名古屋市内某所に有る曰く付きの屋敷、家主が連続拉致監禁殺人犯で逮捕後に獄中で首吊り自殺。
悪霊に成り下がり自宅へと取り憑いて生前と同じ悪業を繰り返している。
僕は親父さんの頼みで奴を祓う事になったが、昼間から普通に姿を見せる凶悪な悪霊。
屋敷に侵入したが直ぐに目の前に現れて逆に自分を探せと言って床に沈み込んで行った。
「不味いな、遊ばれている感じがする。先ずは一階を調べるか……」
キッチンの向かい側はリビングになっている、幸いブレーカーを上げたので照明は点く。
廊下の照明を点けて入口でリビングの様子を伺う、高そうなソファーセットが中央に有り壁には絵画や鹿の首だけ剥製が取り付けられている。
「暖炉まで有るな、備え付けの棚には洋酒が沢山並んでるし売れば儲かりそうだな」
名前すら知らない、でも確実に高級品の洋酒の瓶をそのままに次の部屋に行く……前に雨戸を全部開けて直ぐに外に飛び出せる様にする。
最悪扉を閉められても明かりは確保出来る、電気を消されたら真っ暗だから出来るだけの事はしよう。
「奥の部屋はリネン室に倉庫かな?」
キッチン側の奥の部屋は洗濯機や乾燥機、それに棚が並びバスタオル等が積んで有り隣は食料品が山積みの倉庫だ。
缶詰めを調べればキャビアやカニ缶等の高級食材から乾麺やパスタ、レトルトカレーも有る。
賞味期限はヤバそうだ、奴が捕まってから半年以上は経っているからな。
「ん?これは、ナッツぎっしり小腹が空いたらってチョコバーだ」
CMで良く見る小腹が空いたら齧るアレを手に取る、戦いには糖分が必要と包装紙を剥がして一口、キャラメルの甘い?
「うわっ?何だコレ?あ、蟻だと?」
口の中を蠢く食感に思わず吐き出せば大量の蟻が!手に持っているチョコバーにも大量の蟻が集っている。
「馬鹿な、さっき迄は普通の……」
「馬鹿だなぁ、お前食い意地張り過ぎだ。他の奴は高額の絵画やら壺やらを持ち出そうとしたのに、駄菓子食って何したいんだ?」
幻覚を見せられたんだ!
振り向き様にペットボトルを横薙ぎして背後の奴に浄めた塩をブチ撒けるが、やはり後ろに跳び去って避けた。
口の中に残った蟻を吐き出したいが目を逸らしたらヤラれそうなので我慢だ!
「クックック、じゃ又後でな!」
折れた首を揺らしながら今度は背後の壁に溶け込んでしまった……畜生、完全に遊ばれている。
改めて棚を見れば缶詰めは錆ているし乾麺やパスタは黴が生えている、腐って食べれたモンじゃない。
「幻覚?精神に干渉してるのか……ヤバいぞ、初めての霊障だな」
こんな絡め手で来る悪霊は初めてだ、あのチョコバーは新品同様に見えたし包装紙を剥いても蟻なんて居なかった。
視覚も嗅覚も触覚さえも誤魔化す幻覚なんて有り得るのだろうか?
◇◇◇◇◇◇
実際に見た物でも迂闊に信用出来ないとは探索としては最悪だ、唯一の救いは奴が浄めた塩を避けている事だ。
当たればダメージを与える事が出来る、それだけが希望だな。
「一階の残りは風呂場とトイレ、それに洋室が二部屋か……」
警戒しながら風呂場とトイレを確認する、二人入っても余裕なジャグジー付き浴槽に無駄に広いトイレ、金持ちだったのは知っているが腹が立つ。
奥の洋室は二部屋とも八畳間で荷物は何も無かった、クローゼットの中は確認していない。
取り敢えず二部屋共に、何故か息苦しいので換気も兼ねて窓を全開にしておく。
「いよいよ二階か……」
階段室を見上げれば真っ暗だ、二階は何部屋かは窓がカーテンだけだったのに手探りでスィッチを探して照明を点ける。
幅の広い階段だ、二人並んでも十分に上り下り出来る、しかも絨毯が張り付けてあるな。
住人が高齢化した時用だろうか、左側に手摺りが設けてある。
用心しながら二階へと上がる、足音が全くしない毛足の長い絨毯は高価なんだろうな。
「お前は此処までだ!」
「なっ?」
突然目の前に現れた奴が両手で胸を突いた、溜まらずに後ろに仰け反り階段を転がり落ちる。
何とか手摺りに捕まろうとしたが、手は空中を掴みそのまま一階へと落下した。
「クソッ、油断したつもりは……イタタ、ヤバい右腕が折れたか?」
仰け反る様に落ちた時、身体を右に捻った為か右腕が階段に当たり更に身体の下敷きになってしまった。
身体を起こそうと動かした時に激痛が走る、指を握るだけで痛いぞ。
「ギャハハ、死ねよ、シネシネ、お前は此処でシネ!」
片手ではペットボトルの蓋が開けられない、仕方なく口に咥えて何とかキャップを外し真っ直ぐに突っ込んでくる奴に向かい浄めた塩をブチ撒ける!
「ヒャハ?イテェなぁ、身体が焼けるみたいだ」
「クタバレ!」
更に塩を掛け捲るが滲む様に消えてしまった、だが倒してはいない。
「逃げたか……だが……不味い!」
折角点けた照明が全て消えてしまった、一階はそれなりに明るいが二階は真っ暗だ。
いよいよ手段を選んで来なくなったな、奴は二階に居て僕を近付けたく無いのか……
蓋を開けたままのペットボトルをズボンの左右のポケットへ入れて懐中電灯を取り出す、右腕は完全に動かないしジクジクした痛みも止まらない。
逃げ出したいが逃げられない、此処で逃げ出したら怖くて二度とこの屋敷には来れない。
「此処は踏ん張るしかない!」
懐中電灯を口に咥える、予備の小型の物を用意しておいて良かった。
大型の方を腰に差して左手にペットボトルを持つ、唯一の武器が使えないのは不味いから……
周囲に注意しながら慎重に階段を上る、次に突き落とされたら受け身は取れない、右腕の他に腰も痛いんだ。
階段を上り切ると廊下になっており左右に扉を二つずつ計四部屋有るのか……
配置上、奴が覗いていた窓は右側の手前の部屋だ、開ければ奴が居るだろう、ドアノブは握って手前に引くタイプだ。
「片腕だとキツいが仕方ない」
脇にペットボトルを挟み左手でドアノブに握り、ゆっくりと時計回りに回す。
ギギギっと嫌な金属音が小さく響く、鍵は掛かって無かったか。
ドアノブから手を離しペットボトルを握り締めて一呼吸、落ち着いてから扉を蹴り開ける!
「成仏しやがれ!」
中に入った瞬間、ペットボトルを水平に振り抜き浄めた塩をバラ撒く、残念ながら奴は居ない?
「惜しい、上だよ」
「まだだっ!」
ペットボトルを真上に向けるよりも早く押し倒されてしまう、直ぐに首を絞めてきやがる。
「やっ、止め……止めろ、この野郎……」
右腕を動かそうとしたが脊髄に響く痛みで一瞬だが気を失いそうになる、何とか左手で振り払おうとするが一向に首を締める手は緩まない。
「クソッ、此処まで……か……」
「クハッ、お前も俺と同じ首を折って死ぬんだよ、他の女共も同じ様に殺したんだぜ。
もっともヤッてる最中だったがな、首を絞めるとアソコも締まるんだぜ、たまらんだろ?」
ヤバい、このままじゃ殺される。
自由な左手でペットボトルを探すが漏れて中身が床に零れてる感触が……
浄めた塩を握り締めて掌に刷り込み、親指を奴の右目に突き刺す。
目潰しは人差し指と中指だと思われがちだが、丈夫で力を入れやすいのは断然親指だ!
グシャっとした感触、気持ち悪いが我慢して更に押し込む。
「きさっ、キサマァ、俺の右目を……殺してやる、ブチ殺してやるぞぉ!」
掌に付いた浄めた塩を舐め取り奴の首筋に噛み付く、酸素を求めて深呼吸したいが我慢だ。
噛み付いていても呼吸は出来るし、満身創痍の身体で動かせるのは左手と頭くらいだから……
「にゃめるな、俺ぎゃ貴様をじょうびゅつ、させたるぜ」
床に零れた浄めた塩を掻き集めて奴の背中に塗りたくる、刷り付ける度に身体を痙攣させているから利いているのは間違いない。
だが噛み傷から絶え間なく口に流れ込むヘドロみたいな体液に、とうとう咳き込んでしまった。
「ゲハッ、吐きそうだ、いや……ウゲェ、気持ち悪い」
仰向けに倒れて横を向いて吐いてしまった、一度吐いたら止まらない、胃の中身を全て吐き出す勢いだ。
「クソッ、まだ止めを刺してねぇ!」
何とか上半身を起こして奴に向き合う、未だ身体が動く内は足掻いてやる。
「お互い様だぁ!お前はブチ殺して……あ?」
フラフラと立ち上がった奴の右腕が付け根から無くなっている。
「頑張った方か?惨めで薄汚いぞ、正明よ」
「死ぬ気で頑張っても惨めかよ……やってられないな」
全裸幼女体型に変化した「箱」が奴の右腕を咥えている、後は「箱」が食ってお終いかよ。毎回だが自分の無力さに嫌になる……
「おおお、おまえ、何だよ?何なんだよ?俺の右腕を返しやがれ!」
「煩いぞ……不味い贄の分際で黙れ、囚われて絶望していた女共の魂の方が美味かったぞ」
ああ、確か拉致して殺した女の魂を捕らえてるとか何とかって話か?僕が死にそうな時に摘み食いしていた訳か……
心底嫌そうな顔で手で羽虫でも払う様にする「箱」に奴がキレたのか突撃して行くのを見ながら意識が遠退いて行った。
◇◇◇◇◇◇
「全く毎回死にそうだな、愚かな正明よ、早くお前の役割を盟約を思い出すのだ……」
「イタタ、何を言ってるんだよって、あれ?」
右腕の痛みに意識が戻る、どうやら「箱」が何時も通り最低限の簡単な治療はしてくれたみたいだ。
脊髄に響く様な痛みは引いたが完治はしていない右腕を動かす、痛みは有るが動くから大丈夫みたいだな。
無事な左手で胸ポケットに入れていた携帯電話を取り出して、外で待機している軍司さん達を呼ぼうとして痛みで携帯電話を落としてしまった。
奴に目潰しした親指は折れて曲がらない、まいったな、携帯電話のボタンが押せないじゃないか。
「仕方ない、外に出るか……」
幸い一階の窓や出入口は全て開けてある、近くの窓から呼べば良いだろう。
痛む身体に鞭打ち何とか立ち上がり、近くの窓から顔を出す。
軍司さん達が煙草を吸いながら屋敷を見ていたので直ぐに気付いてくれた、痛む左腕で何とか手招きをすると軍司さんが近付いて来た。
ヤスとサブ?は嫌々ながら怖そうに近付いてくる、流石は軍司さんだ、度胸が違う。
「よう、榎本先生!傷だらけだが終わったのかよ?」
「ええ、終わりました。奴は地獄に突き落とし囚われていた八人の女性の魂は解放しました。もう大丈夫です、僕は大丈夫じゃないかもです」
「おい?榎本先生?ヤス、サブ、医者だ!医者に連れて行くぞ。何で毎回死にそうなんだよ」
窓から引き摺り出された事を確認し本日二回目の意識が……遠く……な、る……
◇◇◇◇◇◇
「アレ?知ってる天井に似てるな……」
見覚えのある天井、ベッドにカーテン、やはり全裸で寝かされている。枕元にはナースコールのスイッチが有り迷わず押した。
「榎本君、意識が戻ったかい?」
「やはり美浦(みほ)さんの病院でしたか?」
つい最近退院したばかりの病院にUターンしたみたいだ、序でに病院服もLサイズでお願いした。
暫くすると女医さんと美浦さんが病室まで来てくれて簡単な診察をしてくれる、右腕はギブスで固められ左親指も石膏で固められている。
「あのね、一週間と経たずに病院に逆戻りって馬鹿なの?流石の私も馬鹿に付ける薬は無いのよ?
右腕は単純骨折、左親指はヒビ、肋骨二本もヒビが入ってるわ、後は打撲に切り傷と満身創痍ね」
「そうですか、因みに僕はどれ位寝てたのかな?」
喉の渇きと空腹感が酷い、窓からの太陽の光は昼間だと思う。
「昨日の昼間に担ぎ込まれてね、今は朝の九時過ぎよ。お腹空いたでしょ、直ぐに朝食を用意するわ」
深くは聞かずにいてくれるのが助かる、いくら軍司さんの知り合いの医者でも毎回幽霊と戦って怪我を負ってるとは言えない。
暫く待つと懐かしい病院食が運ばれて来た、前回と全く同じメニューだった。