は若くない!
これは「箱」によるトラウマだろうか、それとも自身の秘めたる性癖か?
自分に降り掛かった境遇を嘆いても仕方無いし事務所に到着したので軍司さんと共に応接室に通される、ヤス達は事務所の方で待機。
「おう、先生。怪我の具合はどうよ?」
開口一番心配してくれるのが凄い嬉しいが怖い。
ソファーにドッカリと座り日本経済新聞を読んでいる、現代のヤクザ業は世論や時世も知らなければ駄目らしい、要は全うな金儲けが出来ない連中は違法に走り自然淘汰される。
今の時代、確りした副業を持ってる方が強いらしい。
「有り難う御座います、もう大丈夫です」
きっちり頭を下げてお礼を言っておく、医者の手配をしてくれたのは親父さんだから……
「そうかい?じゃ仕事の話をさせてくれや、コイツを見てくれ」
無造作に投げ渡されたA4ファイルを捲る、一件不動産屋で良く見る賃貸物件ファイルだが?
「これは……不良債権ですか?」
「所謂曰く憑き物件って奴だな。不良債権の競売・公売リスト、その中でも霊障や祟りが凄過ぎて入札すらままならない。
だが上手くすれば安く買い叩ける、先生はどれなら大丈夫ですかい?」
ああ、なる程な。手に入れてから除霊して転売、先にやったら入札で金額が競り上がるからか。
入札者が集まらず再入札が続いている物件だ、買い叩ける可能性は高い。
ペラペラと頁を捲るが告知欄に『夫婦無理心中』とか『孤独死』とか書いてあるけど詳細までは予想が付かない。
だけど「箱」の贄には丁度良いかな、それに僕の復讐にも丁度良い。
「じゃ上から順番で良いですか?」
最初の頁には告知欄に『事故物件により要確認、拉致監禁殺害』と有る、重たい話だ……
「コイツかい?こりゃ最初から大物だな。
この屋敷の若い持ち主はよ、資産家の両親が事故死して遺産を相続したんだが暇潰しに犬や猫を攫っては殺していた。
だが次第に犬や猫で我慢出来ずに最後は人間をって奴だ、警察が踏み込んだ時は四人攫って殺してた。
奴は獄中で自殺したが、何故か屋敷に化けて出るらしいな。
競売物件で入札は明日だが中には入れない、外観を見て入札金額を決めるのさ」
「中は見れないんですか?」
外観だけじゃ正確な査定は出来ない、買ったら損をする場合も有るだろう。
「ああ、だが先生が祓えるなら最低入札金額を提示すっかな。現物確認は一緒に行こうぜ」
生前も罪を犯し死後も罪を重ねるか、最悪な連中だぜ。
「破産管財人の管理する事故物件の入札、売却費用は被害者への救済ですか。被害者への魂の救済は僕が行いましょう」
「そういや先生は在家僧侶だっけか?まぁ魂の救済でも何でも良いが頼みますぜ」
◇◇◇◇◇◇
公開入札の現地確認会に参加した不動産屋は三社、どれも堅気じゃなさそうな連中で同業者(霊能力者)を同行させている。
背広姿の中年と袈裟を纏った老齢坊主のコンビや、スーツ姿の美人に金髪のキツめな巫女さんのコンビ、親父さんに同行した僕はパーカーにジーパンと見た目大学生だ。
他の二組からの視線が痛い、どう見ても不審者扱いだしヒソヒソと話し合って感じが悪い。
「先生、どうよ?」
親父さんの言葉に注意を建物に向ける、なる程資産家の邸宅だけあり都会では大きい方かな?
実家には本堂や別棟、倉や倉庫とか有ったから比較すると小さい。だが洋風建築二階建、駐車場は二台、庭も広い、総坪数は二百か……
「ああ、二階の窓から睨んでますね……アレが獄中で死んだ男か。確かに周りを怨みます感が酷いや」
二階の東側の張り出し窓から顔を覗かせている男は、痩せこけた土色の顔に嫌らしいニタニタ笑いで僕等を見下ろしている。
アレは赤の他人も巻き込む典型的な悪霊だな、復讐には丁度良い相手だ。
「へぇ、見る事は出来るのね。かなり危険な相手だわ」
金髪の巫女さんが話し掛けて来た、気にしてなかったから詳しく見てなかったが……若いな、同い年位か?
だが本来巫女さんとは清純な筈だ、金髪のキツめな化粧を施した彼女はナンチャッテ巫女さんのコスプレイヤーと認定する。
「そうだね、完全な悪霊だから遠慮は要らない」
「アレを祓うつもりなの?既に三人の霊能力者が倒されているのよ、あんな危険な奴、私は御免だわ」
「俺も嫌だな、胸糞悪いが強力な奴だ……」
三組中、二組が除霊を拒否した、この物件は親父さんの一人勝ちか大損かって事になるな。
「見終わりましたか?では明日迄に入札金額をメールでお願いします。通常査定額は2800万円ですが……色々な事情により最低入札金額は1500万円からになります」
土地と違い建物って不動産価値は殆ど無いって話だけど三百坪もあって一坪が十万円ってこの辺の立地条件を考えても安くないか?
でも駐車場に車が停めっぱなしだし庭に物置とかも有った、家財道具一式残ってそうだな。
「先生やれるかい?」
親父さんの問い掛けに無言で頷く、最初から断るつもりは全く無いんだ。
◇◇◇◇◇◇
入札は親父さんの所が最低入札金額+一万円で落札した、他の二組は最低入札金額を提示したのだろう。
入札確定後、軍司さんにお願いしてヤス達に色々と調べて貰ったが興味深い事が分かった。
あの屋敷の中だが殆ど手付かずらしい、破産管財人が資産差押えの為に侵入して霊障に有っている。
銀行預金は凍結し確保したらしいが屋敷の中に美術品とかが残っていれば丸儲け、親父さんは最悪屋敷は転売出来ずとも残された物が売れれば利益が出ると踏んだ。
実際に資産家として美術品の収集と転売も行ってるし金庫も有るらしい、欲に目が眩み突入した連中は軒並み霊障に有った。
因みにこの場合の霊障とは取り憑かれて殺されたと思って良い、奴は死しても殺人を繰り返している。
不動産売買契約締結後、漸く除霊を行う事になったのは、除霊が成功した場合に金銭面で揉めるのを見越してだろう。
破産管財人だって少しでも資産を回収したいだろうし、中の物は別途とか言い出しそうだよな……
「本当は屋敷に火を点けて全焼させて更に跡地に塩を撒いて清める予定だったけど、屋敷とその中の品物は極力壊さずにとはね……」
復讐が目的なので周りの事まで気にしてなかった、反省……改めて依頼の屋敷を見る、やはり二階の東側の窓から奴が覗いている。
「榎本先生よ、俺等は此処で待ってるからな」
「待ってるっす!」
少し離れた場所に車で待機すると言う軍司さんとヤス、確かに同行されても邪魔だし「箱」の中身を見られたくない。
黙って頷いて玄関の鍵を受け取る、此処まで悪霊が自己主張している物件は初めてだ。
テレビ局や心霊系雑誌の取材が来ないのか謎だが、本物過ぎると逆に敬遠されるらしい、噂が広まり素人が肝試しに来る前に何とかしろってか。
「では行ってきます、除霊が終わる迄は出て来ませんので」
「ああ、だが……そうだな、今は十時過ぎだから少なくとも十二時には一旦出て来てくれ」
二時間か……あからさまに存在している奴を倒すなら十分な時間だな、玄関から入れば即戦闘だろう。
全く罠や退路を作る暇も無いのが辛い。厳つい男達に見送られて悪霊の巣食う屋敷へと向かった……
◇◇◇◇◇◇
鍵を開けて玄関扉を開く、一階は雨戸を閉めているので真っ暗だ、仄かに黴臭いし妙に湿った空気が流れだして来る。
玄関扉を全開にして傘立てと思われる大きな壺をドアストッパー代わりにして玄関扉を固定する、少しでも逃げ易い様にだ。
屋敷の中に入る前に戦闘準備を整える、右手に懐中電灯、左手に浄めた塩を入れたペットボトル、胸ポケットには自作の愛染明王の御札、たったコレだけで全てだが十分だ。
ああ、あと腰に巻いたポーチの中に「箱」を入れてある。
「お邪魔します……」
土足で中に入り懐中電灯で照らしながら先ずはキッチンを目指す、ブレーカーが落ちているので照明が点かないんだ。
真っ暗な中をうろ覚えの配置図を思い出しながら進む、確か玄関を入り廊下を進んで左側がキッチン、右側がリビングだった筈。
分厚い絨毯が足音を消してくれるが、奴は既に侵入した僕に気付いているだろう。
「有った、キッチンだ。ブレーカーは……勝手口の上か」
念の為に勝手口の鍵を開けてからブレーカーを全てONにする、だが未だ明るくならない、照明のスイッチを入れ忘れたから。
「ようこそ、俺の家に。歓迎するぜ?」
「なっ?」
いきなりキッチンが明るくなったので驚くと奴が入口で照明のスイッチに手を掛けて立っていた、わざわざ灯りを点けてくれたみたいだ。
「こんなに堂々と入って来た奴は初めてだぜ、何か用か?」
驚いて声が出ない、奴は実体が有るかのような存在感だし普通に口を動かして喋り掛けて来た。
信じられない程に土気色の肌とギラギラした目、上下真っ黒な服装、そして妙に長く右に傾いた首……
そうだった、コイツは獄中で首吊り自殺だったっけ?
「地獄に落ちろ!」
ペットボトルの蓋を開けて中身をブチ撒けるが後ろに跳び去って躱された。
「危ねぇな……慌てんなよ、久々に遊びたいんだからよ。じゃ俺を探して殺しに来いや!」
「待ちやがれ!」
床に沈み込んで行く奴は久し振りの被害者が自分のテリトリーに現れた事を酷く喜んだみたいだ。
この屋敷に入り込んだ奴が受けた霊障……
「殺されて玄関の外に叩き出された、多分だが魂は奴に囚われている」
生前の拉致監禁殺害を悪霊になっても繰り返す奴を必ず地獄に送ってやる!