榎本心霊調査事務所(修正版)   作:Amber bird

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第262話

「よもや共に生きるか死ぬかまで覚悟してるとは……」

 

 風巻の呟きを聞いて考える……

 

 我が孫娘に手を引かれて恥ずかしそうに部屋を去る筋肉の塊を見て思う、果たして独りで行かせて良いのか?

 亀宮一族の精鋭を同行させた方が良いのではなかろうか?

 むざむざ死なすには惜しい人材だがサポートは邪魔だと言った、加茂宮一子は戦闘系術者でない。

 つまり奴は加茂宮の当主達と独りで戦うつもりなのだ、そして勝つつもりでいる……

 

「だが勝つ手立ては有ると言った。式神犬に雷撃、他にも隠しているやも知れぬな」

 

「霊能力者同士の対人戦、確かに回復術を持ちサポートの式神犬を従え雷撃を放てる、負けない自信にはなりますね」

 

 確かに考えてみれば亀宮一族にも奴に勝てる要素の有る奴は居ない、亀様なら防御は出来ると思うが倒せるかは……攻撃力が低い。

 

「皆の衆、変な気は起こすなよ。我等は何もせず加茂宮から見返りを引き出せた、後は榎本さんの成功を祈るばかりだな」

 

「ふん、話が本当なのかも分からずに良かったのか?もし嘘なら……」

 

「ならば嘘の場合の可能性は何だ?

奴は我等の一族では無いし派閥の一員だが毎回契約を交わして仕事をしている、つまり派閥替えを止める手立ては無い。

加茂宮も我等に配慮する必要も無く今回の交渉も不要、過去に派閥替えした連中など沢山居るぞ。

で?どんな嘘をついて加茂宮の当主が我等に見返りを寄越す必要が有るのだ?」

 

「それは……しかし奴の胡散臭さは!」

 

「霊能力者が己の力を隠すのは普通だ、奴に関する悪い噂は悪意を持って流されたモノ……まさか、あの様な嘘を信じてる訳はあるまいな?」

 

「ぐっ、ぐぬぬ……」

 

 何がぐぬぬだ、馬鹿者め。

 貴様が気にしてるのは亀宮一族での席次、つまりは権力争いだろう。

 確かに荒唐無稽に近い話だが、加茂宮九子が危険な存在なのは理解した、放置すれば我等にも危害が及ぶ。

 榎本さんも善意だけではあるまい、既に敵対してるなら時間を与えず敵側の最大戦力と手を組み倒す。

 奴らしい合理的な手段だ、しかも知り合った加茂宮一子と共闘する事により縁を深めた。

 

「もし今回の件が成功した場合、我等が奴に不義理な事を行えば加茂宮一子は喜んで奴を一族に迎え入れるだろう。

そして奴は対亀宮の最前線に立つ、不義理を行った奴を断罪する為に……」

 

「今回の件、榎本さん自身にも危険が迫っているのです。

あの保身の為に自らの巨大な力をひた隠しバレたら我等に身を寄せる用心深さと狡猾さを併せ持つ彼の邪魔をする……もし何かするなら風巻はその者に敵対します」

 

 ほぅ?風巻家は榎本さんをそう思っていたのか……愛娘二人を傍に置かせているのに何とも用心深い事よ。

 

「五十嵐家もです、私の自動書記でも榎本さんに協力する事が吉と出ています。邪魔立ては破滅、私達を巻き込まないで下さい」

 

 なる程な……未来を予知して協力を支持するか。

 五十嵐家にしか出来ない分からない方法だが、判断の材料としては前例が有り過ぎるな。

 他の連中も予知のみで御隠居衆まで上り詰めた五十嵐家の秘儀に自分達の意志の参考にしたか……

 

「このまま放置しても亀宮は得をしてるんだ、積極的に協力するべきじゃないか?」

 

 方丈家が駄目押しをするか、確かに現状維持だけでも我等は得をしている。それを妨害するとか確かに悪手だろう。

 どうする、星野家?奴に邪魔立てすれば他の御隠居衆から攻められるぞ。

 

「俺は何もしないぞ。か、勘違いするな、俺は亀宮一族の為を思って言っただけだぞ!」

 

「では基本的に協力する方向で、何かを頼まれれば全力で補佐しようぞ。

成功すれば我等は得をし失敗すれば巨大な敵が生まれる、簡単な事だ……亀宮様も宜しいですな?」

 

 終始無言の亀宮様に確認を取る、彼に依存している彼女なら何か言い出すと思ったのだが……

 

「はい?えっと、それで良いですよ?」

 

 乙女としてあるまじき顔で妄想でもしていたのか?滝沢からの報告では榎本さんに婚姻届の署名捺印をさせたとか……

 勿論口止めをしたから知るのは儂と風巻だけだ、奴は最終手段まで用いて今回の敵に当たるつもりだな。

 

「では解散じゃ!」

 

 各々が微妙な顔をして大広間を出て行く、派閥当主の亀宮様の惚けた顔を見れば仕方なしか。

 しかし何時亀宮様が婚姻届を出すかヒヤヒヤしたわ、アレを皆が知れば大騒ぎになるだろう。

 現当主の夫となれば必然的に席次は第二席、玉突きで順位は下がる。

 

 だが攻撃・防御・治癒と三拍子揃った最強夫婦に……

 

「ああ、そうか!そうだったのか、全く呆れる程に用意周到だな」

 

 あの男の最後の保険は亀宮様だ、奴と亀宮様が組めば加茂宮九子にも勝てる。

 所属派閥の当主を引っ張り出す理由として婚姻は十分過ぎるだろう、夫の危機に妻が出張るのを止めれる奴は居ない。

 

「何とも呆れた男だな、既に出向く前に勝ちを固めている。全く何て男だ……」

 

 しかし亀宮様にも女性としての幸せが訪れる事になろうとはな、代々未婚が通例の当主だが稀に伴侶に恵まれ子を為す事が有る。

 その子供達は例外無く強い力を持つと言う、つまり亀宮一族の繁栄が約束されているのだ。

 700年で淀んだ血を一新する事が可能、無能や害悪は淘汰されていくな。

 

「なぁ風巻よ、榎本さんと亀宮様の子供達はやはり強力な術者なのか?」

 

「どうでしょうか?亀宮様は沢山の子宝に恵まれる安産型ですから有能な子供も居るでしょう」

 

 楽しみよの、儂が死ぬ前に是非とも亀宮一族の繁栄を約束された赤ん坊を抱かせて欲しいものだ……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 大筋の話し合いが終わった、念の為に結衣ちゃん達の護衛は若宮の御隠居様に頼んだので安心だ。

 一旦自宅に帰り準備をして明日の朝に合流する事になった、葉山マリーナで……

 どうしてもモータークルーザーに拘るのは何か意味があるのだろうか?

 今回は対人戦、要は人殺しだな、捕縛しても食われるなら殺すのと一緒だ。

 用意するのは特殊警棒に大振りのナイフ、ワイヤーにナックルと武器と防刃ベストやコンバットブーツ等の防具類……

 五十嵐一族の土居から奪った拳銃を持って行くか悩んでいる、足が付いたら不味いが対人兵器としては銃は最強だ。

 関西巫女連合絡みで事情を知っている桜岡さんと相談し結衣ちゃんには秘密にする事にした、御三家の派閥争いに関わるなど聞いたら心配するから。

 彼女には一子様の手伝いで暫く京都に滞在するとだけ伝え、健気に激励してくれる言動に心の中で泣いた……

 

 指定された時間は午前十一時、場所は葉山マリーナの桟橋先端。

 天気は快晴、適度な風と波、マリンスポーツには最適な陽気で停泊しているクルーザーやヨットは出航準備で多くのヨットマン達が準備をしている。

 武器や防具、着替え一式で膨らんだ鞄を二つ持って桟橋で待つ僕は彼等の中で浮いている自覚は有る。

 愛車は駐車しっ放しは出来ないからタクシーを利用して此処まで来たのだが、当然領収書は貰った、税務署と戦う武器は領収書だ!

 等と考えながら暫く待つと昨日も見た純白のモータークルーザーがゆっくりとマリーナに入ってくる。

 

「ああ、漸く来たか……」

 

「おい、アレを見ろよ!イグザルド45コンバーチブルのフルカスタムだぜ」

 

「凄いな、初めて見たぜ……そうそうお目にかかれない高級モータークルーザーだな」

 

 時間ピッタリに現れた一子様はクルーザーのデッキの上で手を振っている。

 

「榎本さーん!」

 

 真っ赤なビキニを着てパーカーを羽織るだけとか、何処のトップモデルだよ!

 

「スゲー美女がビキニで手を振ってるぜ!」

 

「誰だ、誰待ちだ?榎本って誰だよ?」

 

 例の如く周りの連中が騒ぎ出す、確かにトップモデルみたいな美女がビキニで手を振ってれば注目するよな。

 しかも高槻さんまで白いビキニを着て一子様の後ろで控え目に手を振っている、巫女服の時より酷い状態だよ全く……

 

「おぃおぃ、ビキニ美女が二人に増えたぞ!カメラ、カメラ無いか?撮影しちゃ不味いかな?」

 

「ばっ、バレ無い様に撮れば大丈夫だよな?」

 

 御三家の一角、加茂宮家当主の一子様のアレな姿を盗撮されたら一大事だろう、動画サイトに掲載でもしたら捜し出されて呪殺されるぞ!

 

「盗撮は犯罪だ、海に叩き込まれたくなければ遠慮してくれないか?」

 

「ヤバい、ヤクザの情婦だったのか?」

 

「やっぱりだ、やっぱり真面目に生きていたらビキニ美女になんて出会えないんだ!」

 

 桟橋に集まる男共を睨んで威嚇して散らせた、何か色々と嘆いていたが仕方ないんだ、お前達の為でも有るんだぞ!

 

 しかしこんなに注目を集めちゃ駄目だろ、一子様も……

 

「おはよう、一子様。高槻さんも朝からビキニって何なんですか?」

 

 タラップが下ろされたので直ぐに出航したいので乗り込む、早くマリーナから離れたい。

 

「あら、嬉しくない?」

 

「榎本さんの為だけに着替えたのよ」

 

 無駄に洗練されたポーズを取り周りの男共を魅了する、既に何人が惚けて見詰めており、一人はフラフラと近寄って来たぞ。

 

「無闇に周りの男共を魅了しないで下さい!」

 

「全く独占欲が強いのね、これから二人っきりで過ごすのに不安なのかしら?はいはい、デッキで大人しくしていますわ」

 

 鞄を船倉に放り込む、デッキの上でチェアーに寝そべる二人の美女の行動に頭を抱える、駄目だコイツ等の魅了術は半端無い。

 

「本当にお願いします、真面目にやりましょうよ……」

 

 用意されたデッキチェアーに腰掛ける、直ぐにモブ巫女が良く冷えた缶コーラを渡してくれたが……

 

「ああ、有り難う御座います……じゃなくて!

そもそも何で水着なんですか?これから他の当主達を捕まえに行くんですよね?一子様の未来を賭けた戦いに挑むんですよね!」

 

 余裕綽々と喜ぶべきか不謹慎と嘆くべきか……僕がロリコンじゃなければ嬉しいのだが今は困惑しかないんだ。

 桟橋に並び名残惜しそうに手を振っている男共を見て思う、もしかして瞳術を使い魅了したのか?

 

「一子様、もしかして瞳術を使ったの?」

 

 一般人相手に無闇に呪術を使うのは感心しない、もっと警戒し配慮するべきだろう。

 

「別に使って無いわよ、あの程度の殿方を操るなど造作もないわ。私達の魅力が通じない榎本さんが異常なのよ」

 

「そうです、桜岡さん一途なのは分かりますが私達だって女としてのプライドが有ります。無反応は女として我慢出来ませんわ!」

 

 酷い言われ様だがロリコンだから甘んじて受けよう、確かに僕は彼女達に失礼な対応をしている。

 

「君達に現つを抜かす役立たずで良ければデレッとするけどさ、実際に求めているのは違うだろ?頭を切り替えて仕事の話をしよう、正直に話してくれ」

 

 正直にの件(くだり)で彼女の顔色が変わった。さて、何処まで正直に話してくれるかな?

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 キャビン内に場所を移した、相変わらずビキニにパーカーだが……アレ?微妙に意識してドキドキしだしたぞ、何故だ?

 

『ふふふ、我が700年の叡知を思い知ったか!』

 

 何故か胡蝶のドヤ顔が思い浮かぶ、まさか彼女が何かしたのか?

 

『何をした?何故ロリコンの僕が彼女達に興奮する?一子様の瞳術は弾いてる筈だぞ!』

 

『今風に言えばリハビリだ、お前が幼女趣味では我が一族が増えぬ。だから性癖の幅を上限修正した、具体的にはプラス二十歳だ』

 

 ナンダト?今は十八歳未満設定なのに三十八歳までだと?駄目だ、それをしては榎本正明と言う男が死んでしまう、死んでしまうんだよ!

 

『知らん、早く女共を孕ませろ。我は我慢弱いのだ!』

 

「榎本さん大丈夫ですか?両手で頭を抱えてますが頭痛ですか?」

 

「まさか遠方からの呪術攻撃?」

 

 しまった、人前で取り乱してしまった。これから大事な話をするのに……

 

「いや、大丈夫。少し心配事が出来たけど今はどうにも出来ないから良いんだ」

 

 僕が僕でなくなる前に何とかしなければ……


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