榎本心霊調査事務所(修正版)   作:Amber bird

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第267話

「これはどういう状況か教えて下さらない?」

 

 倒れた榎本さんに膝枕をして額に手を当てていたら加茂宮一子様と……確か関西巫女連合所属の摩耶山の神社系の高槻家の当主が近付いて来た。

 私の姉妹達は呼びに行かせたが未だ来ない、畑の真ん中で敵対していた女が自分の男を膝枕していれば慌てるだろう。

 あと式神犬が二匹、行儀良く並んで座っているのに癒されるわ。

 

 あの略奪愛の一子様が執着するだけの力をこの男は持っている、仏教系と聞いていたが陰陽道も使える私の姉妹達の命の恩人。

 打算は有れども下心は無さそうだ、他人の為に身体を張れる男気溢れる彼が、私達に下世話な気持ちは抱いてないだろう。

 命の恩人を地面に寝かせる訳にはいかないから膝枕は仕方が無かった、意識の無い人間がこんなに重いなんて……

 

「他意は有りません、命の恩人を地面に寝かせる訳にはいかず、しかし重くて運べなかったのです。

遅くなりましたが私は五十鈴神社の巫女長をしております、鈴代楓(すずしろかえで)と申します」

 

 微妙な嫉妬を感じるが今は下手に出なければならない、私達の生き残る為に。

 

「そう、なら仕方が無いわね。三郎は何処かしら?」

 

「奥の畑で死んでます、畑には地雷が埋まってますので真っ直ぐ進んで下さい」

 

「あら?仕えし当主が死んだ割には淡白ね、側に召されたのに手を出されなかった事が、腹に据えかねたのかしら?」

 

 チクリと嫌味を言われた、立場は圧倒的に向こうが上で私は彼女の大事な男に膝枕をしている泥棒猫とか思ってるのかしら?

 

「確かに周りからは子供を望まれてお側に仕えましたが、彼は少女趣味の変態性欲者……彼女達には悪いですが私は手を出されずに、今は良かったと思ってますわ」

 

 系列の支家から集められた年の若い子供達を見て思う、あの変態は私に触れさえもしなかった。

 二十五歳で側に仕えて六年、既に三十歳を越えてしまったが女盛り。

 榎本さんは確か同世代で少し年上、年齢は釣り合い能力は申し分ないけど一子様が許さないだろう、彼女が初めて気を遣う男性なのだから……

 

「姉さん、大丈夫だった?」

 

「ああ、菖蒲、杜若、貴女達も無事ね。榎本さんを民家に運ぶのを手伝ってくれる?」

 

 私の妹達は五人全員無事で良かった、自慢の妹達を無傷で倒したのね。

 

「何で姉さんが、ソイツに膝枕してるのよ?」

 

「そうよ、その男は結構酷い奴だよ。女の鳩尾を殴って気を失わせたんだよ!」

 

 問答無用で無力化したのね、杜若達の鈴の音を使った捕縛結界は結構強力なのに動けたんだ……

 

「杜若、それで鳩尾を殴られて大丈夫なの?」

 

 殴られて気絶した割には元気だけど大丈夫なのかしら?

 

「うん、当て身って奴らしく身体は平気、その後も眠らされたから痛くは無かったけど……」

 

 恐る恐る畑に向かう一子様と高槻さんを見送る、日が昇ったら地雷の撤去が必要ね。

 それに一子様に協力する人員の選抜、此処からの引き上げ、三郎の片付け、五十鈴宗家への報告等やる事は多いわ。

 

「私達は五十鈴神社は加茂宮一子様に鞍替えするわ、宗家だから三郎には嫌々従ったけど無様に負けた。私達は奴と一蓮托生はお断り、分かるわね?」

 

 あら、膝の上でモゾモゾと動き始めたけど気が付いたのかしら?

 

「くっ、意識を失ったのか……君は、済まない、迷惑を掛けた」

 

 榎本さんが気付いた、あれだけの大怪我を負ったのに立ち上がって平気なの?胸と脇腹、左太股に銃弾を負ったのよ!出血だって酷かったのに……

 ふらふらと立ち上がる彼の右腕を支える、もう出血も止まっているのね、凄い心霊治療だわ。

 

「民家に行きましょう、少なくとも身体を拭いて何か食べる物を用意しますから。

菖蒲、杜若、手伝って!榎本さんは私の命の恩人、三郎が私諸共撃ち殺そうとしたのを身体を張って守ってくれたのです」

 

 命の恩人を支えながら民家へと向かう、妹達も分かってくれたみたい。確か血が足りないから食べ物が欲しいって言ってたわね、何か有ったかしら?

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「お代わり下さい」

 

 大きな手に持った丼を突き出してくる。

 

「はい、沢山食べて下さいね」

 

 炊飯器から丼にご飯を山盛りによそり隣に座る榎本さんに渡す、笑顔を添えるのを忘れない。

 彼は命の恩人だが五十鈴神社関係者にとっても大切な人、加茂宮一子様との今後の関係を潤滑にする為にも私達に味方して欲しい。

 嬉しそうに私の手料理を頬張る彼を見ると女の幸せを感じる、三郎に仕えている時は苦痛でしかなかったが同じ男でも違うのね。

 あの後、傷の手当てを強引にしたが既に傷口は塞がっていた、肺と脇腹と太股の三ヶ所を撃たれたのに一時間と経たずに治癒するなんて……

 

 これが御三家トップが求める人材なのね、嬉しそうに地魚の刺身を食べる姿を見ると厳ついのに何故か可愛く感じる。

 躊躇無く三郎を殺した、殺されそうになったのだから当たり前だけど林に隠れていた五十鈴神社の男衆も無力化、此方は手荒く鎮圧したみたいだけど皆軽症。

 知らない内に倒されていたらしいけど、愛染明王を信奉しながら陰陽道も修得している術者なのに逞しい肉体も持つ男……

 急いで作った五人前の料理を瞬く間に完食したので食後のデザートとして島レモンのジュレを出す。

 

「ほぅ?島レモンですか、アレってグレープフルーツみたいに大きくなりますよね」

 

 子供みたいに嬉しそうにデザートを受け取ると直ぐに食べ始めた、まるで無警戒に口に入れてる、信用されてるのか状況的に危害を加えられないと思っているのか……

 

「ええ、大きくなるにつれて黄色が濃くなり酸味がマイルドになります。本土では中々手に入らないみたいで珍しいフルーツですね」

 

 妹達の為に作った素人デザートだけれど美味しそうに食べてくれる、家族以外に手料理を振る舞うなんて本当に久し振り。

 あの男は年増の手料理など食べれないと酷い言われ方をしたわね。

 ふふふ、下らない男から解放されたから嬉しいのかしら?

 

 全ての料理を完食して日本茶を飲んで寛いでいたら、加茂宮一子様が戻って来た……あら?少し不機嫌だけど嫉妬以外の感情が見えるわ、何故かしら?

 

「お腹は膨れましたか?榎本さんと少し話がしたいので席を外して下さい」

 

「はい、分かりました。榎本さん、奥の部屋に布団を敷いて有りますので辛ければ休んで下さい」

 

 三つ指付いてお辞儀をしてから部屋を出る、今後の話し合いに私達は未だ呼ばれない訳がないから事前打合せかしら?

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 楓さんを追い出して二人切りになった、しかし彼女の手料理は美味しかったな……

 卓袱台の上には急須と湯呑みも有るので一子様の分のお茶を淹れる。

 

「はい、どうぞ。何か気になる事でも有りましたか?」

 

 険しい顔をしているが三郎の魂と宿る力が無い事に気付いたんだな……さて、どう言い訳をするか?

 

『既に死んでいては魂も宿る力も普通は肉体から離れる、難しく考えなくても良いだろう』

 

『つまり次は捕縛か戦いに参加し無力化した所を襲うしかない訳だな。折角三郎を倒して貰っても最大の目的が未達成だから不満なのか……』

 

 向かい合わせに座っていたのに、にじり寄って来たぞ。

 

「榎本さん、今回は無茶をし過ぎです。私、本当に心配したんですよ」

 

 手を胸に当てて頭を肩に押し付けて来た、端から見れば美女に抱き付かれてる様に見えるだろう、いや縋り付かれてるか?

 

「油断はしてなかったのですが、まさか拳銃や地雷まで用意してるとは驚きました。でも鍛えた肉体は拳銃の弾ごときでは貫けないのです、だから安心して下さい」

 

「私は言いました、貴方に何か有ったら……」

 

 凄い、泣いているぞ。

 

 太股に大粒の涙が零れる、下を向いて顔は見えないが悲しみを堪える様に身体が小刻みに震えている。

 気の強い女性が自分を心配して泣いてくれる、男なら堪らないだろう。

 

「三郎は余裕が無くて殺してしまったけど大丈夫だったかな?死体の処理とか隠蔽工作とか力になる事は有るかい?」

 

 長く綺麗な髪を梳いて優しく問い掛ける、彼女ならば心配だから次は自分も共に戦うと言うだろう。

 九子に吸収される事は阻止したが自身のパワーアップは出来なかった、彼女と対峙する前に残り二人しかいない当主を何とか食べたいだろうし……

 

「今はそんな心配は必要無いわ、貴方が心配だと言ってるのよ、お馬鹿さん」

 

 髪を梳いていた手を掴み自分の頬に当てさせた、涙で濡れているがスベスベだな、流石は美容に莫大な金と手間を掛けているだけの事はある。

 彼女は人工的に作り出された最高の芸術品だ……

 

「馬鹿でも良いよ、守りたい人が守れるなら馬鹿にでも阿呆にでもなるさ」

 

 彼女の両肩を掴み、やんわりと距離を離す。

 此処は日本家屋で部屋の仕切りは二面に襖、そして隙間から沢山の目が中を覗いている。

 多分だが感じる霊力から高槻さん、楓さん、それと彼女の妹達だ。

 これから仕える一子様の濡れ場でも見れると思ってるのだろうか?

 視線を向けると目が合ったよ、楓さんだな。

 

「僕等には時間が無くて残り二人を九子よりも先に倒さないと駄目だ。今回五十鈴神社を一子様の傘下に置けた、次の相手の調べは付いているのかい?」

 

「本当にお馬鹿さんね、今は榎本さんに癒しと安らぎが必要なのよ」

 

 潤んだ瞳で見詰めながら両手で顔を固定された、キスの流れはお断りだぞ。

 僕も三郎ほど酷くはないがロリコンと言う紳士、一子様には悪いが守備範囲外です。

 

「君みたいな絶世の美女が相手だと興奮し過ぎて安らぎは無理だ、それに僕は亀宮一族の関係者だよ」

 

 押さえられた両手を掴み離す、真面目な顔で彼女に派閥違いで受け入れられないと告げる。

 

「真っ向から否定されたわ、女としてショックだわ、絶望したわ」

 

「君と僕は共に強大な敵と戦う協力者だろ、色恋沙汰は無用だ。

君は最悪僕が傷付いても見捨てて九子を倒す義務が有る、加茂宮九子という世の霊能力者全ての敵を倒す義務がね。

それが加茂宮一族の当主となる君の義務で僕が力を貸す理由だよ、だから恋愛は御法度さ」

 

 周りのギャラリーも喜ぶ建前をブチ撒ける、本当は自分と結衣ちゃんのハッピーエンドの為に邪魔な九子を倒し、胡蝶への贄として加茂宮の当主達と戦う理由が欲しかったんだ。

 

「なら全てが終われば良いのかしら?」

 

「全てが終われば……僕達も元の関係に戻るだけさ。

君は日本霊能界の御三家の一角、西日本を牛耳る加茂宮一族の若く美しい当主、僕は東日本を牛耳る亀宮一族の序列十二席、交わる事は無い」

 

 キッパリと断っておかないと後々大変になる事は学んでいる、特に僕は一子様に苦手意識が有るからな、まともな交渉で勝つ事は無理だと思う。

 

「今は貴方は私の為に頑張ってくれる、なら私は貴方の献身に報いたいの」

 

 顔が近いって、周りの覗き見達のテンションもマックスだぞ!

 

「ごめんなさい、見られながらラブシーンとか無理です。襖から覗いてる連中も少しは気を遣ってくれないかな?」

 

 ガタガタと音を立てながら気配が遠ざかっていったが、空気が白けてしまったのか一子様から感じたプレッシャーが無くなった。

 

「本当に一途で恥ずかしがり屋さんね、誰にも言わないから大丈夫なのに……」

 

「いえ、加茂宮の一子様とのラブロマンスなんて僕には無理だよ、ハードルが高過ぎだよ」

 

 何とか誤魔化す事が出来たみたいだな。

 

「でも榎本さんの事が心配なのは本当よ、だから次回からはもっと身近にいて戦闘もサポートするわ」

 

「安全に十分に配慮してくれよ、君が負けたらそれで終わりなんだぞ」

 

 輝く笑顔で躱そうと頑張っていた言葉を言われてしまった、やはり交渉術では僕は彼女に適わない。

 散々遊ばれて終わり、明日の朝に覗いてた連中に何て言って顔を合わせれば良いんだ?

 他の派閥に仕える男とのラブロマンスとか茶化されるのは勘弁して欲しい、だが少しだけ嬉しいと思う自分が居るのも自覚している。

 


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