亀宮本家の大広間に通された、思えば初めて来た時も同じ場所だったな。
前回と違うのは五十嵐家が代替りして巴さんが出席してる事と、山名家の代わりに方丈家が新しく御隠居衆になった位か……
上座に亀宮さんが座っている、先程まで御機嫌だったのに今は何故か渋い顔をしている。
其処から向かい合う様に二列五人が座り下座に僕が座る、皆さん無表情か目を閉じていて何を考えているか分からないのだが……
星野家の当主は僕に敵意の籠もった視線を向けている、因みに御隠居衆の中で男性は星野家と方丈家だけで後は全員女性だ。
若宮家を筆頭に風巻家、五十嵐家、方丈家、土岐家、高尾家、羽鳥家、井草家、星野家、新城家の十家が御隠居衆、亀宮さんは当主で僕は御隠居衆の次席という不思議ポジションだ。
御隠居衆は順不同みたいだが僕は指定された座布団に座る、かなり綿が詰まっていてフカフカだ。
直ぐに日本茶が出された、この場では流石に炭酸飲料は無理か……
「先ずは榎本さんから状況の説明をお願いしますぞ」
今回の司会進行は若宮の御隠居みたいだ、なるべく彼等にも益が有る様に内容を吟味して話そうと乾いた唇を舌で舐めて湿らす。
「それでは……」
「悪いが状況を知る前に最初に宣言しておく、我ら方丈家は榎本さんに支持するぞ」
「なっ?それなら私達五十嵐家もそうですわ!」
四十代半ばだろうか、引き締まった身体を持つ髪を短く刈り込んだ中年男性が僕を支持すると宣言し負けずに五十嵐さんも同じく支持を宣言、他の連中は微妙な顔だ。
御三家絡みは亀宮一族としても存亡に関わる内容なのに、即答する事に驚きと思惑を感じたのだろう。
「方丈家の方とは接点が無かった筈ですが何故、大事な事の詳細を聞かずに僕の意見を支持するのですか?」
流石に有り難う御座います、とは言えない内容だ。下手に擦り寄られても苦労を背負うだけかも知れないし注意は必要だろう。
「俺達は最初から決めていた、それに信頼を得ようとするなら最初から宣言した方が良い、話を聞いてからじゃ日和見みたいで嫌だろ?」
確かに途中から意見を変える日和見な連中は心の底では信用出来ない、ドライな関係と割り切る事になる。
だが契約を重視している僕は彼等から見たら同じ、だから僕も仕方ないと思っていたのに何故だ?
「それにな、お前さんの事は御手洗や滝沢から聞いている。
彼等も俺の派閥なんだよ、方丈家は霊能力が比較的弱い連中が肉体を鍛えてSP等を生業とするのが殆どだ。
実質的に亀宮一族最強の霊能力者であるアンタは俺達を見下さず協力的でさえある、ならば俺達も協力するしかないだろ?」
「そうですか、有り難う御座います。では今回の経緯を話させて頂きます……」
最初から御隠居衆の十家の内の二家から賛同を得た、渋い顔をしている亀宮さんも大丈夫だと思う。
若宮の御隠居と風巻のオバサンは微妙だが多分大丈夫だろう、これで五票。
後一票で過半数を越えるのだが、中立の土岐家と高尾家のどちらかを賛同させなくてはならない。
「先ずは先日、僕は加茂宮九子本人に襲われました……理由は名古屋の件で加茂宮一子と繋がりが出来た為に調べられたから。
彼女は、加茂宮九子の能力は他人の霊能力を取り込み力を得る事。
僕は配下の鬼童衆の三人、穿(うがつ)斬(ざん)薙(なぎ)を無力化し彼女と対峙した、相手の能力は分からないが負ける気にはならなかった。
無謀だが周りも鬼童衆に囲まれた状態で逃げる事も難しく、頭を潰す事にしました」
此処まで話して一旦止めて周りを見渡す、星野家の当主と目が合った。
「鬼童衆は加茂宮一族で裏の仕事に従事する組織の総称、穿・斬・薙と言えば名の知れた強者、それを無力化したと?」
ああ、確かに強者だったな……胡蝶と同化しなければ負けていただろう。
星野家の当主は何が言いたいんだ、穿達に勝てなかったと思ってるのか?
「ええ、槍、日本刀、太刀の使い手でしたが特に問題は無かったですね。
彼等を倒し加茂宮九子と対峙した時、彼女は狂った様に笑い出した。
その時に彼女に取り憑くモノの存在を感じたのです、アレは対峙した者にしか分からない底の知れない恐怖を感じました。
今なら未だ勝てる、早めに倒さないと危険だと本能が感じたのです」
「そんなに危険な存在を見逃したのか?未だ勝てたんだろ?」
星野家の当主が絡む、思い出したが前回も絡まれたぞ。他の御隠居衆は大人しく聞いている、何故か方丈さんは楽しそうだな。
「狂った様に笑う彼女だが隙は無かった、戦う前に会話で情報を得ようと試みたが……
彼女は自身を中心に半径8m程の影の結界を広げ、無力化した三人を取り込んだ。
彼等は僕に向かって助けを求めた、食われるのは嫌だと……その後、彼女の霊能力が高まるのを感じた。
あの女は他の霊能力者を食って自分の力に出来る、我々の天敵みたいな存在だ」
此処まで話してお茶を一口飲む、大分喉が渇いていたんだな。
流石の星野家の当主も苦虫を潰した顔で僕を睨むだけだ、霊能力者を食って自分の力に出来る奴を放置する事は自分も危険に曝される、迂闊な反対は出来まい。
「後は興醒めした彼女が残りの加茂宮の当主達を全員食うから加茂宮一子に力を貸せと言って影の結界に沈んで行った。
アレは放置すれば加茂宮の当主に収まり、亀宮一族と事を構えるだろう。
僕も目を付けられた、だから手遅れにならない内に加茂宮一子と協力し奴を倒す」
此処まで話して残りのお茶を一気に飲む、話ながら纏めると改めて危機的状況だと分かる。
加茂宮の当主は残り五人、名古屋で胡蝶が二子と五郎、七郎を食った。
残りは一子様、三郎、四子、六郎、八郎、九子の六人だが九子は誰かを既に食っている筈だ。
「俄かには信じられないな、調子の良い事を言って亀宮から加茂宮に鞍替えする気か?それとも加茂宮一子に誑かされたか?」
もはや言い掛かりだな、口から唾を飛ばしながら騒ぐ星野家の当主を冷めた目で見る。
坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、何を言っても反対するってか?
「僕が信じられなければ、午後から加茂宮一子本人が助力をお願いに来るので直接交渉すれば良い。
僕は独自に加茂宮一子と雇用契約を結びます、降り掛かる火の粉は問答無用で消し去るのみ。
嫌がらせで邪魔をするなら僕にも考えが有ります、僕は加茂宮九子に名指しで挑まれている当事者ですから……」
顔を真っ赤にして睨み付けて来たぞ、山名家同様に僕が大嫌いな連中らしいし何が有ろうと賛成なんて絶対にしないか……
「きっ貴様!何様のつもりだ?」
立ち上がろうとした時に胡蝶がプレッシャーを放った、悔しそうにして座り直したが時間が無いので相手をしていられない。
「自分と身内の安全には全力で対処する事にしています、勿論話し合いは必要ですが最悪は実力行使も厭いません」
残りの反対派である鳥羽家、井草家、新城家の当主達を順番に見る、目を逸らさずに睨み返して来たぞ。
流石は700年の歴史を持つ亀宮一族を支えてきた有力氏族だけの事は有る。
「何か他に質問は無いか?無ければ決を採るが良いな?
亀宮一族として加茂宮一子に協力するか、しないか?また榎本殿の派遣を認めるか否か?挙手にて決めようぞ」
真っ先に手を上げたのは亀宮さんだった、遅れて五十嵐さんと方丈さん。
苦笑いしながら若宮の御隠居と風巻のオバサン、これで五票。
土岐家と高尾家、それに反対派と思っていた井草家の当主が手を上げた、これで八票で過半数を越える事が出来た。
井草家の当主は驚いた僕に軽く会釈して来た、風巻のオバサンと同世代位か?
「八票か、過半数を越えた事により我等亀宮一族は加茂宮一子に力を貸す事にする。詳細は午後に改めて話し合おう、亀宮様宜しいか?」
黙って頷く亀宮さん、やはり不機嫌そうに顔を顰めているが積極的に賛成してくれた。
「では一旦解散だ」
立ち上がり廊下へと向かう御隠居衆を見送る、残ったのは亀宮さんと若宮の御隠居、風巻のオバサンに五十嵐さんと方丈さん、それに井草家の当主だ……
新しいお茶と茶請けの大福餅も各自二個ずつ配られた、喉の渇きが治まらずお茶を半分程飲む。
最高級玉露を勿体ない飲み方で申し訳なく思うが仕方ない、出来れば玉露よりコーラが飲みたい。
「正式な挨拶は初めてですね、井草です」
目の前に座り姿勢を正して一礼された、所謂三つ指ついてって奴だ。その後名刺を差し出された……
「榎本です、今後とも宜しくお願いします」
染み付いた個人事業主魂が流れる動作で懐から名刺を取出し挨拶を交わす、素人相手に商売していた時期が懐かしい。
いまや玄人相手に強大な敵にしか立ち向かってなくないか?
「色々と武勇伝は聞かせて貰ってますわ、話の内容と見た目とのギャップが凄いですわね」
邪気の無さそうな笑顔だが一氏族の当主にまで上り詰めたんだ、気を許す訳にはいかない。
若宮の御隠居に視線を送る、この人大丈夫なのかと意味を込めて……
「井草は我等が説得し引き込んだのだ。山名や五十嵐同様に配下に膿が居てな、前回の粛清で星野派の連中は粗方叩き出した」
「先代から癒着していた連中を綺麗さっぱり追い出せたのですが、人員不足が酷くなりまして。
でもあのままでは井草は他家に取り込まれるだけでしたから、あの粛清の波に乗ったのです」
亀宮一族700年も大分淀んでいたんだな、僕をダシに膿を出したのは必然だったのか……
確かに外部から亀宮さんに近付く不埒者は権力に固執する連中を炙り出すのには最適な餌だった、血筋だけで今の座に居る連中には許し難いわな。
「既に新人の育成と無実の罪で遠ざけた連中の取り込みは進んでいます。後は時間が欲しいだけですわ」
「今は弱体化すれども直ぐに盛り返す訳ですね。それで、此処に残ったのは顔見せと近状報告だけじゃないと思いますが?」
方丈さんは何と無く分かる、御手洗達が所属する派閥なら僕は力を貸すのを厭わない。
彼等も僕に力を貸してくれるだろう、同族意識に近いモノが有る。
だが井草さんは付き合っても僕にメリットは無い、弱体化した今接触してくるのは助力が必要だから。
「警戒しないで下さいね、特に榎本さんに何かして欲しい事は有りませんから。逆に私が何かしらのお礼をしなければ駄目ですよね?」
「いえ、お構い無く。前回の件は若宮の御隠居と話し合いで解決しています。それ以上に何か貰う事は出来ません、気持ちだけ頂いておきます」
変に貸し借りを作ると、そこから縁が出来る。損得で作った縁は色々と厄介なので避ける事にしているんだ。
「まぁ?義理堅いと言うかお堅いと言うか……殿方で堅いのはアソコだけで十分ですわよ?」
上品な顔して親父ギャグ定番の下ネタ言ってきやがった!
方丈さんは右手でコメカミを揉んで五十嵐さんは真っ赤になって俯いた、若宮の御隠居と風巻のオバサンは無視してお茶を飲んでいる。
亀宮さんは何だか分からない顔をしてるな、彼女は良い意味で世間知らずだが婚姻届を握られている今は色恋沙汰の話題は避けたい。
「榎本さんの何が固いのですか?筋肉ですか?確かにガチガチに固かったですが……」
何がってナニがですよ、なんて親父ギャグの切り返しは出来ない。
「亀宮さんは知らなくて良い話です、井草さんも下ネタは控えて下さい。亀宮さんは良い意味で世間知らず、知る必要は有りません」
「榎本さん、私の事も世間知らずって言うのに、私は悪い意味で世間知らずなんですか?耳年増だから悪いんですか?」
「おやおや、五十嵐さんは意味を理解したのですね?若いのに色々とお詳しいみたいで……」
「知りません、分かりません!」
五十嵐さんって玩具にされやすいよな、あんなに真っ赤になって否定すれば井草さんが楽しくなるんだよ。
ノリはキャバクラか男達の下ネタ座談会みたいになって来たぞ、この連中の仲間で僕は大丈夫なのかな?
今日12月1日から12月31日まで「古代魔術師の第二の人生」を一年の感謝を籠めて毎日投稿します。
良ければ其方も読んで下さい。