今回のターゲットである六郎の父親、鷺山銅掌斎(さぎやまどうしょうさい)と養子の忠臣(ただおみ)と向かい合っている。
自分達の義父と息子の為に僕等に挑んで来るが、中々の連携と能力。
単体での物理的攻撃力は鬼童衆を凌ぎ、養子の少年は霊具の十手を扱う。
「かなり叩いてるのに全然疲労してないよ、何故さ?」
「タフネスと防衛力は大したモノだが俺に付いて来れるスピードも有るとはな、前情報は偽りかよ。
だが身体能力は高くても技量は低い、付け込む隙は有るな……この式神犬を何とか出来れば」
コチラを油断無く睨む爺さんの技量は高い、何とか掴もうとするがスルリと逃げられる。
二対一、一子様は距離を置いて観戦しているが、その手にはボゥガンが握られている、彼女の射撃能力は高く矢には毒まで塗り込まれているんだ。
だから二人も迂闊には近付かない、彼女の周りには捕縛結界が張られていて動きが鈍った時に撃たれて負ける、捕縛結界が効かない場合は得意の瞳術も有る。
対人戦は苦手な力が弱いが機敏で器用な彼女らしい戦い方だ、心霊関係では神道系の巫女としての能力も高い。
加茂宮の後継者として一の名を貰うだけの強さが有るのが彼女、加茂宮一子だ。
「赤目、灰髪、爺さんを牽制しろ!」
第二段階の大型犬サイズの赤目達に爺さんを抑える様に指示をだし少年と対峙する、未だ未成年なのに肝が据わってるな。
流石の爺さんも二匹の連携に手を焼いている、人間と違い四つん這いの犬に投げ技は使えない。
迂闊に蹴れば足を噛まれる、対人を想定している技は封じた。
「高齢者は後回し、若輩者を倒す」
「オッサンがピチピチの十代に勝てっかよ!」
3mの距離を飛び掛かる、今迄は手の甲で弾くだけだった十手を掴む、なる程ね……確かに握るだけでもビリビリと霊力を感じるが……
「効かないよ、霊具の効果は完全に封じている(胡蝶さんがね!)」
確かに痛みは有るが打撲傷は順次回復してるし疲労の特殊効果も弾いている、後は適当に怪我を負わせて悪食の眷属と共に六郎の下へと帰れ。
「僕の捕縛術は十手だけじゃないんだぜ!油断したね、オッサン。喰らえ、黒縄(こくじょう)」
懐から取り出した黒い組紐?布を編んだ紐?を取り出すと僕に投げ付けてきたので股間を蹴り上げる!
男にしか分からない非情なる一撃、手加減はしたが二つある玉が身体に減り込む感触があった。
「むぐっ、オッサン……男として、最低……だぞ」
思わず爺さんが両手で自分の股間を押さえた、僕は首に絡み付く紐を左手で掴み胡蝶さんの解析を待つ。
『ほぅ、霊具・黒縄か。捕縛系の霊具は使えるな』
『結構力が強いな、耐えられるけど、そろそろ辛いから引きちぎるよ』
『待て、使える霊具だ。我の支配下に書き換える』
胡蝶さんが霊具に何かしたのか、首に巻き付いていた黒縄がハラリと解けた。
「あっ?オッサン、霊具返せよ!」
蹴られて倉庫の壁に当たり尻餅をついて両手で股間を押さえる少年に文句を言われたが関係無い、確かに使い勝手は良さそうな縄だな。
それに十手も落ちていたので拾う、刃物と違い持ち歩いても大丈夫か?
苦痛で注意力も散漫な為か悪食の眷属たるチャバネの子供達が少年の服に潜り込む、追跡出来る仕込みも終わった。
「油断大敵よ!」
一子様がボゥガンを少年に向かって撃つ、声を掛けて注意を引いてから撃ったので右手を犠牲にして何とか致命傷を避けた。
「忠臣!貴様等、孫に何しやがる」
警戒しながら孫に近寄る爺さんだが潮時だろう、撤退するなら追わないが未だ泳がされてると気付くかもしれない。
「さて、素直に捕まれば悪い様にはしない。どうする?」
降伏を薦める、素直に従えば一子様の瞳術で六郎の居場所を聞き出し、逃げても悪食の眷属が教えてくれる、つまり選択肢は無いのと同じだ。
孫を労る様に背中を摩り腰を叩く、股間を蹴られると腰をトントン叩くのは何故だろう?
少年は腕の矢を抜いて傷口を抑えている、最近の止血方法は傷から心臓に近い所を結んで圧迫せずに傷口を押して止血するのだ。
「降伏はしない、情報も与えない、そして恨みも忘れない。俺の能力はな、逃走にも使えるんだぜ」
「逃げれると思ってるのか?お前等の手下も全員戦闘不能らしいぜ」
周りに散らばる手勢も全て制圧したみたいだな、だが雑魚の情報は不要なんだ、知らされてないから……
「ここ呉はな、俺の庭と同じだ。こんな抜け道も有るんだぜ」
何かモゴモゴと唱えると爺さんの足元から白煙が広がる、霊能力だとすれば只の煙幕じゃない。
咄嗟にハンカチで口を塞ぐ、霊能力なら毒位は使えるかも知れない、視界も封じられたので不意打ちに警戒するも気配が薄くなり分からない。
爺さんは隠密系の術者なのか?
『正明、右側に気配を感じるぞ』
胡蝶さんの呼び掛けに右側に注意を向けると、キラリと光る何かが飛んで来る!咄嗟に十手で払うと甲高い金属音がして棒手裏剣が……
「ちぃ、不意打ちも効かんか!化け物め、だが生きて呉から出れると思うな」
思いがけない飛び道具に一子様に近付き周りを警戒する、暫くすると煙幕が晴れて周りを見渡せる様になった。
「マンホールの蓋が開いている、下水道に逃げられたのか」
近くの海に流れる下水道なら太い、人一人位なら十分に逃げ込めるし悪食の眷属達の楽園でも有る、追跡に問題はなさそうだな。手に入れた、いや奪った霊具、十手と黒縄を見る……
「榎本さん、彼等を追えるのね?」
「ああ、大丈夫だが安全な場所を確保して欲しい。追跡には集中が必要で無防備になるからね」
「では拠点に戻りましょう……大分苦労させられたけど、動かす駒の数は負けてるけど、質は負けてないわ」
そうだ、諜報員や連絡員、捜査員の数は圧倒的に向こうが上だが荒事になれば使える駒は少ない、コチラは一子様の配下と負かした三郎の元配下も使える。
めぼしい霊能力者も殆ど潰した、後は潜伏場所に乗り込むだけだ。
◇◇◇◇◇◇
迎えに来たリムジンに乗り込む、後部座席は僕と一子様、運転手は高槻さんだ、何気に彼女は多機能だな。
奪った霊具を調べる、黒縄は捕縛系の術具で自動的に敵に巻き付く、籠める霊力により長さと強度が変わる。
十手は叩いた場所に疲労が溜まる、敵を弱体化するには十分だが部分的な筋肉疲労だから長期戦には有利だが速攻には弱い。
動きを止める程の効果は無く精々が動かすと筋肉痛が酷く一瞬動きが止まる程度、黒縄と違い低レベルの霊具だな。
「鷺山家は霊具の収集でも有名です、特に黒縄は強力な霊具で何でも地獄に関連した能力を有するそうです。簡単に使用不能にした事が驚きですが……
僧籍を持つ榎本さんの方が地獄については詳しいとは思います」
確かに黒縄は強力な術具だが使用者の籠める霊力により性能が変化する、あの少年より胡蝶の方が強かった、それだけだ。
「そうですね、黒縄は黒縄地獄の事ですか。
八熱地獄の中の二番目の地獄の事ですね、八熱地獄とは等活地獄・黒縄地獄・衆合地獄・叫喚地獄・大叫喚地獄・焦熱地獄・大焦熱地獄・阿鼻地獄と有ります。
黒縄地獄とは殺生と盗みを重ねた者が堕ちると説かれています。盗みの罪に絡めて捕縛なのか地獄の責め苦が熱した黒縄で叩くからなのか?」
八熱地獄とは八階層の地獄で下に行く程罪が重く責め苦も酷くなっていく。
①等活地獄は殺生を犯した者が堕ちる。
この中の衆人たちは互いに害心を抱き、自らの身に備わった鉄の爪や刀剣などで殺し合うという。
②黒縄地獄は殺生のうえに偸盗(ちゅうとう)といって盗みを重ねた者がこの地獄に堕ちる。
獄卒は罪人を捕らえて、熱く焼けた鉄の地面に伏し倒し、同じく熱く焼けた縄で身体に墨縄をうち、これまた熱く焼けた鉄の斧もしくは鋸(のこぎり)でその跡にそって切り、裂き、削る。
③衆合地獄は殺生・盗み・邪淫を犯した者が堕ちる。
多くの罪人が、相対する鉄の山が両方から崩れ落ち、圧殺されるなどの苦を受ける。剣の葉を持つ林の木の上に美人が誘惑して招き、罪人が登ると今度は木の下に美人が現れ、その昇り降りのたびに罪人の体から血が吹き出す。
鉄の巨象に踏まれて押し潰される。
④叫喚地獄は殺生・盗み・邪淫・飲酒、ただ酒を飲んだり売買するのみならず、酒に毒を入れて人殺しをしたり、他人に酒を飲ませて悪事を働くように仕向けたり等ということも条件になる。
熱湯の大釜や猛火の鉄室に入れられ、号泣、叫喚する。
⑤大叫喚地獄は殺生・盗み・邪淫・飲酒・嘘を犯した者が堕ちる。
叫喚地獄で使われる鍋や釜より大きな物が使われ、更に大きな苦を受け叫び喚(な)く。
⑥焦熱地獄は殺生・盗み・邪淫・飲酒・邪見(仏教の教えと相いれない事を広める)をした者が堕ちる。
赤く熱した鉄板の上で、また鉄串に刺されて、またある者は目・鼻・口・手足などに分解されてそれぞれが炎で焼かれる。
⑦大焦熱地獄は殺生・盗み・邪淫・飲酒・嘘・邪見・強姦した者が堕ちる。
更に赤く熱した鉄板の上で、また鉄串に刺されて、またある者は目・鼻・口・手足などに分解されてそれぞれが炎で焼かれる。
⑧阿鼻地獄は最下層の地獄で殺生・盗み・邪淫・飲酒・嘘・邪見・強姦・両親聖職者を殺害した者が堕ちる。
この地獄に到達するには、真っ逆さまに(自由落下速度で)落ち続けて2000年かかるという。
前の七大地獄並びに別処の一切の諸苦を以て一分として、大阿鼻地獄の苦、1000倍もあるという。
剣樹、刀山、湯などの苦しみを絶え間なく受ける、背丈が4由旬、64の目を持ち火を吐く奇怪な鬼がいる。
舌を抜き出されて100本の釘を打たれ、毒や火を吐く虫や大蛇に責めさいなまれ、熱鉄の山を上り下りさせられる。
以上が仏教で説く地獄の概要だ。
「他にも地獄の責め苦に関連した霊具が有るのですか?」
「確か『妖刀等活丸』だったかしら?手にした者の剣技を底上げするのと刃こぼれしても自動的に直るらしいわね。それと『焦熱杖』という火を生み出す杖が有ったわね」
妖刀等活丸は等活地獄をモデルにしてるな、堕ちた罪人達が刀で殺し合う事からきている、焦熱杖は焦熱地獄か大焦熱地獄からきている、効果は読んで字の如くだろう。
「等活地獄に焦熱地獄がモデルか、確かに強そうだけど脅威にはならないよ」
「もしも手に入れたら全て榎本さんの物にして良いわ、勿論だけど十手も黒縄もよ」
太っ腹なお言葉だが敵から奪った物だ、返せと言われても返さない、この後に鷺山家が一子様の配下に組み込まれても。
だが言質は取れた、十手は微妙だが黒縄は使える、何か言われたら十手だけ返せば良いかな?
「そうですか、有難う御座います」
そしてリムジンは広島県で拠点としている五十鈴神社系列の分社へと到着した、広い境内には見張りと警備員を配して警備を固めている。僕は本殿に通された、物理的にも霊的にも堅固に守られた場所だ。
「さてと、では相手の居場所を突き止めるか……」
広い本殿の真ん中に胡座をかいて座り意識を悪食の眷属へと繋げる、彼等を見逃して三十分が過ぎた。少年の治療を考えても一旦拠点に帰ると思う。
『悪食、眷属に視覚を繋いでくれ』
胡座をかいた足の真ん中に鎮座する悪食に頼む、此処なら覗かれても見えない筈だ。触角をヒクヒクと動かすと一旦視界が霞んでから再度ピントが合った……
『ドンピシャだ!何度も写真で見た男が見えたぞ。
他は爺さんと六郎だけか、他に見えるのは和室で掛け軸と湯呑み、既に少年の腕は治療済み、場所を特定出来る物は無いな、部屋も古い歴史を感じる和室だ』
音声は拾えないので分からないが、六郎が少年を叱責し爺さんが庇ってる感じだな、養子の少年とは上手く行ってないのか駒としてしか見てないのか……
ああ、何か捨て台詞を言い放って六郎が部屋を出て行ったか。もう見える範囲では場所の特定は難しい、周辺を探させるかな。