榎本心霊調査事務所(修正版)   作:Amber bird

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第268話

「凄かったわね、アレが加茂宮一子様の男を惑わすテクニックかぁ……」

 

「悔しいけど私達よりも美人でスタイルも良いのに、甘えたり泣いたり縋ったり女の武器を最大限に行使してるのに何故墜ちないのかしら?」

 

「男って馬鹿だから刹那の情欲に負けるじゃない?なのに最大限配慮した拒絶をしたよね、よね?」

 

「聞けば摩耶山の梓巫女と恋仲らしい、愛故に浮気はしないとか……元々一子様に協力するのも彼女からの口添えが有ったらしいわよ」

 

「摩耶山の梓巫女ってお茶の間の霊能力者、スケスケヌレヌレのエロ梓巫女の桜岡霞でしょ?榎本さん程の力が有れば女なんて選びたい放題じゃん、エロい女が好きなんじゃない?」

 

 あれから夜食を食べて貰い少し仮眠をとって貰っている、もう八時前だしそろそろ起こした方が良いかしら?

 卓袱台を囲み日本茶を飲み煎餅を食べながら妹達が好き勝手言っている、あれ程の男が見え透いた色仕掛けで墜ちるものですか。

 自分の立場を理解し一子様を角が立たない様に拒絶したのです、普通の男ならヤッてから考えるとか言い出すのに……

 

「貴女達、覗き見して言いたい放題は駄目よ。確かに榎本さんは桜岡霞と交際してるのは事実、お互いが認めて公言してるので間違い無いでしょう。

だからこそ、敵対する派閥の当主に協力してるのです。私達、五十鈴神社も一子様に鞍替えしたのですから、榎本さんと一子様に失礼の無い様にしなければ駄目よ」

 

 女が五人も集まれば姦しいと言うけれど本当ね、今まで抑圧されてたから余計かしら。

 

「楓姉さんだって一子様が狙ってる榎本さんの為に手料理なんか作ってさ、一子様が狙ってる男にサービスし過ぎだよ」

 

「私は良いのよ、命の恩人には報いなければ駄目でしょ?それに島寿司が食べたいってお願いされたから……」

 

 妹達に言われて自分の姿を見る、巫女服の上からエプロンを着て台所に立っている、地魚を捌いて醤油とミリンと昆布出汁で割ったタレに切り身を漬け込む姿は……完全に若奥様ね。

 

「でも昨夜の話し合いは一方的に決められたね。私達は伊勢に戻って地元の勢力を纏める事、当主達との戦いには参戦しない」

 

「でも三郎が負けたし五十鈴宗家が変な動きをする前に止めないと駄目よ。もう宗家の直系は居ないから巫女長の楓姉さんがトップに立つし、一子様も認めて親書を書いてくれたわ」

 

「これからは鈴代六姉妹の天下ね、姉さん頑張って……って聞いてる?呑気に島寿司とか握ってないでさ、少しは考えてよね」

 

 島寿司は要は漬け握り、五人前は食べるから三十個位で大丈夫かしら?

 

「聞いてますよ、榎本さん種だけくれないかしら?認知しなくて良いって念書を書けば……」

 

 トップに立っても直ぐに跡継ぎを産めって自分に都合の良い相手を押し付けてくる連中が思い浮かぶ、特に私を三郎に差し出した連中には仕返しが必要だわ。

 榎本さんとの子供なら誰も文句は言えない、勿論一子様が勝ち抜いて加茂宮の当主になればだが……

 

「駄目だ、遅い春だけに拗らせちゃったよ」

 

「確かに能力は認めるよ、性格も悪くない、裏の世界で生きる私達にも理解が有る、でも他の問題が多いって」

 

「一子様が狙った男の恋人や妻達は悲惨な最後(一方的に捨てられる・別れる)を迎えているわよね。

姉さんが悲しむのは見たくない、散々三郎に虐げられてたのに今度は報われない未婚の母とか駄目だよ」

 

「摩耶山の梓巫女と話を付ける必要が有るよ、関西巫女連合は京都・大阪の二府、五十鈴神社は三重県だけだけど所属構成員は互角だよ」

 

「賛成、伊勢川流域の神社にも声を掛けようよ。圧力を掛ければ……」

 

「お馬鹿な話はお終いよ、私達は一子様に警戒されて伊勢に帰らされる。

当主争いに一子様が勝てば私達も重用されるわ、五十鈴神社を衰退させる訳にはいかないの。だから榎本さんとは今日でお別れ……」

 

 何時もの余裕が無い一子様は物理的に私達から榎本さんを引き離した、今は大事な時期だし色恋沙汰に現を抜かすのは駄目。

 伊勢に帰り五十鈴神社を掌握する事が巫女長として、鈴代家の娘として私の役目。

 でも挨拶した時に名刺を交換した、事務所の住所や固定電話の番号にパソコンのメアド、携帯電話の番号もメアドも教えてくれたわ。

 落ち着いたら連絡すれば良い、今は一子様の信用を得る事が大事。

 

「楓さん、朝食は未だですか?お腹が空きました」

 

 一子様は自衛隊や島民達の根回しと三郎の死体の始末で昼過ぎまで帰ってこない、先ずは胃袋を掴むのが大事だわ。

 

「直ぐに用意しますから居間の方で待ってて下さい、貴女達も喋ってないでテーブルを拭いて食器を並べなさいな」

 

 もう普通に夫婦の会話よね、私ってこんなに安い女じゃないと思ってたのに不思議だわ。

 でも榎本さんも仲間にはガードが緩いわよね、勘違いしてしまいそう。

 

「駄目だ、完全に若奥様のつもりだよ」

 

「はいはい、ご馳走様です、姉さん」

 

 姉妹で馬鹿をやって笑い合えるなんて本当に久し振りだわ。

 

「有り難う、榎本さん」

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 離れ行く父島を眺める、濃い二日間だった……

 深夜に上陸して三郎を倒し五十鈴神社の巫女さん達の世話になり翌日には本土に戻る。

 五十鈴神社の巫女長は鈴代楓さんという良き母親になれる人だった、料理が美味くて甘えさせ上手だったな、恋愛要素は全く無いが包容力の有る大人の女性だった。

 

『霊能力は高かったぞ、少し歳を食っていたが生まれる子供の質は良さそうだ。霊媒女と違い連れ子も居ないしな』

 

『何でもかんでも男女関係に結び付けないで下さい、彼女は恩人の世話を焼いていただけですよ。一応名刺は交換しましたが別れ際も特に普通でしたし社交辞令だと思う』

 

 彼女からは生々しい女を感じなかった、年下だけど母親を思い出した……

 

『ロリコンでマザコンか?最悪の組合せだぞ』

 

『違います!僕はロリコンであってマザコンじゃない……一子様かな?』

 

『そうだな、大分気配を察知する事に慣れたみたいだな』

 

 船内から此方に向かってくる一子様の霊力を感じた、無意識でも障害物に関係無く10m位なら察知出来る様になったな。

 手摺りに腰掛けて前方に身体を向ける、丁度一子様が此方に向かって歩いている、波が強く手摺りに捕まらないとデッキ上は歩き辛い。

 日焼けを気にしてないみたいにタンクトップにホットパンツ、遠慮無く肌を晒しているが染み一つ無い真っ白できめ細かい肌が日の光を浴びて輝いている。

 

「どうしたの?感傷に浸る柄じゃないでしょ?」

 

 とととって小走りに近寄り右腕に抱き付く、揺れが酷いので仕方ない、振り払う事は出来ないな。首だけ振り返り離れ行く父島を見る。

 

「感傷って言うかさ、名物を食べれなかったと思ってね。結局食べたのは島寿司と島レモンジュレだけだった、南国の巨大伊勢海老とか椰子蟹とか食べたかったな」

 

 基本的に暑いのは嫌いだから南国には前回の沖縄旅行しか行った事が無い、だが暖かい場所は色んな生物が巨大化する。

 伊勢海老やロブスターとかの丸焼きを食べたかったな。

 

「全く貴方って人は……明日の午後には大島に到着するから名物料理を沢山食べさせてあげます。衛星電話で指示を出したから楽しみにしてなさい」

 

「僕は食事で霊力を回復するんだよ、だから呆れた目で見ないで欲しいな」

 

 本当に呆れました目線を送られた、美人の冷たい視線はご褒美じゃない罰だよ。

 

「霊力……霊能力……榎本さん私ね、本当はね」

 

「ん?」

 

 急に真面目な雰囲気になった、抱き付いた手にも力が入る。

 

「私は、私達加茂宮の当主達は先代から呪いを掛けられたのよ」

 

「先代から?パッと見では呪われた様には見えないけど……」

 

 マズい、視線が逸らせない、いきなりの告白に僅かに動揺したのがバレたか?

 揺れが激しくても確りと抱き付いて絶対に視線を逸らさない、彼女にとっては重大な秘密の告白だ。だが何故今になって教えようとしている?

 

「僕に呪いを解いて欲しいのかい?力になるよ」

 

「呪いは兄弟姉妹全員に等しく掛けられたの、私だけ解いても意味は無いわ。

良く聞いて、先代は私達に互いに争い一人になるまで止めない呪いを掛けた。古代中国の蟲毒の改良型、私達が最後の一人になるまで殺し合う呪いよ」

 

「蟲毒だって?だがそれは毒を持つ生き物を一つの壺に閉じ込めての共食い……まさか九子の宣戦布告は」

 

 一子様が黙って頷いた、下を向いたまま掴んだ手が小刻みに震えている。

 

 胡蝶の予想通り先代が義理の子供に強いた呪い、蟲毒で間違い無かった。

 だが、この話の流れだと一子様も霊能力者の力と魂を食べれると思われても仕方ないぞ。交渉上手の彼女にしたら悪手じゃないか?

 

「確認させてくれ、一子様も九子と同じ様に霊能力者を食えるのか?」

 

 此処で肯定されたら……どうだろう、何て反応したら良いんだ?

 

『胡蝶さん、彼女達が最後の一人になったらどうなるのかな?既に僕等が四人食ってるから残り全部足しても半分しか無いよ』

 

『どうなるかなど本人でさえ分からんだろうな』

 

 そりゃそうか、知ってるのは加茂宮の先代当主だけか……

 

「私も、私も他の兄弟姉妹だけなら力を吸収する事が出来るみたい。

九子みたいに誰でも吸収は出来ない、あくまでも蟲毒に呪われた兄弟姉妹だけ……でも三郎は既に死んでたから駄目だったわ」

 

「そうか、捕縛しないと駄目なのか……ハードルが高くなったな」

 

 彼女の秘密は殆ど無いだろう、信用を得る為に全てを教えてくれた訳だ。残り二人、パワーアップ出来ないのは辛いだろう。

 

『胡蝶さん、一人は食わせないと今の彼女には御三家を取り仕切る力が無いかも』

 

『む、だが別に困らないだろ?どうせ敵対する女だぞ』

 

『御三家のパワーバランスは崩れる、僕を擁した亀宮一族と勢力拡大を虎視眈々と狙う伊集院一族、今の彼女では抵抗出来ない。

だが陣取り合戦になれば余計な戦いが生まれ僕も巻き込まれる、阿狐ちゃんとは敵対したくない。

緩衝地帯として西日本の加茂宮は必要じゃないかな、戦いか増えれば呑気に子作りは無理だぞ?』

 

『ふむ、我は日本征服など狙ってないし加茂宮に貸しを作るのも良いだろう。最後に我等に喧嘩を売った九子が食えれば良い』

 

 脳内会話に勤しんでいたら何時の間にか一子様が正面から抱き付いて来た、気付かなかった。

 

「良いの?私は嘘をついていたのよ、しかも九子に近い存在……兄弟姉妹の魂と力を吸収したいと言った非情な女なのよ」

 

 彼女の背中をポンポンと叩く、一世一代の大勝負なのか単に事実を教えてくれたのかは分からない。

 だが彼女の嘘を上回る秘密を僕は抱えていて教えようとしない、そんな僕が彼女を責められようか?

 胸の中で小刻みに震える彼女の両肩に手を置いて優しく引き離す。

 

「僕は一子様に協力すると言った、僕等の安全の為に確実に九子を倒す為に。九子は蟲毒の呪いによる兄弟姉妹の食い合いじゃない、それ以外の霊能力者達も食うと言った。

でも君は違う、奴と戦う為に他の兄弟姉妹の魂を吸収するなら力になるよ。それで君が力を得て九子に対抗出来たり呪いが解けるならば問題無いさ」

 

 酷い嘘吐きだ、だが残り二人を食っても僕と胡蝶と互角、九子は食わせなければ大丈夫、加茂宮も滅ぼされる事も無い。

 ただ彼女が一人目を食べて心が病まなければ、九子みたいに奴の力に飲み込まれなければ……

 

「有り難う、榎本さん。凄く嬉しいわ」

 

「僕は君が敵対しない限りは味方か中立さ、契約し対価も貰うから当たり前じゃないか、そうだろ?」

 

 僕の問いに潤んだ目を閉じて上を向いて口を少し開いて……おぃおぃ、キス待ちは勘弁してくれ。後ろで高槻さんやモブ巫女さんが興味津々な感じで此方を伺ってるぞ。

 

「此処でキスしたら歯止めが効かないから無し、僕等に恋愛要素は無しって言ったよね?」

 

「信じられないわ、此処は優しくキスして抱き締めるでしょ!」

 

 いや僕はロリコンだし派閥違うし無理ですって!

 


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